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129話 王妃様は、激しくお怒りです

 私は、王妃様に王太子のレオナール王子から贈られた、月長石の腕輪の説明をしていました。

 月長石は、春の国の南地方の侯爵領地から、産出される宝石です。

 つまり、王妃様の実家の領地からね。

 レオ様の母方のおじい様が、孫である王子に、ことあるごとに贈る腕輪の中の一つです。

 また、レオ様と私の共通のご先祖である、六代目国王夫妻「善良王レオナール」「王妃アンジェリーナ」が、普段から身に付けていた宝石でもありました。

 私たちにとっては、この宝石を身に付けるのは、当たり前のことなのに……なんで、こんなに皆さん驚くのでしょうかね? 


 

 それは、そうとして。私は、王妃様に言いたい事がありました。

 式典当日に会場の準備をさせるなんて……王妃様は段取りを知らないのでしょうかね?


「王妃様。話は変わりますが、会場の準備、将来の王妃候補たちを呼び出して、体験させなくて、よろしかったのですか?

国王夫妻の立つ檀上準備や、国王の錫杖とマント選びなんて、本来ならば王妃の仕事です。それも、基本中の基本にして、最も重要な部分。

昨日の午後ならば、王立学園のテストがすべて終わった後だったので、王妃教育の一環として、特別授業も可能だったと思いますが」


 私が話題を変えたことで、王妃様は、腕輪について話すのを止めてくれました。

 王妃教育の話題を進めるうちに、どんどん目がつり上がっていかれたように、私は感じましたけど。


「数日前の特別授業ですら退屈そうにして、真面目に受なかった、王妃候補に?

やる気が無く、努力しない者に、わたくしの貴重な時間を裂けと?

お茶会を楽しむだけの貴族の娘と違って、王妃のわたくしは多忙なのです!

彼女たちは、苦労しなくていい、遊んで暮らせる、お飾りの王妃になりたがっておりますからね。

国のために、民のために、粉骨砕身(ふんこつさいしん)で働いている、わたくしの教えなど、全然、役に立たないのでしょうよ!」


 ……怒ってます。これは、完全に怒ってますよ。

 王妃様の視線が、完全に氷の眼差しに変わりました。息子の王太子に、そっくりです。

 レオナール様の仏頂面は、父親譲り。氷の視線は、母親譲りですね。断言できます。


 粉骨砕身(ふんこつさいしん) とは、骨を粉々にするほど、力の限り努力する意味。

 王妃様は、行動派の王妃です。お飾りの王妃では、ありません。

 優雅にのんびり過ごしているように見える裏で、国王陛下の書類公務を手伝い、半分は王妃様が処理しているんですよ。

 本来ならば、国王が一人でやる仕事を、二人で分け合うことで、半分の時間で終わります。余裕の出来た時間が短ければ、愛を深める夫婦だけのお茶会を。

 長ければ、王妃一人で出かけるはずだった視察の時間を延長して、夫婦二人で出かけるようにされています。

 まだまだ遊びたいお年頃の王妃候補たちにすれば、王妃様は夫婦二人っきりのお茶会を楽しんだり、仲睦まじく視察に出て、優雅に遊んで暮らしているように見えるのかもしれませんね。


 これらは、婚約者時代から王太子の執務室に入り浸って、政治のことを覚え、お手伝いしようと頑張った王妃様が「努力の結果得た、ささやかな幸せ」なんですよ。

 だから努力せず、幸せな結果だけを求める王妃候補に、腹が立ったんでしょうね。


「アンジェリーク秘書官。いいえ、雪の天使の『アンジェリーク姫』。

わたくしの王妃としての知識は、すべて、あなたに授けます!

レオナールが、どのようなお飾りの花嫁を選んでも、春の国や愛しき民たちが困らないように。

あなたが、将来、わたくしの息子と、春の国を支えてくださいね」

「……まるで、現在の王妃候補たちを、『後継者として認めていない』言い方ですね?」

「アンジェリーク姫が、『湖の塩伯爵のひ孫』と知らなかった、うつけ者を、わたくしの後継者として認められません!」

「……昨日の王立学園の様子を、お聞きになられたのですね?」

「ええ。レオナール、ラインハルト、ローエングリンの王子三人と、同行していた使用人や近衛兵たちからも、報告を受けました。

しかも、わたくしの実家、南の侯爵家が、王位継承権を持つことも知らなかったと。

王妃を目指す者が、王位継承権保持者を知らないとは、何事ですか!

このような屈辱、久しぶりに味わいましたよ!」


 握りつぶすように、広げていた扇子を両手で閉じる王妃様。

 ミシミシと、扇子が音を立てています。

 反比例するように、王家の微笑みを深めていきました。

 室内に居た人々は、視線をそらして、見て見ぬふりをしました。

 感情を抑制するように育てられている王妃様が、人前でこれほど怒りをあらわにするなんて、珍しいですからね。


「ああ、王妃候補の一人、南の男爵令嬢は別ですよ?

わたくしの実家が、将来の王妃の秘書官になる、アンジェリーク姫を助けられるように、財務大臣の孫を推薦したのですから。

王妃の側近候補に、内務大臣の娘を選んだのも、あなたの補佐ができるようにです」


 気高く優しき王妃様の面影は、どこにもありません。

 怒りに満ちた声が、広い広い室内に響き渡ります。

 王妃として、また王位継承権保持者としての矜持(きょうじ)を傷つけられ、屈辱に耐えておられるようでした。


 しばらく扇子を握りつぶし、ようやく気がすんだのか、王妃様は片手を離して扇子を広げました。

 微妙に扇子の骨が歪んでいるのは、見なかったことにしましょう。

 氷の視線を緩め、残念そうに私をご覧になります。


「わたくしが、一番後継者にしたかったのは、あなたです。両親とも善良王の直系子孫である、王位継承権保持者、アンジェリーク姫。

レオナールが、『王太子になった僕には、娶ることはできない。ラインハルトや、ローエングリンの花嫁にするならば、僕は安心できる』と何度も進言してきたから、わたくしは泣く泣く諦め、ラインハルトの側室に推して、王宮に呼び寄せたと言うのに……」

「当時のレオ様には、ファム嬢と言う、貴族と国民の期待を背負った春の王女が、婚約者に内定しておりましたからね。

また、私は雪の国から、『将来の雪の王妃』にと何度も打診されていたことを考えれば、春の王太子であるレオ様は、雪の国との関係悪化を防ぐために、他の王子の花嫁に推すのは当然ですよ」


 雪の天使の微笑みを浮かべたまま、王妃様を安心させるように、静かに意見を述べます。


「ライ様の側室にという、王妃様の考えも、当時男爵家の女当主だった私の地位を考えれば妥当かと。

もし、ライ様の娘を私が生んだとしても、『平民の母親を持つ側室が生んだ娘を西国の将来の王妃にすることはできない』と、断ることができます。

それに陸の塩を狙って、戦争を仕掛けてきたのは、西の戦の国。

私の子供は、陸の塩の採掘権を受け継ぐことになるので、西国に渡すことは、絶対にできませんよ。この意見には、北の雪の国も賛成してくれるでしょう」

「アンジェリーク姫。他に見抜いていることが、あるでしょう?

最後まで、きちんと申しなさい」


 王妃様の視線が、私を見下ろします。

 息子のレオ様とそっくりな、王者の光を宿した、青い瞳で。


「私や私の弟妹は、両親が古き春の王族の子孫であるため、現在の春の国で、一番濃い善良王の血を受け継ぎます。

対して、西国の王女を母親に持つライ様は、半分しか善良王の血をお持ちになられていません。

もしも、私とライ様の間に子供が生まれば、春の王家の血が薄まることを防げます。

ライ様の正室は、春の国の王家から枝分かれした世襲貴族から選びますので、将来、新しい分家王族を成立するとしても、問題ないかと。

そして、雪の国にとっても、悪い話ではありません。善良王の奥方、アンジェリーナ王妃の母親は、雪の国の王女です。

必然的に、善良王の子孫は、雪の王家の古き血を受け継ぐことになりますからね。

春の国の王家の血が濃くなるのは、古く濃い雪の国の王家の血も濃くなるという、意味を持つのですから」

「その通りです。現在の雪の国では、ほぼ失われてしまった、南の公爵家。雪の国で、一番格式が高い、分家王族の血筋ですからね。

我が国が、雪の国と軍事同盟を結べるのは、私の夫をはじめとする歴代の国王が、この格式高い血筋を受け継いでいるからですよ。

話を戻しますが、雪の国王陛下にしたら、ラインハルトとアンジェリーク秘書……姫の子供は、春に加えて、戦の王家の血を持つことになります。

アンジェリーク姫の『雪の王妃打診』を取り下げ、ラインハルトとの子供の方を、輿入れさせたいと願うでしょう」

「……まあ、善良王の濃い血を受け継ぐ次代を得るのは、私とライ様ではなく、私の妹オデットとライ様のはとこ、医者伯爵のローエングリン様の役目になりましたけど。

医者伯爵家は、西国の古き王族なので、私の妹との結婚を雪の国も反対しないでしょう」

「ほほほ……、そこまで見抜いていたの。さすがね。

国際情勢をきちんと理解し、わたくしと対等に外交問題を話せる、あなたとの会話は、本当に楽しいですよ」

「対等とは、おそれ多いですね。

残念ながら、私は軍事に強い北地方の貴族ですので、外交に強い南地方の貴族であらせられた、王妃様の足元には及ばないかと。

雪の国との国境を守る辺境伯なのに、この程度の会話しかできないのが、申し訳ないです。

成人するころには、外交問題だけでなく、国内問題についても、討論できるように邁進(まいしん)いたします」


 伯爵階級の貴族令嬢として、王妃様に淑女の礼をしました。

 今の私は、雪の王女ではなく、「春の貴族」として会話しているつもりだと、分かっていただけたかと。

 頭を上げて、気になっていたお願いをしました。


「それから、私を『姫』と呼ぶのは、お止めください。

現在の私は、王太子の秘書官に過ぎないのですから」


 姫呼びは、マズイですって!

 私は「雪の王女の戸籍」を隠して、生活しています。

 春の王妃ともあろう、お方が、余計なことしないでくださいよ!


「何を言うのですか? あなたは、『湖の塩伯爵のひ孫』なのですよ?

あなたの父方の祖母は、『湖の塩伯爵の姫君』と呼ばれていたと聞いています。

ならば、孫娘のあなたを同じように呼ぶのも、差し支えないでしょう?」

「あっ、そっち方面からの姫呼びでしたか。

高貴なる王家の血筋を持つ、湖の塩伯爵家の姫君と言う意味で」

「あなたが、『春の王妃に祭り上げられたくない。王家の血筋を隠したい』と、わたくしたちに直談判したから、あなたの意見を尊重して、『秘書官』呼びをしたに過ぎません。

その結果が、王都に住む貴族たちのあなたたち一家を見下す態度ですけと。

春の国の歴史を学ばず、政治に関心を持たず、無知をひけらかす彼らには、心から失望しました!」


 パンっと、音を立てて扇子を閉じる王妃様。

 王者の顔つきになり、言葉をつむがれます。


「春の貴族なら、公開された外交文章に目を通しておくものです!

四年前、雪の国との和睦会議の結果を伝える書類の中には、両国の王位継承権に関するものも、ありましたよ!」

「……あー、春と雪の国の王位継承権、それぞれ別の書類でしたね。

なおかつ、私たち一家の一人つづについて、世界中の国の王家へ確認をとる形でした。

私と、私の祖父母と母親、弟と妹、合計八人」

「それに伴い、春の国の王族も、春の王位継承権の順位の変動がありましたからね。

春の王族全員と、わたくしの実家の南の侯爵一門の王位継承権順位を世界各国の国王に伝え、承認を得た書類も加わります。

まあ、陛下やわたくしが日々扱う書類に比べたら、微々たる量ですけど」

「少ないですよ。我が家の王位継承権についての外交書類は、法典書一冊くらいのぶ厚さしかありませんからね。

たった一冊ですよ、たった一冊。貴族ともあろう者が、その程度の外交文章を読み込めないなんて思いませんでした」


 いやー、実は王妃教育の特別授業のとき、王家の方々から父方の春の王位継承権を強調されて、私は自分の無知に気がつきました。

 テスト勉強するふりをして、王宮の図書館に入りこみ、急いで父方の祖父母に関する外交文章を調べましたよ。

 母方の春の王位継承権しか意識してなかったので、当時は、私と母と弟と妹のぶんしか、確認していなかったんですよね。


 祖父の外交文章を確認していたら、父方の祖父の祖先に、北の侯爵家から花嫁迎えたからという根拠を発見して、父方の藍染農家の血筋のルーツが、四年前にわかったでしょうに。

 いやー、失敗、失敗♪


 私が自分の失敗談を思い出している間も、王妃様の言葉は続きます。


「平民である王宮の騎士たちですら、アンジェリーク姫が『湖の塩伯爵のひ孫』と知っているのですよ。

塩の採掘権を守る、王家の血筋の雪の天使。

だからこそ、騎士たちは『雪の天使の姫様』と呼び、王家への忠誠心を表していたと言うのに。

王家の血筋にひざまずき、忠誠を表す貴族が、よりにもよって、陰日向なく侮辱の言葉を吐くなどと!」


 王妃様の怒りのことばに、私は大きく後退りして見せました。


「えーと、王妃様? 美しいお顔が台無しになっておりますよ。

私は気にしておりません。だから、怒りをお沈めください!」

 

 私の外見を生かして、『子供が大人の怒りに怯えて、オドオドしている』と見えるような顔付きをしました。

 声も、震えながら、おそるおそる出していると聞こえるように、発音します。

 本音は、王妃様と同じく怒り心頭なのですが、ここは、王妃様に花を持たせるために、演技しておきます。


「……あら、大人げなかったわね。

わたくしも、アンジェリーク姫と同じ、王位継承権保持者ですもの。

なにより、南の侯爵の血筋として、王家に対するあのような反逆的態度も、屈辱行為も許しがたかったから、ついつい怒ってしまったわ。

まあ、彼らが王家の期待に答えられない、うつけ者の醜態をさらしただけですからね。

王妃としては、無能な貴族が把握できて、喜ばしいことだと笑わなくては」


 瞬時に怒りを沈め、王家の微笑みを浮かべて、にっこり宣言する王妃様。


 室内の使用人や侍女のうち、何人かの顔色が悪くなっているのが、見てとれました。

 伯爵や子爵階級の世襲貴族で、元男爵家だった我が家を見下している人々です。

 うちが飛び級で、伯爵に格上げされたとき、廊下などで嫌みをいった大人たちでもあります。

 あのとき私が子供っぽさを押し出しながら、心から尊敬する国王陛下を擁護する正論を述べて、きっちり叩き伏せたましたからね。

 見ていた野次馬から、子供に言い負かされた、情けない大人のレッテルを張られ、自分で自分の評価を落としたのに、逆恨みしてくれてるんですよ。


 妃様が背後を向き、壇上から見渡し、彼らを一人一人確認していました。

 ……うん。この瞬間、私に不愉快な思いをさせていた貴族たちの将来は、閉ざされましたね。


「えーと、王妃様。私の『姫』呼びを止める件は? 呼ばれ慣れていないので、反応に困るのですが」

「無理だ。あきらめろ。

一昨日(おととい)、雪の国の外交官が、 『アンジェの雪の王家の血筋を侮辱された』と、父上に抗議してきたからな」


 壇上の横から、聞きなれた声が聞こえます。

 春の国の王太子が、壇上脇の出入口から、入室してきた所でした。


 ……ところで、レオ様。

 なんで、そんなに多くの花を、胸に抱えておられるのですか?




●お知らせ

バレンタインデーから「恋狂いのリュート」という、短めの連載小説を開始しております。

アンジェリーク秘書官に退治される予定のぶりっ子、ルタ子爵令嬢に関する、お話。


主役は、ルタ子爵令嬢の駆け落ち相手。

将来の宮廷楽士と期待されていた、リュート演奏家。

男爵家の跡取り息子、アロンソ。


有名な小説キャラクター「ドン・キホーテ」の本名「アロンソ・キハーノ」が、名前の元ネタの一つです。




……えーと、私の執筆傾向として、「新しく登場させる予定の小説の脇役を、短編小説に書き起こしてキャラを掴む」と言うのがあります。


去年の今ごろの時点で、キャラをつかめていなかったのが、ローエングリン王子。

「悪の組織の博士」という、重要な役割を割り振っていながら、詳しい性格が不明。

よって、彼が短期連載の主役になりました。

現在では、王太子に突っ込みをいれるほど、イキイキと動いております。


また、敵対する悪の組織の追加戦士。

西の戦の国の「ボリス王子」も、同じ理由で、短編小説に登場しています。

こちらは、キツネ目で、王位を狙う野心家の性格が明らかになりました。


今回、ぶりっ子退治編を書くに当たり、同じ理由で主役に抜擢したのが、リュート演奏家のアロンソ。

バレンタインらしく、ルタとのピュア恋愛を目指したのに……予想を振り切って、とんでもない方向に走り出してくれました!

どうやら、彼も個性的な人物になりそうです(滝汗)

「恋狂いのリュート」は、こちらの小説の合間に書くので、気長に更新をお待ちください。


そして、「姫呼び」設定の内容を変更しました。

続きを書いてみてて、設定が生かしきれない予感がしたので。


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