125話 利用できるものは、敵だろうと利用します
「ローエングリン王子の側近として、やり直したいのか?」
「はい。今日、ここに来たのは、何かの縁だと思います」
「そうか、決断したのか。ならば、預かったものは、必要ないな」
なにやら、意味深な会話を交わす、新しい法務大臣所属の書記官たち。
先輩書記官は、額の汗を拭きながら、王太子のレオナール王子に向き直りました。
「レオナール様、こちらをご確認下さい」
「うん? 退職届け!?」
「はい。先ほど、この者から預りました」
先輩書記官は、今年配属されたばかりの、大人しい書記官見習いを見ながら、王太子に説明します。
「実は、ここ一月ほど、退職をほのめかしており、考え直せと何度も諭して、ずっと保留していたのです。
ですが、この者の意志は変わらず、先ほどそれを提出されて、私も困りながら預かったばかり」
「こんなもの、王太子である僕が認めない!」
レオ様は説明を聞く途中で、退職届けを真っ二つに破りました。
仏頂面になると、大人しい書記官見習いをにらみます。
「おい、お前! なぜ、退職するつもりだったのだ?」
「一応、跡取りゆえ、父の職業を継ぐのが親孝行と思い、頑張って参りました。
けれども、仕事にやりがいが、見出だせ無いのです。
だから、家督相続権を放棄して、跡取りの座は弟に譲り、医者である母方の祖父に弟子入りしようと思い、本日、退職願いを出しました。
その方が、父も、継母も、弟も、絶対に喜びますからね。
僕も、子供の頃からの夢だった、医者に堂々となれます」
どこか、投げやりに答える、書記官見習い。
子供からの夢を語るわりに、同じように医者になる夢を持つ、うちの妹のような、キラキラした顔ではありません。
うちの領地まで逃げ延びてきた直後の、北国の難民たちのような顔つきです。
……すべての希望を失い、生きることに疲れたような表情。
記憶を探り、心当たりが出てきました。
「期待できる、弟が居るのか。ならば、兄がローの側近になって出世が閉ざされても、問題は無いな」
「レオ様。おもいっきり、問題ありますよ。彼の弟君は、後妻の子供です。
しかも、『両親に溺愛された能無し息子』と、西の公爵閣下が嫌悪している、いわく付きの人物。
法務大臣の書記官をするほどの世襲貴族を、分家王族の西の公爵当主が認めない子供が継いで、西地方の世襲貴族たちが納得すると思われますか?」
「……西地方で、暴動が起きそうだな。アンジェは、心当たりがあるのか?」
「はい。この方の亡くなられた母君は、二百年ほど前に医者伯爵から分かれた、由緒正しい伯爵家の家柄です。
もちろん、代々王宮医師を輩出している、素晴らしい医者の家系ですよ。
彼の母方のおじい様は王宮医師として、王家に貢献してくださり、今年の春に退職されました」
「なるほど、アンジェは医務室で世話になったから、詳しいのか。
それから、こいつの母親は、天国に居るのか。気の毒に。
アンジェは、こいつの弟の母親の血筋も、知っているのか?」
「はい。元平民の農家で、西地方の戦後処理に伴い新興貴族になった、男爵の出身です。
貴族としての教養が行き届いておらず、礼儀作法に欠ける奥方ですね。
うちの末っ子のエル……六才児でも、もっとマシな立ち振舞いをすると思います」
愛の無い政略結婚を嫌う、恋愛結婚至上主義の王太子は、不機嫌な声で質問をしてきます。
書記官見習いのご両親は、政略結婚したと、悟ったのでしょう。
政略結婚でも、愛を育んだのなら、王太子は「良し」として納得します。今回は、愛が無いようだと見抜き、不機嫌になったんですよ。
私は、無表情になり、淡々と知っている事実を教えて差し上げました。
「……アンジェ。さっきから、やけにトゲのある言い方だな。なにか、あったのか?」
「面と向かって、侮辱してくれました。
『あら、王太子様の新しい秘書官さんじゃない。
あなたのお噂を聞きましたけど、少し顔が可愛いだけで、王太子の秘書官に抜擢されたんですってね。
女の子って、特ね。頭が足りなくても、色仕掛けで王子を陥落させたら、可愛がってもらえて、側に置いていただけるんですもの。
うちは息子だから、実力を見せないといけないし、たくさんライバルが居るから、なかなか王太子様の側近になれないのよね。
法務大臣の書記官をする家柄の息子の苦労なんて、あなたのような農家の娘には分からないでしょうけど』って。
あの方、王宮で行われた西の公爵主催のお茶会で、西の公爵夫人の不興を買い、お茶会の会場から追い出された直後だったんです。
偶然、お花つみから帰ってきた私に出くわし、格下と見て、八つ当たりしてきました」
「……お前に八つ当たりするなんて、命知らずだな。なんと切り返した?」
「『私も、あなたのお噂は、色々お聞きしておりますよ。
ご実家は、たかだか三代しか続いていない、底辺の農家だとか。昔の終戦直後の混乱時代に、借金をしてかきあつめたお金を西の公爵へ献上して、お情けで男爵になれたそうですね。
国王陛下から「是非、貴族になって、領地をおさめて欲しい」と請われて男爵になった、我が家とは大違いですよ。
それから、お顔の話題でしたっけ? 私の生まれ育った北地方は、雪のごとき肌の色が当たり前でしたので、あなたのようなお顔の色は、初めて見ました。
ひび割れるほど厚化粧して、そのような黒ずんだ色だとは……あなたの素顔は、よっぽど健康的に焼けておられるのでしょうね。
「雪の天使」と呼ばれる私は、「日焼け」と言うものをしたことが無いので、うらやましい限りです♪』って、にこやかに返事しました」
「……ますます怒ったんじゃないのか?」
「怒りましたよ。キンキン怒鳴るので、お茶会の参加者が遠巻きに見ておられました。
継母殿が優秀だとアピールしていた弟君は、母親の隣で、ぼさっと突っ立って、私たちの会話を見ているだけですけど。
気転のきくような息子なら、母親をたしなめるか、私へ対等に言い返しますって」
「……母親のヒステリーが終わるのを、待ってたんじゃないのか?」
「継母殿が、しゃべり疲れて黙っても、何も言いませんでしたよ? むしろ、母親の顔色を伺って、無言でした。
私が黙って待って、弟君を試していたら、母親が図に乗って、侮蔑発言を続けたので、見切りをつけました。
あの弟君は、当主の器でも、領主の器でもありませんね。母親が自己満足するためだけに育てた、単なる操り人形です。
まったく、あの継母殿の暴言の数々には、辟易しましたよ。気の長い私が相手だったから、最後まで聞き流してあげましたけど」
「確かにな。ファムがヒステリー起こしたときも、お前はおさまるのを待ってから、静かに説明して、諭していたもんな」
レオ様の言葉に、財務大臣所属の会計員たちは、深々と頷きます。
まず、おバカさん王女のファム嬢が、ヒステリーを起こします。
次に、ヒステリーが終わるのを気長に待ったあと、私が論理的にお説教をします。
ファム嬢が反論しても、私が二倍以上の正論で叩き伏せるので、ファム嬢はとうとう負けを悟り、口を閉じて、大人しく立ち去ります。
いつしか、この光景は、王宮の日常風景になっていきました。
コレ、大嫌いなファム嬢への、ささやかな嫌がらせであり、私が王宮で生き抜くための作戦の一つでした。
おバカさん王女の失敗を周囲に知らしめるため、毎回、私は野次馬が集まるのを待ってから、理詰めでお説教をしていたんですよ。
国王派の貴族たちの中で、ファム嬢の評判は下がり、私の評判は上がったはず。
西の公爵派の貴族にも、「ファム嬢がヒステリー起こしたら、アンジェリーク秘書官を呼んできて、後は任せれば良い」という、風潮が起こりました。
ワガママ王女にお説教して、やり込めたい願望を、迷惑をかけられた貴族は、大なり小なり持っています。
相手が王女だから、実際はできませんけどね。
雪の国の王女の戸籍を持つ私は、ファム嬢と同じ王女という立場なので、遠慮しません。真っ向から、お説教しました。
私が「王女にお説教する姿」を見せたことで、貴族のうっぷんは緩和されますよね。
結果、王宮内に私が居てもいいと、貴族たちに思わせ、自分の居場所を作ったのです。
……ちょっと、読み違えて、持病のストレス性胃痛が悪化しましたけどね。
ファム嬢のヒステリーがあれほど頻発して、ちょくちょく呼び出されるなんて、思っていなかったので。
「……なあ。その後、どうしたんだ?」
「はい。継母殿は、散々、うちの藍染農家をバカにしてくれました。
頃合いを見計らい、きちんと反論しましたよ
『奥方殿。気は済みましたか? そこまで負け犬の遠吠えが言える人物だなんて、ご存知ありませんでしたよ。
我が家は、あなたのご実家と同じ、平民の農家が貴族に成り上がった家柄ですが、三百年続く由緒正しき農家です。
先祖代々、春の王家に藍染反物を納品していましたので、春の王家の歴史書に、ご先祖様の名前が残されていますよ。
そして、雪の国の王家の御用達でもあり、春の王宮に訪れた帰り道では、必ず我が領地に立ち寄られ、反物をお買い上げいただきました。
あなたのご実家の農家は、春の王家の歴史書にかかれるような功績を、残しているのですか?
お得意様に、周辺国家の王家は居るのですか?
我が家を愚弄したいなら、同じような実績を作って、肩を並べてからにしてください。
初めから立場が違うのでは、嫉妬にまみれた負け犬の遠吠えにしか、聞こえませんからね』って」
「……厳しいが正論だな。ヒステリー女は、それで黙らんだろうが」
「いえ、さすがに、一瞬、怒りが最高潮に達して、黙りましたね。その隙に正論を突き付けてあげました。
『そもそも、私たちは先ほどのお茶会で、初めて顔を合わせました。初対面ですよね? 初対面!
はっきり申し上げますが、初対面で人を愚弄するような、貴族どころか、人間として最低限の礼儀も、教養も無い大人と、お話ししたくありません!
私も、礼儀と教養を疑われるので、非常に迷惑です!
その上、私の上司である、王太子のレオナール様のお名前にも、傷が付くことになります。
ひいては王家の恥になり、春の国の恥になりますので、金輪際、二度と話しかけないでください!』って、にっこり笑って、お別れを言いました。
その後のヒステリーは無視して、お茶会の会場に戻りましたよ。遠巻きに見ていた公爵夫人や参加者たちから、『さすが王太子の秘書官♪』と、相手に聞こえるように誉められましたね」
王太子の好奇心は、止まらないようです。
怖いもの聞きたさと言う表情で、質問を続けました。
「公爵夫人を怒らせた理由は?」
「自分の産んだ息子を、跡取りとして西の公爵家に認めてもらいたく、『出来が良い息子アピール』しまくったようですね。
王太子の側近になれるくらい優秀だと吹聴し、レオ様の側近として、推薦してもらおうとしていたようです。
血筋を重んじる西の公爵家にすれば、『平民に過ぎない血筋の者が、何を戯言を』と言う心境でしょう」
「……あい、分かった。それ以上は、言わなくて良いぞ」
レオ様は想像がついたのか、仏頂面になって右手を上げて、私の言葉をストップさせます。
書記官見習いをご覧になると、王太子として行動を始めました。
「お前、苦労してるんだな。アホ女が居座る家に、帰りたくないんだろう?
今日は、王宮に止まっていけ。これは、王太子命令だ。おい、客室の準備を!
それから、こいつの家に、『今夜は、王太子の書類公務の手伝いをしており、帰宅が遅くなりそうだから、王太子の指示で王宮に泊まることになった。心配しないように』と、連絡をやってくれ」
「かしこまりました。すぐに手配して参ります!」
王太子の新米側近殿の一人が、すぐに頭を下げました。
無表情で私と口喧嘩をした、西地方の貴族の彼は、書記官見習いのお家事情を知っているんでしょうね。
二つ返事で、王太子の命令を実行するために、さっさと部屋から出て行きました。
戸惑っている、書記官見習いに、軽く説明してあげます。
「明日から、あなたには『王太子の書類公務の手伝いをした』と言う実績が加わります。
ご家族がどう思うおうと、何を言おうと、由緒正しい血筋の長男のあなたが、王太子の書類を整理した事実は、もう成立しています。
少なくとも、この部屋におられる、財務大臣殿や会計員の方々が証人です!」
私がぐるっと周囲を見渡すと、会計員たちが頷いてくれました。
特に力強かったのは、西の公爵派、西地方の世襲貴族たちですね。
血筋を重視する彼らを、言葉巧みに味方につけました。
「それから、子供の頃からの夢を叶えるため、人事異動を王太子に申し出たことになりましょうね。
医者の勉強をするなら、医者伯爵次期当主のローエングリン様の側近希望するのは、ごく当たり前の選択です。
将来の王宮医師長の側近なんて、医者の世界では、最高の出世コースですよ!
これも、母君の実家が、医者伯爵から枝分かれした家ということを考えれば、納得できます。
父方の家業である書記官は、あなたのお子様が継げば良いこと。
もしくは、医者と騎士をしておられる、医者伯爵家の軍医殿下のように、二つの職業を掛け持ち。
ローエングリン王子の書記官をしながら、医学の勉強をして、医者の資格を得ればよいかと。
医学の法律を扱う機会も増えるから、法務大臣所属の書記官経験も、活きるでしょうね。
まあ、納得できないのは、継母殿と弟君くらいですかね?」
「……父にも、認めてもらえそうも無いですね」
「ご家族が認めなくても、春の国の王族たちは、あなたが正統な家の跡継ぎだと認めます。
西地方の総元締め、西の公爵当主をはじめ、ここにおられる王太子のレオナール様や、あなたの上司になるローエングリン様がね。
正統な血筋を両親から受け継ぎ、法務大臣の書記官に就職できるほど、頭脳明晰な長男が居るんですよ?
優秀な長男を差し置いて、西の公爵当主が『能無し』と評価する次男を次期当主にする理由が、どこにあるのですか?」
この方には、自信が見受けられません。
推測するに、得られるはずだった父親の期待も、愛情も、あの継母のせいで、すべて弟の方へ流れてしまったのでしょう。
正統な跡継ぎなのに、お家の中では、相当、肩身の狭い思いをされていたのでは?
ですが、それも、今日で終わりです。
王太子に気に入られ、尊敬する人物のお側で、子供の頃からの夢を叶える機会を手にしたのです。
ご家族の問題を解決するのが、大変そうですけどね。
……ここは、私が暗躍しておきましょう。
「はっきり言って、あなたの継母殿は、血筋以前の問題です。人間として問題ありすぎ!
だって、あなたの継母殿の実家と同じように、平民の農家から貴族になった西地方の子爵家から、王太子の婚約者候補が選出されているのですよ?
それに、同じように男爵になった我が家は、女当主である私が『王太子の秘書官』になり、家も伯爵にまで格上げになりました。
分かりやすく言うと、平民の農家が祖先でも、王族が認めている人間が居るということです。
それに対して、あなたの継母殿と弟君は西の公爵家に、毛嫌いされておりますからね。
これは、『農家の血筋には、問題は無い』『本人たちに問題がある! 人間としての根本的な部分に、重大な欠陥がみられる!』としか、考えられませんね」
「欠陥人間か……このような母親に育てられれば、弟も、歪むかもな。
早めに手を打たなければ、次男に跡を継がせるため、長男殺しにまで発展するかもしれん。
僕が王太子として、一番危惧するのは、そこだ!」
あのおバカな継母は、私の大嫌いな人種なので、口調が厳しくなります。
農家の家系の貴族が軽んじられるのは困るので、王妃候補や私を例にあげて、予防策をこうじました
私たちを見ている周囲には、「継母や弟自身に問題あり。欠陥人間」と刷り込んでいきます。
腕組みしたレオ様は、「お家乗っ取り予測」まで挙げました。
私のはとこの祖母は、お家騒動に巻き込まれ、両親と祖父母を殺されておりますからね。
ついさっき、はとこの紹介で、その話題が出た直後です。どうしても、頭にチラツキますよ。
会計員たちや、財務大臣までも、険しい顔つきになり、王太子に賛同の声をあげました。
「……おい、会計員たち。僕が東地方に行っている間、こいつのことを、気にかけておいてくれ。
本来なら王太子の僕が、かばってやれば良いのだろうが、それができないから。
他国の王家が来るまでに、カタをつけてくれるよう、西の公爵や医者伯爵に頼んでおく。早急に、跡取り問題は解決されるはずだ」
この場には、西地方の世襲貴族が多いので、後妻の継母やその息子の次男より、長男の味方をしてくれると思いますよ。
良識ある大人が、父親を説得してくれるでしょうしね。
まあ、後妻に毒されている父親が、どこまで正気に戻れるか分かりませんけど。
「案ずるな。お前は、正統な跡継ぎとして、家を継ぐのだ。王太子の僕が、全面的に支援すると約束する!」
今回のことについては、西の公爵も、王太子の味方をしますね。
血筋を最優先に考える「選民主義の塊」ならば、平民の子孫の次男より、他国の王家の子孫の長男を跡継ぎにするべきと、絶対に主張します。
西の公爵は、私の宿敵ですが、利用できる部分は、大いに利用しましょう。
腹黒王太子のレオ様なら、西の公爵を上手く焚き付けてくれると思いますよ。
書記官見習いの実績作りや、血筋アピールという、面倒くさい部分をやらせるために。
そして、優秀な人材である本人は、医者伯爵家が後見人になるので、国王派がいただくという寸法です♪