124話 人材集めも、順調ですね
私の確認する書類は、無くなりました。
軽く背伸びをして、室内を見渡します。
会計員のお手伝いに寄越されていた、内務大臣所属の事務官見習いたちが休憩中で、雑談していました。
「……商務大臣も、クビかな? 雪の外務大臣が来る前に、辞任するかな?
どっちにしろ、内務大臣様は喜ぶよ。僕らの余計な仕事も減りそうだね」
「国のことを考えず、貴族に有利な政策ばかり提案して、内務大臣様と衝突してた天敵だからね」
「次の商務大臣は、あの副大臣が昇格かな?
すべてが持ち上がり式で、次の副商務事務官長の選出だけが、新規になると。
商務大臣の補佐官長が、次の商務大臣にふさわしいと、個人的には思うけどさ」
「副大臣は高齢だろう? 続投は難しいんじゃないかな。
君の予想通り、補佐官長が大臣になるとは思うけど。
あの人は、若いのにやり手だって、内務大臣様が一目置くくらいの人材だから」
「そっか。なら、新しい副大臣は、南地方の商務支部長になりそうだね。
南地方の騎士団の事務官だったのに、里帰りした王妃様が目をかけて、引き抜きした人材」
……今年の春まで、王立学園の生徒だった彼らは、また教室のノリで話しています。
まあ、国王陛下の考える、次の商務大臣と副大臣を言い当てた辺り、彼らも見所ありますね。
気が緩んでいる隙に、ちょっと接触しておきましょうか。
「先輩方、ちょっとお話よろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「あっちの先輩。商人の彼女さんと、どのようにして出会ったんですか?」
私の質問に、いきなりレモン水を吹き出す、次男坊。話しかけるタイミングを間違えましたかね?
しばらく咳き込み、落ち着いたあと、驚いたように私を見ました。
「君は、恋愛に興味無かったんじゃ?」
「興味が無いのは、自分の恋愛だけです。これでも年頃なので、他人の恋話は大好きですよ♪」
年頃の娘オーラを沸き上がらせながら、先輩に催促しました。
皆さんに付き合って、王立学園のノリで、『先輩』呼びです。
王宮勤めの役人同士の会話ではなく、先輩後輩の雰囲気で、和やかに会話できるようにね。
「さあ、親友たちに言いたいけど、言えなかった、恋人さんとの思い出を、好きなだけ話してください!」
「えっ……全部かい?」
「先輩が話したいものだけで、構いません。
男性同士で恋話やると、恋人のいない友人が突っかかって、話せなくなるでしょう?
ローエングリン様のノロケに、レオナール様が嫉妬して、嫌みを言って遮ったように。
その点、私のような年頃の乙女は、ノロケ話も、長時間のおしゃべりも大好きなので、気兼ねなく自慢できますよ♪」
私の推測通り、今まで堂々と話せられなかったようです。
兄の結婚で、家を追い出された次男坊は「ここぞ!」とばかりに、ノロケ始めました。
話を聞いている私も、ワクワクして質問を重ねるので、更に饒舌になります。
最初は生暖かく見守っていた事務官見習いたちは、次第にうんざりした顔になっていきました
「バカだ。皆の衆、恋にのぼせたバカが、ここにおるぞ!」
「……なんで、くだらない話を、あんなに熱心に聞けるんだ?」
「知るか! 女の子のあの根気の良さだけは、絶対に理解できない。したくもない!」
他の事務官見習いたちは、私たちを完全に無視して、仕事に戻りました。
横目で見ていましたが、一人くらい抜けても、仕事は回るようです。
彼らの有能さが、仕事ぶりにも現れていますよ。ぜひとも、味方にしなくては!
まず、お話中の次男先輩から、陥落させましょう。
「なるほど。ケーキ屋巡りが、定番のデートコースですか。
ならば、中央通りの白い屋根の喫茶店も、一度行かれると良いですよ。
ローエングリン様とうちの妹が、最近、デートで行っている、お店です。
そこから、しばらく歩いた所にある、王家御用達の服飾工房で、ローエングリン様の婚約発表の衣装を作るそうなので、見学に行くのも、食後のお散歩コースに良いかと」
「あー、服飾工房なんて、デートで行くところじゃないって。
実家に居た頃ならともかく、今は自分で稼がないといけないから、お金がかかるドレスを作ってやれないし」
「ワンピースなら、ドレスより生地を使わないから、安いですよ? これくらいの値段でした」
紙に工房のオーダーメイドのワンピース価格を、近くにあったメモ紙へ、反物の品質ごとに、ズラズラ書いて見せてあげました。
男性は言葉で話すより、数字にして見せた方が理解してくれると言う、祖母の格言に従って。
「……この『期間限定、二十着のみ』って、なんだい? 少しだけ値段が高いけど」
「実は、本日、うちの領地から反物を納品した所なのです。
世界最高品質とされる、雪の国の綿の反物の価格は、貴族ならご存知ですよね?
このお値段で、オーダーメイドの衣服を作れる機会は、しばらく無いと思いますよ」
「……君、商売上手だね」
「その言葉は、商人の娘である、恋人さんに言ってあげてください」
王立学園の先輩のツッコミに、困った顔で冷静に返しましたよ。
肩を軽くすくめて、先輩は貴族の微笑みを浮かべます。
「その綿の反物って、今までと何か違うのかい? 一緒だよね?」
「いいえ。この反物に限っては、医者伯爵家の反物なんですよ」
「医者伯爵家の?」
「はい。ローエングリン様の婚約発表衣装を作るために、うちの領地から取り寄せた反物です。
王家に納品するために、我が家の熟練の染物職人が、時間をかけて染め上げました。
ただ、ロー様は衣服の色に迷っており、一つの提案をなさいました。
すべての色の反物で、それぞれ一点だけ衣装を作り、国民にお裾分けの販売して、国民の反応を見極めてから、色をお決めになりたいそうです。
よって、医者伯爵家の支援のもと、今回の特別販売が実現したのですよ。それでも、あなたの初任給の半分が飛ぶ値段だと思いますけど」
「半分かぁ。独り暮らしには、痛いな。王家と同じ布地の服なんて、彼女は喜びそうだけど……」
「おい、独身貴族! もしも、買うつもりがあるなら、明日の朝一番に工房へ行け!
『限定一着』とか、『最高級品の反物』とか、『王家御用達』なんて、貴族が絶対に買い占める。絶対に、午前中で売り切れるぞ!」
私が澄ました顔で宣伝してますと、レオ様が口を挟んできました。
仲人上手な王太子は、私たちの会話の内容が気になったんでしょう。
「この部屋に、何人居ると思ってるんだ? 三十人以上だぞ。三十人以上が、お前と同じように聞いているんだからな!
東地方の貴族は、僕の見送りで買いに行けなくても、西と南地方の貴族は休みだ。
子供の婚約発表や結婚を控えていて、まだ衣服を作っていない貴族が動く。絶対に動くぞ!
なんせ、春の王子が、婚約発表で使う予定の反物だ。縁起が良いこと、この上ない!
もしも、ローが婚約発表で選んだ反物と、特別販売の衣服の色が合致してみろ。王家とおそろいの反物で作った衣服と、末代まで自慢できるんだからな!」
レオ様の口上を聞いて、一部の会計員たちの顔色が変わりました。グッと、拳を握る父親たち。
仲人王子の読み通り、子供の婚約か結婚式を控えている貴族たちでした。
「おい、独身貴族。これだけは覚えておけ。
それを注文するなら、親戚一同、王家に末代まで忠誠を誓うのと同意語と覚悟せよ!
そして、必ず結婚すること。不仲になっても離婚することは、絶対に許されない!
王子と同じ衣装を纏うのだ。もしお前たちが離婚なんてすれば、不吉過ぎるとされ、お前の実家も、恋人の実家も没落し、春の国民すべてを敵に回すと心得よ!
そこまでの覚悟があるなら、衣装を作るが良い」
私も思い付いたので、上司に付け加えます。
「あー、レオ様に付け加えるなら、平民と結婚した瞬間から、あなたは平民に落とされます。
ご家族や親戚一同が『平民になっても構わない』と納得済みなら、問題ありません。
もし、ご家族が体裁を気にするのでしたら、衣装作りも、結婚も諦めた方が良いかと」
「平民になるのは、知っています。覚悟の上です」
「本当に覚悟、できているのですか?
私の弟はまだ十一才ですが、平民になる覚悟を決めて、旅一座の親戚から自分の意志で婚約者を選びました。
信じ難いかもしれませんが、善良王の直系子孫なのに、貴族から平民になる選択をしたのです。
妹は王族の王子妃になる予定なのに、弟は平民です。とんでもない兄弟の格差ですよね?
なので、弟は自分で家族と親戚を説得して、納得させてから、婚約しました」
「……ラファエロは子供なのに、しっかりし過ぎている。
この前、王宮に来た直後に、一人で僕に挨拶にきたと思ったら……僕を必死で説得して、平民との婚約を認めさせる文章を書かせようとしたんだぞ?
将来、王位継承権を持つ自分が平民になることで、貴族や国民に与える影響を最小限にするため、将来の国王の許しと言質を取ろうと思ったそうだ」
「あー、うちの死んだ父が、平民だった母と婚約しようとしたときは、もめにもめて、北地方の二十九の世襲貴族を敵に回しましたからね。
その話を聞いて育っているから、弟はレオ様の許可と後ろ楯が必要だと、判断したんだと思いますよ」
「……ラファエロくらい将来設計を考え抜き、覚悟と行動力を発揮しなければ、貴族と平民との結婚は難しいだろう。
おい、独身貴族! お前も、家族と親戚をきちんと説得できているのなら、恋人に衣装を作ってやれ。
自分たちだけではなく、親戚たちの運命も、すべて背負って生きていく覚悟を持って、服のオーダーメイドをしろよ?
王家と同じ衣装をまとえば、お前も、恋人も、家族も、親戚も、後戻りできなくなる。
王子の婚約に注目している、春の国民や周辺国家に、一族そろって王家に忠誠を誓うと宣言するのも同じと、受け止められてしまうからな!」
「はい。心得ております」
王太子の言葉は、重いです。
浮かれる次男坊に説明するついでに、聞き耳を立てる貴族たちへ、釘をさしました。
王家とお揃いの衣装を、子供に作ってやろうとしていた、父親たちに。
「ふむ。お前の落ち着きを見るに、家族は説得済みか。
お前が衣装を作れば、国王ではなく、医者伯爵家に忠誠を誓っていると邪推されると言うのも、理解しているか?」
「王太子のレオナール様の前で言うのも、失礼ですが……僕が一番尊敬する王子は、ローエングリン様です!」
「ふふっ♪ お前はローの同級生なんだから、当然だ。むしろ、僕と言っていたら、怒鳴っていたぞ!
王子と王太子という肩書きだけで、僕とローを比較したことになるからな。
ローを個人として認識し、人間として慕ってくれているから、僕は嬉しく思う♪」
王太子の飾らない言葉に、次男先輩は照れてしまいました。
貴族の微笑みをしたかったのでしょうが、満面の笑みになっております。
「……なあ。お前、もしもローの側近になれたら、なってみるか?
春から新しく選出した僕の側近の半分は、ラインハルトの側近になる予定だ。
しかし、ローの側近は、まだ居ない。政治から遠いところに居る、将来の見込みのない王子の側近になりたがる、物好きは居なくてな」
「やります、やらせてください!」
……即答しました。ロー様の側近になれば、出世の道は閉ざされますよ?
「おい! 冗談に決まってるだろう!?
文官エリートを、ローの側近にするなんて、父上に怒られる!」
「僕は本気にしました! ローエングリン様の側近になれるなら、一番の出世ですす!」
やっぱり、レオ様の冗談でしたか。
内務大臣所属の事務官見習いなんて、文官のエリートコースです。
それを蹴るなんて、次男先輩は、権力闘争に興味が無いようですね。
権力に興味が無いなら、将来のロー様の奥方になる、うちの妹も、喜んで迎えてくれるとは思いますが。
「はい、はい! 僕も立候補します!」
「……じゃあ、自分も」
あれ? 会計員見習いの西地方の次男が、勢いよく、手を上げましたよ?
お手伝いが済んで、帰宅しかけていた法務大臣の書記官見習いも、そっと手を上げ、自己主張しています。
「おい、お前たち! 王太子の僕の前で立候補したら、取り消しは効かんぞ?
僕が言うのも何だが、ローの側近になれば、出世から外れる。
まだ若いお前たちが、人生を棒にふる必要は無いぞ。
今なら、僕の悪い冗談に騙されたとして、見なかったことにできるから、考え直せ。なっ、なっ?」
「商人の彼女と、結婚して平民になれば、ローエングリン様にお目にかかることは、一生できなくなりますよね?
けれども、側近になれば、平民になっても、支えて差し上げることができます!」
「……忠誠心からの選択か。ローは女運が無いが、男には人望があるヤツだからな」
レオ様は、慌てながら、説明しました。
思い付きの冗談が、ここまで大事になるなんて、思わなかったんでしょうね。
次男先輩は、食い下がります。確かに、平民になれば、おれそいと王子に会えなくなりますからね。
「お父さん、お兄さん。今日で会計員を辞めて、明日から王子の側近になります!
人生最大のワガママを、どうぞ、お許しください!」
「……ふう。お前の人生だ。好きにするがいい」
「……ローエングリン様に、ご迷惑をかけるなよ」
「はい、ありがとうございます!」
室内にいた父親と兄の所へ行き、深く頭を下げる、西地方の会計員見習いの次男坊。
王太子が目の前に居る手前、家族は反対はできません。
反対すれば、王子のローエングリン様を侮辱したとして、一家の今後の立場が悪くなります。
会計員の次男坊は、そこまで考えてから、わざわざ許可を求めたようですけど。
父親と兄は、しぶしぶ人生の選択を見守ることにしましたよ。
「仕方ない。一度、父上たちに相談する。アンジェ、お前も一緒に来て、今見たことを、証言してくれ。
ローの婚約者は、お前の妹だ。妹の将来に影響するから、意見を求められると思う」
「……はいはい。お供しますよ」
二人の様子を見ていたレオ様は、後悔のため息と共に、問題を先送りしました。
内務大臣や財務大臣から、部下を引き抜くわけですからね。
王子の側近なんて、国王陛下と医者伯爵家と西の公爵家まで巻き込んで、話し合いをする必要があります。
どう考えても、レオ様のボロ負けが見えるので、私を援軍に頼んできました。
ロー様の側近と言うことは、うちの妹の関係者にもなりますからね。
「……アンジェリーク秘書官。婚約発表に使われる色を、知りませんか?」
オーダメイド衣服を、買う意志が固まってきたのか、事務官見習いの次男先輩は、小声で真剣に私に聞いてきましたよ。
勝負に挑む男性の顔をして、年下の私に敬語で聞いてきたので、耳打ちして教えてあげました。
「確実なのは、白です。まったく、染めていない反物。
北地方では、婚約や結婚式に着る色なんですよ。
ローエングリン様は、うちの死んだ父も身に付けた、白色だけは絶対につかうと決めておられました。
それ以外の色は、オーダーメイド服の国民の反応を見てからですね」
「……そんな理由が。ローエングリン様らしいですね。
教えてくれて、本当にありがとうございます!」
私を見た次男先輩は、一瞬、父を亡くしている私に、同情の色を浮かべました。
一回瞬きすると、感情を抑制して育てられた、王都の貴族らしい微笑みを浮かべます。
それでも、微笑みの仮面には、死んだ父やローエングリン様のような、愛しき者を心から思う、愛情が満ちあふれていました。
あと一週間で、なろうのケータイサイトが閉鎖になるので、キリが良い所までは、二~三日に一回、投稿したいと思います。