123話 下準備は順調。国庫は、私たちの物です♪
王太子レオナール王子の新米側近殿と、私は話をしていました。
ちょっと力加減を間違えて、正論で叩き伏せてしまいましたけど。
見かねたレオ様は、会話に口出ししてきて、私をしかりました。
子供っぽい演技中の私と、それを承知の上で大人びた説教をするレオ様。
私たちの茶番劇は続きます。
「いいか、アンジェ。できる大人と言うのは、ドーンと落ち着いて、相手に負の感情は悟らせないんだ。
お子様のお前は、修行がたりないから、しかられたら、今みたいに負の感情が丸わかりになるときがあるよな?」
レオ様は私と会話していた、新米側近殿を顎で示します。
側近殿は無表情のままでしたが、口角が爪の先ほどだけ、動きました。
自分が王太子に誉められ、私がしかられる姿を見て、喉のつっかえが取れたようです。
口角がほんのわずか動いたのは、笑顔が浮かんだからですよ。
……普通の人なら、この変化に気付かないでしょう。
人間の表情の変化を知り尽くした女優の母から、演技の英才教育を受けた私だから、見逃さないだけで。
「王太子の秘書官なんだから、もう少し自覚を持ってくれ。
僕が、ちょっと目を離すと、おてんばぶりを発揮するんだから。
本当に手のかかる妹だな、お前は!」
「うー、皆さんとの年齢差は、どうにもならないですよ!」
「だから、いじけているのが丸分かりだ。
普通、王族も貴族も、感情は表に出さない。微笑みの下に隠す、そういう教育を受けて育つんだぞ。
特に王族に近づくほど、高位貴族ほど、その教育は完璧だ。
それなのに、お前はなんで、そこまで感情が丸出しになるんだ?
田舎育ちとは言え、王家の血筋、湖の塩伯爵のひ孫だろうが!」
これは、レオ様の本音っぽいですね。
確かに私は表情がくるくる変わると、親友や、王宮の役人たちから言われます。
私が微笑みの仮面をかぶりきれないので、貴族の教育を満足に受けてない証拠だと、バカにされる原因でもあります。
……私が、意図的に感情を表していると、演技の素人たちには見抜ないんですよ。
「レオ様。私は、父が亡くならなければ、今ごろ雪旅一座のいとこと、結婚していました。
将来の座長夫人になるために、生まれた頃から、大げさなほど感情表現するように育てられたのに、今更、感情表現を止めろと言われても、無理です!」
「……知っている。王妃教育のマナー講師が、お前やエルに『微笑みの仮面』を身につけさせるのは無理だと、さじを投げていた。
せめてエルだけでもと頑張ったが、講師より姉のお前をマネするから、絶対無理だと、僕の母上にお詫びしてきた」
そりゃまぁ、日常生活の中で、末っ子のエルに演技の稽古をつけていましたから。
「悲しくても笑え」と言うだけの講師よりも、「悲しみにも色々な表し方があって、一番最適な表現の仕方を教えてくる姉」の方が、頼りになると思うでしょうね。
「おい、アンジェ。新しい側近が怒っているのが、分かるよな?」
バツの悪い表情を浮かべて、レオ様から視線をそらし、床を見る演技をします。やりすぎは認めましょう。
「……ほら、また感情が丸わかりだぞ。
おい、新米側近。アンジェは、まだお子様ゆえ、自分の思いを素直に言葉にしてしまい、相手に完璧を求めるヤツなんだ。
現実主義なのも拍車をかけて、妥協せず、自分にも、他人にも厳しくなってしまう。
いずれは大人に成長して、妥協思考や、感情抑制の方法を身につけるだろうが……長い目で見守ってやってくれ。
まあ、僕としては、常に感情抑制して、微笑みの仮面を貼り付ける女よりは、心からの笑顔を向けてくれる女が好みだが」
「レオ様の好み?」
「あ、いや、何でもない!」
王太子は、無意識に口を滑らせたようです。
言葉じりを捕らえ、オウム返しに言った私の言葉に、軽く慌てました。
ジト目になって、レオ様を見つめましたよ。
「……レオ様。なぜ、それを王妃候補の方々の前で、言えないのですか?
喜びを押さえて貴族の微笑みを浮かべられるより、『他人に無作法と思われても、自分の前だけでは感動を素直に伝える笑顔を見せて欲しい』って!」
「……えーと、アンジェ?」
「ご自分が、おいくつだと思っているのですか?
来年、十八ですよ、十八才! 新年を迎えたら、大人の仲間入りをするのですから、いい加減、王妃候補の方を口説いて、身を固めてくださいよ!
レオ様がご結婚され、ご子息かご息女を得てくださらなければ、新しい側近殿も、安心できないでしょう!」
戸惑ったような王太子の声がしましたが、無視して、畳み掛けました。
腰に両手をあてて、ぷりぷり怒ってみせます。
「……ほら、こうやって、真っ向から現実を突きつけて、主張するんだ。
僕が口を滑らせた原因が、さっきの甘すぎる自分の行動のせいだなんて、お子様だから気付かない」
「さっき? ジャム付けすぎたパンを、食べさせたことですか?」
「……もう良い、話にならん! 無自覚なお子様には、多くを求めん!」
私の言葉にまとも答えず、レオ様は両手で顔をおおい、ため息をはきます。
おりょ? このレオ様の態度から察するに、そろそろ集中力が切れてきたようですね。
まだまだ書類は残っているのに、頑張ってもらわなくては。
「レオ様、話は終わりなんですね? それなら、こちらの書類もお願いします。
さっきより、だいぶ減ったので、楽でしょう?」
「……分かっている。寄越せ」
「お疲れなのは、理解しておりますが、もうちょっとだから、頑張ってください。
やっぱり、バリバリ仕事のできる男性は、カッコいいですよ。
今のレオ様は、輝いていると思います!」
トコトコ近づき、至急の書類を手渡しました。
そのとき、ごく自然に見えるように、無邪気な雪の天使の微笑みも浮かべます。
王太子を励まそうとしているように見えるよう、言葉に喜びや尊敬の感情を込めて、発音しました。
観客に夢を与えるのが、舞台役者の仕事だと、母は言っておりました。
今の舞台はこの部屋で、レオ様は仕事を抜け出してきた、疲れた観客と見立てましょう。
ならば、私は役者として疲れた観客に夢を与えて、仕事への活力を取り戻させるのが仕事。
レオ様のついでに、立ち見席の観客にも、活力与えておきましょうか。
「あなたも、そう思いません?
同性の視線から見ても、『仕事ができる男性は、カッコいい』ですよね?」
笑顔を維持したまま、くるっと振り替えって、新米側近殿を見ました。
振り替えるとき、周囲の会計員たちにも、無邪気な笑顔が見えるように意識しながらね。
笑顔を緩めながら、小首をかしげて、可愛らしく質問しましたよ。
言葉じりを使って、『仕事のできる男性はカッコいい』と、周囲の頭に刷り込んでやります。
普通の貴族令嬢がコレをやると、あざとく見えたり、邪推して媚を売っていると影口を叩かかれるんですけどね。
その影口をたたかれないようできるのが、演技の英才教育を受けた私です。
王都の貴族は、感情を抑制するように育てられるので、さっきの場面で微笑みを浮かべるだけでは、邪推されるんですよ。
その点、私は表情豊かな田舎者と、一年かけて王都の貴族たちに認識させましたからね。
さっきみたいに、あざとい表情をしても、普段通りと受け取られます。私なりの処世術ですよ。
「……仕事ができる男は、カッコいい。
雪の天使の姫。書類を届けにいって参ります!」
「あっ、はい。いってらっしゃい……」
私が刷り込んだ言葉を呟く、新米側近。
気合いを入れて、力強く部屋から出ていきます。
私は、少し驚いた顔で、送り出してあげました。
……うまく、やる気を出させることができたようです。
「よし。僕も、仕事をするか! 男の株を上げんとな。
お前たちも苦労をかけるが、もう少しだけ手伝って欲しい。頼んだぞ!」
「はい、レオナール様!」
側近を見送ったレオ様は、室内を見渡しながら、会計員たちを激励します。
それを合図に、一斉に机に向かいましたよ。
「アンジェ、残りの書類の仕分けを頼むぞ!」
「あっ、はい」
周囲の変化に、戸惑った顔を浮かべ、室内を見渡す演技をします。
レオ様の声に、我を取り戻した表情に変えて、書類の山に近づきます。
……これで、会計員の大多数は、私たちの味方にできそうですね。
*****
西の公爵の最終目的は、大陸の経済を支配し、裏側の帝王になることです。
春の国の国庫を握る、財務大臣を懐柔すれば、経済を操るのは簡単だったでしょう。
しかし、財務大臣は、国王派南地方の貴族ですからね。西の公爵の言いなりには、なりません。
だから、財務大臣所属の会計員に、西地方の貴族を多く送り込みました。
医者伯爵と親戚関係にある、補佐官とかね。
数の多さで西地方の貴族の会計員が、国庫への口出し権力を強めます。
私の領地への復興支援費用の打ちきりを言い出したのも、西地方の貴族の会計員たちですからね。
東地方の貴族は、東地方出身の先代王妃様の権力が落ちたと見て、密かに西の公爵に近づく家が出ていました。
国庫をめぐる争いは、国王陛下にとって、不利な状況に傾きつつありました。
そんな現状の中、私のはとこが、会計員たちの前に、降臨しました。
国王派の北地方の貴族であり、将来は東地方の領主になる、ジャックがね。
現在、私の妹たちは、春と雪の分家王族に嫁ぐ予定です。
必然的に、ジャックは、二つの国の王家と親戚になります。
その上、一人っ子の春の王太子が、弟分として面倒を見る少年。
東地方の領主が、お家の将来を考えれば、西の公爵とお近づきになるより、ジャックと仲良くした方が何百倍も利益がでると判断するでしょう。
ジャック紹介の際に、元西地方の貴族で、国王のいとこに当たる分家王族、医者伯爵家の後押しもありました。
決定的なのは、うちの上の妹が、この医者伯爵家の次期当主夫人になると言う事実。
うちの下の妹は、雪の国の王家へ輿入れ予定なので、医者伯爵は隣国の王家とも親戚になるのです。
医者伯爵家の権力は増したと見る貴族が増えて来るように、私は暗躍しています。
経済支配の邪魔は、王都の街中でも行ってきました。
本日、取引先を悪党、西国の豪商の反物問屋から、我が家に切り替えてくれた服飾工房に、最高級の綿の反物を納品できました。
納品のとき、腹黒王太子のレオ様がついてきたせいで、「善良王の子孫が取り扱う、最高級品の綿の反物!」と言う、宣伝文句までついてしまったようですけど。
工房の親方たちなら、それを逆手に、大々的に売り出してくれる気がします。
しかも、私の代わりに、納品の仕事を託した下の弟は、天性の商才を発揮してきたとか。
弟は工房で、反物のはし切れを、北国風の髪飾りリボンや首元のタイリボンに加工する様子を、工房長に見せてあげたそうです。
「今ね、雪花旅一座の親戚の子供たちが、こういうの着けてるから、近い将来、子供たちの間で流行ると思うんだ。
僕の妹も、今日、着けてたでしょう?
それで、こんな風に布の端切れを使うから安くできて、平民の小さな子供でも、簡単に手に入れられる値段になるはずなんだ。
だから、出来れば、うちの反物は、貴族の大人だけじゃなくて、平民にも分けてあげて欲しいの」
そう言いながら、下の弟ラファエロは、無邪気な雪の天使の微笑みで工房長にリボンを手渡したそうですよ。
工房長の父親のご隠居殿は、素敵な商売人の顔で、弟に握手を求めたとか。
髪飾りのリボンや、タイリボンについては、うちの弟が発案権が自分にあるとして主張したあげく、利益の一部が弟に支払われる商談を成立させてきたようです。
同席していた王子様たちが証人ですので、工房長たちは、話をウヤムヤにできなかったとか。
反物の簡単な宣伝方法を思い付いたあげく、次の流行をちらつかせる。
その上、商売相手を見定め、大人顔負けに交渉して、合法的におこづかいの収入源を作った、十一才の弟。
……天から授かったラファエロの商才には、姉として、本当に末恐ろしくなりますよ。
さて、総合的に考えますと、西の公爵家の経済支配の邪魔は順調です。
経済支配に影響する国庫への口出し権限は、ジャックの登場で、会計員たちを国王派にできそうなので、ほぼ勝利と言えましょう。
西国の反物問屋の、春の国の取引先潰しも、ラファエロが居れば、持ち前の商才で勝手に潰していってくれるかと。
対策が後手に回りましたが、西の公爵家の経済支配作戦は、弟たちのおかげで、遅らせることができそうです。
まあ、うちの弟たちの血筋は大陸一だし、天才揃い。
おバカで下等な血筋を持つ、西の公爵ごときが敵わないのは、当然ですけどね!
大嫌いな西の公爵家の一人娘、ファム嬢の真似をしながら、心の中であざ笑ってやりました。