121話 王妃は楽な仕事ではありません
おバカなことを仕出かして、分別ある大人からゲンコツされた、うちの弟のミケランジェロ。
頭をなでながら、私に話しかけてきました。
どうしても、聞きたいことがあったようです。
「さっきの話に戻るけど……やっぱり、姉さんは王妃になるのが嫌なの?
王立学園の女の子たちが、『雪の王妃になるのは、世界最高の幸せ』だって言ってたよ?」
「やりたくありません、荷が重いですからね。王妃とは、一国の運命を背負う立場ですよ?
特に今の国王の息子たちは、もうろくした先代国王が宰相の言いなりになり、王太子が長期外交船旅に出ている間に、勝手に王太子と養子縁組させて、王子にした者たちです。
王子としての教育すら、最低限しか受けてない、にわか王子のボンクラ息子ばかり。
なんで、春の国に住む私が、雪のボンクラの尻拭いをするため、雪の王妃になる必要があるのですか!?」
「あー、うん、頭悪いよね、アイツら。武術だって、年下のジャックより弱かったみたいだし。
生まれついての王子でもないくせに、雪の王子だって、留学中のジャックにも威張っていたみたい。
『帰国前に、とうとう幽閉させたぜ、ザマアミロ♪』って、さっきジャックが言っていたよ」
「そうですか。ジャックを雪の国に、行かせたかいがあります。ようやく私の王妃打診にも、決着が着いたのですね。
雪の国王の実子は王女なので、彼女が女王に即位。ならば、女王の配偶者になる、王配を探すことになりそうですね。
……ミケ、今度はあなたに王配の打診が、来ていませんよね?」
「それは心配ないよ。ジャックの帰国前日に、長年沈黙していた雪の東西の公爵が、とうとう雪の政治の覇権握ったみたいだからさ。
西の公爵が、ひ孫になる、王弟の一人息子の後見人になる宣言出したって。
それから、東の公爵が、花嫁になる、うちのエルの後見人になる宣言。
一夜にして、宰相の北の公爵が力を失い、政治の勢力図が塗り変わるのは面白かったっと、王宮到着直後に春の国王様に報告したって、ジャックが言っていたよ」
ミケと世間話のつもりで軽く話していたら、周囲は緊迫した空気に包まれていましたよ。
雪の国の政治図が塗り変わった情報を、貴族たちは今初めて知ったのか、顔が強ばっています。
空気を察した王宮医師長殿が、ダンディな声を張り上げました。
「皆のもの、案ずるな。雪の王弟一家が、我が国に来るのは、『一番良き隣人は春の国』だとアピールするためだ。
雪の国の王子妃を出すのは、他でもない、我が春の国。
我が息子、ローエングリンの婚約者。湖の塩伯爵のオデット姫の妹、エル姫なり。
ゆえに、我が国は、堂々と雪の国を出迎え、もてなせばよい」
落ち着いた声に誘導されるように、緊張した空気が緩和されました。
さすが、軍師の家系の分家王族当主です。どさくさ紛れに、息子の株を上げましたよ。
先を越された王太子のレオナール様は、はとこのローエングリン様と会話を交わしておられます。
「……ロー。まだまだ僕らは未熟だな」
「そうだね、レオ。父上の域に達するのは、まだ遠いよ」
会計員たちにちゃっかり混じって、パンを食べていた、はとこのジャック。
お腹がいっぱいになったのか、私とミケのそばに戻って来ました。
「姉貴とミケは、北国の話をしてたのか?」
「ええ。雪の国の新しい宰相の求めるように、雪の南の公爵の血筋、春の善良王の血筋、国の花になる美貌、諸外国と渡り合える外交能力だけで、雪の王妃になれるわけないのにと。
現在の春の王妃様のように比類なき慈愛を持ち、深き知識で国内政治にも精通し、諸外国と渡り合う強さを持たずして、国を背負えますか!」
私の明日からの幸せを壊した元凶、春の王太子が、姉弟の会話に割り込んできました。
気持ちを切り替えたのか、腕組みしながら、うんうんと頷いています。
「やっぱり、王妃と言うのは、僕の母上のような存在だよな♪
現在の王妃候補たちは、母上にちっとも届かん。もっと、しっかり勉強に励んで欲しいものだ!
それから、今さらになるが……アンジェの雪の王妃の件は、親友である僕が、春の王太子として、しっかり雪の王弟に断ったんだぞ!
今すぐ雪の王太子妃になれる優秀なお前を、春の国に留め置き、春の次期王妃を育成する講師係に任命すると、説明を繰り返すことで、何とか納得して貰った。
……その代償が、エルの輿入れだったが。
雪の国としては、失われた雪の南の公爵家の血筋を持つ、善良王の子孫の花嫁は諦めきれなかったようだ」
「それについては、了承済みです。
北の侯爵家は、代々雪の国へ花嫁を送り出し、雪の南の公爵家から花嫁を迎え入れていました。
……言い換えれば、春の国が山の塩の採掘権を差し出すことで、雪の国の王位継承権を返され、春と雪の軍事同盟は成り立っていましたからね。
北の侯爵の唯一の分家として生き残った我が家が、その役目を引き継ぐのは当然ですよ」
「……お前、本当に外交関係には強いよな。
子供のうちから、そこまで理解している者なんて、南地方の貴族でも、なかなか居ないぞ。
男だったら、将来の外務大臣になれたのに、本当に才能が惜しくてたまらん!
ついでに、お前を王妃の側近候補にしたことを、後悔する日が多くなった」
「……私の春の王妃候補を断ったのは、王太子のレオ様ですよね? 前に、そう言いましたよね?」
「うっ、まあな。お前は親友だったし、妹みたいなもんだから、嫁として意識したこと無かったし。
お前だって、弟として一緒に育ってきたジャックを、今更、将来の旦那として見られるか?」
「ジャックを?」
どさくさ紛れに、変なことを言うので、にらみつけてやりましたよ。
答えに窮したのか、レオ様は、私に質問返しをしてきました。
視線をジャックに向けて、しばらく考え込みましたよ。
「私の持つ善良王の子孫という、王家の血筋を考えるなら、嫁ぎ先としては優先度合いが下がるかと。
それから、私はジャックの性格を熟知していますし、年上です。レオ様に分かりやすく言えば、姉さん女房で、ジャックを尻に敷く、かかあ天下になること請け合い。
そこまで理解しているジャックが、私を姉として尊敬することはあっても、花嫁として見ることはないでしょう。
ゆえに、レオ様の質問には、『質問する以前から、夫婦関係が破綻している』と答える事ができます」
「ほら見ろと言いたい所だが……お前、なんで、そこまで冷静に分析できるんだ?
女なら、普通、もっと夢のあること言わないか?」
「王侯貴族の娘は、政治を円滑にする道具だと、何度も申し上げたと思いますが。
四年前、政治の表舞台に引っ張り出されたときから、政略結婚は覚悟しています。
……ですけどね。政略結婚は覚悟していたと言っても、王妃なんて考えていませんでしたよ?
普通なら、うちの妹たちみたいに、分家王族の王子妃が関の山ですよね!?」
「いや。お前の持つ善良王の血筋を考えたら、お前ほど雪の王妃にふさわしい存在は、居ないと思うがな。
善良王の子孫と言うことは、同時に善良王の奥方『アンジェリーナ』王妃の母親、雪の王女『アンジェリーク』の血を持つことになる。
その上、お前の両親は『ラミーロとアンジェリーク』と、雪の国が喜びそうな『雪の恋歌』要素が含まれる」
「なんで、両親の名前だけで、雪の王妃にされないといけないんですか!?」
「仕方ないだろう。塩伯爵の血筋に加えて、雪花旅一座の座長の孫娘でもあるんだから。
文句なら、お前の祖先の座長と駆け落ちした善良王のひ孫、『駆け落ち姫』に言え!」
自由奔放なご先祖様のおかげで、子孫の私は、絶賛苦労中です!
ご先祖様への文句を考えているうちに、レオ様が話の続きを始めましたよ。
「王妃に必要な、美貌、深き知識、諸外国と渡り合う強さを、お前はすでに持っている。
比類なき慈愛については、意見が別れるだろうな。お前は、自分にも、他人にも厳しい性格だから。
湖の塩伯爵の血筋に多い、『高潔な仁愛』の王妃になるだろうと、父上は評価していた。
母上は、もし自分の後継者を自分で選べるなら、血筋的にお前を第一候補に挙げると言ったぞ。
雪の王家は、雪の南の公爵の血筋にこだわり、お前を花嫁に欲しがった。
ならば、我が春の王家も、空席になった次期王妃の座に、善良王の血を持つ娘を迎えたいのは、分かるだろう?」
「理解はしておりますけど、気分的に納得できないんです!
血筋だけで、王妃は務まりません。レオ様の母君が王妃になるため、どれほど努力されたか、ご存知でしょう!?」
大きく息を吸って、本音をぶつけてしまいましたよ。
レオ様に八つ当たりしたのは、認めておきましょう。
王太子は、冷静に受け答えしてくれましたけどね。
「……ふう。お前が倒れて寝込むほど、雪の王妃になりたくないのは分かったから、雪の王妃の件は断ったと言っただろうが。
春の王妃の件だって、『王妃の秘書官にさせる』と、父上たちを説得して、なんとか取り下げて貰ったんだからな。
お前も、わめくばかりじゃなくて、少しは僕の苦労を察してくれ!」
私を見ているはずなのに、遠くを見ている王太子の視線。
死んだ魚の目になっています。
王太子として、私の王妃話をもみ消すのに、苦労したことを思い出しているのかも。
「とにかくだ。アンジェ。お前の王妃の才能の十分の一でも良いから、他の王妃候補が発揮できるように、指導してやってくれ。
頼む。本当に頼む! 将来、秘書官のお前より、すべてにおいて見劣りする王妃なんて、シャレにならん!
春の国の未来のためにも、僕の未来のためにも、王妃候補たちを鍛えてくれ!」
「王妃候補の方々は、私のような外交手腕より、国内の政治手腕に優れる者が多いように思います」
「それも、そうだな……すでに『外務大臣になれる』と評価されている、お前の外交手腕は、天から与えられた才能なのだろう。
最悪、外交は切り捨てるとしても、現役領主のお前に匹敵するくらいの国政知識は身につけさせてくれ!」
「……レオ様のご希望に添えるように、指導はしますけど。
王妃教育の成果は、それぞれの努力の結果でもあります。
ですので、レオ様が王妃候補の方々を、励ますのをお忘れなく」
やれやれ、前途多難です。
普通の貴族令嬢ならば、一生領地経営に関わらないまま亡くなる人も居るというのに。
白馬の王子様に憧れる年頃の王妃候補たちを、やる気にさせられる自信は、さすがにありませんよ。
まあ、レオ様は、将来の国王になるため、努力していますから。
王妃候補にも、同じだけの努力を求めるのも、仕方ありません。
皮肉なことに、王妃候補で一番努力しているのは、『ミケランジェロの花嫁』とレオ様が見定めている、赤毛の西の伯爵令嬢なんですけどね。
軽くため息をはくと、レオ様は話題転換しました。
「おい、アンジェ。僕の食事は、まだか?」
小首を傾げながら、見上げました。
しばらく考えて、心当たりが浮かんだので、手招きしました。しゃがんでくれたレオ様の耳に、ささやきましたよ。
「レオ様の食事は準備していません。
まさか、公務をサボって、書類を溜め込んで、本日まとめて処理するなんて思っていませんでしたから。
ご両親とご一緒する予定でしたので、どうしても食べたいなら、抜け出して行ってきてください」
私が素直に申し上げると、レオ様は沈黙しました。
いったん背を伸ばし、私の左隣に移動します。
右手を回してきて、私の右肩をつかみました。左手で、目の前のパンを指差します。
「食べて良いか? 良いだろう!? さすがに、空腹では仕事に支障が出る!」
「……そうですね。会計員の方々も、一通り召し上がられました。レディファーストと言うことで、私も先に食べさせていただきましたし。
もうお待ちいただかなくても、皆さんに行き渡ったようなので、安心してお召し上がりください」
澄ました顔で、お答えしましたよ。私の言葉に、会計員たちが弾かれたようにレオ様を見ました。
王太子より先に食べてしまった罪悪感が、お顔に浮かんでいます。
「皆さんが気になさる必要は、ありません。レオ様は、王太子として、最終確認をなさっていただけです。
国王陛下のお言葉で、私が勝手に手配致しましたが、手配の命令は王太子の名前で行っておりますからね。
夕食準備の最終責任者は、王太子になるのです。ゆえに、きちんと行き渡ったか、ご自分の目で確かめていたのですよ。
ただ、食事のメニューに、『雪花旅一座の食べ物を混ぜてあるのでお楽しみに』と先ほど耳打ちしたら、少々、気分を害されましたけど」
「当たり前だ。雪花旅一座のメニューなんて、普通じゃ食べられないのに。
そうと知っていれば、ここまで待たなかった!」
私の思い付きの説明に、調子を合わしてくるレオ様。
ここら辺は、親友付き合いが長いだけあり、お手の物ですよ。
「ほう? どれが、雪花旅一座の食べ物なのだ?」
「雪花旅一座の食べ物なんて、始めて聞いたよ。これかな?」
興味深そうに、食べ物を眺めて、探しはじめる医者伯爵家の王子親子。
会計員たちもつられて、手元の食べ物を見比べて、雑談をはじめます。
「どれがそうなんだ?」
私の顔を覗きんこできたレオ様の青い瞳は、別のことを雄弁に語りました。
『お前、本当に口が上手いよな。僕のボロを出さずに、現場監督していたと思わせるなんて』
雪の天使の微笑みを浮かべて、レオ様の瞳に無言の返事を返しました。
「ミケランジェロ、ジャック、教えてあげなさい」
「これだよ。タマネギの酢漬け」
「あと、レモンの輪切り入りの水だぜ」
あまり減っていない漬物と、誰も手をつけていない水差しを指差す、弟とはとこ。
土地が荒れる前の我が家では、普通に食卓で並んでいたものです。
王都では見たことなかったのか、警戒して、誰も食べようとしませんでした。
「他の部署に運んでもらうときは、『雪花旅一座で食べている物』だと説明してもらうように伝えていました。
けれども、ここには私が居たので、使用人と侍女の方々が、イタズラ心を働かせて、黙っていたんだと思いますよ」
私が解説して見せると、貴族の微笑みを浮かべた使用人と侍女たちが、一斉に一礼しましたよ。
今日は、遊び心のある方が多く、この場に集っていたようです。
「酢とレモンか。どちらも、疲労回復に効果があるな」
「タマネギって、物忘れに効くみたいって、研究中の食べ物だよね、父上?」
「うむ。二番目の弟が研究していたな。雪花旅一座で食されているとなれば、話は変わってくる。
少なくとも、雪花旅一座で物忘れがヒドイ者の話は、聞いたことがない」
「王都に来たときに話を聞いて、裏付けが取れれば、おじ上の研究は一気に進むかもしれないね!」
「うむ。確証は無いが、研究が進むかもしれぬ♪」
……うちの妹が同席していたら、大喜びで研究に協力したでしょうね。
大好きな婚約者や、義理のお父様の役に立てるんですから。
怪訝そうな顔をしていた人々も、医者伯爵家の親子の論理的会話を聞いて、すっかり納得しましたよ。
「どうやって食べるんだ?」
レオ様は私の右肩をつかんだまま、再び、左手で指差して尋ねます。
パンを一切れ選び、その上に酢漬けを乗せて食べる様子を見せました。
「僕のも、作ってくれ!」
うちの末っ子みたいに、キラキラと輝く瞳で催促して、口を開けましたよ。食べさせてくれと。
仕方ないので、同じように酢漬け乗せパンを作りました。
レオ様の口には入れず、まず私が一口かじります。
キラキラしていたレオ様の瞳に、不満の色が浮かんできましたよ。
「はい、どうぞ。毒見はしたので、ご安心ください」
うっとうしくなる前に、レオ様の口にかじったパンを突っ込みました。
相手がパンを食べている間に、次のパンを準備します。今度は、野菜サラダと生ハムを乗せました。
再び、私のかじったパンを、レオ様の口に突っ込みます。
「そろそろ水が必要でしょう?」
レオ様が右肩を離してくれないので、そのまま移動して、レモンの輪切りを浮かべた水を、コップにくみました。
一口飲んで、毒は入っていないようなので、レオ様の左手に渡します。
口をつけて飲む場所も、きちんと教えておきました。
「ここで飲んでくださいね。私が飲んだ所なので、そこなら飲み口にしても、心配いりませんから」
モゴモゴと、パンをくわえながら食べていたレオ様は、無言で頷きます。
そんな風に、しばらくパンをアレコレ食べさせてあげました。
最後に、甘いベリーのジャムをたっぷりパンに乗せ、味見したあとレオ様の口に押し込みます。
「そろそろ、お腹いっぱいですよね? 食事を終わりにしましょう。
そのジャムパンを、デザート変わりにしてください。甘い物のあとに、レモン水を飲むと、お口がさっぱりしますよ♪」
左上を見上げて、レオ様の顔を見ます。可愛いらしく雪の天使の微笑みを浮かべました。
ここでレオ様を良い気分にしておけば、これからの書類整理がはかどりますからね。
私の微笑みを見た瞬間、レオ様の動きが止まりました。
パンをくわえたまま、一分くらい動きませんでしたよ。
「レオ様? どうしました?」
不思議に思って首を傾げると、レオ様は目を見開きましたよ。
以降は、微動だにしませんでした。
仕方ないので、私の右肩をつかむ右手を、何度も軽く揺すりました。
「レオ様、レオ様ってば!」
しばらくして、数回まばたきして、レオ様は現実世界に戻って来ました。
また、いつもの妄想の世界に、浸っていたんでしょうかね?
モゴモゴと口を動かして、パンを消費していきます。最後に水をイッキ飲みしました。
「……甘かった。めちゃくちゃ甘かったぞ」
「ジャム付けすぎました?」
「いや、平気だ。アンジェは気にするな」
私が心配になってお尋ねすると、素敵な王子スマイルを浮かべました。
肩から離した右手で、軽く私の頭をなでた後、幼なじみの親友たちの所へ移動されます。
「レオ様、大丈夫?」
「平気っすか?」
「うむ。さっきは甘過ぎて、ビックリしただけだ」
「……うん、あれは甘いよね。いつもは気にしないけど、アンジェは女の子だからね。それも、とびきりの美少女!」
「不意討ちでアレをやられたら、女の子に慣れているレオ様でも、キツイと思うっすよ。
幸いなのは、アンジェにその気が無いことっすね」
「いや、無自覚だから、質が悪いんだ。あれじゃ、隙がありすぎて、簡単に食われるぞ!」
チラチラと私を見る、外交官の子息殿と騎士団長の子息殿。
親友たちは、不思議な会話をしています。意味が理解できず、再び首を傾げましたよ。
「ミケ、ジャム付けすぎに見えましたか?」
「……姉さん。ジャムより、砂糖が多すぎたんだと思うよ」
不安になって弟に尋ねると、投げやりな答えを返されました。
弟の隣では、右手で額を押さえる、はとこの姿が。
視界のすみっこで、医者伯爵家の親子や、新しい側近たちがため息をついています。
「若いとは、良いもんじゃのう♪」
「ワシも若いときは、家内と色々楽しみましたぞ♪」
お年を召された先代騎士団長殿と、老齢の会計員だけは、楽しそうに会話を交わされていましたけどね。
●アンジェリーク
この小説の主人公で、王太子の秘書官。
雪の天使五人姉弟、一番上の長女。
春の国の三代目国王の末の息子、塩の王子「ラミーロ」へ嫁いできた、雪の国の王女「アンジェリーク」の名前を受け継いでいる。
ちなみに、死んだ父の名前も、「ラミーロ」。未亡人になった母の名前も「アンジェリーク」である。
沈着冷静、口達者な現実主義者。自分の恋愛に興味は無いが、他人の恋話は好き。
敵は正論で叩き伏せ、味方には慈悲深い「女傑」と評される。
外交手腕に優れ、「男であれば外務大臣になれたのに」と惜しまれるほどの才能を持つ。
男爵家から格上げされた、伯爵家の女当主。春の国で最年少の現役領主。
王太子が見抜いた本質は、争いの嫌いな平和主義。
争いを避けるため、無意識に自分の意志と言うものを押さえ込み、他人の意見にしたがって、生きている。
自己犠牲は当たり前で、自分の幸せより、周囲の人間の幸せを優先する考え方。
これを象徴する言葉は「自分の人生は、他人の物。私は王家の道具に過ぎない」
・名前の元ネタは、オペラ「チェネレントラ」の主人公 チェネレントラ(=シンデレラ)の名前、アンジェリーナより。
「アンジェリーク」は、フランス語の女性名の一つ。意味は「天使のような」
いくつもあるオペラ版シンデレラのうち、「チェネレントラ」は、フランス語の台本を、イタリア語で台本化したもの。
また、魔法が存在しない、シンデレラの世界なので、この小説では現実主義になった。
・一番のモチーフは、 ルネッサンス時代のイタリアの芸術の保護者であり、女政治家の「イザベラ・デステ」。
レオナルド・ダ・ヴィンチも、後援したことがある女性。
「もっとも知性に優れた、もっとも幸いな女性」「自由闊達で高潔なイザベラ」「最高の女性」「世界一のファーストレディ」など、生存中も死後も、高い人物評価を受けている。
その他のモチーフは、「悪の組織の女幹部」「シンデレラ」
レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「モナリザ」の微笑み。
※……最近、思うのは、「乙女ゲーム第二作目の主人公」の立ち位置かもしれない。
貧乏男爵領地の娘とか、母親が平民の旅一座出身とか。
二作目なのは、前回の王太子の婚約者候補、「ルタ子爵令嬢」が一作目の主人公みたいだから。
ルタが逆ハーレムエンドを迎えたため、王道の王太子ルートが残ってしまい、二作目に突入。主人公に抜擢、そんな感じかと。
・アンジェリーク本人には、まだその気が無いのに、王太子レオナールが本腰で花嫁にする気になったため、本家王族や分家王族の医者伯爵家が暗躍して、着々と外堀が埋められている。
医者伯爵家のローエングリン王子や宰相の息子ラインハルト王子たちが、「春の英雄の直系子孫」と、国民の前で暴露するなど。
ただし……
アンジェリークの評価上昇
→妹のオデットの評価も上昇
→オデットの婚約者のローエングリン王子の評判も上がる
→総合的に春の王族の評価も上昇
と言う、流れが発生しているので、アンジェリークは静観している状態。
多少は思惑を察していても、対策が後手に回っており、腹黒策士である王太子の望む未来へ進んでいる。
母親のアンジェリーク伯爵夫人は、「娘が好きになった相手が、娘の嫁ぎ先」と春の王太子に条件を突きつけた。
「娘を花嫁に欲しいなら、きちんと口説き落として、ケジメをつけて」という意味。