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119話 はとこよ、頑張って!

 義遊軍総大将。北の名君。春の国の救世主。西戦争の英雄。


 これらは、昔、西の戦の国との戦争で活躍した、私の父方の祖父の二つ名です。

 祖父は勲功をたてた褒美として「湖の塩伯爵の姫」と呼ばれる、由緒正しき王家の血筋の娘を、花嫁に与えられました。


 結婚した祖父母は、新婚旅行で春の国の東地方へ行った時に、お家騒動の犠牲になった子爵令嬢を助けました。

 予期せぬ事故で両親と祖父母を亡くし、跡を継いだおじ夫婦によって、年寄り商人へ嫁がされそうになっていた娘を。


 たった今、うちの祖父母が、キハダ産地の正統な跡取り娘を助けたと知った、東地方の貴族たち。

 とりわけ、現在の領主である、大人の会計員たちが、私に詰めよって質問攻めにしました。


「アンジェリーク秘書官。キハダ所縁(ゆかり)の者は、今どちらに?」

「正統な跡継ぎは、おられるのか?」

「もしや、四年前の動乱の犠牲に!?」


 皆さん、大人なので、私よりはるかに背が高いです。

 見下ろされながら取り囲まれると、さすがに迫力ありますよ! 怖いですって!

 口々に質問されたら、さすがに聞き取れませんし。


 逃げ出す口実を作るために、泣き出しそうな表情を作りました。そして、周囲を見渡します。

 この場で一番権力を持つ身分、王太子に助けをもとめました。


「レオナール様、助けてください!」


 私がレオ様の名前を叫んだため、ビクッとした大人たちの隙をつきます。

 小柄な体をいかして、しゃがみながら、包囲網を抜けます。

 一目散にレオ様の所へ移動し、迷わず盾にしました。背中に隠れながら、ちょこんと顔だけ出して、包囲網を観察する体勢を取ります。


「おい、アンジェ。僕の後ろに隠れるな、出てこい」

「嫌です! 怖いです!」


 振り返りながら見下ろしてくるレオ様は、あきれた顔になりかけて、動きを止めました。

 私は目をうるませて、大泣き寸前の顔つきにしていましたからね。


「げっ! 泣くな、大丈夫だから! 僕が守ってやる!」


 焦った顔になり、取り乱す王太子。

 どさくさ紛れに、私を強く抱きしめましたよ。


「おい、お前たち、おとなげ無いぞ!

こんな子供をよってたかって、取り囲むヤツがあるか! 体格差を考えろ!」


 次に仏頂面になり、氷の視線で射ぬきながら、大人たちを怒鳴ってくれましたよ。


 ……泣き顔の演技くらい、女優の卵の私には簡単です。

 二度と取り囲まれる経験をしたくなかったので、瞬時に作戦を立てて、即実行しました。

 王太子の庇護欲を刺激し、しかってもらえば、会計員たちは大人しくなるはずです。


「姉さん、落ち着いて。大丈夫、彼らは、姉さんを殺そうなんてしないから。ねっ?」

「そうだぜ、姉貴。あの暴動とは違うんだ。頼むから、泣き止んでくれよ!」


 王太子に続き、私の弟たちが、情けない顔つきになりました。

 私の泣きマネを見抜けず、オロオロしています。


 おかしいですね?

 私と一緒に演技の稽古をうけてきた、俳優の卵たちなのに。


「ふむ。過去のトラウマか。北地方の暴動は、子供心に恐怖の対象になったようだな」

「父上、冷静に分析している場合じゃないよ! 女の子が、泣いているのに」

「ローエングリン。今後、同じようなことが起これば、対処法が必要になる。

男ならば、沈着冷静を心がけ、娘を守る方法まで考えて見せよ」

「えっ! えーと……気分を落ち着けるお茶を飲ませる?

後は、質問に的確に答えられる者を、代理人として向かわせる?」

「……とっさには、まだ考えられぬか。一捻り足らぬ。代理人には、誰を押すのだ?」

「えーと……ジャック殿が一番最適だと思うけど」

「レオナール。聞いていたな? 王太子として、分家王族の意見を活かしてみせよ」


 ……医者伯爵家の教育方針は、スパルタ式ですかね?

 一見、一番上の私をしかり通しだった、教育ママ時代の母を思い出させます。

 けれども、子供に意見を求め、フォローしてやるのは、うちの下二人の教育をしている、うちの母に似ていますね。

 ローエングリン様は末っ子なので、うちの末っ子に似た教育方針だったのかも。


 熱心な教育ママ時代の母は、私が意見することを許さず、反論を並べ立て、上から押さえつけました。

 ……私の口達者の原因は、この母に対抗しようと、幼少時から頑張った結果だと思いますよ。


「おい、ジャック! ちょっと来い!」


 レオ様の呼び掛けに、雪の国の言葉で答える、はとこ。

 人前で会話を交わすには、都合の悪い内容だと、とっさに判断したからでしょう。

 レオ様も、律儀に雪の国の言葉で返事します。


『……レオ兄貴。俺の存在、十八まで隠すのが、王家の方針だったんじゃねぇの?』

『三年くらい早まった所で、問題ない。

東地方の視察に連れていくことにしたから、明日、見送りにくる東地方の貴族たちに紹介するつもりだったしな』

『東地方の視察? 俺、聞いてないけど?』

『いいから、早く前に立て! アンジェが泣いたら、お前だって困るだろうが!』


 泣きませんよ? 泣きマネしているだけで。

 まあ、さっきは大人の包囲網が怖くて、本気で泣きそうでしたけどね。


「ほら、アンジェ泣き止め」


 ぽんぽんと、何度か頭を軽く叩かれました。

 怪しまれないように、口元をへの字にして、必死に泣くまいという表情を作りましたよ。


「よーし、良い子だ、良い子。良い子なら、泣くなよ?

お前は、僕の一番大事な女だからな」

「一番大事?」


 えーと? 何か衝撃的な言葉が飛び出たような?

 キョトンとしたら、レオ様は一瞬、しまったと言う表情になりました。

 すぐに取り繕う顔になり、真剣に言い訳を始めました。


「お前たち姉弟は、僕の弟と妹みたいなもんだからな。

兄なら、かわいい妹を、女として一番大事にして当然だろう?」

「……まとめて、レオ様の妹扱いですか。

まあ、レオ様と同じ、金の髪と青い瞳ですからね。

王宮の方々が、『王妃様に姫君がおられれば、私たち姉妹のようだったはず』と、言っているのは知っています。

なにより、一人っ子のレオ様は、ときどき私と兄弟ごっこしましたもんね」

「……僕だけじゃないぞ。ライだって、お前を妹扱いして、ときどき夜会のエスコート相手に誘っていただろうが。

それより、減らず口がたたけるなら、涙は引っ込んだよな?」

「……ええ、優しいお兄様のおかげでね」


 私がキョトンとしたので、レオ様は、これ幸いと話題をうまくそらしましたよ。

 軽口を叩きあい、私が泣きマネを止めると、ホッとした顔つきになりました。


「お兄様? ……アンジェ、もう一回呼んでくれ!」

「……え?」

「もう一回!」

「……レオナールお兄様」

「お兄様か……良いな。素晴らしい響きだ♪」


 思った以上に食い付く、一人っ子王子様。

 仕方なく、もう一回お兄様と呼んであげました。

 感動をかみしめるお兄様に、弟分が抗議しましたよ。


「……レオ兄貴。妹ばかり可愛がって、弟は見捨てるのかよ?

俺を前に出したこと、忘れてないか!?」

「何を言う。男は自分で道を切り開くものだぞ!

ほら、きちんと自己紹介をしろ。足りん所は、お兄様がフォローしてやるから」

「ちぇ、弟は損だぜ」


 王太子にタメ口で、不敬なことを言う、私のはとこのジャック。

 はとこと言いましても、生まれた頃から私たち五人兄弟と一緒に育てられたので、私には弟の感覚しかありませんけどね。

 幼い頃は、私の実の弟、ミケランジェロと双子の兄弟と信じていました。

 もしかしたら、うちの末っ子のエルは、今も実のお兄様と思い込んでいるかもしれません。



 貴族スイッチを入れたジャックは、口調を改めて、完璧な紳士の礼を披露しました。


「東地方の領主様方。お初にお目にかかります。

私は、北地方の新興伯爵家の分家次期当主にして、東地方のキハダ産地の正統な跡継ぎ、ジャックと申します。以後よしなに」


 王太子によって、ジャックが皆さんの前に追いやられた瞬間から、大人たちは察していたようです。

 何も言わずに、ジャックの次の言葉を待ちました。


「皆様方のご想像の通り、私の父方の祖母は、キハダ産地を治めていた子爵家の出身です。

我が本家の二代目当主夫妻によって救われた祖母は、奥方の実家、北地方の湖の塩伯爵家に預けられ、養子縁組いたしました。

このときの祖母は、平民と結婚させられる予定であったため、お家乗っとりした、おじによって、貴族の戸籍を抹消されておりましたゆえ。

塩伯爵の養女になることで、貴族としての戸籍を取り戻し、キハダ産地の領主の正統な血筋であることを、王家に保証されたのです。

そして、我が祖母は、命の恩人、北の名君の弟に嫁ぎました。

そのような経緯で、キハダ領主の正統な血筋は、我が父を経由し、孫の私に受け継がれております」

「ジャックの祖父母を仲人したのは、先代国王夫妻……僕のおじい様とおばあ様だ。

僕のおばあ様は、東地方の総元締め侯爵家の出身だから、ジャックのおばあ様を知っており、親しい友人でもあった。

降ってわいた友人一家の不幸を悲しみ、幸せになれる道を探したのだ。

その結果が、友人を助けてくれた藍染産地の領主、北の名君に預けることだった。

ジャックの祖母は、キハダ染め産地の正統な領主の血筋だが、子供や孫がお家騒動に巻き込まれることを、望まなかった。

ゆえに、ジャックの存在を表舞台から隠したのだ」


 私から手を離したレオ様は、ジャックの隣に立ち、捕捉してくれます。

 途中で言葉を切り、王者の瞳で、ぐるりと見渡しました。


「十五年前、キハダ産地を継いだ弟夫婦の息子が、脱税していることが分かった。

厳しく調べるうちに、後を継いだ弟家族が、とんでもない極悪人一家と判明した。

なんと、馬車が盗賊に教われた事故と見せかけて、両親と兄夫婦を殺害するように、貧困にあえぐ者に依頼していたのだ!

権力と地位に目がくらみ、血を分けた親兄弟を殺すという、極悪非道な残虐王と同じことを行った!」


 レオ様は顔の近くで右手で、強く拳を握り、演説します。


 春の国で、最も忌み嫌われる国王。それが、残虐王です。

 自分が国王になるため、四代目国王の父親を暗殺し、邪魔になる弟や、親戚の塩の王子ラミーロ一家に冤罪をきせて処刑した、血にまみれた国王。


 このような歴史があるため、春の国では、血縁殺しは大罪とされます。

 東地方の貴族たちは、すでにキハダの事情を知っていますので、一様に厳しい表情になりましたよ。


「我が身に流れる春の国の英雄、善良王『レオナール』の名にかけて、許すことはできぬ!

これは、我が父たる国王も、我が祖父たる先代国王も同じ!

ゆえに、キハダ産地を乗っ取った極悪人どもは、一族残らず処刑した。

残虐王のような、極悪非道な領主などいらぬ! 血を残す必要もない!

清く正しい、善良王のような領主と、正統な血筋が必要なのだ!」


 拳を天に突き上げ、ビシッと美味しい所を決める、王太子。

 善良王の名前を受け継ぐ、「レオナール王子」の演説は、最強の演説ですよ。


 とたんに、東地方の貴族たちから、爆発するような拍手が巻き起こりました。

 しばらく、そのままでいたレオ様は、軽く頷くと拍手をおさめるように合図します。

 静かになったのを見届けると、今度は、ジャックの背中に手を回し、肩を抱いて見せました。


「北の新興伯爵家は、北の侯爵家から枝分かれした分家だ。

北の侯爵家には、善良王の孫に当たる、塩伯爵の姫が嫁いでいる。

そして、ジャックから数えて、六代前の藍染農家の所へ、北の侯爵の姫が嫁いだ。

その孫が、ジャックのひいおじい様であり、北の名君の父親になる、新興男爵家の初代当主。

ゆえに、ジャックは僕と同じく『善良王の子孫』を名乗ることができる」


 さすが、民衆心理掌握にたける王族です。

 ここで切り札「善良王の血筋」を、効果的に使いましたよ。


 ジャックは、生まれながらの英雄の血筋だと、周囲の貴族たちを洗脳していきます。


「東地方の領主たちよ、見ての通り、ジャックは若輩者。

三年後に成人を迎え、キハダ産地の領主に就任した暁には、先達として面倒を見てやって欲しい。

これは、兄役として面倒をみている僕やラインハルトの願いであり、不当に命を奪われたキハダ領主……ジャックのひいおじい様たちの願いでもあると思う。

春の国の将来のためにも、くれぐれも頼んだぞ」


 そこまで言ってから、レオ様はジャックから手を離し、優雅に紳士の礼をしました。

 王太子がわざわざ頭を下げて頼んだことで、ジャックが王家にとって、大切な存在と印象付けられたはず。


 なんと言っても、春の国民が尊敬し、崇め奉る英雄「善良王」の子孫です。

 そして、東地方の貴族出身である先代王妃様が目をかけ、国王や王弟の一人息子たちが、弟として可愛がる存在。

 東地方の領主であれば、邪険にするどころか、もろ手をあげて歓迎し、世話を焼いてくれるでしょう。

 王家の覚えを良くしたい思惑や、キハダの正統な領主だからとか、様々な感情を持ちながらね。


 北地方の動乱を生き抜いたジャックは、人を見る目があります。

 東地方の領主たちの思惑を見分け、自分たちに良き影響を与える人物とだけ、深い関係を築くでしょうね。



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