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118話 博識の大人には、尊敬の眼差しを

 好奇心満載の瞳で見上げる私を見て、医者伯爵の当主は、絶句しておりました。

 口を開けて三分くらい沈黙したあと、重々しい息を吐きます。

 気難しい顔つきになり、私の質問に答えてくれました。


「ふむ……辞書通りに説明するとしよう。

『てごめ』とは、暴力で人に迫害を加えること。迫害は分かるか?」

「えーと……強い立場の人が、弱い立場の人の生きる権力などを奪うことです。

ということは、レオ様が言った『女をてごめにする』は、王子の権力で無理やり花嫁にすることでしたか……さすがに、私に怒って当然ですね」

「……レオナールのせいか。あのうつけ者が!」

「はい?」

「そなたは、飲み込みが早いと誉めたのだ。

人道に反することだと、覚えておければよかろう」

「わあ……厳格な王宮医師長殿から誉めて貰えるなんて! 至極光栄です!」


 おおっ! さすが、デキる大人の男性ですよ!

 子供の私には教えないと突っ張ねた、周囲の方々とは違います。

 途中で何かボソボソとおっしゃっていたことは、聞き取れませんでしたけど、誉めてくださったようですね。

 厳しいことで有名な方なので、表だって誉めることに、戸惑いを感じて、声が小さくなったのでしょう。

 満面の笑みで、嬉しいアピールしておきました。


「では、次だ。『きせいじじつ』とは、二つの言葉から成り立つ。東の倭の国の言葉が、我が国に取り入られて、出来たのであろうな。

祈誓(きせい)』とは、祈り誓うと書き、 なにかを成就させるために神に誓いを立てることだ。

事実(じじつ)』とは、実際にあった事柄として、誰もが認めなければならないことだ」

「そうしますと……恋の駆け引きでは、『夫婦になると神に誓い、婚儀が行われたと、周囲が認めなければならない』と。

夫婦の誓いを立てたと言いふらされたら、本人たちは良くても、周囲は困りますよね。

王太子のレオナール様なら、私の常識はずれの進言に怒鳴るのは、当然だと理解しました」

「うむ。そこまで理解したならば、以降は、発言に気をつけて欲しい」

「はい!」


 気難しい表情ながらも、優しく諭す口調で話しかけてこられます。

 うちの妹に、医学を教えているときのような口調で。


「……おい。ローの父上が、怒らずに教えているぞ!?」

「オデットに教えるときは、いつもあんな感じで、誉めまくるよ。

自分(ぼく)のときは、常にカミナリ落としながらなのに」


 王太子のレオナール様や、ご子息のローエングリン様の驚く声が聞こえました。

 ……もしかしたら、娘の居ない王宮医師長殿は、私たちのような年頃の娘に、どのように接したら良いか距離を図りかねているのかもしれませんね。

 そう考えると、気難しい顔は、息子のローエングリン様に厳しく接していたときの名残かと。

 分別ある男性ならば、女性は優しく扱うと心得ているはずですからね。

 娘が居ないため、口調しか優しくできないのでしょう。


 ……なかなか、可愛い所を、発見してしまいました♪


「最後に『じょーじ』だったな。

これは承る仕事と書いて『承仕(じょうじ)』と読む。東の倭の国から入ってきた、承仕法師が短縮されたものと推測できる。

承仕法師とは、 神殿で鐘をつく役目の聖職者のことだ。これから、何を考える?」

「えーと……恋の駆け引きだと……神に夫婦の誓いをしたと知らせる鐘を鳴らす?」

「ふむ。ならば、そなたが知りたがった言葉が、どのような結果をもたらすか、想像もつくな?」

「……権力で相手を無理矢理、花嫁になるように仕向けて、勝手に神に夫婦の誓いを立てて、周囲に夫婦だと分からせるように、神殿の鐘を鳴り響かせるわけですね。

なるほど、ルタ嬢がレオ様に仕掛けようとした、『刺激的な夜を過ごす』とは、この一連の作業をこなして、夫婦宣言をし、王太子の花嫁になると画策していたと。

レオ様、王太子として最も困る、人道に反する進言をして、申し訳ありませんでした」


 レオ様に向き直り、ペコリと、おわびの淑女の礼をしました。

 

「うむ。分かってくれたならば良い」

「レオナール、後で話がある。ローエングリンも同席せよ。これは、命令だ」


 レオ様がふんぞり返って返事したとたん、医者伯爵当主の重厚な声がしました。何やら、お怒りのご様子。

 レオ様やロー様が面倒くさがって、私に説明をサボったことを、注意されるんでしょうね。


「……素晴らしい、お手並みだ」

「さすが医者伯爵様!」


 私とロー様の父君の会話を観察していた周囲から、称賛の声が聞こえます。

 説明をサボった子供の王子たちと違って、大人の王子として、きちんと教えてくれましたもんね。

 尊敬の眼差しで、見上げてしまいましたよ。

 私の視線に困ったのか、眉間のシワを濃くして、ますます気難しい顔になりましたよ。



*****



 のんきに夕食を食べていたら、王宮騎士団長を呼びに行っていた、王太子の新米側近たちが帰ってきました。


「王太子殿下、お呼びになられましたかな?」


 腰をしゃんと伸ばし、年齢を感じさせない足取りで、廊下を歩く老将。


「先代王宮騎士団長? 僕は、現在の王宮騎士団長を呼んだはずだが?」

「『北の名君』が数十年ぶりに表舞台に立つと、聞ましたからな。

我が戦友が春の代表として大陸の覇者を迎えに行くのならば、『西の狼』と呼ばれしワシが同行するのは、当然ですぞ!」


 年齢を感じさせない、ハツラツとした声。

 大きな声は、廊下中に響きましたよ。


「……おじい様、年齢考えて欲しいっす」


 孫に当たる王太子の側近は、ボソッと愚痴りましたが、祖父殿は華麗に無視します。


 この祖父殿が、奥方が毒を飲まされ、西の公爵に人質としてとられていた、西地方の辺境伯当主。

 今は医者伯爵当主に忠誠を誓いし、西地方の武官の世襲貴族ですよ。


「あ、義勇軍に参加していた者たちが、現在、王宮に来ています。

先代騎士団長殿とお会いすれば、お喜びになるかと」


 思い付いたので提案すると、孫の方が食いつきました。


「義勇軍の生き残り? 本当っすか!?」

「本当だ! 偉大なる戦記を語ってくれると言った!」

「レオ様の書類整理が残っているので、お二方は聞けませんよ。

じいやから戦記を聞きたいなら、仕事を終わらせてください」


 王子スマイル全開で、弾む声を出す王太子。あきれさせる発言に、私はジト目を向けました。

 現実を突き付けたら、親友二人は、絶望的な顔付きになりましたよ。


「どこに居るのだ!?」

「騎士たちの訓練場です。義遊軍の戦記は、将来、雪花旅一座で野外歌劇として公演予定があるので、その歌劇の監修をしていると思いますよ」


 あれ? 気難しいことで有名な王宮医師長殿が、嬉しそうな顔を見せていますよ。


「おい、アンジェ。歌劇監修って、なんだ?」

「レオ様。うちの下の弟が考えている、新しい演目ですね。

戯曲王が善良王の戦記を『王家物語』として歌劇化したように、うちの弟は北の名君の戦記を歌劇にしたいようです。

その草案を、今、騎士団の訓練場で演じてみせていると思います。

元義勇兵のじいやたちは、記憶を頼りに細かい修正をしてくれるので、監修役です。

言っておきますけど、レオ様の仕事が残っているので、私たちは見ることができませんよ」


 会話に割り込んだあげく、訓練場へ行きかけた王太子を、言葉と行動で捕まえました。

 サボりは許しません!


「こうしてはおれぬ!我が息子、ローエングリンよ。雪の国の王族を出迎える相談を、きちんとするのだぞ」

「えっ、父上? 出迎えの相談って、なに?」

「詳しくは、アンジェリーク秘書官に聞くがよい。私は騎士団の訓練場へ、おもむくゆえ、後は任せた!」

「お待ちくだされ、王宮医師長! 抜け駆けは許せませんな!」

「先代王宮騎士団長よ、そなたも来れば良いであろう?

そうだな……いとこ……国王に、今宵、大広間を解放してもらえるように、掛け合ってくるか。

そこへ話を聞きたい者たち、勤務の終えた騎士や非番の騎士を集めれば良い。

夜勤に当たる者は、後日、話を聞ける機会をもうけるゆえ、今宵は業務に励むように通達せよ」

「はっ! 了解しました!」


 ロー様そっちのけで、楽しそうに話を進める二人。

 王宮医師長と先代王宮騎士団長のやり取りに、レオ様や医者伯爵の王子たちを守る近衛兵たちは、職務を忘れて歓喜の声をあげました。

 不思議そうな顔は、騎士になって日が浅い新人騎士たちと、会計員たち文官の世襲貴族ですね。


 ……不本意ながら、武官の王族の影響力を、肌で感じました。

 王宮医師長の言葉一つで、王宮の騎士団全体が動く様子を、目の前で見ましたからね。

 こんな医者伯爵家を軽く見るなんて、文官の世襲貴族たちは、マヌケだと思います。

 だから、おバカな西の公爵たちの台頭を許してしまったのでしょう


 そんなことを考えていたら、医者伯爵の当主殿は、私をご覧になります。

 笑顔を止めて、真剣な顔つきになりました。両肩に手を乗せ、視線を合わせて、お尋ねになりました。


「アンジェリーク秘書官。義勇軍の生き残りと言うことは、そなたの関係者か?」

「……ええ、まあ。おじい様の大親友で、我が家の使用人たちです」

「どのような人物なのだ?」

「そうですね……例えば使用人頭のじいやは、義勇軍総大将の右腕だった人物。弓騎兵部隊の隊長ですね」

「弓騎兵の隊長とな!? 是非とも話を聞かねば!

王宮に引き留めてくれるな? 領地に戻すなどと、申さないな?」


 私の両肩をつかんで、脅迫まがいの言動をなさる、医者の王子様。

 「じいやを領地に帰さない」言質を取ろうと、必死です。


「……じいやは、老齢ですからね。北地方の夏の涼しさに慣れた老将が、王都の暑さに耐え……」

「案ずるな! 王宮医師長たる私が、主治医となろう!」


 私の言葉をさえぎり、話の主導権をにぎる医者……いえ、軍師の家系の王子様。

 ランランとした目の輝きは、先ほどの嬉しそうなレオ様にそっくりです。さすが、親戚ですね。


 うちの妹の嫁ぎ先予定からの申し出を、無下にもできません。

 愛想笑いを浮かべて、相手が喜びそうな返事しました。


「……分かりました。もうしばらく王宮に居てくれるよう、じいやにお願いしてみます。

じいやは、オデットの婚約者になったローエングリン様が気に入ったようなので、喜んで医者伯爵家の方々と話してくれると思いますよ」

「そうか、そうか♪」


 真剣な顔つきから、珍しく笑顔を浮かべた、医者の王子様。

 私の両肩に置いた手を離して、言質を取った喜びを、先代騎士団長殿と分かち合い始めます。


 横目で見ていたレオ様から、話しかけられました。


「なあ、アンジェ。聞きたいことがある。

義勇軍総大将は、西国に連れ去られた湖の塩伯爵の姫を助けだし、相思相愛になって、春の国民すべてから祝福される結婚をした。

この認識は、間違いないよな?」

「はい」

「じゃあ、なんで、決闘なんてしたんだ? 望まぬ結婚を強いられていたなんて、初耳だぞ」


 ……レオ様の発言に、私は盛大に困った表情を浮かべました。

 意見を伺うように、軍師の家系の王子様を見ます。詳しく話しても良いか、意見を求めました。

 顔を横にふり、自分には判断できないと、無言の返事を返されます。


「レオ様、申し訳ありません。まさか、王太子たるレオ様が知らされていないと思わなかったので、つい口を滑らせてしまいました。

祖父母の結婚は……とある方々の名誉にかかわる事なので、ご容赦ください」

「……王太子の僕が知らない、か。

どうも、医者伯爵が関わっているあたり、余程の軍事機密であり、国家機密と見える」

「そんなことは、ありません。北地方に来た騎士の方々は、全員知っています。

ただ、王宮内で広まっていないと言う事実を考えますと……現在の王宮騎士団長が箝口令(かんこうれい)を敷いたのでしょうね」

「おい! 一般の騎士が知っていて、王太子の僕が知らないってどういうことだ!?」


 私の説明に納得できないのか、レオ様は仏頂面になりましたよ。

 不機嫌丸出しの声で吠えます。


 困った顔をしていたら、先代騎士団長に付き従っていた新人騎士たちのヒソヒソ話が聞こえました。


「なあ。今の話題についていけないんだけど。お前は分かるか?」

「あー、知らないんだっけ? アンジェリーク秘書官は『北の名君』の孫娘なんだ。すごいよな!」

「はあ? 北の名君って……西戦争の英雄、義勇軍総大将だろう?

平民の英雄の孫娘が、なんで貴族なんだ? つじつまが、あわない」


 ……お二方、どんどん声が大きくなってきていますよ。廊下に響いて丸聞こえです。

 コレ、なんとかしておかないと、変な噂が流れそうですね。


「西の戦の国を(あざむ)くために、父方のおじい様は農家の息子と名乗ったのですよ。

実際は、騎士の名門、湖の塩伯爵家当主が手塩にかけて育てた、将軍の卵です。

噂を操り、戦局を有利にする戦術も習っていました。

おじい様の狙い通り、『平民の農家の息子が、義勇軍を結成して、騎士の真似事をしている』と、春の国内に噂が流れたようですね。

事実、西国は噂にだまされて油断し、大敗を重ねたでしょう?」

「アンジェリーク秘書官!? 我らの話を聞いて……」

「聞こえたんですよ。聞きたくて、聞いたわけではありません。あなたちの声が大きいだけです」

「あ……」


 私が困った顔のまま指摘すると、新人騎士たちは目配せしあい、うつむきました。

 先代王宮騎士団長殿の付き人業務は、新人騎士が日替わりで務めますからね。

 今日の新人殿が、平静を装い、無言を貫く近衛兵の域に達するのは、またまだ時間がかかりそうです。


「ですので、先ほどの独身貴族の方々の話は、頭痛を感じながら聞き流していました。

北の名君の正体で一番近いのは、『商人で反物問屋説』ですね。

我が家は、三百年続く藍染農家。染め物の材料である反物を扱う家柄なので。

うちの祖父母が新婚旅行で東地方に行った時に、キハダ産地のご令嬢の境遇を知り、助けたんですよ。

これで、皆さんの疑問が解消しましたよね?」


 困ったような雪の天使の微笑みを浮かべて、念押しすると、コクコクと頷く、独身貴族たち。

 ざっと周囲を見渡すと、なんとなく一部の人々の私を見る目付きが変わった気がします。

 王太子の秘書官ではなく、「北の名君の孫娘」と言う認識に変換された結果でしょう。

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