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117話 大人の恋愛って、何ですか?

「さっきの投げ技、すごかったよね。姉さんのために怒ってくれたし……」

「ミケ、気を許すな。あいつは、オデットを奪ったんだぞ! 俺の花嫁を!」

「ジャックに、妹はやらないって、言ってるだろう! 姉さんだって、やらないからな!」


 軽い夕食の準備が進む廊下で、口喧嘩を繰り広げるのは、私の弟のミケランジェロとはとこのジャックです。

 先ほど、医者伯爵のローエングリン王子が、王太子を投げ飛ばす様子を見てしまいましたからね。


 私は投げ飛ばされた王太子、レオナール王子の側に移動していました。


「大丈夫ですか?」

「……手加減はしてくれたようだが、腹が痛い。

ローが本気で怒ったのは、久しぶりに見たぞ」


 側近たちによって、助け起こされたレオ様は、睨み付けてくるロー様を嫌そうな顔で見ました。

 ご機嫌ナナメな声音で答える、医者伯爵の王子様。


「レオが、バカなこと口走るからだよ!

さっきレオが言っていたことについて、また聞きにこられたら、自分(ぼく)は困るからね。

姉君。さっきレオが言っていたのは、『大人の恋愛』に分類されるから、自分は絶対に教えないよ!」


 レオ様から視線を移したロー様は、私に釘をさしました。


 えー! 教えてくれないの!?

 レオ様は、まだ成人していない内から知ってるのに?

 私と一つしか年齢が変わらないのに?


 不満満載の私は、気持ちを表情に出して訴えました。


「不満そうにしても、ダメ! 教えないったら、教えない! 子供は、知らなくて良いの!

ここにいる会計員や近衛兵、使用人や侍女たちも、全員、自分と同じ意見だと思っておいて。

第一、アンジェは恋愛に興味無いから、必要ないよね」


 ……くっ! 私以外の周囲すべてを味方にして、好奇心を満たす機会を奪うなんてヒドイ!

 さすが、歴史に名を残す、軍師の家系です。敵にしたら手強い。


 不満そうにしている私に、レオ様が話しかけてきました。


「おい。アンジェの中のカッコいい男って、どんなヤツだ?」

「まず仕事を真面目にする。早くて正確に仕上げるなら、なお良し。

周囲との会話をするなら、相手を気づかい、フォローするくらい、素晴らしい働きぶりと精神的余裕がある。

そして、仕事が終わって帰宅した後は、家族に笑顔を見せて『ただいま』や『愛している』と言う人ですね」

「そんな完璧な男、居るか!」

「居ますよ、国王陛下。レオ様のお父君。

仕事がバリバリこなせる男性で、王都でも理想の夫と言われる、王妃様が大好きな愛妻家」


 反論しかけた親友に、一番身近な例をあげました。

 男性は言葉にして伝えないと、女性の言いたいことをきちんと理解してくれないと言うのが、祖母の格言ですからね。

 私は、他のご令嬢たちと違って、はっきり、キッパリ意見を言います。


「……おい、愛妻家は関係ないだろう?

父上は、息子の僕から見ていて、目を背けたくなるくらい、母上に一途だ。

もう少し、距離をおいた方が良いと思うぞ」

「レオ様は、もう少し、婚約者候補にお会いした方が良いと思います。

仕事一筋で家庭を省みない男性なんて、将来的に家庭内別居、外では仲良さを演じる仮面夫婦一直線ですよ?

いずれ、どこぞの歌劇のように、『仕事と私、どちらが大切なの!?』と奥方に責められて、見捨てられるでしょうね」

「……仕事が忙しいのは、仕方ないだろう。第一、男が仕事をするのは、家族のためだ!

僕の場合は、『国のため、民のため』と言う理由も加わるんだぞ!」

「現段階で、そこまで理解力のある年頃の女性は、少ないと思います。

皆さん、白馬の王子様にあこがれ、遊びたいお年頃ですからね。

正真正銘の王子であるレオ様には、おとぎ話の王子ような対応を求めますよ」

「ふざけるな! 僕は、おとぎ話の王子じゃない!

自由気ままな旅に出て、適当に嫁を見つけて、帰国したらすぐに即位して国を継げるような、夢物語の世界に生きていない!

勉学に努め、武術を磨き、民を導く偉大な王になるために、努力し続けているんだ!」

「……もう少し肩の力を抜いて、婚約者候補の遊びに付き合ってあげては?

それに、婚約者候補のご令嬢たちだって、努力しておりますよ?

王太子と年齢が近くして生まれたため、『将来の国の花になれ。模範貴族令嬢と呼ばれて、王太子に釣り合う娘になれ』と、幼い頃より厳しい教育を受けてこられているのですから」

「ふん! その厳しい教育は、玉の輿に乗るため、礼儀作法やダンスみたいな、淑女教育だけに集中しているから、世話ないぞ。

だいたい、僕の嫁になるなら、周辺四か国語に堪能で、国政を理解し、外交ができて当然。僕の母上のように!」


 十八番(おはこ)の理想論をかかげる、ロマンチストの王太子。

 しかも、今回は、単なる理想像ではなく、「現在の王妃」と言う具体的な存在がいるため、始末が悪いですよ。


 私を含む王太子の側近たちは、頭をかかえる表情を浮かべました。

 廊下に出て来て、夕食に手を伸ばした会計員や近衛兵、使用人と侍女たちは、納得した顔です。敬愛する王妃様ですもんね。


「だいたいなぁ。遊びに関心を向けて、王妃教育に力を入れんヤツに、僕が慈悲をかける必要はない!

努力もせずに、王子に見初められただけで、嫁になれるなんて夢物語が、現実に起こるわけないだろうが!」



 ……うちの妹たちは可愛いから、王子の花嫁に選ばれたと、影口を言われていますけどね。

 私の心を読んだかのように、口を挟むのが、軍師の家系の王子様です。

 私の亡くなった父のような、理想の夫になれると、太鼓判を押している、将来の義弟。


「んー。レオみたいに王太子ともなると、花嫁の条件は厳しくなるんだね。

僕がオデットを選んだ一番の理由は性格だから、レオよりは花嫁の理想が低いかも」

「……そういや、ローは、男を立ててくれる、内助の功な部分に惚れたんだよな?」

「うん。とても控え目で貞淑だよ。それから裏表無い、誠実なところなんて、すっごく好み♪

ほら、自分(ぼく)がお見合いしてきた女の子たちって、自分を踏み台にして、レオとお近づきになり、王太子の花嫁になりたい野望が丸わかりだったからさ」

「お前、それを逆手にとって、僕にアホな女の情報を流してくれたよな。ずいぶん、助かったぞ」

「お役に立てたなら、なにより。国のために泥を被るのも、王族の役割だからね」


 レオ様に向けて、さわやかな王子スマイルを浮かべる、ロー様。

 婚約者である私の妹オデットが、この場面を見たら、うっとりして惚れ直したでしょうに。

 今は居ないので、残念です。


「あー、でも懐かしいな。オデットって、お見合いのときも本当に可愛いかったんだ♪

エスコートしようと自分(ぼく)が手を差し出したら、恥ずかしがって、なかなか手を握ってくれなかったんだよね。

あんなに純情な姫君が、この世に存在するなんて思わなかったよ! 天使だって、思っちゃった♪

ほら、王都に住む貴族の姫君たちって男慣れしてるからさ。エスコートするための手を差し出すのが少しでも遅れたら、不機嫌になって、ツンと顔を反らすような子が多いよね」

「あー、そうだな。ファムなんて、ちょっと遅れただけで、『王女の私をバカにしていますの!?』とかキンキン怒鳴って、ヒステリーを起こしていたな。

あのヒステリーには、父親の副宰相も、頭を抱えていたぞ。気の毒に」


 レオ様の一言に、深く頷く男性陣。王家に忠実なはずの、王太子の側近や近衛兵まで、そろって頷くなんて……。

 おバカさん王女のファム嬢は、昔からヒステリー魔だったようですね。


「それから、庭を散歩して、植えてある植物の名前や薬用作用を教えてあげたら、目を輝かせて聞いてくれたんだ♪」

「……おい。ローがお見合いで失敗する原因の一つは、薬用作用まで教えるからだと、助言したはずだが。

オデットのときまでやったのか、お前は!」

「えっ? 医者になりたいなら、植物の薬用作用を知りたいはずだよ?

父上も、医者になりたい母上とお見合いしたとき、薬用作用を説明したって言ってたし。

母上は、メモ帳を持ってきてないって涙目で父上に訴えて、使用人に取りに行かせて、熱心にメモしたって。

オデットは、北地方の貴族の特徴で記憶力が良いから、お見合いのときに教えた薬用作用、半年ぶりにあったときも覚えていてくれたけど♪

頭も良いし、北国の言葉も完璧な才女! それから、性格も良くて、将来の美人間違いなしの掛け値なしの美少女♪

その上、春と雪の王位継承権まで持つから、王家にありがちな血筋問題も起こらない、天使どころか、女神のような女の子なんだ♪」

「くっ……僕の助言をノロケ話に変えるなんて!」


 医者伯爵の王子様は、婚約者と相思相愛です。

 大好きな婚約者のすごいところを、皆に紹介しているつもりでしょうが、全部ノロケ話にしか聞こえません。

 女性運が悪い王太子や、恋人のいない独身貴族たちは、呪いをかけるような目付きになっていました。

 反対に、結婚している大人たちや、婚約中の独身貴族たちは、生暖かい目で見守っています。


 一つ年上のはとこのノロケに、付き合いきれなくなったのか、レオ様は私に話しかけました。


「おい、アホな嫁はいらんぞ。お前が何を画策しようが、僕の恋路の邪魔になると心得ておけ。

第一、恋愛したことないお前より、ローと恋愛中の妹の方が頼りになると、誰でも分かるよな?」


 腹立つ! 本当のことなので、言い返せませんけど。

 現実主義の私には、現実を突き返せば黙らせることができると、レオ様は学習してきたようです。


「はいはい、王子様のおおせの通りですよ!

ですが、夏休みくらい、王妃候補の方々と遊びに行く時間を、とってあげてください」

「却下。北国と東国の王族が来るのに、遊びに行く時間なんてあるか!

あいつらを遊びに誘えば、他国の王家に紹介して欲しいから、王宮のお茶会に招待してと言うのが見える。

もし招待すれば、他国の王家の前で、さも自分が将来の王妃に選ばれたかのように振る舞うか、他の王族に見初められようとするに決まっている!」

「そんな風に、偏見を持たないであげてください。

それに、レオ様が居るのに、他国の王家によそ見するなど無いと思いまいますよ」

「する。あいつらは、よそ見する!

去年の夏休み、お前が寝込んでいたころ、南の海の国の王子が我が国へ来ただろう?

あのとき、歓迎の夜会を何回か開いたが、参加していた独身女どもは、海の王子に群がったぞ!

ついでに言えば、前回の婚約者候補のファムやルタ、現在の婚約者候補の女たちも混ざっていた。

僕が見てないとでも思っているんだろうが、しっかり見て、覚えているぞ!」


 ……なんとも、衝撃的な一言でした。

 思わずよろめき、とっさに弟が支えてくれましたよ。

 

「姉さん、大丈夫?」

「ええ。……まあ、玉の輿狙いの女性なら、当然の選択肢でしょうね。

『権力を持った地位』『他人に自慢できる血筋』『自分の物欲を満たすための財産』が最優先。『王子』なんて、三つの条件を満たす、優良物件ですよ。

ついでに、王子は美しい母親を持つせいで、ハンサムな方が多いですから、不細工の心配ほとんど無し。

王子の性格なんて、二の次ですね。玉の輿にとって大事なのは、『自分の幸せ』であって、『結婚相手の幸せ』ではないでしょうから。

王妃候補に選ばれるほどの優秀なご令嬢ならば、他国の王子妃にもなれると思って、なおさらアピールするかもしれませんね。

春の国の王族になるのが目的ではなく『玉の輿に乗る』のが、目的なので」


 指折り数えて冷静に分析していたら、春の国の王子、レオ様が顔を歪めました。

 たまりかねたように、私のはとこのジャックや、弟のミケ……雪の国の王子たちが抗議します。


「レオ兄貴! なんで、姉貴にこんな話するんだ!?」

「そうだよ! 現実主義の姉さんなら、『王子の夢を木っ端微塵にする』って、分かってるでしょう!?」

「……怒らんでくれ。僕も、夢を木っ端微塵にされた。

アンジェに話したことを、心から後悔している!」


 えーと、実はジャックも、母親経由で「雪の国の王位継承権」を受け継いでいます。

 うちの弟同様に、「雪の国の王子」「春の国の貴族」二つの戸籍を持つわけですね。


「良かった……自分(ぼく)は、オデットと恋に落ちて、本当に良かった!

玉の輿狙いで、レオの花嫁になるために、自分を踏み台にしようとした子達って、全員、姉上のあげたような考えを持っていたからね」


 絶望する王子様たちの中で、祈りの形に手を組んだロー様は、一人だけ満ち足りた笑みを浮かべました。

 うちの妹は「雪の国の王女」であるため、貴族のご令嬢のように、玉の輿を狙う必要がありません。

 「王女」という「王子」と、対等な立場ですから。


 意を決して、私を止めたのは、王太子の新米秘書官殿です。

 絶望の空気に当てられたのか、彼の声も、やや死んでいますけどね。


「……雪の天使の姫。お願いですので、それ以上はご容赦を!

レオ王子が再起不能になれば、残っている書類整理に支障がでます」

「それもそうですね。

レオ様、夕食食べ終えられたら、気持ちを切り替えて、仕事してください。

少なくとも、東国へ留学中だったクレア嬢と、クレア嬢を迎えにいかれていた、東の辺境伯のご令嬢。

それから、西国へ旅行中だった赤毛の西の伯爵令嬢は、海の王子に会っていないので、よそ見していないでしょう?」

「……まあな。後は、寝込んでいたお前とか」

「ほら、希望は残されています。その三人は、王妃候補の中でも、特に優秀な方々だと思いますよ」

「うむ。玉の輿どころか、恋愛に興味ないお前も、安心して側においておける女だぞ!」

「そうですか?」

「うむ。王子という僕の外側ではなく、『親友』として、僕の本質を見てくれる女だからな。

よく知るゆえか、休憩のお茶のときも、僕の細かいリクエストに嫌な顔ひとつせず入れてくれるし、僕が食べたいお菓子もすぐに察してくれる。

お前は僕が手放したくない、唯一無二の女だ! 自信を持って、僕の隣に控えていてくれ」


 新米秘書官殿を立てて、見所のある王妃候補たちの名前を出して、レオ様をなぐさめました。

 嬉しかったのかどさくさ紛れに、私の正面に移動してきましたよ。

 輝かんばかりの王子スマイルを浮かべて、いろいろと誉めながら、私の両肩を数回叩きました。


「食事中だったか。皆の者、残業ご苦労」


 落ち着いた、ダンディ声が聞こえました。

 王宮騎士団長の子息殿に呼ばれた、ロー様の父君が到着されたのです。

 分家王族、医者伯爵家の当主に、王太子を含めた全員が、敬意を込めて一礼しました。


「良い、楽にせよ。食事をとって英気を養い、この後の仕事に集中して欲しい」


 挨拶の代わりに右手を上げて、そうおっしゃいました。

 王族の貫禄たっぷりです。


「簡単な話は聞いたが……発案者はアンジェリーク秘書官らしいな?」

「はい」


 手招きされたので、弟やレオ様から離れて、王宮医師長殿のお側へ移動します。


「あ、詳しいお話の前に、ちょっとした質問がしたいです。

北国とは、全然関係の無い質問で恐縮なのですが、よろしいでしょうか?」

「質問? 博学なアンジェリーク秘書官にしては、珍しいな。申してみよ」

「ありがとうございます♪」


 おおっ! ダメもとでお願いしてみましたが、質問の許可が出ましたよ♪


「えーと、『てごめ』『きせーじじつ』『じょーじ』って、何のことですか?

王都の大人がする、恋の駆け引きらしいので、よくわからないのです」

「なっ……!?」


 ロー様の父君は、唖然としたように、口を開かれました。


 恋愛に興味の無い私が、突然このような質問をしたので、驚いたようですね。


 皆さん、忘れていますが、私は恋話が好きな十六才。年頃の娘なんですよ?

 自分の恋愛に興味なくても、 大人の恋愛とやらには、興味があるです♪


 

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