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111話 私が血を吐いた原因は、悪意によるものでした

 春の国の王族である、医者伯爵一族が住む離宮に、王太子のレオナール王子、宰相の息子のラインハルト王子が集まっていました。

 婚約発表が待たれる、医者伯爵の跡取りのローエングリン王子の衣装決めのために。


 ロー様の婚約者でもある、私の上の妹オデットに付き添い、私や上の弟、はとこも部屋にお邪魔しています。

 実際は、衣装の相談そっちのけで、王家の相談をしていましたけど。


 春の王子たちから国家機密を次々と聞かされた、私の弟たちは、しばらく無言でした。

 ベテランの使用人たちも、さすがに無表情を装うのは無理なようで、青ざめています。


 そんな中で、困惑した表情を浮かべ、私に声をかけてきたのは弟でした。


「姉さん、毒薬で暗殺って……去年、血を吐いたとき?」

「二回目のときに、飲まされたんでしょうね。

医者伯爵の方々からは、出血性胃潰瘍で血を吐きすぎた為に貧血になり、一時的な昏睡状態になったと説明されましたが……。

あれほどの不調は、はじめての経験でしたからね」

「ついでに言えば、血を吐く瞬間を見たのは、僕だ」


 姉弟の会話に割り込んできたのは、レオ様です。

 不機嫌丸出しの声に、仏頂面で、腕組みをしていました。


「僕と面会したときには、もう頭痛を訴えていてな。

我慢強いアンジェが、体調不良を口にするのは珍しいから重症だと判断して、医者を呼ぶように命じた。

待っている間に、胸元を押さえて苦しみだしたから、この時点で僕は毒を飲まされたと思い至ったぞ。

その後、強い吐き気を訴え、僕の目の前で血を吐いたんだ。呼吸は不規則だし、顔に血の気が無いアンジェは、間もなく意識を失った。

あのとき、ファムとルタが昼間に見舞いに来ていて、ルタの入れたお茶を飲んだと、アンジェから聞いていなかったら……。

ただ血を吐いた報告を聞いただけだったら、『胃潰瘍の悪化で、二回目の吐血を起こした』という、医者伯爵の説明をうのみにしたぞ」


 レオ様は氷の視線で、医者伯爵の王子を睨みます。

 ロー様は軽く肩をすくめると、無言で頷き、毒殺未遂を肯定しました。


「……犯人は、ファム嬢ですね。

王族なら、毒殺されないために、知識の一つとして、毒薬や解毒薬の勉強をしますから。

子爵令嬢に過ぎないルタ嬢には、さすがに毒の知識は無いと思いますよ。

ルタ嬢は、王女であるファム嬢の命令に逆らえず、言われるままに毒入りのお茶を準備したのでしょうね」

「いやはや、アンジェも同じ見解ですか。

証拠の残る毒殺をしようとするなんて、頭の悪いファムくらいしか、思い付かないでしょうね。

動機も、ファムの王妃の座を脅かす、春の王位継承権を持つ貴族令嬢を抹殺しようと、軽く考えたとしか思えません。

春の国が恐れる、雪の国の王女だと知っていたら、アンジェに威張り散らさず、表面上だけでも取り繕っていますよ。

何より、雪の国にケンカを売り、春の国の滅亡を招くなんて、さすがに春の王族はしません。

その証拠に、父親の西の公爵当主は、邪魔者のアンジェを暗殺せずに、春の王宮で好き勝手させているでしょう?」


 春の国、唯一の王女をバカにしていると、誰にでも理解できる顔つきで、ライ様も会話に加わりました。


「それで、ロー様。私に使われた毒は何ですか?」

「よく飲まされていたのは、 ヒメザゼンソウみたい。軽い症状しか出てないから、ファムは嫌がらせ目的で使ってたんだと思うよ」

「あの……『よく』って? 血を吐いたときだけじゃないんですか?」

「姉君の症状から考えると、王太子の秘書官になってから、三日に一回くらいは、毒を食事に混ぜられていたんじゃないかな。

姉君は王宮に来る前からストレス性胃炎を患っていたせいで、食後に胃が痛むのは当然だと、先入観を持っていたからね。

『食事内容など、生活環境が大きく変わったせいだ』と言う、自分(ぼく)の父上の説明に疑問を持たなかったんだ。

ストレス性の胃痛では、口がしびれたり、腫れたりしないよ。毒入りの食べ物を食べたから、症状が出ていたの。

雪の王女に毒を飲まされたと悟られ、戦争になったら困るから、頭の悪いファムの暴走を、医者伯爵が握りつぶしていたわけ。

心当たりあるよね? 君たちが、医者伯爵の動向を探るために、西の公爵から派遣されたことは、とっくにお見通しだよ。

医者伯爵が、『王太子の秘書官に毒殺未遂の事実』を教えないか、君たちは見張る役目を請け負っていたってね」


 医者伯爵の王子様は、室内に居た、使用人の男性と侍女をそれぞれ指差しました。

 とたんに、他の使用人たちが動き、二人を取り押さえます。


 ……やけに体格の良い使用人たちだと思っておりましたが、どうも、騎士の修行をしているようですね。

 取り押さえる仕草が、綺麗に連携して、慣れた手付きでしたよ。


「君たちは、西の公爵当主に忠誠を誓って、唯一の主と思っていたのにさ。当の西の公爵は、君たちを捨て駒にしか思ってなかったんだね。

本当に大切な部下だと思っているなら、北の新興伯爵家の子供たちが、『大陸の覇者、軍事国家である雪の国の王族』だって教えておくはずだよ?

実際、君たちを取り押さえてくれた、我が家に忠誠を誓っている使用人たちは、全員、知っているからね」


 ロー様は、イスから立ち上がり、取り押さえた西の公爵の手駒の前に立ちました。

 素敵な王子スマイルを浮かべ、にこやかな声で話しかけます。


「去年まで王宮勤務だった君たちは、ファムが王宮に来るときは、西の公爵派の侍女や使用人と一緒に、ファムの側付きをする回数も多かったよね?

そして、敬愛するファム王女様の味方になったつもりで、命じられるまま、毒入りの食べ物を『王太子の秘書官』へ運んでいたようだけど、……実際は『雪の王族を暗殺する手伝い』をさせられていたんだよ。

毒を飲ませていたことが発覚すれば、君たちの独断にして切り捨てれば良いんだから。

頭の悪いファムの考えそうな、単純な作戦だよね」


 ……お優しいロー様は、詰問するには向かない性格ですね。

 相手に逃げる隙を与えていますよ。


「君たちの忠誠はどうであれ、王宮関連での雇用主は国王陛下なわけ。

これからの処遇は、国王陛下に……」


 西の公爵を頼られたら、手が出せなくなります。

 犯人に逃げられないように、横槍を入れておきましよう。


「ロー様、被害者は私ですよね? 口出しする権利、ありますよね?」

「えっ? うん、当事者だからあると思……」

「言質は取りました! 懲罰は、私に任せてもらいます♪」

「おい、ロー! アンジェを自由にさせるな!」

「雪の国との外交問題になりますよ!」


 私の思惑に気付いたレオ様とライ様が、あわてふためきました。


 だが、遅い!


 今から私のターンです。邪魔させませんよ。


「まず、私に飲ませていたという毒、この場でお二人にも、飲んでいただきましょうか。

ちょうど医者の家なので、毒くらい、すぐに準備できるでしょうし、解毒も心配いりません。

うちの妹は医者になりたがっているので、毒を飲んだ者がどのような症状になるのか、観察させようと思います」

「なんだ。それくらいで良いのか? なら、王太子として、僕が許可してやる」

「レオ。許可を出したら、アンジェはとことん利用しますよ?」

「……ライの言うとおりだな。おい、アンジェ、節度は保てよ」

「ええ、死なない程度に苦しんでいただきます。

ロー様、私に使われていた毒は、他にもありますよね?」

『最後のは、クスグーだね』


 私が尋ねると、ロー様は雪の国の言葉で返事します。

 しかも、雪の王族にしか理解できない、暗号化された薬草の名前を出しましたよ。


『クスグー? ……あれは、春の国では育たないはずですが。

なにより、雪の国の秘薬の一つですよ! それが、なぜ、春の国に?』

『細かいことは、あとで説明するよ。適当に、ごまかしておいて』

「えーと、ロー様と相談した結果、私が血を吐いたときの毒薬については複数考えられ、断言しかねると言うことなので……人体実験して、一つ一つ調べましょうか。

あなた方の家族にも罪を(つぐな)っていただき、医者伯爵家にある毒薬をすべて試して、症状を観察するとしましょう」


 極上の冷たい雪の天使の微笑みを浮かべました。

 怒っているのに、目を離せなくなる、母直伝の微笑みです。


「おい、アンジェ! やり過ぎるな。証人が居なくなるとマズイ!」

「レオ様、死なない程度に加減してもらいますってば。

そして、彼らが逃げ出しても、ご安心ください。

西の公爵派の貴族に潜入させている手駒を動かせば、彼らの証言や行方くらい、簡単に操作できます」


 微笑みを絶さず、割り込んできたレオ様に視線を送りました。

 私の言いたいことを察してくれたのか、レオ様は考える仕草をしてくれます。


「……それもそうだな。西の公爵は、最近でも、腹心中の腹心だった法務大臣たちを、簡単に切り捨てて王宮から追い出し、領地に追いやったもんな。

別に捨て駒の二人くらい消えても、なんとも思わんだろう。

むしろ、『片付けろ』と、暗殺命令をくだすか」

「ええ。去年、うちの末っ子を誘拐しようとして失敗した手駒は、その場で、味方と信じていた西の公爵派の騎士に切り捨てられております。

証拠を捕まれるようなマヌケには、恩情などかけませんよ」

「そして、雪の王女を暗殺しようとした罪人を、雪の国は許さないだろう。

何度逃亡しようと、雪の国の追っ手が即座に捕まえ、アンジェの前に連れてくる仕組みか」

「まさか。雪の国の間者を動かさなくても、レオ様からお預かりしている、手駒を動かすだけで十分ですよ」

「……そうか。そこまで優秀な人材に、育ててくれたのか。

お前に預けたかいがあったぞ!」


 大胆不敵な笑みを浮かべる、王太子。

 嘘八百満載の私の話に、ノリノリで付き合ってくれます。 


 私が、レオ様から間者を預かった事実はありません。

 我が家が雇っている、雪の国の傭兵たちを、建前上、レオ様の間者扱いにしています。

 傭兵たちは内戦で負けて、我が国へ逃げ延びてきた、落人ですからね。

 戦いのプロではありますが、諜報活動は素人です。とても、間者とは呼べませんよ。


 さて、怒り顔の使用人の男性と、怯えの表情を浮かべている侍女に……西の公爵の捨て駒たちに、意識を戻しましょうか。

 冷たい微笑みを浮かべる私に、妹のあきれ声が聞こえました。


「お姉様。なぜ、回りくどいことをするのですか?

そこまでして、この人たちを救う必要があるのですか?」

「……オデット。何が言いたいのですか?」

「元西地方の貴族だった彼らが、今も西の公爵に従っているのは、原因不明の病気にかかった家族の面倒を、西の公爵が見てくださっているからでしょう?

西の公爵が捨て駒を作るために、元貴族を気づかうふりして、偽医者を派遣し、毒を飲ませて病気にみせかけているとも知らずに」

「オデット?」


 いつもより険しい声に、思わず妹を見ました。

 仁王立ちになり、取り押さえられた人々に指を突きつける、オデットが居ましたよ。


「あなたたちは、無知です。そして、おろかですね。

だまされている可能性に気付いているのに、目を背け、だましている相手を無理に信じようとするのですから。

助けようとしてくれる存在を見極めずに、暗殺しようとするなんて!」

「オデット、止めなさい。彼らに言うだけムダです」

「お姉様は、あなたたちの家族が毒を飲まされて病気にされたと知っているから、助けようとしたのに!

二回も貴重な薬を手渡したのに、あなたたちは捨てたわ!」


 およ? あれは王宮に来てまもない頃、彼らが西の公爵派と知らない頃、ファム嬢にこき使われて、疲れた顔をしていたから、私の愛用の滋養強壮の薬草茶を分けてあげただけです。

 タンポポの根っこを乾燥させた、タンポポ茶。春の国では、どこでもお手軽に手に入りますよ。


 ……と言うか、彼らの家族が原因不明の病気で、面倒を見てくれている西の公爵に恩義を感じて、手駒になっているのは、彼らの素性を調べて知りましたが。

 病気の原因が、毒を飲まされたせいなんて、初耳ですよ!


 妹は医者の勉強として、真っ先に毒と薬の詳しい知識習得を選びましたからね。

 病気の症状と毒による症状を結びつけて考え、結論づけたのでしょう。


 まあ、冷静に考えれば、父方の親戚たちを、病気にして暗殺した薬がありますからね。

 他の病気に見せかける薬も、存在しましょう。


「あなたたちはお姉様に毒を飲ませている手前、 意趣返しで毒を送られたと邪推したのでしょう?

やましいことをしているから、善意の施しを見抜けなかったのですわ!

家族の病気は、あなたたちの自業自得です!」


 上の妹は、自分の言いたいことを、ズバズバ言う子ですからね。

 私に毒を飲ませていた相手を、許せないようです。心の傷口に、見えない塩を塗り込んでいました。


 あのときの薬草茶は、うちの領地の特産品の藍を乾燥させた、葉っぱも混ぜてあげました。

 煎じて飲めば、風邪予防になるから、私は渡しただけなのですが……。

 妹は、私の渡した薬草茶の内容を聞いて、滋養強壮薬と解毒薬と判断したようです。


 藍の薬草としての使い方は、熱下げ薬が一般的ですが、強力な解毒作用も持つのです。

 私が今も王宮で生きていられるのは、解毒作用のある藍を日常的に摂取しているおかげだろうと、主治医は分析しておりました。

 王都に住む平民は、解毒作用を知らないかもしれませんね。

 特に、目の前にいる捨て駒たちは、没落した元貴族なので、日常生活において、田舎みたいに毒ヘビに出会うことなど、無いでしょう。


 個人的には、藍染産地……つまり、解毒の薬草産地の領主である私を毒殺しようとするなんて、ファム嬢の頭お花畑ぶりに、裏付けが取れたわけですけど。

 自分が世界の中心と思っている、あのおバカさん王女は、自分が毒殺されるなんて考えなかったんでしょうね。

 それで、邪魔者を消すための毒の知識だけを身につけ、解毒の知識はおざなりにしたと予想がつきます。

 彼女を地獄に送るときに、良いスパイスになってくれそうですよ。


「ちなみに君たちが捨てた貴重な薬は、医者伯爵家が拾い直して、姉君の治療に使ったから、安心して。

薬の効果は、姉君を見れば、理解できたと思うけど。血を吐くほどの毒を飲まされても、後遺症なく、ピンピンしているよね。

いやー、家族の病気を治せるかもしれない解毒薬だったのにさ。

君たちが要らないって拒否したんだから、仕方ないよね♪」


 素敵な王子スマイルを浮かべて、追い討ちをかける、妹の婚約者。

 医者の家系の王子様が薬の効果を説明したあげく、元気な私が目の前に居ますからね。

 説得力は、バツグンです。


 私に毒を飲ませていた二人は、この世の終わりのような表情になりました。


 浅はかな己の行動への後悔。

 救えたはずの家族を、苦しませた責任感。

 すべてをもたらした、西の公爵への怒りと憎しみ。


 ぐちゃぐちゃになった感情は、己の中で凄まじいものになったことでしょう。

 ……ケガで死んだと信じていた親戚たちが、本当は暗殺されたと知った私が、一時的に心を凍らしたように。



 冷たい雪の天使の微笑みを浮かべ直し、自滅したおバカさんたちを見下ろしました。

 いくら王家の血筋として救おうとしても、民が拒否するのでは、救えませんよ。


 彼らは、自分で破滅の道を選んだのです。

 そのまま地獄へ転がり落ちるしかありません。


ようやく、作品タイトルの「王太子の秘書は胃痛持ち」の意味と、3話の真相回収です。

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