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110話 医者伯爵家の裏事情についてです

 春の国の王太子、レオナール様は、理想の未来のために、策を張り巡らせて、実現する行動力をお持ちです。

 中立を掲げる分家王族の医者伯爵を、ようやく王太子の味方に……国王派に引き込みましたよ。

 理想の未来に、一歩前進したことでしょう。

 レオ様は、意気揚々と、父親である国王陛下に報告しに行きましたよ。


 その間に、医者伯爵の王子ローエングリン様と一緒に、私の弟たちが帰宅したと連絡があったので、医者伯爵家に上の妹オデットを連れて、迎えに行きます。

 ロー様とオデットの婚約発表の衣装について相談に来たと説明すれば、医者伯爵家の近衛兵は簡単に納得して、離宮内部に入れてくれました。

 衣装は、できるだけ秘密にしたいと言って人払いを頼むと、使用人たちは気を利かせて、防音の部屋に通してくれましたしね。

 これで、心置きなく、国家機密を話せます。


 ちなみに、私の下の弟と妹は、うちの領地からじいやが来たので、「義勇軍総大将ごっこをしたい」とワガママを発揮。

 非番の騎士たちを巻き込んで、騎士団の訓練場へ、遊びに行きました。

 妹がさらわれた姫役で、弟が姫をお救いする義勇軍総大将役。

 じいやたちが義勇軍の兵士役になり、うちのおじい様の偉大なる戦記を再現していることでしょう。


 さて、他愛ない話をしていたら、レオ様も遊びに来られました。

 部屋を見渡し、医者伯爵家に仕える使用人だけが室内に控え、部屋は騎士団長に忠実な騎士が守っていると確認します。

 部屋の中に入り、暑いのに扉を閉めました。使用人に、大きなうちわであおがせ、風を送るように指示しました。

 そして、ロー様に詰め寄ると、仏頂面になりましたよ。


「おい、ロー! よくも、騙していたな!

医者伯爵家は、去年から父上たちと手を結んで、密かに西の公爵に対抗していたと聞かされたぞ!」

「あー、なるほど。今ので、ほとんど理解できました。

うちの妹とロー様が婚約しているのに、医者伯爵当主殿が動かないのは、おかしいと思っていたんですよね。

去年のレオ様の婚約者選びで政治が混乱したから、春の国の政治バランスを崩さないように、あえて中立を保っておられるようだと、思っていたのですが」

「姉君は、それを新しい法務大臣の前でも、話題にしてくれたでしょう? 

あの者は、西の公爵派と思わせておいて、実際は医者伯爵の傘下に入っていたんだよ。

西の公爵派と思われている者が、国王派の王太子の秘書官から、さっきの言葉を引き出したから、他の西の公爵派は『医者伯爵は中立』と信じ込んだみたいだね。とても、助かったよ♪」

「……将来の義弟殿。さすが歴史に名を残す、軍師の家系と誉めるべきですかね。

国家を戦場に見立てて、大規模な戦術を仕掛けていたなんて、思いませんでしたよ!」


 ……実力を試されていたと知った王太子は、氷の眼差しで、医者伯爵家の王子様を睨みます。

 私も、きっちり掌で踊らされていましたからね。思わず外交用の兵器『父譲りの眼力』を発動させてしまいました。


 突然始まった、王家の会話。

 私の弟妹とはとこと、ラインハルト王子は、困惑の視線で、私たちを観察します。


「元々が伯爵階級で、王家の血筋の始祖が王女だから、政治に及ぼす影響力は小さいと、春の国では認識されているんでしたっけ。

どこが、小さい影響力ですか!?」

「まったくだ!」


 そもそも、医者伯爵家は西国との戦争時代に、王家の血筋を守るために王女が降嫁した家でした。

 十八年ほど前に、王女の最後の孫になるローエングリン様が生まれることになり、王族を増やす目的で、西地方の貴族から王族に格上げになったのです。

 当時は、国王にも、王弟にも、西の公爵家にも、まだ次代を担う子供が誕生していませんでしたからね。

 やむを得ない事情で王族になっただけと、軽く見る世襲貴族が多いんですよ。


「特にローは、政治に疎いと言う評判があるから、『春の中で一番格下の王子』と影口をたたかれ、貴族から軽く見られていたんだぞ。

僕も、ライも、大人しいローの姿に騙されていた。

実際は、雪花旅一座の孫娘、アンジェ並の演技力を持っていたなんて、思わなかったぞ!」


 ロー様は、王家の微笑みを浮かべて、私とレオ様の怒りの視線を、平然と受け流しました。


 現在の春の国は政治の駆け引き能力が、人物評価を決める基準になっています。

 だから、五年間もお見合いしまくって、良縁と思われる縁談をことごとく蹴った、ローエングリン様の評価は貴族のなかで、がた落ちだったんですよ。


「……頭角を現したら、西の公爵に暗殺されるからね。医者伯爵家には、暗殺された前例がある!

父上は、最後の息子の自分(ぼく)を守るため、わざと政治の勉強から遠ざけたんだ。

そのぶん、軍略と心理学を学んだよ。相手の言動を即座に察して、こちらに抱く印象を操り、無害だと思わせて生き残るためにね。

姉君なら、理解できるでしょう? 前回の王太子の婚約者候補、ファムとルタに何度も殺されかけたもんね」

「……ええ。二人とも、私が雪の国の王女の戸籍を持つことを、知りませんでしたからね。

口達者なお目付け役は煙たいから、視界から消えて欲しかったという、単純な理由で実行したようです。

階段から突き落とされるのは、日常茶飯事でした。最後は、毒薬まで使われましたからね。

私は命を守るため、療養生活に入って、部屋に引きこもりました。

雪の国の王女の暗殺未遂なんて、雪の国の好戦的な貴族が、飛び付きそうな案件ですよ?

全面戦争を避けるために、ロー様の父君と相談して、毎回、暗殺の事実を医務室で握りつぶしてもらっていたなんて、あの二人は今も知らないでしょうね」


 私とロー様の会話に、室内のあちこちで、息を飲む気配がしました。

 壁際に控えた使用人たちは、硬直しています。

 私の弟とはとこは、目を見開いて、凝視していました。

 妹は思わず、口を両手でおおい、信じられない顔つきをしています。


 会話を進めるために、私は周囲を無視して、声を出しました。


「……はっきり言って、ロー様は、父君と違って政治に向かない性格です。

うちのオデットを、雪の国と政略結婚させる道具『人柱の花嫁』と割りきって送り出していれば、春の国での大臣たちの評価は変わっていたでしょうに。

医者になる夢を叶えてあげたいと言って、春の国内に留めようとしたから、余計にややこしい事態になったんですよ。

春の国の平和な未来を邪魔した、おバカな王子の評価は、大臣たちの中で大暴落したでしょうね」

「……仕方ないですよ、アンジェ。

ローは、私の母上を……西国から春の国へ送られてきた『人柱の花嫁』が、嫁ぎ先でどんな扱いを受けるか、近くで見て育ったんですから」


 やっと会話に割り込んだラインハルト様は、目を伏せながら、言葉を紡ぎます。

 昔、春の国に戦争をしかけて、敗北した西の戦の国から、和睦の使者として送られてきた王女。

 西国の未来のために『人柱の花嫁』にされた、ライ様の母君は、今も肩身の狭い思いをしながら、王宮で過ごされていますからね。


「オデットが雪の国で同じような目に遭うと想像して、苦しむ未来から助けたかったのだと、私は推測していますよ」

「……ロー様は、人を助ける医者の血を、濃く受け継いだのでしょうね。

戦争で冷酷な判断をする、軍師の血筋を色濃く受け継いでおれば、人柱の花嫁に心奪われることも無かったでしょうに」

「アンジェ! お前は、冷たすぎる! 妹の婚約者だぞ、分かっているのか?」

「分かっています。ロー様は政治には向きませんが、夫にするなら、最高の性格ですよ。

妻を優しく気遣い、自分だけのお姫様として扱いながら、愛情溢れる言葉をかけてくれますからね。

まるで、死んだ父や、愛妻家で知られる父方の祖父を見ているようですよ。

だからこそ、妹の幸せな未来を守るために雪の国王を動かして、オデットの輿入れ予定を握りつぶしたんですから!」

「……おい! お前も、政治に向かんぞ!?

妹のためだけに、周辺国家が恐れる大陸の覇者を……軍事国家の国王を動かすヤツがあるか!」

「レオの言うとおりです! 我が国の大臣たちが真実を知ったら、泡吹いて倒れますよ、確実に。

ローの仮婚約を正式婚約にする打ち合わせと称して、私の父上に打ち明けましたよね?

直後に、父上は頭痛を訴えて、医務室のお世話になったんですよ!」

「大袈裟ですね。オデットの代わりに、エルを輿入れさせる約束をして、丸く収まっています。

ライ様の父君は、春の国の宰相として、何も心配する必要はありませんよ」


 視界の隅で、壁際に控えていた使用人が、硬直したまま青ざめるのが見えました。

 どかりと椅子に腰かけたレオ様は、トレードマークの腕組みをします。


「……まあ、春の王太子としては、今回は見逃してやる。

医者伯爵家の王家の血筋が濃くなるのは、王族の少ない春の国としては、とても喜ばしいことだからな」


 今回は妹のために……私利私欲で、王家の権力を使いましたからね。

 国の幸せのために権力を振るうべき王族としては、誉められない行動なのは自覚しています。

 レオ様は仏頂面ながらも、軽く流してくれましたけど。

 持つべき者は、物わかりの良い親友ですよ。


 妹の嫁ぎ先予定の医者伯爵家は、騎士や軍師といった武官の血筋では、春の国で上位に位置する家柄です。

 それが王族に格上げになりましたからね。武官の血筋では、「騎士の名門・湖の塩伯爵」に並ぶ、最上位に位置したことになります。

 「軍師の名門の王族」が、武官の世襲貴族に与える影響力は、強力無比になったわけですよ。

 文官の権力が強い春の国では、見過ごされるか、軽視されていますけど。

 国境を接する「軍事国家の雪の国」は驚異を感じて、慎重に医者伯爵の動向を見守っていました。



 去年、私の妹のオデットが、医者伯爵の跡取りのローエングリン様に見初められてから、状況は大きく動きます。

 ロー様は、婚約に大反対していた私……外交手腕に定評のある相手を、見事に説き伏せ、婚約を認めさせました。

 次に、普通なら何年もかかるはずの雪花旅一座の秘密に、たった四か月でたどり着く天才っぷりを見せつけます。

 「政治に疎いと思われていた王子は、やっぱり実力を隠していた」と雪の国に思わせるには十分でした。


 内乱で軍事力に陰りの見えていた雪の国は、オデットとローエングリン様の婚約を好機と捉えます。

 一度参戦すれば、絶体絶命のピンチから戦局をひっくり返して、勝利に導く存在。

 天才的な頭脳を持つ、軍師の王子を、雪の国の王女でもある、うちの妹を通じて「親戚と言う味方にできる」のですから。

 雪の国王は、私が「母方のおじい様経由でお願い」すると、すぐにオデットの輿入れ予定を取り止め、ロー様との婚約を祝福する返事を送ってきましたよ。

 最高級である、雪の国の綿の反物と一緒にね。



 軍事国家の長である雪の国王が、隣国の王子の婚約を祝福したことは、周辺国家の外交関係においても、大きな意味を持ちました。

 諸外国への正式発表は、まだなのに、東と西と南の国王からも、婚約祝いが医者伯爵家に届いたのです。


 冷静に、考えてみてください。

 軍師の家系である、春の国の王子様の婚約相手は、春の国の騎士の名門の血筋の娘。

 西国との戦いで活躍した義勇軍総大将の祖父と、雪の国の王子と婚約している実妹という、オマケ付きです。


 私が周辺国の王の立場だったら、軍事国家と親戚になる、武官の名門王族なんて、絶対に敵に回したくありません。

 大陸最強の軍隊を、軍師の王子様が指揮する戦場で、どうやって勝つと言うのですか?

 ご機嫌伺いして、握手を求め、表面上だけでも仲良くしておきますよ。


「ローの正式婚約が決まったときの西の公爵当主の顔は、見ものだったな。

子供と(あなど)っていたアンジェから、法律を盾に発言権を奪われ、正式婚約を決める王国会議からしめ出されたんだから。

西の公爵家は、代々宰相を輩出する家柄、法律を知っていて当然だと、大臣たちは思っている。

それを、十六……いや、十三才にしか見えない子供が指摘して、やり込めた事実はデカイぞ」

「まあね。あのやり取りを見て、中立だった財務大臣は、アンジェの味方に付こうと思ったようです。

『可愛い妹の婚約に反対していた邪魔者を、正攻法で叩き伏せた、小さな女傑の将来が楽しみだ』と、父上にもらしたと聞きました」

「……やっぱり、女傑扱いですか。もう慣れましたけどね。

将来が楽しみなのは、ロー様も同じだと思いますよ。

政治に疎い王子から脱却され、春の国の期待の新星になられましたからね」


 周辺国家からも認められたローエングリン王子は、春の国の分家王族の跡取りに相応しい立場を手に入れました。

 文官によって、権力の片隅においやられていた武官の世襲貴族たちは、希望を見いだしますよね。

 武官の王族、医者伯爵家へ、密かに忠誠を誓い始めます。


 特に、西地方の武官たちは、ロー様の父親……医者伯爵家の現当主に、絶対的忠誠を捧げたとか。

 西の公爵派にとっては、自分の手駒であるはずの世襲貴族の一部が、医者伯爵の当主を経由して、国王派に寝返るのです。

 大打撃を受けますよ。いいきみ、いいきみ♪



 これには、西の公爵家の過去の行いが、多いに関係しているのですけどね。


 西国との戦争時代、一番犠牲者を出したのは、西地方の武官の世襲貴族でした。

 働き盛りの当主や跡取り息子たちは戦死し、戦えない夫人や娘たちが残される家が続出したんですね。

 戦争が終結したあと、西地方の復興を任された西の公爵家は、王族の権力を使って、戦死した貴族の家から爵位を取り上げ、平民に落としました。

 取り上げた爵位は、復興支援費用を出せる、金持ち農家や流れの商人に授けたのです。


 爵位を取り上げられた元貴族は、生き残った武官の世襲貴族、西の辺境伯や、王女が降嫁していた医者伯爵に雇われて、なんとか生活したようですね。

 現在、生き残っている武官の貴族は、爵位を取り上げられるのをおそれて、悔し涙を流しながら、西の公爵に膝を折りました。


 国の為に命を捧げてくれた騎士の誇りを踏みにじり、役に立たないと言う理由だけで切り捨てた、西の公爵家。

 その相手が、王族だからと言う理由だけで、仕えなければならない屈辱。

 西地方の武官の世襲貴族の苦しみは、言い表せないでしょう。


 けれども、ローエングリン王子と言う、光輝く未来の象徴が、医者伯爵家に現れたのです。

 真の主を得た騎士たちは、騎士の誇りを踏みにじった相手を倒す機会を、軍師の指揮の元、虎視眈々と狙っているわけですね。



「そう言えば、レオ様は医務室で、医者伯爵の当主殿に試されていたんですよね?

将来の国王として、相手の心を動かして従わさせる能力があるか、どうか」

「そのようだ。父上に報告したら、僕の力ではローの父上を説得できず、アンジェに頼ったから不合格だと言われたぞ。

アンジェから見て、僕の弁論の点数は何点だった?」

「氷点下に決まってるでしょう!

あんなに室内を凍えさせる口喧嘩を聞いて、私の故郷の冬を思い出しましたよ」

「そう返されるとは思わなかったぞ!?」

「……姉君って、ときどき天才的発想するよね」

「違いますよ、ロー。あれは、バカと天才は紙一重タイプの天然ボケです。

アンジェの父上も、同じようなタイプだったらしいですよ」

「あー、そうなんだ。天然ボケも遺伝するなんて、医学書には載ってなかったよ」


 腕組みをといて、楽しげに笑うレオ様。

 感心するロー様に、ライ様はボソボソっと突っ込んだようです。

 弟や妹の方に向き直り、語りかけていた私には、全然、聞こえませんでした。


「さて、ミケランジェロ、オデット、ジャック。

なぜ、今ここで、私たちがこのような話をしているか、自分の頭で考えなさい。

おのずと、自分たちが取るべき行動が見えてくるでしょう」


 私の弟妹とはとこたちは、神妙な顔で頷き、春の国の王族事情を探っていましたよ。

 特にオデットの婚約については、雪の国王が動いたことを教えていなかったので、色々と考え込むでしょうね。

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