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108話 王宮でも洗脳活動ですか?

 お姫様抱っこされて、馬車に乗せられ、王宮に帰宅した直後。医務室に強制連行されました。

 椅子に座らされた私の目の前で、二人の男性が会話をしております。


「アンジェを連れていけるか、主治医の最終意見を教えてください」

「東地方の視察地は、健胃整腸薬として使用する、キハダの産地。及び、 血行促進作用を持つ、紅花の産地周辺。

もしも、行きの道中でアンジェリーク秘書官の持病の胃痛が悪化しても、薬が尽きることなく治療できよう」

「……ふむ。アンジェが苦手な暑さに当てられて、体調を崩した場合は?」

「乾燥藍を煎じて飲ませ、藍染の服を着ること」

「王宮医師長。もう少し分かりやすく、教えてください」

「レオナール。アンジェリーク秘書官の領地の特産品である藍は、薬草だ。我が医者伯爵家では、解熱に使用する薬の一つだ。

なおかつ、藍染の布は、発汗しても肌荒れしにくく、病気を寄せ付けないと言われている。

これだけ説明すれば、後は理解できるな?」

「もし熱が出ても、解熱剤を飲ませば良い。解熱するときに汗をかいても、藍染の服を着ていれば、身体が弱る心配は減ると?」

「その通り」

「ならば、(うれ)い無く、旅立てるな。喜べ、アンジェ♪」


 私の隣に立っているのは、王子スマイルを浮かべてる王太子のレオナール様。

 目の前に居るのは、私の主治医である、王宮医師長殿です。

 私の妹オデットの婚約者、ローエングリン様の父親で、医者伯爵家の現当主。

 先代国王陛下の姉を母親に持つ、分家王族の王子の一人ですね。


「……レオ様。私は、長旅に自信がないので、視察団の件はお断りしたはずですが」

「アンジェリーク秘書官。我が弟と甥たちも、視察団の一員として同行するゆえ、安心するが良い」

「弟と甥たち?」

「先ほど、私の末の弟一家が、同行することに決まったのだ」

「王宮医師長殿の末の弟君と言うと……軍医殿ですよね?

レオ様、視察は明日からなのに、人が増えて、大丈夫なのですか?」

「うむ。想定内だから、問題無いぞ」

「想定内?」

「あのな。キハダも、紅花も、医者伯爵家の扱う薬だぞ?

医者伯爵家にとっては宝の領地へ、僕が視察に行くのに、同行しないわけないだろうが。

毎回、薬草の産地が視察先になると、医者伯爵家は出発直前に増員希望があったりするからな。

人数を多めに見積もって、視察の準備をするのが慣例になった」

「気の回る年下のいとこ……、いや、先見の明のある国王のおかげだ。はっはっはっ!」


 お決まりのポーズ、腕組みをしながら、私に諭すように言い放つ王太子。

 王家の微笑みを浮かべていますが、レオ様の口調から、いつもの事だと苦笑いしているのが、読み取れました。


 王宮医師長殿も、王家の微笑みを浮かべて頷き、レオ様に同意の返事をします。

 続いて、私をご覧になりました。緑の瞳は、全然笑っておらず、鋭い眼力を感じましたよ。

 私を見たまま、何度か瞬きされます。「もう事情は察しておるだろう?」と、尋ねておられるようですね。


 ええ、レオ様の視察の事情は知っています。表も、裏もね。

 「気付いていますよ」と、二回瞬きして、返事しました。


 表向きは、王家御用達のレストランで知り合った、東地方の独身貴族たちのお見合いに、王太子が出席するため。


 レオ様の別名は「仲人王子」です。

 お似合いの二人をくっつける才能を、祖父の先代国王陛下から受け継ぎました。

 今回は、その才能を惜しみ無く発揮して、お家断絶しそうになった東地方の男爵家と、紅花領地の子爵家を救う予定なのです。

 紅花産地が視察先になった理由でした。



 そして、裏の理由は、王家に反逆心を見せた貴族たちを一掃するため。

 反逆者の筆頭は、去年、王太子の婚約者候補に選ばれていたのに、逆ハーレムを作って候補の資格を剥奪された、東地方の子爵令嬢。

 奇跡の美貌を持つ、ぶりっ子のルタ嬢ですね。


 ルタ嬢は、王太子の婚約者候補を剥奪され、子爵領地にある女だけの修道院へ入りました。

 あれから半年しか過ぎていないのに、領主の娘という権力を利用し、精神修行を終えたと修道院長に言わせて、勝手に実家へ帰って来たようです。

 そして、ご家族の支援のもと、逆ハーレムの一員だった男爵家の息子と手に手を取り合い、密かに東国へと旅立たれたとか。

 二人の家族にしたら、王家に知られぬうちに、厄介払いしたかったんですよ。


 まあ、東地方の辺境伯が、駆け落ち中の若いお二人を保護して、王家に報告したから、発覚したんですけどね。

 レオ様は、(たけ)(くる)う獅子のごとく、お怒りになられました。

 王家を(あざむ)こうとした子爵と男爵家を処罰するために、東地方の視察へ行くことにしたのです。


「レオ様の地方視察にしては、警備の騎士の数が多すぎると思っておりましたが……。

分家王族の医者伯爵家も同行されるとなれば、ちょうど良い数かもしれませんね」

「おそらく、東地方へ行けば、医者伯爵の数名は別行動をするだろう。

はやり(やまい)が発生していないか調べるために、僕の視察しないような領地にも、目を配ってくれるからな」


 軍医殿の一家同行は……おそらく、東地方の騎士団を動かすためでしょう。

 別行動して、反逆者たちの一族を、一人残らず捕らえるために。

 医者伯爵家のもう一つの顔は、歴史に名を残す軍師の家系です。

 なおかつ、十八年前に王族の一員となったので、騎士団に強い影響力を持つようになりましたからね。


 さて。視察の主役である王太子は、王子スマイル全開で、私に語りかけました。


「アンジェ。我が国最高の医者が、三人も同行するんだ。お前も、安心して視察に行くよな?」

「レオ様、将来の国王として、不合格の発言です」


 レオ様の言い方が気に入らなかったので、私は、無表情で返事しましたけど。


「私を説得するつもりなら、もっと適切な言葉を使用してください。

うちの末っ子に説明するような幼稚な内容で、私が納得するとでも、お思いですか?」

「……お前なぁ。僕を怒らせて楽しいか?」

「怒るのは、あなたの勝手です。交渉の場で感情的になるのは、己の首を絞めるだけだと、分かっていますよね?

将来の国王たるレオ様に足りない部分を指摘し、改善していただけるように助言を申し上げるのが、秘書官たる私の役目です」

「ぐっ。ならば、先にアンジェが、手本を見せたらどうだ?」

「……私は、自分の体の弱さを知っているので、皆さんにご迷惑をかけたくありません。だから、視察に行かないと申し上げております。

どうしてもというのなら、私の代わりに我が家の分家次期当主のジャックを、連れていってください。

ジャックは、うちの領地の経営に携わっており、藍染工房の跡取りでもあります。

レオ様が領主をなさっているキハダ産地の領地経営に対して、適切な助言ができる人材と思えますからね。

……とまぁ、説得と言うのは、このように行うのですよ。ご理解いただけますか?」

「ちっ。本当に、口の立つヤツだな。

僕の秘書としては頼もしいが、年頃の女としては可愛いげが無くて、かなり腹立つぞ!」

「あのですね。何年、私の親友をやっているんですか? いい加減、性格を把握してください」


 夢見がちな王太子と、現実主義の私の視線が、火花を散らします。

 私がわざと顔をプイッと反らして見せると、レオ様は軽くため息を吐きました。


「お前の性格か? 本質は、争いが嫌いな平和主義者だ。ものすごく保守的で、自分から動くことは少ない。

味方には慈悲深く、敵は正論で叩き潰すから、『負けず嫌いで行動力のある女傑』と、周囲はとらえるがな。

実際のアンジェは、自分から相手を敵に回すことはしない。どんな相手にも、友好的に接しようとする」


 およ? 冗談まじりの私の発言に対して、真面目に答え始めましたよ。

 ちらりと視線だけ動かして、レオ様を観察しました。


「最も分かりやすいのは、王立学園で、平民の生徒にも対等に話すとき……か。普通の世襲貴族は、平民と話そうとせんぞ。

おかげで年代の近い者からは、貴族や平民問わず慕われ、人望も厚い。

それから、王宮騎士団に友人が多いが、没落貴族や平民出身の騎士とも、普通に会話を交わすからだ。

特に、北地方の復興支援に行った騎士たちからは、『雪の天使の姫様』と呼ばれて、慕われている」

「……レオ様、よくご存知ですね」

「何年、お前の親友をしていると思っているんだ?

ここ一年は、毎日顔を会わせているし、休みの日なんて、起床から就寝近くまで一緒に過ごすんだぞ。

未だに掴みきれん部分もあるが、それは男女の性差に起因する、考え方の違いだと思う」

「……さすが、将来の国王ですね。理詰めで返事をされたら、すぐには欠点を見つけられませんよ」

「アンジェの中で、先ほどの僕の説明は合格点と言うことだな。

ならば、満点をもらうために、もう少し説明してやろう!」


 立って説明を受けていたレオ様は、嬉々として近くのイスに腰かけ、私の方を向きました。

 本格的に、弁論を展開するおつもりのようですね。


「はいはい、聞かせていただきましょうか」


 仕方なく、レオ様に向き直り、お付き合いすることにしましたよ。


「お前が相手を敵認定するのは、自分や自分の味方と認識している者が、攻撃を受けたときだ。

降りかかる火の粉を払いのけるために、全力を出して、短期間で最大の結果を出そうとする。

有能すぎるお前は、全力の出し方や、出した結果が半端なくて、『負けず嫌い』や『女傑』という評価に繋がってしまうんだ。

あどけない顔をした美少女が、大人の予想の斜め上のことを、やらかすからな」


 レオ様はお得意のポーズ、腕組みをして、私を真っ正面から見てきます。

 百獣の王を連想させる、強い視線でした。


「お前が春の国の未来のために、やらかした最大の出来事。

それは去年の春、王太子の僕と西の公爵家のファムの正式婚約を認めず、延期させたことだな」


 いつの間にか、医務室は静まりかえっていました。

 室内にいる王宮医師たちも、患者も、レオ様の発言に驚いている姿が想像できます。

 「王太子の婚約を延期させた」なんて、とんでもない話題ですからね。

 

「王宮に勤める貴族たち……いや、春の国中の貴族のみならず、当事者の僕ですら、西の公爵家の一人娘であるファムが、将来の王妃だと信じていたんだぞ。

それをひっくり返して、白紙に戻したのがお前だ」

「……私は、自分が王妃になるつもりで、反対したのではありませんよ。

ファム嬢に王妃としての資質が、認められなかったからで!」

「知っている。勉強嫌いのファムが、春の国の品位を落とす発言をしたから、お前はあえて憎まれ役を買って出たんだ。

ローの父上もあの場に居たから、ファムがアンジェに投げ掛けた最初の発言を、覚えておられますよね?」


 腹黒王太子は、中立を公言する王子に、話をふりました。

 室内の誰かが、生つばを飲み込む音を立てます。


 ファム王女をかばうのなら、王太子の敵と宣言したも同じ。

 私をかばうのなら、国王の味方になると宣言したのも同じ。


 分家王族、医者伯爵当主の言葉一つで、春の国の政治図が塗り変わるのですから。



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