107話 私の祖父は、義勇軍の総大将でした
そろそろ、炎天下での洗脳活動も、終了ですかね。
うちの末っ子に、発言を踏み潰されていた王太子。
レオナール様のお決まりポーズ、腕組みをされると、軽い疑問を私に投げかけてきました。
「アンジェ。反物を運んで来た者たちは、名のある騎士たちだな?」
「いいえ、単なる農民ですよ」
「農民? 嘘を申すな、この身のこなしは騎士だぞ。
道中の移動時から観察していたが、隊列に隙がない。荷馬車を止めてからも、近衛兵のような立ち振舞いをする。
極めつけは、エルの言葉で見せた仕草。これは、正規の騎士の礼の仕方だ。
これほど騎士として、高い能力を備えた者たちが、農民のはずない!」
レオ様は、猛り狂う獅子のごとく、怒鳴られました。
うるさいですね。そんに大声を出さなくても、聞こえていますって。
「彼らは正真正銘の農民です。
レオ様やライ様は、四年前にうちの領地で畑を耕す彼らの姿を、ご覧になられていますからね」
「本当に農民なのか? 昔、騎士の修行をしていたのではないか?」
「……騎士の真似事のようなものですよ。
じいやたちのご隠居世代は、西国との戦争時に義勇軍に参加していた者が多いですから」
「義勇軍の出身か! ならば、納得がいく」
ようやく合点がいったのか、レオ様は食い下がるのを止めてくれました。
うむうむといった感じで、軽く首を上下に揺らします。
「西国との戦争で、西の狂える王に向かうための血路を切り開いてくれたのは、義勇軍だ。
我が国の勝利の立役者たちだと、騎士団長が教えてくれたぞ」
「……騎士団長殿は、勘違いされておられますね」
「勘違い?」
「勝利に導いたのは、西国の狂える王を打ち取った、先々代の国王陛下です。レオ様のひいおじい様。
そして、血路を切り開いたのは、西地方の騎士たちです。国王陛下をお守りするために、命を散らした我が国の忠臣たち。
義勇兵は、北地方の平民に過ぎません。義勇軍総大将の呼び掛けで、集まっただけの烏合の衆。
戦争に従軍され、亡くなられた騎士の方々や、その血筋を受け継ぐ子孫の女騎士の方々と、同等以上に扱われるなど、あってはならぬことです。
そうですよね、じいや?」
「アンジェリーク姫様のおっしゃる通りでございますな。
貴族から平民に落とされようとも、騎士の魂を忘れず、北地方の復興支援にきてくださった女騎士の方々と、じいやのような平民が同列などとはあり得ませぬ。
王太子殿下が戯れ言を口にされるなら、じいやはすぐに自害し、天国にいる戦友たちに詫びねばなりませぬぞ!」
私が淡々とお説教し、じいやが同意を示すと、レオ様は難しい表情をしました。
軽くため息を吐き、王太子として発言を始めます。
「……あい、分かった。義勇軍の老将に自害されては、たまらぬからな。
この者たちは、反物を運ぶために選ばれた、単なる農民たちだ。そう思っておく。
それで、若い者たちは、どういった繋がりだ? 年齢的に義勇軍はあり得んぞ」
「うちの領地に住む、農民です」
「だから、農民では納得できぬと、言っておろう!」
「彼らは農民ったら、農民です。農業が本業で、騎士の訓練は……実益を兼ねた趣味ですかね」
「おい! その発言は王宮の騎士たちに対する、冒涜だと思わんのか!?」
腕組みしたレオ様は、不機嫌な顔になって、私を睨みました。
「冒涜? なぜですか? 春の国の王族や世襲貴族は、農家の子孫ですよ?
初代国王の創始王は、農耕民族の長であり、伴侶であらせられた初代王妃も、農家の出身。
六代目国王の善良王も、農家の血筋を誇って、即位するまでは農作業をされておられました。
王太子であらせるレオナール王子も、ご存知ですよね?」
「むろんだ。各種の歴史書や、歌劇の『王家物語』からも読み取れる事実だぞ。
王家の農家の血筋を知らない、うつけ者の王族は、西の公爵家の一人娘、ファムくらいだ」
「善良王の次男の直系子孫である、湖の塩伯爵家では、農業が王族としての本業であり、騎士の修行は愛しき民を守る手段と教えられます。
塩伯爵家出身のおばあ様は、この教えと共に成長してきました。塩伯爵に弟子入りしたおじい様も、同じ考えを持ちます。
よって、我が家に仕えてくれる騎士たちも、農業を誇りにしており、騎士は副業と考えるのです」
私が順序よく説明すると、レオ様は黙りました。
立て板に水。弁論で丸め込むのは、私の得意とするところです。
春の国の初代国王を例えに持ち出せば、春の国の国民は、誰も反論できなくなりますからね。
ふっ……偉大なる農家のご先祖様、バンザイ!
「いやはや。なんとなく、アンジェのおじい様とおばあ様が結婚した理由が見えましたね」
「……どういうことだ、ライ」
恋の駆け引きを楽しむラインハルト王子は、王家の微笑みを浮かべて、ウンウンと何度も頷いていました。
いぶかしげな顔を向けたレオ様は、続きを要求します。
「四年前に、アンジェのおじい様と話したことがあるのですが、塩伯爵家には平民の農家の息子として、弟子入りしたらしいですね。
当時の塩伯爵家が有事に備えて、希望する平民の若者たちに騎士の稽古をつけていたので、その中に混ざって農作業と騎士の稽古に打ち込んでいたと」
したり顔で話すライ様に、周囲の視線が集中します。
「冷静に考えれば、塩伯爵家で稽古を受けていた平民たちが、アンジェのおじい様の発案に賛同し、義勇軍になったのでしょう。
なんと言っても、アンジェのおじい様は、義勇軍総大将だった人物。
現在の王宮騎士団長が敬意をいだく、生きる伝説『北の名君』ですからね」
……待って、ライ様。国民への洗脳作戦は認めますよ。
ですが、私の善良王の血筋だけでなく、父方のおじい様まで英雄扱いして、表舞台に引っ張り出さないで!
腹黒王子様たちをフォローする私の苦労、少しは察してる?
話の内容次第では、明日から街中を歩きにくくなるんですよ!?
「おい、ライ。アンジェのおじい様と、そんな話をしたのか?
第一、『北の名君』は、二代目男爵当主なんだぞ? 身分を隠して弟子入りする必要は無いと思うが」
「レオ。男爵になったばかりの農家の息子が、すんなり弟子入りできると思いますか?
塩伯爵は、名だたる騎士の家系の跡取りが弟子入りする、名門中の名門ですよ?」
「……難しいだろうな。だから、平民に混ざって、弟子入りするしかなかったのか。
アンジェの一族は元々藍染農家の家系だから、農作業はお手の物だ。
普通の貴族なら、役に立たんプライドが邪魔をして、平民に混ざることなどできまい。
また、農家の子孫と言うことを忘れ、農家を見下す愚かな貴族が多いから、農作業と騎士の修行の平行もできまい」
「まあね。農家の血筋を誇るのは、本当に春の国の王家の歴史を勉強している、優秀な貴族だけですよ。アンジェみたいにね」
……ライ様。そこで、私に話をふらないでください。
素敵な王子スマイルを浮かべて、私を見ないでください。
思い付きで行動する、レオ様みたいなことをしないでください。
後でフォローする私の苦労を、あなた、全然考えていないでしょう!?
周囲の視線が私に向いたので、仕方なく、会話に参加しましたけど。
「……塩伯爵のひいおじい様は、うちのおじい様が貴族だと見抜いていましたけどね。
おばあ様の元婚約者の持ってきた反物の産地を、おじい様がズバリと言い当てたのが、きっかけです。
我が家は、北の侯爵家を通じて、春と雪の二つの王家に藍染反物を納品していた、三百年の歴史を誇る藍染農家。
北地方で反物の目利きのできる農家の息子なんて、新しく貴族になった、我が家しかあり得ません。
だからこそ、塩伯爵当主は、平民に混ざって騎士の修行をする男爵の跡取りを気に入り、将軍として兵士を率いるための特別な英才教育を施してくれました。
その英才教育の結果が、義勇軍総大将として花開いたのです。
まあ、うちのおじい様が塩伯爵で騎士の修行をしていた様子は、おじい様の大親友のじいやに聞いてください」
王子たちに答えるのが面倒になったので、じいやに丸投げしました。
国民たちに、私の妹たちを「雪の天使の子孫」と認識させ直したじいやなら、私の望む未来へ誘導してくれるでしょう。
「アンジェリーク姫様のご命令とあれば、いくらでも話をしましょうぞ」
うちの末っ子を抱っこしたまま、じいやは宣言してくれました。
「共に過ごし、固い友情を結んだ、若き日の修行話。
国王様をお助けするために、立ち上がった、義勇軍総大将の戦記。
望まぬ結婚をしいられた麗しき姫を守るため、命を賭けて決闘を挑んだ話など、なんでもござれ!」
あれ? じいや?
私はおじい様の修行時代の話しか、頼んでいませんよ?
「僕は、命を賭けた決闘が一番に聞きたい! 望まぬ結婚の話は、初耳だ!」
即座にリクエストする、ロマンチストの王太子。
「レオ、ここは修行時代も聞くべきです。
恋敵へ、命をかけた決闘を申し込んだのは、修行時代に出会った姫を守りたいと思ったからのはずですよ!」
王太子に意見する、恋の駆け引きが得意な、王弟殿下の一人息子。
「偉大なる戦記を詳しく教えて!
戦争時の軍師だった自分のひいおじい様が、『救世主』と称えた義勇軍の活躍を聞きたいからね♪」
目を輝かせる、軍師の家系の王子様。
「王子たちにお話しするのは構いませぬが……我が姫様たちを、王宮にお連れしてからでございます。
姫様たちは、北地方で生まれ育った、雪の天使ですからな。
暑さに弱い、雪の天使の姫様を、このような炎天下にさらすなど、北地方の民として許しがたき行為ですぞ!」
「雪の天使? そうだった、アンジェは雪の天使だった!」
じいやは、レオ様に負けず劣らず、鋭い眼光を見せて三人の王子様を睨み付けました。
弾かれたように、姿勢を正す王太子。
この様子なら、レオ様の許しを得て、先に王宮に帰らせてもらえそうです。
実際のところ、真夏の炎天下に、外で話するのは暑くてたまりませんからね。
一応、じいやは、私の望む未来へ誘導してくれました。
「すまん、アンジェ、すぐに王宮に帰るぞ!
ライ。ミケとジャックと、ラファを頼む。
ロー。お前の用事が済んだら、ライたちを乗せて、王宮に戻ってくれ。
僕は、アンジェたち三姉妹を連れて、先に帰るから」
二人に頼むなり、私のそばに来て、お姫様抱っこをする王太子。
突然のことに、対処できませんでした。
「馬車まで運んでやる」
「えっ……? いや、歩けるから、降ろして!」
「アホ言え! こんだけ暑い中で、長時間話したんだぞ!
お前が倒れて意識を失っても良いように、僕が責任を持って運ぶ」
「倒れません、歩けます! 恥ずかしいから、降ろしてください!」
レオ様は、口を一文字に結ぶと、ジロリと私を見下ろしました。
仏頂面になり、低いはっきりした声音で、怒鳴ってきましたよ。
「恥ずかしがってる場合か、お前の命の方が大事だぞ!
分かってるのか? お前は、寒い北地方で生まれ育った『雪の天使』なんだぞ。『アンジェリーク!』
夏の暑さで溶けて消えたら、どうするつもりだ!?」
「雪の天使」「アンジェリーク」を強調して話す王太子。
うわーん! 人の名前を、大声で叫ばないでくださいよ!
恥ずかしいったら、恥ずかしいんです!
「溶けないです、溶けないです! 私は人間であって、雪では無いです!」
「だまれ! 太陽の光を集めた金髪、青空色の瞳、そして雪のごとき白い柔肌。
この三つの特徴を持つお前を『雪の恋歌の主人公、雪の天使のようだ』と言わずして、なんと呼ぶ?
極めつけは、名前だって『アンジェリーク』だろうが!」
怒鳴り付ける、王太子。レオ様、それは白馬の王子様の態度ではありません。
周囲に国民がいるのに、もうちょっと立ち振舞いを考えてください。
そして理解したら、さっさと地面に立たせて! 抱っこなんて、恥ずかしいの!
服飾工房に背中を向ける、王太子。レオ様の背後から、残される王子たちの会話が聞こえました。
「『雪の天使アンジェリーク』ねぇ。姉君を表す言葉って、これが一番しっくりくるかな? ライも、そう思わない?
『王家物語の善良王の子孫』と言うよりは、善良王の奥方の両親である、『雪の恋歌の雪の天使の子孫』の方が似合うよね」
「ローの言う通りです。雪の天使は、北地方の金髪碧眼を持つ、色白美人のことですからね」
「王都では、色白の女の子を指す言葉だけどね」
「もしくは、二十年前に王都で『歌劇史上最高の子役女優』『稀代の名女優』と呼ばれた者。
雪花旅一座の座長の娘、『雪の天使』の代名詞を持つ、アンジェリーク女史でしょうか」
「……その稀代の名女優って、ここにいる雪の天使五人兄弟を産んだ、北地方の新興伯爵家の未亡人なんだけど。
ライは、オデットの母親と分かってて、言ってるよね?」
「ええ、分かって言っています。雪の天使の母親から生まれた子供たちが、雪の天使なのは当たり前ですよ。
ちなみに、アンジェリーク女史の最高の舞台と評価された、二十年前の王立劇場の最終日公演は、未来の夫と熱演していたそうですよ。父上が教えてくれました」
「……待って。それって、『春の王家の血筋のラミーロ』と『雪の王家の血筋のアンジェリーク』が雪の恋歌を演じていたってこと?」
「そうなりますね。ローの婚約者、オデットの母上は、雪の国の王位継承権を持ちますから。
そして、オデットの父上、ラミーロ男爵当主は、善良王の次男の子孫です。
もうすぐ結婚予定だった、恋人同士のラミーロとアンジェリーク。
『本物の春の王子と雪の天使』が演じたからこそ、歌劇の歴史に残る舞台になったのでしょう」
うちの両親をベタ誉めする、ライ様とロー様。
国民の認識のすり替えを狙う、王子たちの目的を察したのか、私の上の弟妹も、はとこも口を挟みませんでした。
下の弟妹に至っては、両親が話題になって、嬉しそうな声を振り撒いているようでした。
お二人が話す間も、私はレオ様にお姫様だっこされたままでしたけど。
私の「降ろして」という願いは無視され、馬車に強制連行されました。
悪の組織の女幹部(アンジェリーク秘書官)は、最強の戦闘員(義勇軍の元兵士のじいや)を手駒に迎えた。