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106話 別の角度から洗脳を進めましょう

 七月の夏真っ盛り。

 王太子のレオナール王子の暗躍を手助けするために、私は町中で弁論を繰り広げていました。

 王都の住民相手に、人心掌握するのは難しいと痛感しながら。

 私の得意な、正論による丸め込みが難しいのです。身分意識の壁というものが、立ちはだかっていました。


 雲の上の存在が、春の国の英雄である、六代目国王の善良王。

 そのすぐ下、騎士たちに守られている殿上人、国王を始めとする王族たち。

 国王に仕える、お偉いさんの貴族たち。

 貴族の命令を聞いて、いろいろな仕事をする、平民の役人や騎士。

 一番下が、役人や騎士に守られる王都の住人。


 おおざっぱに、このような意識分けのようです。


 今朝まで、王都の平民たちが私に持っている認識は「王太子の秘書官」だったはずです。

 かろうじて、貴族とお役人の中間でしょうか。


 それが、雲の上の存在の子孫に飛躍。

 そして、平民たちが恐れる「王族のわがままな娘」に急降下しました。

 

 ……怖がられているんですよ。頭お花畑だった、春の国の王女のせいで。 腹立つ! 


 私の故郷では、身分差など、あってないようなものでした。

 雪の国の王女の戸籍を持つ私が、領民や雪の国の難民たちに混ざって、畑仕事をしていたんですよ?

 生きるのが最優先で、身分なんて振りかざす場合ではありませんでしたからね。


 故郷とは違い、恵まれた王都の民たちだから、身分差を考えるのだと思いますけど。

 そこまで考えて、私に恐怖を抱いている人の説得が、面倒くさくなりました。

 暮らしてきた環境によって、考え方は大きく影響を受けます。

 今の私に、王都の民の意識改革は難しいです。今は、撤退して、作戦を立て直し、国民の洗脳をすすめるべきでしょう。


 そう考えると、気持ちが楽になりました。今現在、一番の難問に挑みましょう。



*****



「えりゅ、りょーしゅだーやりゅ!」

(エルも、領主代行やる!)


 すぐ上の兄のように、領主の仕事がやりたいと、何度も自己主張を繰り返す、ワガママな末っ子のエル。

 六才児に任せられる仕事なんて無い……あ、一つありました!


 ならば、妹を言いくるめながら、仕事を任せましょうか。

 責任感を持つように植え付けるのも、妹の将来に必要なことですからね。


 妹と目線を会わせるために手を離して向き合い、しゃがみこみました。

 青空のようなクリクリの目が、私を見つめてきます。


「エルは、どうして領主代行をやりたいのですか?」

「にーちゃま、たいちぇちゅちごとやりの。えりゅ、できまちゅわ!」

(お兄様が、大切な仕事やりますの。エルもできますわ!」

「ラファエロお兄様は四桁の計算ができますが、エルはまだ二桁の計算しかできませんよね。

それでも、お兄様と同じ仕事ができますか?

反物の納品は、反物の値段を計算することが必要です。計算を一つでも間違えると、納品先の工房や領主であるお姉様に大きな迷惑がかかりますからね。

特に反物の利益は、北地方の国民や難民たちの生活を支える収入源。計算を間違えれば、民が生きていくための食べ物を買えず、何人も亡くなってしまう可能性があります。

エルは、そこまで考えて、お兄様のように領主代行をやりたいと言ったのですか?」


 真面目に説明すれば、やる気に満ちていたエルの目から、ワガママな光が失われていきました。

 計算を間違えると、食べ物が買えなくて民が死んでしまう。

 末っ子は姉の説明を、こんな風に、おおざっぱに理解したのでしょう。


 エルは、とても頭の良い子です。頭がお花畑の公爵令嬢の百倍以上! 


 ……こほん。姉バカと言われそうな思考回路ですね。

 それでも、うちの弟や妹は天才揃い!と、主張しておきましょう。


 末っ子は、去年から王宮で養育されていました。

 私のオマケで王妃教育に参加。結果として、若干五才で、最高の淑女教育を受けることに。

 それに加えて、今年の四月に雪の国の王子と婚約したので、本格的な帝王学も受けはじめましたからね。

 末っ子には、貴族ではなく、王族としての意識が芽生えつつあります。


 頭がお花畑の公爵令嬢のようにならないよう、自分の言動が民に与える影響を理解させるには、格好の機会でした。


「エル。もう一度聞きます。ラファエロお兄様と同じ仕事が、できますか?」

「……できまちぇんわ」(できませんわ)

「では、領主代行をしたいと思ったのは、なぜですか?」

「……あーじぇおーちゃま、てつだいまちゅの」(アンジェお姉様のお手伝いしたいから)

「私の手伝いをしたいと思ったからですか。

その気持ちは嬉しいですが、四桁の計算ができないのでは、納品の仕事は任せられません」


 私のキッパリした声に、エルはしょんぼりしました。

 お人形さんのように可愛らしい子が、泣きそうな顔になりましたからね。

 周囲から同情を誘うには、ちょうど良いです。

 思惑通り、厳しい姉の私に対する、責めるような視線を感じました。


 ……私が王家の血筋の娘として嫌われるのは、別に構いません。

 けれど妹たちには、そんな思いをさせたくありませんからね。

 愛らしい妹の外見は、武器になります。

 それを最大限にいかせる舞台を、姉として作り上げるだけですよ。

 とても簡単な仕事ですね。王都の民の洗脳より、とても簡単です。


「アンジェ、お前は弟妹に対して厳し過ぎる。もうちょっと、エルの気持ちをくんでだな……」


 王太子のとがめる声が聞こえてきましたが、知らないふりして、無視しました。

 レオ様に邪魔されたくないので、王太子の言葉を遮りましたよ。


「エル、お姉様の言葉が理解できますか? お姉様の目を見て、きちんと答えなさい」

「……えりゅ、けーちゃんできにゃいから、だいこーできまちぇん」

(エル、計算できないから、代行はできません)

「その通りです。では、きちんと理解できた、おりこうさんのエルには、領主の補佐の仕事をお願いしましょう」

「……ほちゃ?」(補佐?)

「はい。領主の補佐とは、お姉様のお手伝いをすることです。

代行とは違い、領主の仕事を完全にやるのでは、ありません。領主の仕事が楽になるように、お手伝いするのです。

おりこうさんのエルは、お姉様のお手伝いができますか? できませんか?」

「できまちゅわ!」(できますわ)


 私の声に、末っ子は歓喜しましたよ。

 「お手伝い、お手伝い♪」と無邪気な笑顔を浮かべて、 跳び跳ねます。

 私を責める王太子の発言は、跳び跳ねるエルが、きっちり踏み潰してくれました。


 ……王家の血筋の娘としては、はしたない仕草ですが、いさめません。

 周囲の民たちに、エルの子供っぽさを植え付け、見守る庇護欲を揺り起こすには、ちょうど良いので。


「エル、領地から反物を運んでくれた人たちを、お姉様の代わりにねぎらってあげてください。

反物を受け取るのは、領主として、大切な仕事ですからね」


 姉からの命令に、エルは跳び跳ねるのを止めました。

 トコトコと荷馬車に近付き、運んでくれた中年やご年配の男性たちを、見上げます。

 背筋を伸ばし、威厳ある姿勢になりました。


「えんりょはるばりゅ、ごくりょーちゃまでちた。

ゆきのくにのともがそだて、はりゅのくにでいりょづけをおこなち、たいちぇちゅなたんもにょ。

こりぇをぶじにはきょんでくれたこと、そして、あなたたちにちゃいかいできたこと、かみにかんしゃちまちゅ」


 そう言うと、末っ子はスカートの裾を持ち上げ、伯爵家の娘ではなく、王女の淑女の礼をとりました。

 言葉をかける姿勢といい、淑女の礼の仕方といい、帝王学の成果が見受けられますね。


 年配の男性たちは、一斉に右膝をつき、左膝を立てて敬意を示す返礼をしました。

 一拍おいて、男性たちは顔を上げました。次々に立ち上がります。

 まとめ役のご隠居は、両手を広げて、うちの末っ子に話しかけました。


「エル姫様、お久しぶりでございますな。ほんに、背が伸びて。

アンジェリーク姫様の立ち振舞いを日々見習い、きちんと勉強されておられるようで、じいやは安心しましたぞ!」

「じいやー♪」


 我が家に、古くから仕えてくれている使用人の言葉に、エルは破顔しました。

 広げてくれた腕の中に飛び込み、嬉しそうに抱っこされます。

 皆に取り囲まれ、「姫様、大きくなった」「姫様は、やっぱり可愛い」などと声をかけられながら、頭を次々となでられていました。


「……エル、お姉様のお手伝いは、まだ終わっていませんよ。

反物の一覧を受け取り、一日領主代行のラファエロお兄様に渡してください」

「いちらん?」(一覧)

「エル姫様、こちらですな。ラファエロ王子様にお渡しください」

「あいでちゅの!」(はいですの!)


 じいやに抱っこされたエルは、反物の種類と数が書かれた札を受け取りました。

 普段、私がするように札を両手で持ち、丁寧に領主代行に手渡します。

 恭しく受け取った私の下の弟は、紳士の礼をエルにしました。


「おてちゅだい、でけたの♪」(お手伝いできましたの♪)

「さすが、エル姫様ですな。反物の受け渡しは、大切な領主の仕事の一つでございます。

たった六つで、アンジェリーク姫様の仕事を一つ丸々お手伝いできるなど、素晴らしいことですぞ。

これから、もっと文字や計算の勉強をされれば、いずれ代行の仕事も、手伝えるようになりましょう」

「えりゅ、たくしゃん、べんきょーしゅる!」(エル、たくさん勉強します!)


 じいやは、エルの気分をうまく乗せながら、良い子になるように誘導していきます。

 私も、父が亡くなって領主代行を始めたときは、じいやに励まされながらたくさん勉強しましたよ。


 末っ子の笑顔に周囲がなごんだ頃。

 医者伯爵家の王子、ローエングリン様は婚約者であるオデット……私の上の妹に尋ねておられました。

 舌足らずの末っ子の言葉は、聞き取りにくいですからね。


「ねぇ、オデット。さっき、末の姫は『遠路はるばる、ご苦労様でした』の後は、何て言っていたの?」

「雪の国の友が育て、春の国で色づけされた、大切な反物。これを無事に運んでくれたこと、そして、あなたたちに再会できたことを、神に感謝します。

と、妹は言っておりますわ」

「……六才児の言葉じゃないね。

自分のおばあ様みたいな受け答えをするから、ビックリしたよ」

「医者伯爵に降嫁された、王女様のような言動?

それは、言い過ぎですわ。妹は、お姉様の真似をしているだけです」

「長女のアンジェの真似ねぇ……納得したよ。

運んできてくれた者に対しても、再会を喜ぶ言葉をかけるなんて、民のことを気にかける姉君らしいから」


 軍師の家系の王子様は、さりげなく王太子を手助けする発言をしています。

 私が民のことを思いやる、王家の血筋の娘だと、密かに王都の国民に刷り込んでいきます。

 最後は、のろけとも聞こえる、甘い台詞を吐きましたけど。


「さすが、湖の塩伯爵のひ孫にあたる、貴族のご令嬢と言うべきかな。祖先である善良王の教えを、しっかり受け継いでいるんだね。

もちろん、姉君や妹君だけでなく、オデットのことも含まれるよ。

自分の婚約者が、心優しい子で本当に良かった。それこそ神に感謝しないとね♪」


 情熱的な婚約者の王子スマイルに、上の妹の顔は、リンゴのように

なりました。

 そのままうつ向いて、彫刻のように動かなくなりましたよ。


 栄養不足で成長できず、十才にしか見えない、私の上の妹。

 実年齢は十四才の思春期真っ只中です。

 お子様の外見の少女に、成人した医者伯爵の王子様が惚れ込んでいると、周囲の国民たちに知れ渡ったことでしょう。


「ほう。オデット姫様は、医者の王子様に愛されておいでですな。

ラミーロ若旦那様が、アンジェリーク若奥様に愛の言葉を語っていた時に、そっくりでございますよ」

「えっ? 自分は、義理の父上に似てるって、先代国王陛下に言われたことがあるけど……オデットのじいやから見ても、そっくりなんだ?」

「オデット姫様の父君は、かの善良王の子孫。すなわち、『雪の恋歌』の『春の王子ラミーロ』の子孫でございます。

医者の王子様の祖母であらせられる王女殿下も、善良王の子孫。すなわち、春の王子ラミーロの子孫でございます。

共通の祖先をお持ちのお二人が、似たような行動をなさるのは、自然の摂理でございましょう」


 じいやは、末っ子を抱っこしたまま、好々爺の笑みを浮かべました。


 ……こう見えて、じいやも食えない性格です。

 私たち姉妹が王都の民に怖がられる様子を、そばに控えて見てしまいましたからね。

 「王家の血筋の娘」ではなく、「雪の天使の姫君」と国民が思うように誘導をはじめましたよ。

 うちの使用人たちの「姫様、王子様」呼びは、故郷にいるときからですけど。


 私たち五人姉弟は、「雪の国の王族」の戸籍を持ちます。

 生まれついての王子と王女。

 それを知っているじいやたちにしたら、「姫様、王子様」と呼ぶのは、当たり前ですよ。


「オデット姫様は、『雪の天使アンジェリーク』の子孫になられます。

春の国の王子様と、雪の天使の姫様が、恋人同士になり、婚約するのは至極当然ですな」

「……そうだよね。自分は、正真正銘、春の国の王子。

そして、オデットは、雪の国の王位継承権を持つ、雪の天使なんだ。

『雪の恋歌』の子孫に当たる自分たちが出会い、ひかれあうのも、運命だったんだと思う」


 じいやの言葉に、手放しで賛同する、軍師の家系の王子様。

 「春の国の王子」「雪の天使」を繰り返し、なおかつ有名な恋愛歌劇の題名を口にします。

 周囲の国民の何割かは、私の妹を『雪の恋歌』の子孫と認識しなおしたことでしょう。


 うちの妹と医者伯爵の王子は、外見年齢的に不釣り合いな婚約者です。

 なので、「世論が反対と賛成の二つに割れる」予想は、私もしていました。

 世論を鎮静化させるのには、私たちの持つ「王位継承権」「善良王の直系子孫」という言葉が有効になります。


 国民への公表が、予定より早くなりましたけど、反対意見はすぐに叩き潰せると思います。

 『反対派だった国民も「善良王の子孫の娘」と聞けば、手のひら返して婚約大歓迎になる』ところまで、折り込み済み。


 民衆心理掌握に長けた王族にとって、これくらいは朝飯前ですからね。

●ローエングリン

元々は他力本願だが、婚約者のオデットを守れる男になるため、少しずつたくましくなってきた三男坊。


先代国王の姉を父方の祖母に持つ、成り上がり分家王族の王子。

三人兄弟の末っ子だが、兄たちが亡くなっているため、今は一人っ子状態。

ご先祖様は、西国の元王族。一つにゆるくしばった白銀の髪が、西国の王族の血筋の証。

父親は王宮医師の長で、アンジェリーク秘書官の主治医。


名前の元ネタは、オペラ「ローエングリン」に登場する、白鳥の騎士ローエングリン。

ローエングリンは、アーサー王の円卓の騎士パーシヴァルの息子とされ、聖杯を守る騎士の一人と言われる。

ちなみにこのオペラの曲、ワーグナー作曲の「婚礼の合唱」は、日本では結婚式に使われることも多い。


モチーフは、悪の組織の博士。

医学に精通し、毒薬の知識を持つ、自分の利益が最優先のイメージ。


※オペラのローエングリンは悲劇に終わるが、小説のローエングリンは幸せいっぱい、リアル充実中。

最近では、女運の無い王太子のリア充爆発しろ回路を、わざと刺激して、遊ぶことを覚えた。



●オデット

雪の天使の五人姉弟、三番目の次女。

一見、おとなしく、控えめな性格。婚約者を支える、内助の功が似合う。

ただし、許されるときは自分の意見をズバズバ言い、直球勝負する一面を持つ。


名前の元ネタは、バレエ「白鳥の湖」の白鳥にされた、オデット姫。

バレエのオデット姫は、夜にのみ白鳥から人間の姿に戻れる呪いがかかっている。

この呪いを解く方法は、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。


※小説のオデットは、ローエグリンと言う、まだ誰も愛したことのない男性から愛を誓われ、「他国への政略結婚の道具」と言う運命から解き放たれた。

政略結婚の運命は、妹に引き継がれてしまうが、妹は相手の王子様から大変気に入られており、相思相愛で結婚するとオデットは予想している。


●エル

雪の天使五人姉弟の末っ子、三女。

姉や兄の中では長女が一番大好きで、子供特有のワガママを言う性格。


姉をイジメル相手は許さず、王太子に平手打ちしたあげく、先代国王を味方につけて仕返しした実績あり。

幼子のため警戒されず、皆が本音を話してしまうため、長女や王妃が王宮の噂話を仕入れる情報源にもなっている。


名前の元ネタは、フランス語で天空を意味するairや、翼を意味するaile の発音、エル。

モチーフは、悪の組織のマスコット。


※小説内では、姉のオデットの役目を引き継ぎ、雪の国へ輿入れして、新しい南の公爵夫人になる予定。

無邪気さと笑顔で、王家への好感度上昇に一役買う。

また、しっかり者の姿を見せて、分家王族の西の公爵家との格の違いを国民の意識に刷り込む、洗脳活動に貢献中。

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