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103話 服飾工房へ、行きましょう

「姉君たちの演技は、本当に素晴らしかったよ!

即興劇だなんて思えない、完成度の高さだね。さすが、世界に誇る、雪花旅一座の血筋。

来月の特別公演が、すっごく楽しみだよ♪」


 王立学園から服飾工房に向かう途中、馬車の中、医者伯爵の王子様から絶賛されました。

 ローエングリン王子は、物静かで有名なのですが、今現在は興奮ぎみですね。

 歌劇が大好きな、春の国の王族の血を、しっかり受け継いでいるようです。


「お褒めに預り、光栄でございます。

ですが、レオ様のご協力があったゆえ、成功したのですよ」

「……レオの歌劇好きも、祖父である大おじ上譲りだね、きっと。

最近だって、元女優の母君から、演技の特別講習受けるくらい、傾倒してるし。

習ったことを王妃候補たちに披露したくて、即興劇を言い出したんだろうね」

「ローエングリン様も、一緒に習ってみます? 私が相手をしますわ」

「………オデット、せっかくの提案だけど、遠慮しておくよ。

今は体術の稽古に力を入れてる所だから。

去年の冬は、新年の成人式に向けての準備に追われてて、あまり運動できなかったんだよね」


 ロー様は、前方を気にしながら、婚約者からの提案をやんわり断りました。

 私やロー様の向かい側には、殺気だった私の弟やはとこが座っていますからね。

 可愛がっていた妹を、見知らぬ王子様に取られた兄たちは、妹の婚約者が憎くてたまらないようです。

 私の妹のオデットが、ロー様の膝の上に座っているのも、拍車をかけたのでしょうけど。

 妹が心配な兄たちは、同じ馬車に乗ると言って、譲りませんでしたからね。

 二人の暴走を止めるために、私もお邪魔しました。


「ミケランジェロ、ジャック。殺気をしまいなさい。

馬車を護衛する騎士たちが、余計な気を回すことになります。

あなたたちの先輩になる方々に迷惑をかけるつもりなら、今すぐ馬車から降りなさい!」


 ピリピリした空気を感じたのか、馬車の速度が遅くなったんですよ。

 窓の外の騎士たちが、馬車との距離を詰めてる気配がします。

 急いで、おバカな弟たちを一喝しましたよ。


「お姉様! お兄様たちを外に出すのは反対です!

暑い王都で育ったローエングリン様と違って、お兄様たちは暑さに弱いんですよ?

外に出たとたんに、倒れて意識を失ったら、困ります。私とローエングリン様で診察することになりますから」

「……オデットは診察しなくて良いよ。君まで倒れたら、一大事になるからね。

と言うわけで、兄君たちも、大人しくしてくれるかな?

まさか、弁論に優れる姉君の弟たちが、武力に訴えるなんて野蛮なマネはしないよね?」


 可愛い妹は、兄をかばうつもりで、おとしめているように聞こえる発言をしました。

 ……わざとなのか、天然ボケなのか、姉の私にも判別つきませんね。


 ロー様はオデットをなだめながら、王家の微笑みを浮かべました。

 二人分の殺気を笑顔で受け流すなんて、なかなかの度胸ですよ。


「自分たちの祖先、善良王は武勇に優れる王だったけど、個人的な感情で剣はふるわなかったよ。

君たちは、祖先の名前を(けが)すつもり?」


 しばらくにらみ合っていた弟たち二人は、とうとう根負けして王子から目を反らしました。

 ロー様の方が年上ですからね、人生経験があるぶん有利です。

 軍師の家系の王子様は、脳みそ筋肉の二人を、言葉と静かな態度だけでいさめました。

 やけに手慣れている気がしますけど……多分、やんちゃな年下の王子、レオナール様やラインハルト様の面倒を見ている内に身につけたのでしょう。

 お二人とも、なんだかんだ言いつつ、年上のロー様の言葉には耳を傾けますから。


 そのうち、ロー様は話題を反らすように、私に話をふってきました。


「そう言えば……姉君の同級生たちって、北の新興伯爵家が善良王の子孫だって、知らなかったんだね。

平民出身の王妃の側近候補が知っていることを、王妃候補の貴族たちが知らないなんて……レオの花嫁選びは難航しそうだよ」

「ああ、側近候補の豪商のご令嬢と平民の女騎士は、医者伯爵家が推薦したんでしたっけ?」

「そう。西地方の王妃候補は、西の公爵が推薦するからね。元々西地方の貴族だった我が家に、出番は無いよ。

変わりに、王妃の秘書官になる姉君の力になれそうな人物を探して、推薦したんだ。

豪商の主人は、昔は北地方の陸の塩を取り扱ってたし、女騎士は復興支援で北地方に行ってたからね。

女騎士の選抜なんて、北地方へ行った全員が立候補したから、実力勝負で優勝した者に決めたくらいだよ」

「……北地方に来たことがあれば、湖の塩伯爵家出身のおばあ様を知っていますよね。

復興支援に来た騎士たちは、女騎士の正装で出迎えたおばあ様を見て、騎士団長並の敬意を示していましたし」

「当たり前だよ。湖の塩伯爵と言えば、 名門中の名門、騎士の中の騎士!

平民の騎士なら、一生出会うこともできない雲の上の存在が、わざわざ出迎えてくれたんだから、国王陛下と謁見するくらい感動があるはずだよ」

「……それは、言い過ぎでは? おばあ様は王位継承権を持つとは言え貴族ですよ」

「あのね。湖の塩伯爵は、春の国の英雄たる善良王を祖先とする、由緒正しき王家の血筋なんだよ?

姉君たちの祖母は、王族の責務を忘れず、最後まで民を守るために領地に留まった、素晴らしき女騎士!

かの善良王を彷彿させる姿は、復興支援に行った騎士たちに称賛されてるんだから」


 ……どうやらロー様も、善良王の戦記に憧れた、やんちゃ王子だったようです。

 うちの祖母を、善良王になぞらって褒め称えた、レオ様やライ様と同じ反応をしました。


 ロー様の膝の上に座っていたオデットは、祖母を誉められて照れたようにうつむきました。

 祖母から騎士の稽古をつけられた私の弟とはとこは、瞳に驚きを浮かべていました。

 西地方の貴族の代表格である、医者伯爵家の人物から、称賛されるとは思わなかったのでしょう。


「……ロー様、そろそろ目的地に着きます。

婚約発表の衣装のイメージは、お決めになられましたか?」

「あ、えっとね。ここ数日、オデットと相談してたんだけど上は青色系、下は白。差し色は黄色が良いかなって」

「その根拠は? きちんと理由を述べて説明してください。

王子の婚約発表ともなれば、国中の者が注目します。

それに加えて、今回は雪の国へ嫁ぐエルの姉が、王子の婚約者となるので、周辺四か国も注目していますからね」

「……姉君って、手厳しいよね。王子に真っ向から意見する、度胸のある人物なんて、あんまり居ないんだけど。

それに加えて、姉君の場合は正論だから、こっちが逃げるなんてできないしね」


 私のことは、どうでも良いので、さっさと理由を言って欲しいです。

 雪の天使の微笑みを浮かべて、冷たく微笑みました。


「……姉君、その笑顔は反則だよ。可愛らしいはずなのに、冷たくて恐怖を感じるからね。

オデットの家は藍染農家だから、青系の上着。色の濃さは、実物を見てから決めようと思ってたんだ。

白色は、オデットをこの世に送り出してくれた、亡きラミーロ男爵当主に敬意を示して。北地方の貴族は、婚約も結婚式も、白い衣装を着るからね」

「……西地方や王宮の伝統に従わなくて良いのですか?」

「西地方と言うか、元々西国の古き王族だった医者伯爵の伝統では、自分や相手の髪や瞳の色を身につけるんだ。

自分の髪は白銀だから、白い衣服の時点でクリアしてるよね。

オデットの瞳は青いから、青系の衣服で兼ねることができるよ」

「黄色の差し色は、オデットの金髪ですか?」

「んー、まあね。雪の天使たちの太陽のような金髪には、憧れるよ。

金髪は、春の国の王家の証みたいなものだし。西国の王家の血筋が出た自分は、月光と揶揄される髪の色だからさ」

「あら? 私はローエングリン様の髪の色は好きですよ。

王家の腕輪の飾り、真珠とお揃いで、とても綺麗です♪」

「……ありがとう。オデットって、本当に優しくて嬉しい。一緒に居て、心から癒されるよ」


 さらりと愛の言葉を紡ぎだす、オデット。恋する乙女は、誰よりも強いですね。

 殺気を出しかけた兄たちを睨み付け、黙らせました。

 その後、何も無かったようにロー様を見上げて、とびきりの笑顔を浮かべます。

 恋の病にかかった情熱的な王子様は、オデットの髪を撫でるのに夢中だったので、兄を睨む行為には気付いていませんでした。


 かわいいオデットに睨まれた、私の弟は、口を一文字に結びました。無表情になり、床を睨みます。

 はとこは、不機嫌な顔で窓の外を眺め始めました。


 やれやれ、前途多難ですよ。

 仕方ないので、今は私が話題を提供しておきましょう。


「ジャック、青系の反物は、どの色を持ってきましたか?」

「…… 瓶覗(かめのぞき) 。初期の段階の染め色で、やや緑がかった淡い藍色だ。

それから、浅葱(あさぎ)色。ネギの葉っぱみたいな、緑がちの色……」

「へー、藍染って、緑も出せるんだ。 キハダの下染めをするのかな?」

「……あんた、キハダ染めが何か、知ってんのか?」

「キハダ染めは黄色く染める方法の一つで、紅花染めの下染めにも使うって聞いたかな。

まあ、医者伯爵家では、キハダも紅花も、薬として扱ってるんだけどね。

……アンジェの胃の病気を治療するときとか」


 窓の外を見ながら、ぶっきらぼうに答えていたはとこは、ロー様の答えに反応を見せました。

 不機嫌な顔のまま、首を巡らせ、ロー様を睨みます。


「ジャック殿が成人したら受け継ぐ、東地方の子爵領地の特産品だから、大事にしてよ?」

「……俺の領地ね」

「跡継ぎ問題が起こった隙に、本家を乗っ取った分家が、悪質な脱税をして、十五年前にお取り潰しになった領地だよ。

今は、レオが領地経営して、きちんと管理してくれているから安心して」

「……どこまで知ってるんだ?」

「本家の当主夫妻が馬車の事故で亡くなり、分家が後を継いだんだよ。

残された本家の一人娘は、分家への融資金と引き換えに、年寄りの商人に嫁がされることに。

でも、結婚式の現場に居合わせた若い商人一家が、高級品である雪の国の綿の反物二十本と引き換えに、涙にくれる花嫁を買い取ったんだ。

そのまま、一人娘と商人一家は行方知れずになったみたいだけどね。

まあ、湖の塩伯爵家が関与すれば、一人娘と養子縁組して、助けてくれた男爵家に嫁がせるくらい簡単だよね」

「……さすが王家だな。情報が筒抜けかよ。

ミケのじーちゃんとばーちゃんが新婚旅行で、東地方に行ったんだよ。

俺のじーちゃんは、雪の国の反物と引き換えに、東地方のキハダや紅花染めの絹反物を仕入れてくれと北の侯爵に頼まれて、新婚旅行の馬車に便乗したんだ」

「えっ……新婚旅行に、弟がついてきたの?」

「おうよ。周辺国家の反物が集まっていた、俺んちの反物の目利きは、北地方の貴族で一番だからな!

ミケのばーちゃんも、新しいドレスの素材が欲しかったから、俺のじーちゃんの同行を喜んだ。

なんせ、目利きに優れるヤツが二人も居るんだ、粗悪品なんて絶対に掴まされねぇよ!」

「あー、それはすごく頼もしいだろうね」

「まあ、俺のじーちゃんの預かっていた反物は、ミケのばーちゃんが強引に花嫁を買い取る交換品にしたわけだけど。

北の侯爵へは、責任はミケのばーちゃんが全部取るって言って、きっちり後始末したって聞いた。

その結果、俺のばーちゃんになったわけだ」


 ローエングリン様の言葉が、棒読みの台詞に聞こえました。

 うちの弟やはとこが、ロー様の新婚旅行に同行する未来を想像したのかもしれません。


「ミケのばーちゃんは教養があるから、子爵本家の一人娘と商人の結婚はおかしいと感じて、結婚式会場に乗り込んだんだとよ。

まあ、お家存続を目指すなら、本家の娘と分家の息子を結婚させるわけじゃん。俺とオデットみたいに」

「……そこは、アンジェと君じゃないの?

アンジェは現当主だから、君と結婚しても、女伯爵を続けられるし、北地方の貴族としての血筋も濃くなるよね」

「はあ? いくらなんでも、将来の王妃を嫁にできるかよ!

領地にいる間、雪の国から、どんだけ姉貴に打診があって、ミケの母さんと俺の母さんがそのたび断っていたか。

最後は、雪の王弟自ら迎えに来たのに、春の王太子様が断ったから、やっと諦めたんだぜ」

「やっぱり、雪の国から何度も打診があったんだね。アンジェは、黙っていたけどさ。

ジャック殿の母君まで反対したなら、雪の国も、実力行使には出られなかっただろうね」


 鋭いロー様の視線を感じたので、雪の天使の微笑みを浮かべて、無言を貫きました。

 自己保身を思うと、下手に受け答えできない問題ですからね。


 どうやら、軍師の家系の王子様は、ジャックの母親の身分を知っているようです。

 雪の国の守護神、西の公爵分家出身だって。


 異国に嫁いだ王女……私の母を守るため、雪の国から騎士が、密かに派遣されました。その中の一人が、ジャックの母親です。

 故郷では見たことのない藍染に興味を持って、工房に入り浸るうちに、ジャックの父親と恋仲になったんですよね。


 ……本当にうちの一族は、恋愛結婚が多いです。


「雪の王家の考え方は、理解できるけどさ。

隣国の王家の血筋から、失われた雪の南の公爵の血を持つ花嫁を貰えるなら、是が非でも手に入れたいだろうね。

しかも、両親は善良王の子孫で、あの『雪の恋歌』の主人公と同じ名前のラミーロとアンジェリークと言う、オマケ付き」


 私が無言なのを良いことに、ロー様はペラペラしゃべります。

 夏の馬車内部は暑いので、窓を全開にしてるので、会話が外へ漏れ放題なんですけど。

 ……軍師の家系の王子様は、婚約者の姉の価値を上昇させておきたいようです。


「春の国からアンジェを迎えて、雪の王太子妃にすれば、荒れ果てた南地方を復興する旗印にも出来る。

そして、春の国で暮らす難民たちも、安心して故郷に戻れるだろうね。

難民たちの面倒を見てくれていた領主が雪の王太子妃に、いずれは王妃になるんだから。

まあ、今となっては、それは末の姫であるエルの役目になったけど」

「……皆さん、服飾工房に到着しました。話は中断して、降りてください」


 会話の雲行きが怪しくなったので、強制中断させました。

 馬車が目的地に着いたのは事実ですしね。


 私は自分を中心にした話題が苦手です。

 勝ち気に振る舞っていますが、逃げたくなるときもあります。


 今は逃げたい気分だったので、誰よりも早く馬車から降りました。


「アンジェ姉さま、早く行こう!」

「あーじぇおーちゃま、はやきゅ、はやきゅ!」

(アンジェお姉様、早く、早く!)


 レオナール王子とラインハルト王子の馬車に乗せてもらっていた、下の弟と妹が寄ってきました。両手を繋いで、急かしてきます。

 先ほど、両親の婚約の即興劇を見た二人は、オデットの衣服を一緒に決めると張り切って、キラキラした瞳になっていました。

 大好きなオデットお姉様には、お母様の婚約のときのような、素敵な衣装を着てもらいたいんでしょうね。


あっという間に、書き始めてから一年が経ちました。

ぶりっ子退治と悪党成敗が残っているので、完結目指して頑張ります。

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