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102話 父の婚約劇4、運命の腕輪

 うちの父の婚約話を再現するべく、即興劇をしております。


 まずは、配役紹介。

 うちの父、ラミーロ役は、私の弟ミケランジェロ。

 母のアンジェリーク役は、私。

 両親の仲人をした当時の国王役は、王太子のレオナール王子。

 国王の従者の儀典長役は、私の父方のはとこのジャック。


 続いて、あらすじ紹介です。

 私の父ラミーロは婚約するときに、政略結婚を目論む親戚たちから、三十人の花嫁候補を押し付けられました。

 当時の国王陛下が立会人となったため、花嫁候補たちはベールをかぶって、顔や髪を隠していたそうです。

 そんな中で、最後に握手した三十人目の娘を、花嫁に選びました。


 娘は顔を隠したまま、ラミーロとの婚約を認める、正式な書類が作られます。

 北地方の貴族の当主全員と国王の署名がなされ、婚約が成立しました。

 そこでやっと娘は、ベールをとります。見知った顔に、ラミーロは叫びました。


 初恋相手のアンジェリークが居たのです!


 狼狽するラミーロに、アンジェリークは平手打ちしました。

 ラミーロが男爵領地を継がないと言い出したため、旧領主の血筋である、アンジェリークが呼び戻されたと。


 すったもんだの末、アンジェリークの祖先の秘密が、北地方の貴族たちに説明されます。

 そして、国王が締めくくり、婚約の場面が終了となりました。


 本来はここで終わるはずだったのですが……。

 即興劇をやると言い出した、王太子のレオナール王子が舞台を降りず、まだまだ続いています。

 それでは、クライマックスをお楽しみください。


*****


「アンジェちゃんも、とうとうお嫁に行ってしまう日が来たのか……」


 右手で、顔をおおいながら、国王は盛大に嘆きます。

 あきれた視線を浮かべながら、儀典長は壁際から中央に進み出ました。

 発する声は、軽い怒りに満ちています。


「陛下。こんな所で油を売らず、王族の責務を果たしてください!」


 『陛下』の部分が、『レオナール王子!』に聞こえたのは、私だけですかね?

 突然、即興劇に巻き込まれた、儀典長役のはとこの本音が見え隠れしていますよ。

 そろそろ、王宮に帰って、王太子の仕事をしろという、本音が。

 王子たちが帰宅しないと、はとこは私たちとお出かけできませんからね。


「嫌じゃ。アンジェちゃんの最後の演技を、目に焼き付けるまでは帰らぬぞ!

今宵が最後の『雪の恋歌の雪の天使役』、一週間後には、ラミーロの花嫁になってしまう。

かわいい娘の嫁入りを見ることも叶わぬのに、最後の舞台くらい見届けて、楽屋に行くくらい許されようぞ!」

「陛下! ワガママも、大概になさいませ!」

「儀典長は良いわのう。北の侯爵というアンジェちゃんの親戚ゆえ、堂々と結婚式に行けるのだから!

私は国王ゆえ、参加できぬのだぞ! 可愛い娘の結婚式に参加できぬとは、なんたる不幸!」

「……アンジェリーク殿は、陛下の娘ではありません」

「娘じゃ!」


 そろそろ頃合いですかね。不毛な言い争いを止めるため、舞台に上がりました。


「国王様、失礼いたします。舞台の前に、ご挨拶させていただこうと、参上しました」

「おお、アンジェちゃん、近こう寄れ。うむうむ、今日も、まことに愛らしいのう」


 破顔した国王は、手招きします。雪の天使の微笑みを浮かべて、淑女の礼をしました。

 私と一緒に登場したラミーロは、儀典長のそばに控えます。


「先代当主様、アンジェちゃんって? 時々、陛下はそう呼ばれますよね?」


 ラミーロの声に振り向き、気さくに返事をする国王。

 あっけにとられた声を出しながら、ラミーロは国王を凝視しました。


「うん? ラミーロに、言っておらんかったか?

雪花旅一座のアンジェちゃん姉妹は、生まれた頃から我が妻と姉上が、実の娘のように可愛がっていてな。

旅一座が王都に滞在中は、たびたび王宮に呼び出して、二人揃って淑女教育を施しておったのよ」

「……王妃殿下と王女殿下が淑女教育を?」

「私たちにも、姉上にも、息子しか居なかったゆえな。

妻と姉上の数少ない楽しみを奪うわけにはいかぬから、黙認しておった。

アンジェちゃんは、覚えておるか?」

「はい、国王様。幼い頃、王宮に呼ばれたことは、今でもよく覚えておりますわ。

お二方とも、私たち姉妹にとって、もう一人の母親のようなものでございます」

「アンジェちゃんが、王家の伝統やマナーに詳しいのは、最高の淑女教育のたまものよ。

ラミーロとの『婚約の儀』の結果を見るに、アンジェちゃんは妻に教わった儀礼作法を覚えており、忠実に守っていたようだな」

「私が雪の国へ留学して、雪の王族の方々と交流を持っていた間も、王妃様にお教えいただいたお陰で苦労しませんでした」


 私との会話を楽しんでいた国王は、表情を引き締めます。

 改めて、威厳ある声でお尋ねになりました。……くだらないことを。


「ときに、ラミーロ。そなたが、雪の恋歌の舞台練習をしているのは、まことか?」

「はい、陛下。結婚式は、侯爵領地の湖畔にて、野外歌劇形式で行います。

その後、北地方の親戚の挨拶周りで、それぞれの家で雪の恋歌の最終幕をアンジェちゃんと披露する予定なので」

「……北地方の貴族たちが、それを望んだのか? あれほど揉めたのにか?」

「陛下。北地方で生まれ育った貴族は、全員が善良王の血を持ちますからな。

言い換えれば、善良王の奥方の両親、塩の王子ラミーロと雪の王女アンジェリークの子孫。現在の雪の恋歌の主人公たちを見たいのですよ。

演じるのは、苦難を乗り越えて結ばれた恋人たち、ラミーロ殿とアンジェリーク殿ですからな」

「……手のひら返しが凄いのう」

「北地方の貴族が望むのは、王家の安泰でございます。

塩伯爵家の狙いが、王家の血筋存続と分かってから、反対は無くなりました。

北地方は、一丸となって、ラミーロ殿たちを守る所存です」


 国王は、私たちをご覧になりました。私は、雪の天使の微笑みを浮かべます。


「子育ての上で、これほど心強い場所はありません。

すぐ隣にある北の侯爵家には、塩伯爵の孫になる、ラミーロ様の姉君が嫁いでおられます。そして、新しい侯爵夫人は、雪の国の王女です。

有事には、雪の国の王家が、必ず味方になってくれます」

「……ふむ。そなたを平民とののしった北地方の貴族に、一度怒った雪の国の王家が味方すると思うのか?」

「ええ、思いますわ。私は北の侯爵の血筋を持つ、『雪花旅一座の娘』なのですから」


 両手を胸元で祈るように、組みました。

 国王の目を見つめ、はっきりと述べます。


 「雪花旅一座の娘」を強調してみました。

 真実を知る観客席の王子たちには、「雪の国の王女」と聞こえたでしょう。


「ふむ。ラミーロよ、頼みがある。今夜の最終幕は、そなたが春の王子を演じてくれぬか?

アンジェちゃんを可愛がっていた妻も、姉上も、我が息子たちも立場上、そなたたちの結婚式に行けぬからな。

変わりに、今宵の舞台を、結婚式と思うことにしよう」

「その……相談しますので、お待ちください。

……アンジェちゃん、僕にできると思う?」

「できますわ。ラミーロ様は、私の王子様ですもの!

私とラミーロ様ほど、うってつけの主役は居ないとおもいます」

「持ち上げすぎだよ! 緊張する僕の気持ちは、旅一座のアンジェちゃんには、分からないみたいだね」

「……王家の腕輪にかけて、やりとげて見せると、おっしゃらないのですか?

ラミーロ様は、塩の王子と同じ名前ですのに。私は、雪の天使アンジェリークの名にかけて、最高の結婚式にしますわよ」

「……アンジェちゃんて、前向きだよね。それでこそ、僕が愛したアンジェちゃんだけど

これからも僕が迷いしときは、相談に乗り、励ましてほしい」

「ええ。国王様にいただいた王家の腕輪にかけて、ラミーロ様を一生お支えします」


 ラミーロの左手を両手で包み、私の胸元に引き寄せました。視線を上げて、ラミーロの顔を見上げます。

 いつもは顔を隠している前髪は、ターバンのように結んだ布で持ち上げられていました。

 優しげな容姿が、あらわになっています。青空のような瞳が、微笑みをたたえながら、ゆっくりと細められました。


「心からお慕い申し上げています。私だけの王子様」


 私は、満面の笑みを浮かべました。いつもの雪の天使の微笑みとは、全く違う印象を持つ笑顔です。

 心から愛する家族へ向ける、掛け値無しの笑顔。友人や王族には、数えるほどしか見せたことない名一杯の愛情表現を。


「ありがとう。僕も、陛下にいただいた腕輪にかけて、一生、君を守るよ。僕の天使、アンジェリークを」


 ラミーロは、いとおしそうに、私をそっと両手で抱きしめました。

 優しさと思いやりに溢れる、手の動き。大切なアンジェリークに向かって、心からの信頼と愛情を寄せていると分かる仕草です。

 そして、右手で私の髪を一房取ると、自分の顔まで持ち上げ、口づけを落としました。


 そのとたん、観客席から、黄色い悲鳴が聞こえました。

 ラミーロ役の弟に向けられる、女性からの声援です。

 「北の貴公子の花嫁になりたい!」と言う願望まで、ただ漏れですけどね。


 黄色い悲鳴に混ざり、大きなため息も、観客席からこぼれました。

 「……あれが、北の伯爵? 可愛すぎる」と言う声が聞こえるので、私の演技に対する感想のようです。


 ラミーロは私の髪から手を離すと、右手の人差し指を立てて、口元に当てながら、観客席に視線を送りました。

 私も、立てた右手の人差し指を口に当てて、雪の天使の微笑みを浮かべて観客席に顔を向けます。

 静かにと言う、ラミーロと私の気持ちを組んでくれてのか、観客たちは口をつぐみました。


 協力してくれた観客席へ、二人揃って会釈をして、演技に戻ります。


「さあ、旅一座の座長にお願いに行こうか。陛下、一旦失礼します」

「ええ、ラミーロ様。国王様、それではのちほど」


 私とラミーロは、国王に退出の挨拶をします。

 紳士淑女の礼をして、仲良く舞台脇に下がりました。


 茫然とした国王は、私たちを見詰めたまま、微動だにしませんでしたけど。


「陛下? どうなさいました」

「……いや、なんでもない」

「ああ、可愛い娘をどこぞの馬の骨に取られて、悔しいのでございますね!」

「……そうではない。アンジェは、あのような顔を僕……いや、私には見せてくれないと思っただけだ」

「分かる、分かりますぞ、その気持ち! 

手塩にかけて育ててきた子を、なぜ、あのような男にやらねばならないのか!?

もっと相応しい者に向けるべき笑顔だろうと、怒りに震えてるのでございますね!」

「……ふむ。これは、怒りなのか?」

「憤怒と申しますか。世の中の男親や男兄弟が、娘や姉妹の結婚相手に、必ず持つと言われる負の感情でございますよ!」

「そうか。負の感情を持つほど、アンジェリークを心から可愛く思っていたのだな」


 ……ちょっと、儀典長? 観客席の王子様を睨みながら、台詞を言っていませんか?

 実の妹のように可愛がっていた、私の妹を、医者伯爵の王子にとられましたからね。


 ですが、公私混同しながら、演技をするんじゃありませんよ。

 国王役まで巻き添えにして、何考えてるんですか!


 幕引きがおかしな方向に行きそうなので、修正をかけましょう。


「国王様、国王様! ラミーロ様の舞台登板が認められましたわ!

それで、ここだけのお話しなのですが……最終幕の衣装は、私たちの結婚式で着る、花嫁衣装にすることにしましたの」

「……花嫁衣装を着るのか?」

「はい! その……王家のお父様やお母様、それにお兄様たちに、是非とも、見ていただきたいので」


 棒読みの国王の質問に、恥ずかしがりながら答えます。両手で、顔におおいながらね。

 観客席の視線が、私に集中しました。観客席からは、私の表情は見えません。


 ですが、観客席から見えない方の手は、大きく指の間を広げて、片目で見えるようにします。

 外交用の兵器「父譲りの眼力」を発揮して、国王と儀典長を睨み付けましたよ。


『なにをやってるんですか? 舞台を台無しにしたら、承知しませんよ』


 二人が息を飲み、動きが一瞬止まります。ひきつった笑みを浮かべながら、正気に戻ったようでした。


「本当は、北地方の結婚式に来ていただきたいのですけれども、ご公務の関係で無理でしょうから。

それでは、衣装の準備があるので、失礼しますね」


 迷走を始めた二人をフォローして、再び舞台から降りました。

 私に脅された儀典長は、打ち合わせ通りの演技を始めましたね。


「……陛下、今更でございますが、なぜ王家の腕輪を二人に授けられたのですか?

あれは、本来、第二王子殿下と妃殿下になる花嫁に授ける予定でございましたよね」

「アンジェちゃんが、婚約の儀の直前に、次男の花嫁候補として来たと知ったからのう。

ラミーロと恋仲と知っておるのに、王家の都合で引き裂くなど、私にはできぬよ」

「仲人王子は、身分にふさわしい恋愛結婚を望まれますからな」


 国王は、歌劇の開幕を待つように、椅子に座ると肘杖をつきました。

 期待するまなざしが、窓の方向へ向けられます。


「陛下、ご観賞された後は、王宮で書類の公務を頑張ってください」

「なっ……素晴らしき歌劇の余韻に浸らせぬつもりか!?」

「陛下が公務を前倒しされれば、一週間休みも取れましょうぞ。

可愛い娘の結婚式に出席しないのならば、余韻に浸ってください」

「……頑張る、公務を頑張る! 家族で行けるのだな?」

「陛下と妃殿下のみなら可能でございましょうが、王子たちは難しいかと。

王太子の花嫁予定として、西国の姫が王宮に滞在している以上、西国へ情報が筒抜けです。塩伯爵の孫の結婚は、隠さなくてはなりませぬ。

表向き、雪花旅一座の野外公演として、ラミーロ殿たちの婚姻の儀の準備を進めておりますからな」

「妻と私だけなら、お忍びで野外公演を見るために旅行すると、偽装が可能なのだな?」

「はい。陛下たちの雪花旅一座への傾倒ぶりは、国内外で有名ですからな。

陛下の要望に応えて、湖での結婚式の場面を再現したで、通せるかと」

「うむ。ものわかりの良い、母方の親戚を持って、私は幸せよのう♪」

「……無理難題を通そうとする、父方の親戚が国王になってから、私は不幸でございますよ」

「はっはっは! そう言うな。そなたのこと、頼りにしておるからな♪」


 楽しげに笑う国王と、大きなため息をつく儀典長。

 北の侯爵出身の母親を持つ国王にとって、北の侯爵の先代当主は気安い親戚なのです。

 最後は、国王の高笑いで、やっと幕が降りました。

オペラ版シンデレラ「 チェネレントラ」は、魔法の存在しない世界。

ガラスの靴ではなく、腕輪が鍵を握る世界。


チェネレントラがラミーロ王子に腕輪を渡しながら、

「これを持って 私を探してください

そして私の右腕に 同じものがあるのを見つけてください

そして その時……あなたが私を嫌いでなければ……

私は あなたのものになるでしょう」


という意味の歌を歌います。


ゆえに、婚約劇では、国王がアンジェリークが右腕に王家の腕輪をさずけ、ラミーロが花嫁を選ぶ目印の一つにしているのです。

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