101話 父の婚約劇3、雪の天使の策略
ただいま、うちの父の婚約話を再現するべく、即興劇をしております。
言い出しっぺは、歌劇が大好きな王太子ですね。
まずは、配役紹介。
うちの父、ラミーロ役は、私の弟ミケランジェロ。
母のアンジェリーク役は、私。
両親の仲人をした当時の国王役は、王太子のレオナール王子。
国王の従者の儀典長役は、私の父方のはとこのジャック。
続いて、あらすじ紹介です。
私の父は婚約するときに、政略結婚を目論む親戚たちから、三十人の花嫁候補を押し付けられました。
当時の国王陛下が立会人となったため、花嫁候補たちはベールをかぶって、顔や髪を隠していたそうです。
そんな中で、最後に握手した三十人目の娘を、花嫁に選びました。
実は、娘は男爵家の跡取りで、女当主になるため、故郷に戻っていたと国王に告げます。
ですが、貴族の家から、未婚の娘を一人差し出すようにと言う、国王の勅命に逆らうわけにはいかず、父の花嫁候補として参加したのです。
娘は顔を隠したまま、父との婚約を認める、正式な書類が作られます。
北地方の貴族の当主全員と国王の署名がなされ、婚約が成立しました。
そこでやっと娘は、ベールをとります。
見知った顔に、ラミーロは叫びました。
*****
「えっ……アンジェちゃん!? アンジェちゃんだよね?
僕の花嫁にはなれないからって身を引いて、旅一座のご両親と一緒に、南の海の国へ行ったはずじゃ……」
狼狽するラミーロに、私は問答無用で平手打ちをするフリをしました。
手が頬に叩きつけたと見えた瞬間に、胸元近くに隠していたもう一つの手とぶつけて、おおきな拍手音をさせます。
ラミーロが頬を叩かれたと観客席に錯覚される、隠された演技の一つですね。
ラミーロ本人は、叩かれた頬に手をあてて、茫然としました。
「それは、こちらの台詞です! どうして、ラミーロ様が王子様になりますの!?
私は、第二王子様の花嫁になるつもりで、ここに参上しましたのよ!」
「えっと……僕の花嫁を先に選んで、残ったご令嬢の中から、第二王子殿下の花嫁を選ぶって、陛下がおっしゃられたから」
目をつり上げ、両手を腰に当てて、背の高いラミーロを見上げました。
可愛い顔の女の子が上目遣いでも、細い目にして睨みつけると、怒ってる雰囲気になるはず。
わざと低い声にして、粗っぽい雰囲気のしゃべり方をします。
「ラミーロ様。男爵家を継がないと、国王様に申し上げたそうですね。
男爵分家跡取りのラミーロ様が爵位を継がないとなると、分家当主夫妻であるご両親が、男爵本家の血筋に爵位を継いでもらえるよう、打診すると思わなかったのですか!?」
「待って、アンジェちゃん! 本家と分家って?」
「……雪花旅一座の座長夫人であるおばあ様が、男爵家の後妻の娘と言うのは、北地方で有名になっていたはずですが。
おばあ様の実家とは、ラミーロ様の生まれ育った藍染産地の男爵領地のことですよ!」
「えっ? 初めて聞いたんだけど……それ、本当?」
「まぁ! ラミーロ様のお姉様は、ご存知でしたのに!
三女のおばあ様がお嫁に出たあと、実家は不幸続きで直系が途絶えましたの。
爵位は一度王家預かりになり、北の侯爵の意見で、男爵領地に昔から住む、藍染農家に授けられましたのよ。
それが、ラミーロ様の分家ですわ!」
たたかれた頬を押さえたままのラミーロは、口達者な私に圧倒されていました。
ラミーロをあわれに思ったのか、国王が口を挟んできましたよ。
「アンジェリークよ、落ち着くが良い。
なぜ、孫娘のそなたが来たのだ? 跡継ぎになるなら、そなたの兄弟の方が良かったのではないか?」
「国王様。男爵分家当主夫妻からの手紙には、娘が欲しいと書かれていました。
ラミーロ様のいとこ、藍染工房の跡取りと結婚させるつもりだからと。
そうなると、孫娘の中から選ばざるを得ません。結婚をしておらず、婚約者が居ないのは私だけですから」
「ふむ……ならば、ここにくるように懇願したのは、ラミーロの母親か?」
「いいえ、ラミーロ様の姉君です。旦那様と一緒に、王都まで私を迎えにきてくださいました。私が王都に来るまでの間に、状況が変わったと。
第二王子様の花嫁候補を選ぶので、各家から未婚の娘を一人差し出すように、北地方の貴族に国王の勅命が出されたと聞かされました。
けれども、男爵分家のご令嬢はラミーロ様の姉君だけで、つい先日結婚されたばかりです。
このままでは、実家が王命に背いたとして、お取り潰しされると涙にくれておられました。だから、私が花嫁候補になることにしたのです」
「姉さんが泣いた? あの姉さんが泣くなんて……でも、北の侯爵家の一員になった姉さんが男爵家を継いだ方が、領地のためになるよ!
だから、僕は男爵家を継がないと、陛下に申し上げたんだ」
国王が口を挟みましたが、会話は私とラミーロの口喧嘩に戻りました。
その後、二人は言葉を発せず、口パクの演技を始めます。
腕組みした国王と澄まし顔の儀典長が前に出ながら、会話を始めます。
私とラミーロは、さりげなく後方へ下がり、端の方へ移動しました。
国王の落ち着いた声音が、儀典長を問いただします。
「……儀典長、いや北の侯爵家の先代当主よ。
ラミーロの姉が嫁いだのは、そなたの末の弟であったよな。
そなたは、弟夫婦の行動を知っておったか? もしくは、北の侯爵自体が、一枚かんでおったのか?
アンジェちゃんがここにおる経緯について、北地方の貴族当主たちの前で、申し開きをしてみせよ」
「いいえ、何も。北の侯爵としては、ラミーロ殿が抜ける男爵家には、正当な当主の血筋を迎えて、跡継ぎになってもらうと聞かされておりました。
おそらく、アンジェリーク殿をここに寄越したのは、湖の塩伯爵家の意志が強く働いたものと推測されます。
『塩伯爵家から出す花嫁は、身元がしっかりした遠縁に当たる血筋の娘を連れてくるので到着に時間がかかる』と、私は説明をされておりました。
実際に、三十人目となる最後の花嫁候補を、儀式開幕の直前にねじこんできましたので」
「つまり、こたびのラミーロとアンジェリークの婚約は、湖の塩伯爵家の仕組んだものであると?」
国王の言葉に、儀典長は考える素振りをします。
神経質そうに眉を寄せました。心当たりがあったようです。重々しく息を吐き出すと、説明を始めました。
「湖の塩伯爵家は、善良王の子孫として、現在の状況を強く憂いておりました。
濃い王家の血筋の子供を望めるなら、千載一遇の機会を逃がすなど、考えられませぬ。
なにしろ、雪花旅一座の座長の血筋には、善良王のひ孫に当たる王家の姫が、駆け落ちして嫁いでおりますからな」
二人の視線は窓の方を向き、一点を見つめました。
そこに、塩伯爵家の当主が居るという設定なのでしょう。
「駆け落ち姫の娘が十代目王妃に、孫娘が十三代目王妃に。
結果的に、十四代目国王が持つ、善良王の血は濃くなりました。
その後、百年に渡る治世の礎になったのは、事実でございます。
そして現在、平民の中に消えた古き王家の血が、アンジェリーク殿として我らの前に居ます」
ラミーロと言い争いしている私を、国王と儀典長が見ている気配を感じます。
視線が向けられる順番は、儀典長が先で、国王が後。続いて、つられた観客席。
演技力に優れる儀典長役が、さりげなく皆を誘導をしているのでしょうね。
「陛下。我が国の王族は、西国との戦いで、ずいぶん数を減らしました」
「……確かにな。本家王族は、私と息子二人、そして医者伯爵に降嫁した姉上だけ。
分家の西の公爵は徹底的に狙われて、庶子の貴族の血筋は根絶やし。
公爵本家でも生き残れたのは、当主と次男のみだ」
「だからこその、塩伯爵の血筋でございますよ。
ラミーロ殿とアンジェリーク殿が結ばれれば、両親から善良王の血筋を受け継いだ子供が生まれまする。
娘ならば、塩伯爵に嫁がせれば良いのです。王家の悲願である、新興分家王族の設立も夢でなくなりましょうぞ!」
儀典長の台詞に、国王は考える素振りを見せました。
「……そこは、『ぜひ、娘を将来の王妃に』では無いのか?」
およ? 母から聞いた話に、こんな場面ありましたっけ?
確か「新興分家は王家の悲願ではあるが、孫の代とは、気の長き話よな」と国王は笑ったはず。
もしかして、国王のアドリブ演技? ……いや、国王役の王太子の本音と見るべきでしょう。
私を王太子の花嫁にするのを、まだ諦めて無かったんですか!?
儀典長役のはとこは、動きを止めました。
そりゃそうですよ。即興劇の打ち合わせに、こんな場面ありませんでしたからね。
「陛下の孫の花嫁に望まれると?」
はとこは言葉を切り、鋭い眼差しで国王を睨みました。ピリピリとした空気をまといます。
舞台の空気に飲まれ、生唾を飲み込む同級生もおりました。
「……北の侯爵としては、賛成しかねますな。平民の母親を持つ、男爵の血筋の王妃など、北以外の三方の世襲貴族が認めますまい」
「新興分家王族が作れるほどの、血筋を持つのにか?」
「陛下。ここが春の国だからこそ、王妃になるのは難しいのでございますよ。
父方の祖父の直系祖先しか目を向けぬ、お国柄ですからな。
他国であれば、娘が生まれた瞬間から、王妃確定であったでしょうが」
「……ふむ、あい分かった。我が国と雪の国では、考え方が違う。雪の国の常識を持ち出されても、世襲貴族が納得しまいて」
「陛下。北の雪の国どころか、南の海の国、西の戦の国、東の倭の国、周辺四か国の常識で考えても、花嫁に迎えられるのならば、王妃の椅子が用意されましょうな。
重ねて申し上げますが、王妃になれないのは、春の国だけでございます」
……はい? ちょっと、はとこ殿?
おーい、ジャック! 何を言い出すんですか!?
思わず演技を止めて、儀典長役を見つめてしまいました。
ラミーロ役の私の弟も、少し驚いた表情になって、はとこを凝視していましたよ。
「陛下、簡単な話でございますよ。王家というのは、良き血筋を求める一族です。
生まれてくる子供は、父親から善良王と言う、春の国で最も尊き王の血筋を。
母親からは、善良王の血筋に加えて、雪の国の南の公爵家が認めた、雪の国王に連なる血筋まで受け継ぎます」
「……春の国内では、血筋に価値のない男爵令嬢と軽くみられていても、他国では二つの王家の血を持つ、由緒正しき王女として扱われるということか」
「はい。由緒正しき王の血筋を、国王の花嫁に迎えたいのは、どの国の王家も同じですからな」
「……二つの正当な王家の血筋か。
わが息子は西国の姫を妻に迎えるであろうから、生まれし子供が同じ立場になるな。
ラミーロとアンジェちゃんの子供は、孫と同じ立場になるのか」
儀典長の言葉に納得したのか、国王は観客席に視線を送りました。
春の国の王子と西国の姫の間に生まれた、ラインハルト王子へ。
王子は王家の微笑みを浮かべて、周囲の視線を受け流していましたね。
国王役の王太子は、はとこの話をきいて、私の血筋の価値について、どう判断したのでしょうかね?
私が他国……と言うか、雪の国の王族たちには、王女として扱われると言うのは事実ですけど。
だって、母方の雪花旅一座は、雪の国の分家王族です。
母の子供の私は、生まれたときから、雪の国の王女の戸籍を持ちますから。
「陛下。ラミーロ殿の子供の存在は、隠しておくのが賢明かと。湖の塩の採掘権を求めて、東西の国が狙うでしょうからな。
もしも、表に出すのならば……他国に流出させず、王家に近しい血筋に引き込むのが最良です。
現在の春の国では、これほど濃い善良王の血筋は、しばらく望めますまいて」
王家に近しい血筋と言えば、南と東の侯爵ですかね。
……私の嫁ぎ先って、このどちらかの分家の可能性が浮上しましたよ。
さすが、はとこは、雪の国へ留学しているだけあります。
広い視野から物事を考えていました。
「……北の先代侯爵当主よ。今更だが、そなたは内務大臣になれば、良かったのではないか?」
「陛下、この老いぼれに酷な命令をされますな。私は、雪の天使の使命を果たしているだけでございますよ」
ようやく、はとこはピリピリした空気を解放しました。
大袈裟に笑い、室内の緊張をほぐしていきます。
「ふむ………『雪の天使は、白き宝を守る』か。雪の天使とは、金髪碧眼を持つ北地方の民のこと」
国王の視線に合わせて、私は余裕を感じさせる淑女の礼をしました。
「そして、『白き大地の白き宝を制する者は、国を制する』
すべてを制するのは、塩伯爵家という、善良王の直系の血筋」
ラミーロは、慌てず騒がす、優雅な紳士の礼をしましした。
国王は、憂鬱そうな、ため息を吐きます。
物憂げな瞳で、天井を睨みます。
「春の国が恐れるべきは、王家の血筋が減る未来だけでは、無さそうだな。
雪の天使が失われ、白き宝を守れなくなる可能性も、万が一のために考えておくとしよう」
……皮肉なことに、国王の懸念は現実になります。
この劇の時代から約二十年後、北地方の貴族……雪の天使たちは、我が家を残して死に絶える運命なので。