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宮廷画家と竜舎番の奮闘:10

 なぜ自分が走っているのか、なぜこれほどまでに焦っているのか。ヴィオレッタにもわからない。ただミューゼルを死なせたくないという思いだけが、彼女を衝き動かしていた。


「待って、ヴィオレッタ! 騎乗用の装具がまだ……っ!」


 横に立つジミグが驚愕の表情を浮かべているのが視界の端に映り、次の瞬間には後方へと消え去る。


――お前は体が小さい分、すばしっこいと聞いた。力より技術を必要とするのは僕の戦闘スタイルと一致している。何より……お前はきれいだ。きっとお前には空の青がよく映える。だから僕の騎竜になれ、ヴィオレッタ。


 初めて会ったとき、ミューゼルはそう言ってヴィオレッタに微笑みかけてくれた。星がきらきらと降り注いだような、純真無垢な笑顔を見て、ヴィオレッタは思ったのだ。

 この幼い人の子を守ってあげたい――と。彼がいつでも笑っていられるように力を貸そうと。

 野外演習で墜落してからヴィオレッタは何度も考えた。

 ミューゼルを怒らせてしまった。役立たずだと言われてしまった。二度と乗るかと吐き捨てられた。

 ミューゼルの期待を裏切り、失望させてしまった己は騎竜を務められる器ではなかったのだろう。

 この世でもっとも誇り高く勇猛な生き物であるはずの竜が、石弓ごときに恐れをなすなど嗤われて当然だ。己には翼など必要ない。空を飛び、人を運ぶ。そんな簡単なこともできないのなら生きていても意味がない。

 そんなふうに考えていた。

 けれど――。

 今ここで己が動かなければミューゼルは死んでしまう。ミューゼルを助けられるのはヴィオレッタだけだ。

 もしもミューゼルを守れずに死なせてしまったら、見捨ててしまったら、何もかもが嘘になる。

 ミューゼルと共に訓練に明け暮れた日々も、ミューゼルと出会った日に立てた誓いも。

 だから、だから、だから。

 飛ばねば。

 翼を力強く羽ばたかせて。

 翔けなければ。

 高飛車なミューゼルでさえも認めてくれた速さで。

 あの子のところに行かなければ――!

 ヴィオレッタは翼を広げたまま勢いよく地を蹴った。前足で宙をかく動作をしながら力の限り翼を動かす。ヴィオレッタが羽ばたく度に風が巻き起こり、砂埃が舞う。

 ヴィオレッタは無我夢中だった。しばらく飛行していなかったとは思えないような見事な速さでぐんぐんと高度を上げていく。

 風に煽られてくるくると回り続けるミューゼルが近付くにつれて大きく見えるようになる。

 ミューゼルは眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、ヴィオレッタに眼差しを向けていた。彼の目尻から水滴がこぼれ、光るものが頬を伝う。

 そのときヴィオレッタの胸に込み上げてきたのは、途方もない愛おしさだった。

 ミューゼルは傲慢で不遜で自身を省みることのない愚かな青年だ。けれど彼の気高さが、底なしの自信が、不意に見せる弱さや未熟さを、ヴィオレッタは心の底から愛しているのだった。

 ミューゼルがヴィオレッタに向かって手を伸ばしてくる。あと少し。もう少し。地面が段々と近付いてくる。

 間に合う、絶対に間に合わせる――!

 次の瞬間、ヴィオレッタの鉤爪がついにミューゼルのマントに届いた。捉えた! ヴィオレッタはマントをたぐり寄せながら体をひねる。

 ミューゼルの腕がしっかりと首に絡みつくのを感じて、ヴィオレッタはフーッ! と鼻息を吹き出した。

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