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夏の熱望  作者: ねこ
2/2


 私が風呂をすませて濡れた髪を拭きながらリビングに行くと、和哉はソファーに座りテレビで報道番組を見ていた。


「はぁ……お先に、和哉もお風呂行きなよ」


 風呂場の熱気とは真逆のリビングのエアコンの冷気を感じ、あまりの気持ち良さに吐息まじりな言い方になってしまう。

 そんな私をチラリと和哉は見て目が合うと、フイッと顔を逸らせて無言でリビングを出て行った。


 中学の頃から和哉はグングンと背が伸び始め、私に冷たい態度を取る事が出はじめた。少し寂しいけれど、お互い様だから仕方がない。

 冷蔵庫からアイスを持ってくると、ソファーに深く座り食べ始めた。


「これはないだろう……」


 どれだけの時間がたったかわからない頃、呟くような頼りなげないような和哉の声と、顔にかかる髪を誰かが避けるような感触に薄く目を開けた。


「やっぱり、俺だけか……」


 どうやらソファーに寝転がりテレビを見ているうちに私は、寝てしまっていたようだ。風呂上がりだからと、カップ付きキャミソールとハーフパンツでいたからだろう。少し寒く感じる。


「ん……、寝てた?何時?」


「人がせっかく……」


 同じボディーソープの香りに身体をよじり和哉の方向に顔を向けると、そこには風呂上がりなのか鍛えられた裸の胸板があった。その上には、濡れた髪の隙間から怒ったように私を強く見つめる二つの瞳。 普段は意識していないけれど、今、ぼんやり眺める和哉の顔は相変わらず私とは全く違い女の子に騒がれそうに整っている。父親ゆずりだろう。

 私も、奥二重が綺麗な二重だったらいいのにと、願望が渦巻く。


「あ……私が食べたアイス食べたかった?」


「違う!どんだけガキに思われてんだよ俺は……」


 他にも羨望が渦巻きはじめた中で言った言葉は、喧嘩を売ってしまったようだ。


 一緒に暮らし始めた頃は、クラスには居ないタイプの男の子の和哉に初恋のような感情を抱いた。高めの背に、整った顔に憧れた。


 けれど、それも思い出だ。


 再婚を機に私は転校したけれど、元から人見知りで大人しい性格の私は学校に慣れるまで時間がかかった。時間ぎりぎりまで家を出ない私を待つ和哉の少し後ろを歩いて登校していた。学校に慣れてからは家でだけ、一緒に泣いたり騒いだり遊んで怒られて生活を共にしてきた和哉。


 淡い初恋のような気持ちも、だんだん家族と意識するようになると、その感情も薄くなっていった気がする。


 私を待って一緒に遅刻ギリギリに登校するのも家での学級委員的な役割で、親の縁で義理の姉弟にならなかったら和哉は学校で話す機会もない目立つタイプだと気がついた事も一つのきっかけだ。


 しゃがんでいた和哉は脱力したように言うと立ち上がり私に背を向けると、苛立たしげに髪を繰り返しかきあげた。

 私が低い位置から見上げているからだろうか、和哉の背中がとても大きくたくましく知らない人のように見える。これからも、背が伸び歳を重ね大人の魅力を身につけていくんだろう。


「……アイスでそんな怒んなくても良いじゃない」


 和哉がどこか遠くにいったような寂しさをごまかす私の呟きに、和哉は舌打ちをすると勢いよく振り返り私に近寄ってくる。


「お姉……いや、美月ちゃん?」


「は?ちょっと、ちょっと、何?何?」


 私を何年か振りに名前で呼び上半身裸のまま、和哉はさらに屈んでジリジリ距離を詰めてくる。

 慌てて起き上がり逃げようにも、和哉の片手はソファーの背もたれに置かれ、もう一方は寝転んだままの私の顔の近くに音をたてて置かれた。逃げ場を探して視線をさ迷わせると、腕に着いた綺麗な筋肉しか目にはいらない。なぜに囲まれているんだろう。


「美月ちゃん。俺、違うって言ったよね?アイスは関係ない。わかってる?」


「う、うん」


 耳に届くのは和哉の低い声。いつも聞いていた声は、こんな声だっただろうか。

 身体の成長を間近に感じる事も何年か振りだ。


 仲が悪い訳ではなかったけれど、中学あたりから部活や塾で生活のすれ違いが多かった。双子も生まれたので、そちらに手をとられたりもしていて、久しぶりに間近でみた和哉の変わりように驚いてしまう。


 近すぎる距離にある和哉の顔はさほど怒っている様子はない。なのに、離れてもらおうと和哉の肩を押してもビクともしない。


「美月ちゃん……。最近、よく一緒に帰って来てる奴って何?」


「え?あぁ、同じバイトの田中さん。シフトも方向も同じだから……。和哉、近いよ。暑い」


「ふ〜ん。その割には、美月ちゃんも楽しそうだ。その、田中さんも遠回りしてるみたいだし」


「断ってるけど人気のない道だからって送ってくれてるだけだよ」


「ふ〜ん」


 田中さんは、大学生で親切にしてくれるスーパーのバイトの人だ。それだけなのに、何故和哉が知っていて聞いてくるんだろう。


「名前でよばないで」


 唐突過ぎる和哉の問いに答えて似合わない名前を呼ぶ事に文句をつけても、険しい顔のままで離れてはくれない。

 近すぎる距離に耐えられず、また押し返す腕に力をこめた。すると、逆に和哉の顔が私の首筋に埋まり、柔らかな感触と小さな痛みが走る。恥ずかしいというより、姉弟間ではしない行為だろう。


「ちょ、ちょっと、和哉?」


 慌ててソファーの肘かけにずり上がるけれど、和哉がちょうど顔の位置にきた胸にそのまま頬を密着させた。しかも、そのまま下から上目遣いで私を見つめてくる。


 その仕草と綺麗な二重の強い視線に胸の鼓動が早くなってしまう。和哉に気が付かれては、いけないと思っても私の心臓は言う事は聞いてくれない。顔まで熱くなってくる。


「ほ、ほんと、どうしたの?」


 正気に戻そうと背中を叩くと、その手を指を絡めて握りしめ、そのまま私の胸を和哉が噛むように動きをつけた唇で乳房をゆっくり辿り、耳を胸にキツク押し当てる。


「美月の心臓ドキドキしてる……」


「もう、いい加減にしてよ!」


 和哉の頭を叩いた私の本気が伝わったのか、和哉の腕が背中に回り抱き寄せるように引き起こされた。


「俺、これから美月の事は名前で呼ぶから」


「え?」


「親同士が再婚したからって姉だなんて思った事は一度もない。だから、名前で呼ぶ」


 抱きしめられる体制なのに、冷水をあびせるような和哉の言葉に頭が働かない。理解できた事は私は、やっぱり最初から和哉の家族になれていない事だけだった。


 和哉の言葉を反芻して涙が滲んでくる。


「田中がムカつくんだ」


「ごめんね……」 


「美月?」


「んと……。わかったから、もう寝る」


「いや、わかってない。明日、バイト終わったら連絡して。一緒に外に出よう。待ってるから。絶対に連絡して」


 和哉の腕を振り払うようにして自室に帰った私は、ベッドで布団にくるまり和哉の事を考えながら眠りについた。




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