第二章 魔女の杖 第四節 かかる虹 遠きたもと
般若さんは天美 圭吾の日記に肝心な手がかりがあると考え、飛び乗った新幹線の中で繰り返し読んでいた。
*
天美 圭吾に全てを打ち明けたその日から、茂吉のキメラの呪いを解くための日々が始まる。
天美と別れてその足で茂吉は弓弦斎が営む末広堂へと出向く。
末広堂の店先まで来て、茂吉は愕然とする。
「貸家あります」
丸に八の字が彫ってある看板の変わりにかかっていた木札にはそう書かれていた。
茂吉が焦りながらあたりを見回すと、豆腐屋が一軒だけ店を開けていた。
夜通し歩いた茂吉は足がもつれそうになりながら豆腐屋の店先に駆け寄る。
「おはようございます、何にしましょ……」
豆腐屋のおやじは茂吉のあまりの形相に驚く。
「あそこの、判屋はどこに行った? 知ってたら教えてくれ」
「だんな、ちょっとこっちにどうぞ」
豆腐屋は心配のあまり店先の縁台に茂吉を座らせ、水を一杯飲ませて落ち着かせる。
茂吉が気を取り直して聞く。
「大急ぎで伝えなきゃならない事がある、どこに行ったか教えてくれねぇか」
「ひと月半ほど前に、急いで店を畳んで出て行ったこと以外、私どもは何も存じ上げてはおりません」
「そうか。 ……そうなのか」
あからさまに落胆した茂吉を見て豆腐屋のおやじは、
「だんなはあそこのお店によく来てたお方ですね。……そうだ、あのお店の大家さんに聞いてきてあげやしょう。ですからだんなは奥で休んでておくんなさい」そう言って、店のすぐ奥の座敷に通される。
豆腐屋の女房から、朝食を勧められるが、
「味噌汁、とうふの味噌汁だけもらえるか?」
と言った。
茂吉が味噌汁のおかわりをいただいている時、豆腐屋のおやじが大家さんを連れて帰ってきた。
「あなたが末広屋さんの事をお尋ねになって……」
「そうです、末広屋さんがどこに行ったかご存知なんで?」
「それを知っていれば、ところを紙に書いてお豆腐屋さんのご主人に持って帰ってもらったんですが、生憎私も詳しいところやら行き先やらは聞いてないんですよ。それに、ずいぶん前の話だし……」
「そうですかぁ、聞いてねえんで……」
「ただね、末広屋さんのお母様のお身体の具合がどうとかで、西国の方に、それしか聞いてないんですよ。」
その言葉に茂吉の生気が蘇る。
茂吉は一度だが弓弦斎の母親に会っている。
しかも、そこは母親が暮らす家であった。
「確か、備中の矢掛ですかい? その西国のってぇのは?」
「そうそう、確かそんなところ名前だった」
茂吉は、
(しめたっ!)
心の中でそう叫んだ。
栄七がなぜ弓弦斎と名乗ったのか。
それはこの地名『矢掛』に因んでいる。
矢につき物の弓と弦。
また古来弓の弦には、魔物を祓い寄せ付けない力が宿るとされる。
そして自らの生きる力の源であった母への思慕や、今で言うアイデンティティーのようなものを込めて、弓弦斎と自ら名乗った、ということを茂吉は以前聞いていた。
栄七が、かつぎの薬売りをしていた時に母と再会したのは安芸の国で、その後、夫が請われて備中の矢掛に夫婦で長く暮らした。
茂吉は礼もそこそこに豆腐屋を後にする。
その次の日、茂吉は仕事も辞め住居も引き払い旅支度を整えていた。
そして後の細かな整理事はすべて天美 圭吾に任せ、通行手形と路銀をもらった茂吉は急ぎの旅に出る。
茂吉は危険な山道以外、平地は夜を徹して気力を振り絞り歩きに歩いた。
そしてほんの数日で矢掛に到着する。
深夜であったので近くの川土手に座り夜明けを待つ。
夜が開け、はやる気持ちを抑えながら、以前一度だけ訪ねた家に向かう。
家の前に立ち茂吉は愕然とする。
『貸家あります』
またしても札が軒先で、静かに揺れている。
茂吉はその場にしゃがみ込みそうになるのを、何とか堪える。
気を取り直し、朝餉の支度に出る、おかみさん達なら何か知っているかと、井戸端で待つ。
その当時無断で井戸端に知らない人、特に余所者が立つことを人々は嫌がった。
そのことを失念するくらい、茂吉は焦っていた。
茂吉が壁にもたれて待っていると、一人の屈強そうな男性が声をかける。
「ここらの誰かになんぞの御用で」
「そこの空き家に…… 」
茂吉がそこまで言い、顔を上げて驚く。
周りを包囲されていた。
よく見ると子供たちはすりこぎや薪、大人の男たちは物干し竿やはしごを持っている。
茂吉が両手を突き出し、
「違う、怪しいもんじゃございません。私はここにお住まい、……お住まいだった弓弦斎先生の、いや、栄七さんのお母様の体調がすぐれないと聞きやして、それで…………」
茂吉は気力も体力も萎えて、あとは言葉にならなかった。
「なんだそうなのか、こっちこそ驚かしてすまねえ」
男はそう言って茶を振舞い、その一帯での情報を集めてくれた。
何年か前の話だが、弓弦斎の母は労咳、いわゆる結核の疑いがあったため、見舞いその他一切お断り、を徹底するために自分の行き先を誰にも告げず、息子とご主人の二人と共に静かに去って行ったそうである。
茂吉はその話を聞き終えると、そのまま西国街道を更に西へと向かう。
その日の夕方に神辺に着き、宿に泊まる。
あと弓弦斎から聞いていたのは、
「芸洲のだいぶ奥まった大きな町でおっ母さんと再会してね。それから後も近くの広い野っ原をよく散歩したもんだ」
くらいであった。
この時茂吉が辿れる糸は、もうこれだけになっていた。
次の日の朝早く宿を出立し、その二日後には二人が再会を果たしたであろうと茂吉が予測した、廿日市にたどり着く。
そして廿日市で、弓弦斎と母の消息を訪ね歩く。
だがここに二人はおらず、消息を知る者もいなかった。
茂吉は広島に戻るが二人はそこにもおらず、その後九州まで足を伸ばして探し歩き、そして数ヵ月後天美の元に報告に来た時には、見る影もないほどやつれていた。
その後、茂吉は再度西国へ向けて、弓弦斎捜索の旅に出る。
それから茂吉は、天美の前に現れることも、親兄弟のもとに帰ることもなかった。
*
何度読んでも天美 圭吾の日記には茂吉と弓弦斎のその後のことはここまでしか書かれていない。
あと手がかりの可能性がありそうなのは、弓弦斎が茂吉に宛てた手紙くらいだった。
その手紙は便箋に書いて丸め、こよりで結び、茂吉の親兄弟が暮らす家に届いた。
般若さんはその手紙を何度も読み直す。
「だから何言ってんだおめぇよぉ、超うぜ、お前超うぜ」
前方の席から、古文書より難解な、日本語らしき言語が無遠慮に飛んでくる。
般若さんが集中するために、携帯型音楽再生機から青い電波に乗せてくれるイヤホンを耳に刺す。
般若さんが選曲していると、
「だから言ってんじゃん、俺無実~。だってわかってんじゃん。超ムカつく。お前意味わかんね」難解な日本語を使う青年の声は、依然として数列前方の席から聞こえてくる。
「意味わからんのはこっちやって」
般若さんは古い手紙を見つめながら、思わず声が出た。
「俺トイレ行ってくっから、ちょっとそこで頭冷やして待ってろ。いいか、いいな」
前の方の席で、不自然な色の髪をおっ立てた青年が立ち上がり、ズラズラという履物を引きずる、みっともない音とともに前の車両へ消えて行った。
般若さんがケージの中で、猫に水を飲ませた後、小さな液晶の小窓を見つめて、浪曲か小唄かで悩んでいると、
「かわいい~。これおばさんの?」
どこから来たのか、前の席の背もたれの上から、二十歳前後のケバい化粧をした女性が、上半身乗り出して猫のケージを長いアートな爪で差して言う。
「入れ物はね」
そっけなく般若さんが答える。
「じゃ中身は誰かからの預かり物? それとも誰かにあげるの? もらい手なかったら私が育てようか?」
「この子は誰のものでもないの。だからその気持ちは、この世界のどこかで不幸が待ってそうな猫ちゃんを自力で探して、たとえ一頭でもいいから救う、っていう形にしてあげて」
「な~んだ残念。こんなにかわいいのに。でもおばさんの言う通りかも。あたし帰ったら猫おっけーな家探そ」
般若さんは、
(それよかマトモな日本語を話す彼氏探せよ、小娘っ!)と言いたかったが、それを言うと、完全無欠なおばさんになりそうなので、言わずにおいた。
「ねぇおばさん、そっちに、猫ちゃんのとこに行ってもいい?」
「ダメ」
「なんで?」
「この子が熟睡できるようにその席も買ったの」
そう言って般若さんはチケットを見せる。
「猫ちゃんのかご、膝に乗せて静かにしてるからさぁ、お願いっ」
その女性は手を合わせ片目をつぶる。
般若さんがにこりともせず、開いた方の片目をじっと見つめる。
もの言いたげな左目。
「まっ、ええか」
「あら? おばさん関西系? ウチのお父さんも関西人なんだ。アイツったらパネェうざさなんだけど、アイツ以外の関西人私大好きだし……」
「何べんも言わへんから、よぉ聞いて」
般若さんが遮る。
その女性がきょとんとして、
「はい」 と素直に返事する。
「お、が一つ足りへんのよ」
「何がどう? えっ? わかんない、何か説明してよ、おば……」
「それ!」
般若さんがビシッと女性に人さし指を向ける。
女性はその指をそっとにぎって、
「?」
という表情を浮かべる。
「私、大場っていうんよ。だから、おばさん、やなくって、おおばさん」
「ホント? それ?」
「ウソ」
女性はにこやかに笑う、
般若さんが、自由になった手で、
「どうぞ」と、猫が眠る座席を示した。
最初女性は猫をケージごと膝に乗せて、取り留めのないことを喋り続けていたが、
「なに聞いてんの、おば……、じゃなくっておねえさん」片耳に刺さるヘッドフォンを指差し聞いた。
般若さんが残り片耳ぶんを女性に貸し、再生を押す。
「なにこれ? なにわぶし、とかいうやつ? 初めて~、新せ~ん、斬し~ん」
どうぞ、と般若さんが両耳ぶんを女性に貸す。
女性はそれからニコニコ聞いていたが、すぐに寝息を立て始め、般若さんはまたしても古い手紙と日記群との格闘を再開する。
しばらくすると、不自然な数種類の髪色に整髪料で重力に抵抗させている青年が、電話で話しながら戻って来た。
彼女がいないのに気付きキョロキョロする。
「だから明日のバイトぜってぇ入るから、悪いと思ってるって、この埋め合わせはすっからさ。じゃぁな」
電話を切った後もキョロキョロが続く。
「あっれ~、どこいったんだぁ、ったくぅ~」
般若さんがその青年に向かって、そっと手を上げる。
青年が近付く。
般若さんが人差し指を唇に当て、横でケージを抱いて眠る女性をそっと指差す。
青年が女性を見つけ、ホッと安堵の表情を浮かべる。
般若さんはその表情を見て非常に安心した。
愛する者と愛される者。
愛し合う者たち。
般若さんが立ち上がり、通路で青年と向かい合う。
「彼女ね、お料理習いたいんですって」
「アイツがっすか?」
「うん、あなたの健康を考えたら、今みたいな食生活ダメだって」
青年は固まる。
「地方から出てきて大変なんですってね」
青年は申し訳なさそうな表情で下を向く。
「あなたにね、おいしい中華作ってあげたいって」
「アイツそんなこと……」
その時、青年のスマホが鳴った。
般若さんが気を利かせて自分の席に戻る
「お母ちゃん、わしなら元気にしとるけぇ、心配せんでええけぇの」
その後青年はずっと優しげな口調で静かに頷いていたが、
「 ……あっ、お母ちゃん。今度そっちに帰るときにゃー、ぶちかわいい彼女……」
青年はそこで背筋をしゃんと伸ばし、
「わしの婚約者連れてくけぇ、楽しみにしといてぇや。おぉ、今約束するけぇ覚えときんさいよ」
そう言って電話を切った。
般若さんが立ち上がり、
「覚悟したの?」と言った。
「俺、コイツと会った時、雨降ってたんすよ」
「うん」
「雨降ってる日、歩道橋の下でうずくまって泣いてたんすよ。化粧とか崩れるとかのレベルとっくに超えてるくらい、グチャグチャで泣いてたんすよ」
「そう」
「俺、小っちゃい頃に病気の猫拾ったことあったんすよ、今アイツが抱いてるかごの中と同んなじ、白い子猫」
「うん」
「アイツ、……彼女最初に見た時その子猫思い出したんすよ。なんか、俺いないと彼女死んじゃうんじゃないかなって。ガラにもなくそう思ったんすよ」
「優しいじゃない」
「う~ん、そんなんじゃ。……とにかく、だから俺そん時、彼女の横に座ったんすよ、黙って」
「うん」
「そしたら彼女しばらく泣いて、黙って調有名ブランドの小っちゃい鞄、片足で踏んづけて両手で引っ張って破ったんすよ。そんで中に入ってた化粧品とか、履いてた有名ブランドの靴で叩いて壊したんすよ」
「うん、それで」
「彼女結局バッグも鞄も台無しにして、それをブランドもんのスカーフに全部包んで『捨ててきて』って。でも俺彼女一人にするの怖かったから『一緒に捨てに行こう』って言ったんすよ」
「そうなの」
「でも彼女靴壊れたから、俺近くの靴屋までビーサン買いにおぶって行ったんすよ」
「キミはホントにええ人やねぇ」
「いやそんな、……あの時の彼女見たら誰でもそうすると思いますよ。……で、それからずっと彼女と一緒なんすけど、……彼女よっぽど悪い男に騙されてたんだろうなって」
般若さんは黙って頷く。
「それが出会いだったからなんか彼女のことよくわからなかったけど、さっきの中華の話聞いて思ったんすよ」
「何を思ったの?」
「俺ね、横浜に住んでんのに、中華街行ったことないんすよ。それを彼女と出会った頃話したんすけど、……まだ覚えてくれてて、………しかも俺のために中華って」
「ありがたいね」
「 ……ほんっと、ありがたいっすよ。俺やっぱ彼女守って生きてきます」
その時、般若さんの横の席からずるずる鼻をすする音がしゃくり上げる声と共に聞こえた。
「 ……あれは違うの、全部お父さんに買ってもらった物だったけど、アイツの女とお揃いだってわかったからああしたの」
立ち上がった般若さんがシートに座る彼女を指差し、
「 ……そっかぁ。あん時も彼女こんな顔の状態やったんやろね」と、化粧崩れと言うより、化粧なだれを起こしている彼女を見て言った。
「でもね、今寝てるときに夢見たの。私が産まれた時、一番喜んだのはお父さん。入学式とか卒業式でも一番喜んだのはお父さん。だから、再婚するのが、お父さんの再婚が気に入らなかったの。お父さん取られたくなかった。あの女、すごくいい人だけど、だからこそお父さんを取られたくなかった……。あんないい人にお父さん取られたら、もう絶対に取り返せないじゃん」
「そっかぁ……」
青年は始めて聞いたようだった。
「今の夢で、なんであの女とお揃いだったのかやっとわかったの。同じ物を贈ったのは、適当とか面倒なんじゃなくって、共通の話題にしてくれないか、っていう何て言うか、お父さんの不器用な気持ち」
「俺わかる、それ。何とか仲良くして欲しかったんじゃね? お父さんにとって二人とも大事な人だから」
「私お父さんに何て言ったらいいのか……」
「佳世は何も言わなくって、ただいま、でいいんじゃね? 家族なんだから」
佳世と呼ばれた彼女はまた泣いた。
青年は前の席に回り、彼女の顔を上から覗き込みながら、
「この後用事すましたら行こうよ、佳世んち。佳世は話したくなけりゃ黙ってればいいよ。俺が、娘さんと結婚させて下さいって言うからさ。……心配しなくてもちゃんと言えるからさ俺」
少し照れながらも優しく力強く言った。
「お父さん殴るかもよ?」
泣き笑いした彼女が言う。
「上等だよ。お父さんの佳世への愛情じゃんかそれ。両頬、いや全身で受けるよ、俺」
そう言って青年は、その場で友人たちのグループLINEに書き込んだ。
そして彼女と般若さんが、それぞれ自分の席に戻る。
すぐに青年の電話が鳴る。
「うそでも冗談でもないよ、本気。内容そのままどこも縦読みしなくっていいよ」
もらい泣きしながら席に着いて、手紙の最後の一枚を見ていた般若さんが、
笑うと喜びの涙が少し増量されて、日記の綴じた部分に落ちた。
般若さんがハンカチを使い、落ちた涙を急いでふき取る。
こよりの一部分にかかった涙は、まるで化学反応でも起こしたかのようにうっすら青く変色した。
般若さんは日記に書かれていたこと、
「そのこよりにて、この日記と手紙を一緒に綴じる」の一説を思い出した。
濡れた部分が切れぬよう、こよりを細心の注意で外す。
もどかしい思いをしながら、紙を傷めないようゆっくり確実にこよりを解く。
端がごく僅か滲んでいるが、内容を読むには何の支障もない。
般若さんが、万年筆で書かれた文章を読む。
さいごくを めぐりしおりを おもひだし きめらのこりが われの手にあり
「この句と手紙を、茂吉さんが読んでたら……、何かが伝わったんやろねぇ、……西国を、かぁ、……西国? さいごくぅぅぅぅぅ……、ビンゴォォォッ!」
般若さんが、物凄い形相と勢いで立ち上がり、足をバタバタさせながら青年を指さす。
まさに最後の一枚は、弓弦斎の想いが込められた手紙、であるということを、このこよりの書き付けから般若さんは読み取った。
青年があまりの声の大きさに驚き、
「あのぉ、俺の実家は備後じゃなくって安芸っすよ、おばさん」そう言った次の瞬間、
「大場さんっ! ウソだけど」
「大場さんっ! ウソやけど」般若さんと佳世が同時に言った。
般若さんは、こよりに書かれた文字と、弓弦斎の手紙の最後の一枚を交互に見て、小さく何度もガッツポーズする。
「にゃんこちゃんありがとぉぉ。あんたのおかげでまた幸せな人が増えた。私含めて。……それに、この車内、私らの涙と私の熱気で、なんか虹かけれそうやわ」と言った。
にゃんこは横になったまま手足をひと伸ばしし、また幸せそうに眠った。
角成の電話が鳴り単車が路肩に止まる。
「突然ごめん。新幹線からタクシーに乗り換えた。それと白いにゃんこのおかげで重大なことがわかった」
「どうぞ」
電話は般若さんからだった。
「呪物はどっかに保存されてる」
「本当ですか! で、どこに?」
「弓弦斎って人がまとめて残してくれてる、って書いたの見つけた」
「スゴイ、さすが般若さん。どこに書いてたんですか?」
以前から色々な人が調べたのなら、そのことを誰も気付かなかったはずはない。
角成は少し失礼かと思ったが聞いた。
「綴じるのにこよりが使ってあってね、そのうちの一本のこよりを解いてほぐしたらそう書いてあったの」
「こよりですかぁ、般若さん鋭いですね」
「で、その弓弦斎って人の手がかりなんやけど、末広堂って判コ屋さんしてたのね」
「はい」
「トレードマークは丸に八の字、末広がりの八で末広堂」
「今何て言いました?」
「末広がり……」
「その前っ!」
「丸に八の字?」
「見ました、今さっき、ついさっき見ました!」
「かっくん、かえでちゃん連れてすぐにそこに戻って」
「そこは末広湯って銭湯です。ご主人の名前は柏原 昌史さんで、奥さんが冴子さんです」
角成はもらった写真の裏を見ながら言う。
「かしわらは、木へんにホワイトの白と、原っぱの原って書く?」
「そうです、漢字はそれです」
「かっくん、そこで、多分間違いない」
「了解です!」
「そこに行ったら、柏原 栄七又は、弓弦斎って人の事と遺品がないかどうか聞いてみて」
「それじゃ、すぐにUターンします。あと、玄宗さんから何か連絡は?」
「ないなぁ、そういえば。とにかく私は、色白ちゃんと銭湯の近くまで行ったら連絡するね~」
「そうですか、わかりました。では、色白さんに愛してるとお伝え下さい」
「をいをい、私のことはどうなんよ?」
「当然般若さんも……」
その時、瞬時にして角成のウエストが十センチ以上細くなった。
「じゃ、また連絡するわね~」
「ぐはっ……」
これが角成の精一杯の返事だった。
般若さんはやはり鬼だった。
「愛人との連絡は終わりまして、婿殿?」
右利きの人間の左腕一本で、どうすればそんな力が出るのか……。
角成の人生は常に不思議に満ちている。
電話を切った般若さんが、運転手さんに目的地変更を告げる。
タクシーの後部座席で、端がくるりと軽く巻き癖が残る、古い手紙をじっと見ている。
『つぎ茂吉様と会ひしとき
これぞ自らの最後の良きさだめ
それがまがふことなきものなら
西国を馬上にて共に巡りしおもひで終生忘れまひと
未だ異国から聞こへるよな面白おかしきこともなき
それなりでしかなひ人生ゆへ後ろ振り返へらせていただいた
その時こそ茂吉様と赤きぶだう酒いただきたし』
話を少し整理する。
これは弓弦斎こと柏原 栄七が南口 茂吉に宛てた、数枚にわたる手紙の最後の一枚である。
他の文章は万年筆で書かれているのに対し、これだけは同じ便箋に毛筆で書かれていた。
この手紙は南口 茂吉が行方知れずになったあと届いたもので、柏原 栄七のことを共に調べていたことを知る茂吉の家族が、天美 圭吾に渡したものであった。
そしてこれは逓信省経由で配達されたのではなく、誰かが南口 茂吉の実家に直接投函したものだったそうで、切手等貼られていなかった。
差出人である弓弦斎こと柏原 栄七の住所が書かれていたので、天美 圭吾が返事を書いたが、あて先不明で返って来た。
すでに転居をしていたようである。
天美 圭吾は当時八方手を尽くしたが、弓弦斎の居場所は探し出せなかった。
先程の文章は毛筆で書かれた、弓弦斎の手紙の最後の一枚である。
天美 圭吾もこの手紙を見たであろうが、こよりには気がつかずそのまま他の日記の紙と共に綴じるために使用してあった。
そして直後の日記には、
「弓弦斎さんから茂吉さんに宛てた手紙はこよりで縛り、丸く筒状にしてあった」と、
「そのこよりでこの日記と手紙を一緒に綴じる」ということが書かれてあった。
もしもこよりの中に書かれたことを読んでいたら、そのことについて何か書かれているはずである。
だが、それ以降の日記に、この手紙のことは、こよりも含めて一切触れられていない。
どんな些細な事柄でも資料になればと、全てこと細かく書いてあるのに、である。
それらの理由から般若さんは、今までこよりの中の文字は誰にも読まれていない、そう判断した。
そして、そのこよりに書かれている七五調の文章。
『さいごくを めぐりしおりを おもひだし きめらのこりが われの手にあり』
下の句は、キメラの秘術に使われた呪物がどこかに保管してある、と解釈した。
それがどこなのか。
般若さんは、こよりと共に来た手紙の中の毛筆で書かれたに中に、答えがあるのでは、と考えていた。
「う~ん」
般若さんが腕組みして軽くうなる。
仮説は一つ立っている。
確信は無い。
破魔子さんから、天美 圭吾の日記や手紙の存在を、数年前に聞いた。
それらを解読するために、般若さんは文体や草書などの勉強をした。
勉強に使える時間はたくさんあった。
本来ならば、もっと早く呪いを解くために動いておくべきだったのかもしれない。
そうしていたら、もう少し余裕をもって、悠々と呪いが解けた、のかもしれない。
ただ、かえでが十二歳を超えたことで、皆少し油断して、キメラの力を少し過小評価していたのかもしれない。
般若さんの頭の中に、いくつもの後悔が行きつ戻りつする。
だが、破魔子さんとの別れが早まったことで、この解読作業もかなり後手に回ってしまった感は否めない。
その遅れを皆で今、必死に取り戻そうとしている。
般若さんの隣の席のケージの中では白い子猫が静かな寝息を立てて眠っていた。
「まったく良ぉ寝るわ」
「お客さん、無茶言っちゃいけねぇよ。寝る子が語源の生き物は、寝姿がかわいいって意味もあるんだからさ」
「ほんまに、かわいいからしゃぁないかな」
「かなり羨ましいけどね」
「同感」
般若さんはタクシーの車内が、少し暖かくなった気がした。
###
その頃大神様達は……。
[だいぶ頑張ったわ。……これが現実なら政令指定都市くらいの広さの悪霊全部一人で退治したくらいの疲労感かな]
{あらそんな大変な経験おありなの? ずいぶんと働き者ですのね}
[ないよぉ、これはたとえで、それくらい大変やったってこと]
大神様と隼神様はかえでの右腕を結界で包み、そこにキメラを封じ込めることに成功した。
その後もキメラからの攻撃は続いている。
だが、大神様と隼神様は全ての攻撃を防ぎ続けている。
[さっきから糞ったれがこちに飛ばしてきてるもん、あれ何?]
{あれはうろこみたいね}
[しょうもないこと言いますが、ご勘弁を……]
{どうぞ}
[私、結構好き]
{何をおっしゃるのこんな時に}
隼神様はいっそう強く大神様の背中に刺さる蹴爪に力を入れた。
[イデデデデデデ、違う違う違う。この飛んでくるうろこ、食感がポテトチップスみたいで好きって。ほんのり塩味やし]
{あらやだ、ごめんなさい。そうなの? 私は完全に飽きがきてますけど、初めてのお方には新鮮でしょうね}
[それよか、ちょっと明かるくなってませんか?]
{あらやだ、私昔からこんな感じじゃなくって?}
[だっかっらぁ、さっきまでかなり薄暗かったのに、今はちょっと明るなってない?]
{そう言われてみればずいぶん明るくなりましたわね}
[これってええように考えたら、糞ったれが弱ってきた、ということになりませんか? 実際、攻撃、スピード・弾数共にかなり落ちてきてるし]
{そういえばキメラって『夜空に羽ばたいた』ってかえでが言ってたわね。ということは……}
[ひょっとしてコイツ夜行性で光が弱点?]
{昼夜問わず活発に動き回ってますから、それは違うようね}
[それやったらこの明るさはかえでが少し回復したからとか?]
{そう言われてみればかえでが元気だった頃って、ここはもっと明るい世界でしたわね}
[そっか、だったら出来るだけこれを維持できるように頑張りますか]
{ええ。それと、……もう少しヤツを狭い範囲に囲い込めないかしら?}
隼神様の大きな眼が鋭く輝く。
[なんか作戦あんの?]
{私の翼、……、がですね}
[うん]
大神様はあえて何も言わない。
{翼を分離する直前のことなんですけれど、キメラが突然パワーアップしたことがあって、その時私、ヤツの本体近くまで迫ったことが}
[うん、それで]
{その時、私ありったけの念を込めて風切り羽根左右一本ずつ投げましたの}
[ほう! それがひょっとしたら未だに糞ったれの本体に残ってるかも、とか?]
{はい。それとその時一本は確実にヤツに当たって、もう一本はかわされて壁に刺さったんですけど、その時にかえでは痛がりも苦しみもしなかったものですから}
[えっ! ということは、一本が糞ったれに、そしてもう一本は、未回収でどっかにある……。それ探し出したらこっちの武器、というか、選択肢増えるかも……]
その時、隼神様が大神様の背中から降り片足で着地する。
{こんな時にナニなんですけど、ちょっと背中掻いて頂けますかしら? さっきからかゆくって}
[あぁ、はい? どこ? 言うて]
大神様は少し困り顔で言う。
{背中の真ん中ですの、恐れ入ります}
[まぁ一番届きにくいところやもんね、それに誰かに掻いてもろたら気持ちええし、……ちょっとちょっと、これ]
{何か?}
[これ、残りの一本の風切り羽根ちゃうん]
{あらごめんなさいね。私こう見えてもけっこう物持ちは良い方で}
[ええもん取ってあるやんかぁ。捨てればゴミ使えば資源やもんね。エコロジーバンザイ、リユースサイコーっ!]
{その羽根の軸部分に、アナタの血で梵字の二つ三つ書いたらどうでしょう? ヤツに対して嫌がらせくらいにはならないかしら}
[う~ん、そうやねんけど。対のがもう一本糞ったれに刺さってるとしたら、結構な嫌がらせになる、……かも?]
{あらそうなの? よかったわアナタに喜んでもらえて}
[そしたら少し隠れててくれません? ちょっと糞ったれのどこに刺さってるか確かめて来る]
{だったらアナタ、ご一緒致しますわ}
[私一人の方が身軽に動け……]
{身軽に追い詰められたり、突然鉢合わせしたらどうなさいますの? 事態を収拾しようと大暴れすればかえでにダメージ与えることになりますよ}
隼神様がかぶせて言った。
[まぁそうなんよね、んじゃぁ申し訳ないけど、お乗りいただけますか?]
{少々お待ち下さいな。書いてしまいますんで}
[最後の一文字書く手前で、私の毛結んで区切りつけて、そのあとの梵字、般若菩薩で締めにしてください]
{理由聞かせてもらってよろしいかしら?}
[そういう名前の人を知ってて。私が絶大な信頼寄せてて、しかも私その人のこと大好き、っていうのは理由になりません?]
{そういう思い付きが大事な場面って結構ありますよね~。では……}
そして隼神様は自らの爪で羽根の軸に細かく梵字を書いていき、最後に般若菩薩を意味する『ジニャ』を書いた。
[よっしゃ、用意できたら急ぎますか]
隼神様はまるで翼を取り戻したかのようにふわりと大神様の背中に乗る。
{一つお聞かせ下さる?}
[はいはい?]
{その般若菩薩さまはご婦人?}
[そう、何か? 同性やと仲間意識より競争心とか嫉妬心が勝って、背中に爪が思いっきり刺さる、とか?]
{そうして欲しければ致しますわよ}
[イデデデ、もうつねってますやん、いたいいたい]
{さっ、参りましょうか}
[はいよぉ~、偵察偵察~。 ……それにしても背中痛いわぁ、ほんまに]
タクシーの中から般若さんが再度角成に電話をする。
「かっくん、念のため柏原さんに過去帳借りれるようなら……」
突然電話が途切れた。
一方、角成のスマホが点滅している。
「ありゃ、電池切れだ」
「愛人の人には思い知ったか本妻の超能力、ですけど、それって困りましたね。すぐにコンビニに買いに行きますか? 非常用電源」
「そんな能力かえでちゃん持ってるの?」
「ある訳ないやん。買いに行ってきますよ。買い物に行く能力なら腐るほどあるんで」
「いいよ、もう新幹線降りて、こっちに向かうタクシーだって言ってたから。もうそんなにかからないでしょ」
「それで用件は何でした?」
「わからない。念のため柏原さんプツン、だったから」
「ふ~ん、重要そうじゃないですか」
「いいよもうすぐ会えるから」
かえでの冗談に角成は少し頑なになる。
再び末広湯に到着した二人は単車を降り、銭湯側から声をかけるか居住スペース側から声をかけるか考えていると、
「あのぉすいません、河内さんですか?」
名前を呼ぶ者がいる。
「はぁ、まぁ、そうですけど、あのぉ……」
「私、長野って人から河内さんをサポートするようメールをもらった、柏原 静太です」
小太り眼鏡で天然パーマの青年はそう名乗った。
「あっ、ひょっとしてここの銭湯の息子さん」
「そうです、何か?」
「さっきお父さんとお母さんにお世話になったんですよ」
「えっ?」
そう言って静太は少し怪訝そうな顔をした。
かえでは静太を見た瞬間から、かなり警戒していた。
そして静太は、まだヘルメットも警戒心も取っていないかえでの顔を強引に覗き込むように回り込み、
「ひょっとしてあなたがキメラの秘術の被害を受けている人ですか?」無遠慮な表情と仕草と共に、無神経なことを言った。
「お父さんいらっしゃいますか?」
角成が間に割って入るようにして言う。
「ねぇ、いいじゃないですか。俺もこの業界の人間だけど、まだ間近に見たことないんですよ。呪いの被害受けてる人って。どんなのか見せて下さいよ」
「ちょっと待って、あなたは何を言ってるかわかって……」
静太は角成をぐいと押し退けてかえでに近寄り、薄笑いを浮かべながら言う。
「うるさいなぁ、お前関係ねぇだろあっち行ってろよ。俺は弱っちいぼくちゃんに興味なんかねぇんだよ、失せろバーカ。うっぜぇ奴だなぁ」
その時、口論を聞きつけた末広湯のおやじさんが駆けつけ、
「おいてめぇ静太っ! 貴様何言ってるのかわかって……」そう怒鳴ったとき、静太は膝から崩れ落ちた。
「おじさまごめんなさい」
かえでがおやじさんに片手で拝んで謝り、そして振り返りながらヘルメットを取り、
「私の体のうろこくらい、なんぼでも見せたる。これが私の、うちの一族の女に生まれた者の宿命やから。でも私の角成さんをいわれなく侮辱するヤツは絶対に許さへん、誰であろうが関係ない! 謝らんかぁ、このクソ野郎が」強い口調と方言と表情でそう言った。
「嬢ちゃん、いやお嬢さんすまない。礼儀知らずのとんだバカ息子なんだこいつ。あれっ、もういねぇ」
おやじさんが話している間、みぞおちに一発食らった静太は痛みに耐えて駐車場を転がっていたが、皆がほんの一瞬目を離した隙にいなくなっていた。
「あの野郎、今日という今日は許さねぇ」
おやじさんが怒る。
角成はその横でそっと牙笛を吹く。
「あれっ? 嫌がってる? それとも困ってる?」
「何がだ、兄ちゃん。息子のことを嫌ってるってことか?」
「違います違います、違うんです。えぇっとぉ、どう説明すれば良いのか」
「婿殿見ました?」
「うん、ふくろうの神様困ってた」
「おいおいおい何言ってんだ? そんなこと誰に聞いた?」
「いやそのぉ、こればっかりはどう説明すればいいか……」
「私から説明します。お宅の息子さんと私たち同種というか同類というか同業というか」
「それじゃぁ、兄ちゃんも嬢ちゃんも新興宗教の関係者か?」
「それは違います。……って言うか、息子さん、静太さんは新興宗教に何か関係でも?」
「なんか『教祖になる』とかどうとか言ってやがって、ほんと、どおっしょうもねぇ」
「この周辺が霊的にクリーンなのは、静太さんが真面目だからだったんだね」
「おい、兄ちゃんもうちのバカ息子と似たような事言い出して、勘弁してくれよ」
おやじさんは非常に嫌な顔をする。
「おじさん、……じゃなかった、何て呼べば良いですか? ご主人」
「おじさんでもおっさんでもいいよ、なんだい、嬢ちゃん」
「じゃおじさま。それと私はかえでです」
「おう、かえでさんな。覚えた。」
「私の首から顔にかけてあるうろこみたいな皮膚、これって呪いをかけられたからなんです」
かえでが首に巻いたバンダナを外す。
「すまねぇ、かえでさんよ。俺っちはそっちの話は根っからダメなんだ。信じるとか信じねぇじゃねぇ。キライなんだ」
「おやじさん、キライな類の話でもちょっとだけでいいから聞いてもらえませんか? これはかえでちゃんの命がかかってる事なんです」
角成が切羽詰った表情で訴えかける。
「兄ちゃん真剣だな。よっしゃ、俺も男だ、聞こうじゃねえか。今回だけは聞いてから判断しよう。だがな、期待すんなよ、俺は見た通り頑固だかんな」
「おじさま私からお話します……」
末広湯の柏原家、その先祖にあたる印判師であり拝み屋でもあった柏原 栄七、またの名を弓弦斎。そして南口 茂吉と磐城 照信らと共に行ったキメラの秘術。
それにより自分と親戚もあぶないことなど、かえでは首だけではなく右腕全体の痣まで見せながら手短に淡々と話した。
おやじさんは途中から腕組みして目をつぶり聞いていたが、
「う~ん、どうもピンと来ねぇし、納得もできねぇ」
「おやじさん……」
「おじさま……」
二人は落胆する。
「何がピンと来ない。……って言っても、なんで俺っちのご先祖の名前、しかも別名まで知ってんだ? しかも相棒かなんだかおらぁ知らねぇが、その人の名前までセットで知ってるって、……これは余程なんかあって調べたんだろう、ってこたぁわかる。だがその『なんか』が『呪い』とか言われても、そんな目に見えねぇ、確認しようのねぇもんで、納得できるわけねぇよ。……それに、お二人さんには申し訳ねぇが、今言った話もバカ息子を教団に取り込むためにしてる小細工じゃ、ないってこと、それを証明するって、不可能だよな、困ったなぁ……」
おやじさんはまだ目を閉じている。
「そうですか。……そうですよね」
こういう時にどうやって人を説得すれば良いか。
若い二人にはそういう経験が乏しく、二人一緒に落胆するしかなかった。
だが角成が踏ん張る。
「証明なんか出来る訳ないじゃないですか。今日おやじさんに偶然会えたこと、これだって何も説明できないじゃないですか」
「違うんだ、俺が言ってるのは、突然家系的個人情報を知ってる、って人間が……」
「同じですよ。人との出会いに偶然とか必然とか、そんなの後から説明つけようと思えば何とでもなるけど、本当のところって誰にもわからないじゃないですか」
「うん、……まっ、そう言われりゃそうだけどよ」
「おやじさんのご先祖のことは、その事を書いた日記を持った人間がもうすぐ来ます。でもそんなことどうでも良いじゃないですか。お互いの先祖に偶然の出会いがあった。そして子孫がもう一度今度は目的を持って接点を持った。それで良いじゃないですか」
おやじさんは険しい顔で腕組みし、
「言われてみりゃそうなんだ、そうなんだけど……」その時、少し離れたところからおかみさんの声がかかる。
「さっきから聞いてりゃ、何よ! ちょっと待ちなさいよ!」
おかみさんが、眉を吊り上げて続ける。
「若い子の一途で真剣な瞳になら騙されても本望だ、って。それくらいの男気は持ち合わせてる人だと思ってたけど、私の認識違いかしら、お父ちゃんっ」
そろそろ暗くなりかけた国道沿いで、おかみさんが夕日を背に仁王立ちで腕組みして言った。
「おい母ぁちゃん、出かけなかったのか?」
「私も見る目がないバカ女ってことになるのね。いいわ、それが私の選択で私の責任ならそれも受け入れるわ。あんたに惚れて目が眩んだのは、この私自身なんだからねっ!」
組まれた腕が腰に移動し、膝から下が交差する。
逆光の美しいシルエットを、じっと見ていたおやじさんが、キッとした表情で、
「おい兄ちゃん、何が望みか言ってみな。一切合切全て受け入れてやるよ」そう言った。
「おやじさん」
「おじさま」
「俺のことなら弱虫だろうがボケナスだろうがスケベだろうが、どう呼ばれようが思われようが構やしねぇ。だがな、惚れた女を俺のせいでバカ女にするのだけは耐えられねぇ。なぁ、兄ちゃん」
おやじさんはかえでに微笑みかけて続ける。
「お二人さん、俺が悪かった、何でも言ってくれ」
おやじさんが頭を下げた。
「じゃ、おじさま……」
「おう、かえでさん何でも言いな」
「さっきからお腹痛くって。トイレ貸して下さい」
「トッ、トイレねっ、おう、まかしとけ。純金のトイレはねぇけどおしり洗う装置なら使いたいだけ使ってくんな」
おやじさんが負けずに返す。
「おやじさん、僕も……」
「なんだ、トイレなら順番待ちだぞ」
「スマホを充電させて下さい」
「おめぇらナメて、……クソッ、テメェら好きにしやがれ、ちくしょうめ」
「お父ちゃん本当にアンタと一緒になって良かったわ。アイシテルよ、心の底から」
「うっせぇババァ、人前でテレるじゃねぇか」
一同住居側にワイワイと入って行った。
「なんで母ちゃんがいるんだ。どういうことなんだよ?」
静太は物陰で息を潜めながら一人焦っていた。
角成が充電を始め、電源を入れると電話が鳴る。
「今、末広湯に着いた」
「わかりました迎えに出ます」
角成は連れが一人増えたことをおやじさんに伝える。
おやじさんは『大歓迎』の一言で了承する。
角成が外に出ると歩道に、トランクと猫用ケージを重そうに左右に持つ、般若さんがいた。
「お疲れ様です。般若さん疲れたでしょ?」
「なんのこれしき。でも重い」
「持ちますよ」
角成がそう言ってトランクを持ち、般若さんが白猫の入ったケージだけを持って後に続く。
その時、かえでが走って出て来た。
「かえでちゃ~ん、紹介しとく。この人が般若さ……」
そこまで言って角成が気付いた。
かえでが泣いている。
「かえでちゃんどうしたん?」
そう言って、般若さんが心配顔で膝をつき、間近まで来たかえでの泣き顔を覗き込む。
「加津佐が、加津佐が倒れたって、今おじいちゃんから電話が」
「僕が見た時、あんなに元気やったのに……」
[あの子のとこには翼しかない、ってことは、攻撃手段なし、無抵抗のやられっぱなしやよ]
大神様が突然話す。
「それって、防戦のみってこと?」
[防戦すらできてないと思うよ……。こっちもキメラがさっきから、な~んかパワーアップしてきた。これはいよいよ時間がない。急いで、かっくん]
「とにかく、柏原さんちにお邪魔しよう」
三人が沈痛な面持ちで急いだ。
時間を少し遡る。
玄宗さんは駒ヶ谷 千賀子が眠る病室で、小さな椅子の上で蓮華座に座り手を握ったまま目を閉じている。
「さてと、駒ヶ谷さん申し訳ない。私にはもうほとんど時間が残されていません」
「あっそう、さよなら」
「という訳にもいかないんですよ」
「なに、まだあんの?」
「かいつぶりの神様をもらい受けたいんですが、ダメですか?」
「だから覚えてないって」
「はい、覚えてないんですね」
「だから渡したくってもわたせないって」
「はい、渡してもらえないんですね」
「だからあきらめて帰って」
「それができれば帰ってるんですが」
「しつこいよ! あんた!」
駒ヶ谷 千賀子は怒りに任せて立ち上がりながら叫ぶ。
その時も洗濯かごをはなさなかった。
「大切なもの、洗濯かごですか」
「知らない」
「大切な気持ちは、愛情。家族への愛。特に、弟妹への愛」
「何言ってんの、あんた」
「隠し事を見つけ出すのはそう難しいことではない。だが、隠したことを本人に認めさせるのは、隠したものが大切なであればあるほど、容易ではない」
「どっかで聞いたような言葉ね」
「古市の言葉です。……手放したくないんですね」
「 ……」
「その洗濯かごのように」
「 ……」
駒ヶ谷 千賀子は答えない。
「大事なんですよね」
「本当にキレイな虹は、人生で一度しか私にはかけられない」
「は?」
「古市さんが言ったんだよ、私に」
「そうですか」
「私はね……、私は…………」
駒ヶ谷 千賀子が口ごもる。
「そんなにキレイだったんですかね、古市の虹は」
「かけた向こう側にいる人によるのよ」
「そうですか、わかりました。諦めます」
「なんで? いいの?」
「好きだったんですね、古市 嘉介のことが」
駒ヶ谷 千賀子は答えない。
「だが古市の虹はもうかかった後で、しかも本人の意思で二度とかけることはなかった」
「 ……そう」
「そして駒ヶ谷さんの虹は一方通行だったんですね……」
「わかってたよ、そんなことはじめから」
「その虹をかけた時、それがかいつぶりの神様を託された時だったんですね」
「そうよ、だから誰にも渡したくないの」
「そうですよね。そのかごと同じですよね」
駒ヶ谷 千賀子はかごを身体の後ろに隠した。
「お母さんが出て行った時のままですよね、それ」
「 ………」
「お母さんのにおいが好きだったんですね」
玄宗さんが静かにひとしずく涙を流す。
「俺も母さんの匂い好きだもの。 ……わかりました。かいつぶりの神様は連れて行かずそのまま帰ります」
「いいの? 本当に……」
「ええ、そうしないと、……今連れて帰ると、あなたが、駒ヶ谷さんが亡くなってしまうことがわかりました」
「そっ、そうなの?」
「宇賀神様がおっしゃるには、今持ちこたえているのは、かいつぶりの神様のお力。無理に引き剥がすと、今すぐにでも……」
あとは言えなかった。
そして玄宗さんの横に姿勢よく座る真紅の子ギツネ様も、玄宗さんの顔を見上げて、ゆっくり盾に首を振る。
子ギツネ様もかいつぶりを追い出そうとした。
だが、かいつぶりは逃げなかった。
しかも勝ち目のない最後の戦いを挑む瞳で、かいつぶりは子ギツネ様を睨み返した。
それは、駒ヶ谷 千賀子が今すぐ息を引き取らない限り、かいつぶりの神様を引き剥がせない、ということだった。
玄宗さんは子ギツネ様に優しい笑顔でうなずく。
かいつぶりの神様は宇賀神様の説得を拒否し、子ギツネ様の威嚇にも全く動じなかった。
「私が今日ここに来たのは、女の子二人を助けるためです。あなたをどうこうするためではありません」
「ちょっと待って、それじゃぁ私が渡さなかったら」
「他の方法を考えます。ご安心下さい。私、いいえ、我々はプロフェッショナルで、それに私は、嘉介じーさんの唯一人の弟子です」
玄宗さんがにっこり笑う。
「古市さん、いい人やった。あんたやっぱり古市さんのお弟子さんやわ。間違いなく、あの人のお弟子さんやわ」
「ありがとう、駒ヶ谷さん」
玄宗さんのその言葉と表情に、駒ヶ谷 千賀子は古市 嘉介の過去の幻影を見た。
「私、古市さんのことが好き」
「私も駒ヶ谷さんのことが好きですよ」
「違うの、 ……違うの、古市さん」
「ありがとう、駒ヶ谷さん」
駒ヶ谷 千賀子の恋の告白。
たった一度しかなかった機会。
はじめから、どうにもならないことはわかっていた。
わかっていたが、言ってしまった。
今日、駒ヶ谷 千賀子は、古市 嘉介の笑顔を思い出し、初めて気付いた。
「私はね『古市さんのことが好きです』と『声』というもので自分の気持ちをこの世に出したかったんだ。ただそれだけだったの。よくよく考えてみたら、恋の告白なんて、煎じて煮詰めた鍋の底には『自己満足』それだけしか残らない。……それを自分の望みどおりの結果じゃないからって、鍋のふたを取らずに。 ……子供っぽいことだったのかもね」
思い出すのが、あれほど辛かった。
なのに今は、これほどまでに清々しい。
「あんたもういいよ。かいつぶりの神様連れて行って」
「こんな私でもひとごろしはできません。ごめんなさい」
「大丈夫、私はこれまで精一杯生きた。悔いはない」
「ありがとう。でも、私ではかいつぶりの神様は引き剥がせません」
「なんで? 私がいいって言ってんだよ、もう私は死んでもいいって」
「これは古市の意思だと思います」
「古市さんの……
「一生懸命生きる、その駒ヶ谷さんを自分では支えられない。古市が悩んで出した答えが、神様を預かってもらい、つながりを持つ。 ……そういうことだったんじゃないかと思います」
「言われてみれば……」
「嘉介じーさん、私が見てても歯がゆいくらい律儀な正直者で、しかも、壮絶に不器用で……」
駒ヶ谷 千賀子がはらはらと涙を流す。
「言った言葉が、愛しい人に虹をかけるですか。ロマンチックに聞こえるけど、西洋では亡くなったペットが渡る橋、それが虹という説があります。これは私の勝手な見解ですが、……それだけみんな、お別れの時に涙を、……虹がかかるくらい涙を流すからですかね。……それにしても、嘉介じーさん、死に別れた婚約者さん、犬や猫を何頭か大切に飼っていたから、その人が犬や猫と共に自分を、虹のたもとで待っててくれてる、とでも思ったのか。……その人のことが、忘れられなかったんですかね。人間は渡れないから、ものすごい回り道をしないと、その人達の所に行けないのに」
「そういう意味があったの? ほんと、嫌になるくらい不器用な人だわ」
そう言って駒ヶ谷 千賀子は親指で涙を拭い、玄宗さんの正面に来る。
「一つだけお願い聞いてくれる?」
「一つと言わずいくつでも」
「目を閉じて。ただそれだけでいい」
玄宗さんは立ったまま、少しひざを曲げて黙って目を閉じる。
駒ヶ谷 千賀子は玄宗さんを、そっと抱き締める。
それは玄宗さんを抱き締めているのではない。
玄宗さんが着ている装束を、さも愛おしそうに抱き締めていた。
「ありがとう」
そう言って駒ヶ谷 千賀子は、玄宗さんの肩の上で微笑んだ。
玄宗さんが目を開くとそこは病室であった。
駒ヶ谷 千賀子の手を握ったまま、椅子に座っていた。
「なんだお目覚め? 王子様が目覚めない時用の、お姫様のキッスの準備してたのに、残念」
操縦士のお姉さんは腕組みしながら言う。
「俺のことやったら、まだ目覚めてないことにしといてもろても何の問題もないよ」
そう言って玄宗さんは目を閉じ、唇を突き出す。
お姉さんはブラック無糖の缶コーヒーの、結露した胴を玄宗さんの唇にそっと付ける。
「どうやらさっき、またお姫様どっかに落としちゃったみたいだから、これで勘弁…… 」
お姉さんがそう言った後、焦った動きで玄宗さんの肩をバシバシ叩き、ベッドで寝ている患者さんを指す。
「似てないね、そういう軽口叩くとこ」
昏睡状態だった駒ヶ谷 千賀子が目覚め、玄宗さんに言った。
「男前なとこはよく似てるのに、残念だ」
玄宗さんは、
「お姉さんちょっと申し訳ないんやけど、ナースコール押してくれる? 椅子の上で蓮華座してたから足シビれて動かれへんのよ」と言った。
操縦士のお姉さんが狭いベッドとベッドの間から身を乗り出すことより、ナースステーションに直接行くことを選ぶ。
看護婦さんが意識の回復を確認し、すぐに医師が呼ばれ、その後弟さんが病室に入って行った。
しばらくして医師は病室から出て、玄宗さんを目で探す。
玄宗さんは白装束からカジュアルな服装に着替えていたので、医師はすぐには気が付かなかった。
玄宗さんは自分から医師に近付き、
「これを駒ヶ谷さんに渡して頂けますか」そう言って先程まで身に着けていた嘉介さんの衣装が入った風呂敷包みを渡す。
医師は神妙な面持ちでそれを受け取り、
「どうやって三途の川の渡し待ちの人を……、うおっほん、失礼、呼び戻したのか知らないが、長期間寝たままで、しかも、あれだけ衰弱している人は身体のあちこちが痛む……、点滴に痛み止めを入れて、どれだけの効果があるものなのか……。私としては、できればそっとしておいてあげて欲しかった、けど、弟さんの喜びようを見ていると……」
ごく小さな声でそう言い、ちらりとだけ玄宗さんを見た。
「私は何もしていませんから偶然です」
「偶然か……。そうですね、わかりました。ご本人にお渡ししておきます」
医師はそう言って会釈して病室に戻った。
「目的は果たせた?」
操縦士のお姉さんが聞く。
「あかんかった。でも満足は得た」
「そう。次はどうするの?」
「手ぶらで合流するしかないか。あとは解析班と実行部隊が、どこまで進んだか。で、遊撃隊の俺は出たとこ勝負しかない」
「OK、用意は出来てる」
玄宗さんが病院のロビーまで来た時に、後ろから、
「古市さんのお弟子さん」と、駒ヶ谷 千賀子の弟さんに呼び止められる。
「ありがとう、と、かいつぶりはいつお返しすれば良いですか、の二点をあなたに伝えて欲しいと、姉から」
「そうですか。では私からも伝言、お願いできますか」
「はいもちろん」
「こちらこそありがとうございます。それだけです」
「いや、それではいつお返しするかは……」
「もういいんです、かいつぶりのように深く潜っているものは、いつ浮いてくるのかは誰にもわかりませんし、追いかけ回しちゃだめなのに、本日は大変失礼いたしました。だからいいんです」
「でも連れて行かないと困るだろうから、と、姉が言ってまして……」
「大丈夫、困りません」
「姉にそう伝えればいいんですか……」
「古市があなたのお姉さんに、なぜかいつぶりの神様を預けたのか、も、わかりました」
玄宗さんがゆっくりした口調で続ける。
「かいつぶりって、子供を自分の背中に乗せて育てたりするくらい、家族愛に満ちた鳥です。それがお姉さんにぴったりだったのだと思います」
玄宗さんが頭を下げる。
「わかりました。とにかく大丈夫だと伝えます」
「それと……」
そう言って玄宗さんは弟さんの耳元で、
「今回私がお姉さんに目覚めて頂いたことで、お姉さんの残された時間が短くなった可能性があります。もしそうだとしたら、本当に申し訳ありません」声をひそめて言った。
「いいえ、これで私の家に連れて帰れます。意識の回復が条件でしたから、このままうちにいてもらいます」
「そうだったんですか」
「 ……かいつぶりの話じゃないですが、私の二人の娘を子供の頃に、姉がいつもかわいがって、よくおぶってくれていたんで、以前から娘たちが『ぜひ引き取りたい、自分たちで面倒をみたい』って言ってましてね」
「そうですか………」
玄宗さんは頭の中ではなく、心の中に言葉を探す。
そしてこの場にふさわしい言葉を持ち合わせていない自分に歯がゆさを覚えた。
(こんな時嘉介じーさんなら、何と言うか……)
玄宗さんはすぐに思いつく。
「ありがとう。これは古市の代理としての言葉です。素晴らしい、本当にありがとう」
弟さんは黙って頭を下げた。
「あ。それと、これあげます」
そう言ってブラック無糖の缶コーヒーを手渡し、
「じゃ、すいません。先を急ぎますんで」そう言って玄宗さんが深く頭を下げ、急いでタクシーに乗り込む。
玄宗さんを見送る弟さんは、表通りまで出て、さらに車が見えなくなるまで頭を下げていた。
「俺こういうの苦手なんよ」
「軽いもんね。人生もノリも」
「うん。『じゃ』って、それだけで全然ええのに、なんか参った」
「感傷に浸ってる時間なかったんじゃないの?」
操縦士のお姉さんは、かなり傾いてきた太陽を指して言う。
「時間は?」
お姉さんの腕時計を強引に覗き込むと、総チタン製の高級そうな紳士用腕時計は五時を過ぎていた。
「ええ時計やんか、貸しといてそれ」
「今度会う時に『必ず返す』と『食事をおごる』を約束してくれるなら」
「約束するする。次会う時は還暦のお誕生会でいい?」
そう言いながら時計をはめる玄宗さんは、スマホで般若さんと連絡を取る。
「今どんな感じ?」
「八合目までのエレベーター見つけた。今からそれに乗って、頂上までが、ガレ場の登山道か、それともエスカレーターが付いてるかを確かめにかかかってる……」
「なんかようわからんが、とりあえず順調みたいやな」
「 ……」
般若さんが黙る。
「なんかあった?」
「かえでちゃんの親戚の子、加津佐ちゃんにも被害が及んでたんやけど、その加津佐ちゃんが倒れた」
「それって……」
「もう一刻の猶予もない」
「わかった、とにかく俺は急いでそっち向かう」
「それと、静岡の柏原 静太さんって知ってる?」
「えっと、柏原さんやったら一緒にキャバクラで盛り上が……」
そこまで言って、操縦士のお姉さんと目が合う。
「その人はお父さんのほう。その人は協力的なんやけど、静太っていう息子のほうがどうもちょっと……」
般若さんが歯切れ悪く言う。
「息子の静太……、確か真面目な人、それ以外覚えてない」
「そう、なんかウチの若いモンと、ちょろっと揉めたみたい」
「そっか、それは大変やったな。ちなみにこっちは失敗した。かいつぶりの神様は連れて行けん」
「そう、じゃこっちで何とかせんといかんのね」
「申し訳ない。そっちに全員で全力を全開で注ぐことになると思う」
「わかった。私の灰色の脳細胞はすでに思いっきり活性化してるから、安心して」
「俺はとりあえず急ぐ」
「ごめんお願い、急げるだけ急いで」
「うん、なんとか頼んでみる」
電話を切った玄宗さんが、
「そういう訳でもの凄く急いでます、運転手さん」
「捕まらない範囲で最大限急いでます、はい」
「こっちは使える手を、プライスレスで総動員したから、あとは任せて」
「それって、ヘリの操縦習ったアーミー的なところ?」
「ネイビー的なところ。ダディがまだ現役なんで、再婚認めるのを条件に許可出してもらった。これって、トップシークレットに内緒よ」
「おう、ありがとう。それから時計ありがとう。ええよね、時計って。なんかこういう機械仕掛けモノってロマンやよね」
「それ、私のロマン。貸すだけよ、貸すだけ」
言葉に反して玄宗さんは真剣、操縦士のお姉さんは笑顔だった。
第二章 第四節 かかる虹 遠きたもと 終
第三章 迷彩収集
第一節 彼方への接近
に続きます。




