第五章 饒舌な鏡 第三節 信じる者は
「すっかり日も暮れました、ハンドルを握られますお方様は、くれぐれも、お気を付けくださいますよう、心よりお願い、申し上げます。改めまして皆さま、お疲れ様でございます」
般若さんが、独特のイントネーションで話し始める。
「本日天美家で行いました、法要後のキメラの残党狩りにつきまして、なにかお気付きの事等ございましたら、どなた様でも、結構でございます。気兼ねなどなく、順不同にて、お話しいただきますよう、よろしく、お願い、申し、……上げます。なお、私くしの話し言葉、少しおかしいとは存じますが、最近会話のスキルアップのために、玄ちゃんの葬儀文例集を、参考にいたしましたら、このような有様で、ございます。どちら様も、なにとぞ、ご寛容にお願い、申しっ、あげっ、ます……」
「あのっ、アナウンス中にすいません。母が『面白そうなんで聴かせろ』って、片耳取られました」
かえでが焦りながら言った。
「お母さま、いらっしゃいませっ。秘密会議『地獄耳』へ、ようこそ~、どうぞどうぞ、ご参加ください。ただし、これからお話しする内容は、裏導師コォゥパレイションからのお願いで、ございます。なにとぞ、企業秘密『ナイショ』 で、お願い、申しっ、あげっ、ます。また、殺伐とした言葉遣いで、血の池地獄、のような、地獄絵図な会議にならぬよう、皆さま、ご協力、……よろしく、お願い、申しっ、あげっ、ます」
かえでの横で秋恵お母さんが、
「は~~~い」と明るく返事をした。
「んじゃぁ、俺からええかな?」
玄宗さんの発言に、静太が、
「どうぞ」と言った。
「半紙とか矢立てとか般若の姉ちゃんが用意してくれて、渡す時に誰にもわからんように、唇だけで『あぶりだし』って言うたよね?」
「うん、言うた。良かった、通じてて」
「そうかぁ、それで玄宗さんは僕に『冷風で乾かして』って言ったんですね。ぼくが間違ってあぶりださない、ように……」
「えっ、うそっ! 仕掛け有ったの? 俺『テンポ良く半紙に悪霊吸い出して、コイツら手慣れてんなぁ~』って感心してたのに、あれってインチキだったのかよ?」
「静太さん、インチキではなく『演出』です」
般若さんが嬉しそうに言った。
「一緒だろ? 『目くらまし』『騙し』じゃねぇか」
静太のその言葉に般若さんは、
「騙して誑かして、金品を頂戴したり良からぬ事を実行すれば、それは立派な犯罪。それって『誰かが意図的、計画的に良くない方向に導く』ってことやと思う。話は少し方向が違うけど、人って『偶像』とかがあった方が『何かしらの実感』とか掴みやすいから、それを基にして前に進むきっかけにできるやんか。『信じる者は救われる』じゃなくって『信じる者、だけが、救われる』やと思う。だから、ちょっとした演出で実感持ってもらって『少しでも良い方向への道標を示す、たとえそれが裏道でも……』それが、我々、裏導師カムパニーのモットーです」と言った。
「そうか『演出』に悪意が無い事は理解した。で、さっきの儀式って、全部『演出』なのか?」
「静太さん、さっきの儀式で、かっくんが空中に漂うキメラを爪楊枝で仕留めたの。あれは演出無し。あとは、ほとんどが『演出』です。タネも仕掛けも御座候っ!」
般若さんの言葉に、
「なんか、回転焼き食べた鳴ってきたね」と秋恵お母さんがかえでに言い、続けて、
「じゃぁ、あれ……、私が持って来た爪楊枝、あれ、うちにあった普通の爪楊枝、あれで仕留めた角成サンって、えぇ~、スゴイ。もう鳥肌がしばらく引かないわ、これ」と言った。
「秋恵お母さま、あなたのぉ、義理の息子はぁ、無自覚ですがぁ、……スゴイです」
般若さんの妙な節回しの発言に、
「へぇ~」と角成が感心し、
「へぇ~、じゃねぇよ、お前ホントに自覚しろよ。かえでさんからキメラ追い出した時も、割り箸を投げナイフみたいに使って、あの世まですっ飛ばしただろ? あれもこれも全て、お前かなりスゴイよ」静太が称えた。
「自覚なき天才~、河内 角成にぃ~、皆さま拍手を、お願い、申し上げます」
般若さんの言葉に、皆笑いながら拍手した。
「じゃ、さっき言ってた『あぶりだし』ってなんだ?」
静太の言葉に、玄宗さんが
「あぶりだし演出って、以前何度かやったことあったから、一連の流れや段取りは、何とな~く、それなりに、は、わかってたんやけど……、その前に、先にちょっと教えて欲しい事聞くわな。四人に持ってもらったお札、あの紙の真ん中にキメラ書いたんは、なにで書いたん。俺、墨で文字書いてても、ほとんどわからんかった」と言った。
「お答えします。……百均で買ったレモン果汁みたいな液体で描いて、乾いた後にローラーで皺伸ばしました」
般若さんが答えた。
「ほ~。それと俺がもう一つ聞きたいのは、燃やした時にキメラ描いたとこ超えたら、なんで火が消えるん、あれ?」
「難燃剤ってあってね、それ塗ると紙でも燃え難くなるんよ。それを、下の三分の一あたりに線を引くようにして塗った」
「それで、何となく手触りが違う線あったんや。良かった予想が合ってて。うまいこと燃える方を先っちょにして手渡せたわ」
「お前ら事前に細かい打ち合わせも無しに、よくそんな行き当たりばったりな事できたな」
静太があきれながら言う。
「玄ちゃんはね、女好きでスケベぇやからやと思うけど、女性の意志を汲むのが異常なくらい上手なんよ。私のことも一応は女性と思ってくれてるから、それなりに伝わった。だから結果オーライよ。なかなかうまいこといったし」
「でも、もしもだよ、誰か逆から火を点けるとかしたら、浮き出したキメラのあぶりだしの手前で火が消えたんじゃねぇの?」
静太の疑問に、
「そのへんは、みんなが緊張せんように、ゆる~く進行したし、御札の火を点けて欲しい側には、何も書かずに『視覚的に『いかにも火が付きやすいですよ』アピールしといたから。それと、ああいう『儀式的』な場面では、葬式とか法要のご焼香と同んなじで、最初の人がすること後の人がマネするから、お嫁さんの時だけは緊張した。でも、ちゃんとしてくれたから、全員うまいこといった、と。一応『もしもご不安がありましたらば、すべて私が引き受けます』とも言うたから、何かあったら俺が適当に何とかするつもりやった」と、玄宗さんが答えた。
「なんか、結構綱渡りしてたんだな……」
「そうでもないよ。これくらいやったら、小学校の平均台くらいやよ。落下しても怪我なしで復帰可能」
「……結局アレだ。お前らの信頼あっての連携の勝利、そんな感じだな」
「うん、俺は仲間に絶大な信頼寄せてる。それは、間違いない」
角成が気になっていたことを口にする。
「玄宗さんちょっといいですか? 僕より玄宗さんの方が、お箸投げるの上手ですよね? なんで本番に、あんな大切な場面に、なんで……、なんで僕に投げさせたんですか?」
「かっくんは、できる子やから」
「真面目に答えてください!」
角成が大きな声を出した。
「実は俺、大真面目やったりする、笑ろてないやろ。かっくんは海岸で、キメラにお箸ブチ込んで、あの世の扉まで一直線やったんやろ? 儀式の中であれが一番の難関やったのに、やってのけたやん。俺はその時、脱水で気絶してたから見てないけど。さっきのも同んなじやん。実際できたし」
「でも、黒猫さんでも仕留められなかったキメラを、なんで僕に?」
「あぁ、あれね。黒猫さんは四羽のキメラが一つに合体しそうになったのを、あの子は猫やから、遊びでじゃれてバラバラにしてしもたんよ。……今やから言えるけど、かえでちゃんにとり憑いてたキメラに比べたら、何百分の一、もっとか、何万分の一ほどの力しかないやつらやったから、弱い奴らほど群れたがるやん。だから黒猫さん、いつでも仕留められるから、ナメてじゃれてしもたんよ。……これって、キメラ祓うために色々様々な能力者さんとかに観てもらってたのに、誰にも見つからずに、何代も何代も男性陣の中に隠れてられたんは、弱い力『受け継ぐ能力』しかないからやってん。せやのにかっくんは、周到に爪楊枝用意してくれてた。そこでな、もしも俺が『かっくん俺にその楊枝貸して。俺が仕留める』とか言うたらどうよ? 手柄に目が眩んだそんな鬱陶しい奴、絶対嫌いやろ」
「それは全て質問の答えではありません! そういうことではなく、なぜ僕なんですか?」
「質問に質問で返すのキライやけど、一つだけ教えて。あの時かっくんは爪楊枝投げて『刺さる』と思った? それとも『刺さるかも?』と思った?」
「う~~~ん。……言われてみれば『刺さる』って、何故か思っていました」
「そうやろ。俺、かっくんの眼見て『これは俺より命中率高い』って思ったんよ」
玄宗さんの言葉に、静太も、
「俺もなぜだかわかんねぇけど『絶対に河内が仕留める』って思ったわ」と言った。
「かっくん今まで何回か成功してるやん。それに『人は成功体験の積み重ねで成長していく』って、いつも言うてるやろ。で、今日のかっくんは、俺、絶対に一撃で全弾命中させる、と思たんよ。で、実際刺さったやん、仕留めたやん。しかも、赤ちゃんにとり憑いてたヤツには、更にもう一本、あんな細い爪楊枝に打ち込むとか、神業見せてくれたやん」
「でも僕、玄宗さんちで、玄宗さんはコンパネに割り箸刺さるのに、僕は一昨日まで、一回もベニヤ板にすら刺さったことないんですよ……」
「それは、かっくん、……たぶんやけど、あれが単なる板やから刺さらへん、という事やと思う。だから、あのベニヤ板に悪霊が潜んでたら、刺さる、俺はそう思ってる、……たぶん」
「でも、僕……、前に紙ナフキン投げて、爪楊枝投げて撃ち落としたことあったけど、あれ、呪われて無かったですよ」
「あの時、かっくん真剣やったよね。『助けたい、力になりたい』って」
「はい……」
だんだん角成がトーンダウンしてきた。
「かっくんあの海香ちゃんが持たされてたスマホ『悪の権化』みたいに思ってたんちゃう?」
「はい……、そうです……」
「それやで。そのスマホから取り出した悪意。そして『悪に立ち向かう気持ち』それが、標的に向かって一直線に飛んでいく原動力になった。だから、普通の板には刺されへんねんで。……たぶんやけど」
「へぇ~。そんな感じなんですかぁ~」
角成が自分のことなのに感心している。
「自分のことって、案外自分でわからんやんか。静岡の海岸でのこと、俺が仮病で入院してた時に般若の姉ちゃんから聞いたけど、かっくんのこと、姉ちゃん、横で見てて『恐かった』って」
「えっ? どういうことですか?」
般若さんが、
「あの時かっくんに逆らったら、私一撃で、バラバラとか、粉々とかにされた、と思う。って、玄ちゃんに言うてん。かっくんが、そんなこと絶対にしないのはわかってる。でも、それくらいの恐怖感じてた」と言った。
「僕そんなに?」
「河内~、あの時離れて見てたけど、俺もそれ思った。得体のしれない恐怖、お前に感じた」
「 ……そうだったんですか?」
「だから、……姑息だけど、……あれから俺、お前のこと馬鹿にしたり、無理に逆らったりしてないだろ。ほんとにカッコ悪いけど、そういうこと」
静太が自嘲気味に薄っすら笑う。
「静太さん、恐かったって、素直に言えるの、本当にカッコいいと思うよ」
般若さんはそう言ったが、静太は照れて何も言わなかった。
「私もいいですか?」
かえでが言う。
「私もあの時、婿殿に『いけますか?』とか偉そうに言っといて、爪楊枝投げた時の殺気に恐怖感じていました。……だから私も、……本当のこと言って、大好きなのに、物っ凄く恐かった」
「……僕のことが恐い?。そんな風に見えてたんですかぁ……。ふ~ん。……でも、僕誰も攻撃とかしませんからね、恐くないですからね」
角成の真剣な言葉に、皆微笑み、秋恵お母さんだけが『へ~~~ぇっ』と感心した。
そして静太が口を開く。
「じゃぁさぁ、あの世の裏門閉じる時ってさぁ、必ず『雷』鳴るの」
「あれねぇ……。海岸での祝い直しの時は、そういうことやったらしいんやけど、ほらっ、海辺って、見渡せるやん、遠く。だからわかりやすくしてくれたんやて。でも今日は山間部で『落雷で火事とかあったらアカンから、今日は『雷』無しで』って、手続き行ったら言われてん」
と般若さんが答えた。
「じゃぁ、なんで雷落ちたんだよ」
「あれ、私ぃ~」
ハンドルを握る若菜が片手を上げて言った。
「運転中の若菜ちゃんに代わって、私、般若がお話しします。ゴロゴロはMP3プレーヤーをブルートゥースのスピーカーつないで、木箱の中で鳴らしてもらった。稲光は、スマホのライト機能点灯・消灯で、ビシャンって音は、花束包むぶ厚めのセロファン勢いよく振ったら『ビシャン』って鳴るねん」
「そんなこと外でしてたのかよ。全っ然気付かなかったぞ」
「静太さん、騙されてくれて、ありがとう」
若菜が言った。
「じゃぁ、あの鳥のバサバサと羽ばたいた音も、スピーカーからか?」
「ちょっと、その事やねんけど、聞いてぇやぁぁーっ! 私の肩に、ものごっつでっかいカラス突然乗ってんで、あの時。それで『バッサバッサ』羽ばたいて、食われるかと思って、怖ぉわかった怖かった。しかもあのカラス、脚三本あるねんで、どう思う~?」
「あぁ、それ神様の使いじゃんか。ありがたい」
「うそぉ~~、それでかぁ、あの後、あんんんなでっかいのが、スッと姿消して、どっか行って。めっちゃ怖かったってぇ」
若菜が怒った声だが、笑顔で言った。
「 ……あぁ、それと、俺、もう一つ聞きたい事あったわ」
静太の言葉に般若さんが、
「はいよ、どうぞ」と言った。
「今日、あの世の扉開くときに『カチャッ』って音しただろ? あんな音、海岸では聴こえなかったぞ。あれは波の音とかで聴こえなかったからか?」
「静太さん何言うてんの。海岸には、観音開きの押し入れ無いやんか」
般若さんのこの発言に、かえでと秋恵お母さんが、
「ブフッ」と噴き出した。
「あれ、仏間の座布団入ってるふすま開け閉めした時の『カチャッ』かぁぁぁ。聴いたことあると思ったぁ」
かえでが笑いながら言った。
秋恵お母さんも笑っている。
「なんだよそれ。自分ちなのに気付かなかったのかよ」
静太も、あまりの灯台下暗し的な馬鹿馬鹿しさに笑った。
玄宗さんが、
「じゃぁ、あの手鏡に巻いた半紙に女の人の姿浮き出たのも、ついでに言うで。あれはさすがに半紙に仕掛けがあるって、俺にでもわかった」と言い、
「玄ちゃんが気付いて、うまいことやってくれたんよね」と般若さんが言った。
「あの手鏡に巻いた紙、実は二枚で、しかも、あぶりだしの絵のところは裏移りせんように間になんか挟まってた」
「へぇ~。じゃぁ、絵が変わったのは、どうやって入れ替えたんだ?」
静太は、インチキとも騙しとも言わず、素直に感心しながら言った。
「ではまず私が、あの仕掛け、からくりから。分厚い布の上に手鏡乗せたでしょ。あの布の下に、ほら、お弁当で、紐引っ張ったら熱くなるやつ。あれ仕込んでました。その高熱を、銅鏡って熱伝導いいから、あぶりだしを一気に二枚」
般若さんが説明した。
「じゃ、どうやって、絵が変わったんだ、じゃなくって、二枚目とすり替え、じゃなければ、一枚目がどっかにいっただけか?」
「そう、正解。俺が手鏡を一旦あずかったやんか、じつはあの布、ずらしたら両面テープのツルツルが見えたからそっと剥がして、紙を布におし付けて、手鏡ケースに戻す時に、素早く一枚目の半紙だけ布に残して、手鏡は伏せたままケースに乗せた。ということです」
「ほぉ~。そうだったのか。完全に、手品・マジックだな、そこまでいくと」
「ところがよ、あの鏡が熱かった熱かった。布で掴んでもめっちゃ熱かった。まぁ、それくらいの温度無かったらあぶりだされへんから、しゃぁないんやろけどなぁ」
玄宗さんの発言に般若さんは、
「実はあの鏡を包む紙の準備・用意が、最も時間かかったとこやねん。紙二枚重ねて熱かけると、紙が引っ付いて、しかも、透けて下の紙のあぶりだし見えるんよ。だから、間に何か挟まなあかん。でも、ティッシュとかの紙挟んだら、熱伝わらんから、熱伝導考えたら金属、で、薄い金属って言うたらアルミホイル。アルミって、金属で熱伝導率四番目にいいんよ。それと、ピカピカしてたらバレやすいから、サンドペーパーで擦って擦って擦って、両面艶消しにして、あとは紙と質感合わせるのにまた擦って擦って、これが時間かかってん。それを二枚の半紙の間に挟んだら、うまい事いった。でも、手鏡は熱かったやろから、そこだけが心配やった」そう言った。
「あぶりだしやから、熱いんやろな、と思てたから警戒してたもん。大丈夫やったよ」
玄宗さんがそう言った。
「じゃぁ、般若さん、昨日ちゃんと寝てないんじゃないですか?」
「かっくん、実は二時間ほど横になっただけ。だから、帰ったら私に腕枕して寝かせて」
「お母さん、私今からおじいちゃんの鑿と錐と、あと適当な鈍器持って、ちょっと外出してくる。規則正しい生活を十五年か二十年ほどしたら帰って来るから、心配せんといて」と、かえでが脊髄反射し、
「妄想の中で服役してんじゃねぇか」静太が笑いながら突っ込み、
「かえで、駄目よ。おじいちゃんの仕事道具を穢しちゃ。お金あげるから、ホームセンターで調達しなさい」と、秋恵お母さんが方向音痴なたしなめ方をした。
「もうそれであぶりだしは終わりか?」
静太が聞く。
「あっ、……まだあったわ。『かえで てかがみ』って書いた紙で分霊した時、もみじみたいなの浮き出たやん。あれも、俺がそこだけ手触りで、なんか小さく書いてる感じして、そこ切り取って使ってみたら、綺麗な模様出た」
「私もあれは、玄ちゃんよく気付いたなぁ~って思った。あぶりだしはこれで全部やった、と思う」
「あと、俺が不思議に思ったのは、四人が持ったお札が誰も何もしてないのに『バシッ』て音したよな。あれどうやったの?」
玄宗さんが、
「あれは、どうやったん?」と、般若さんに聞いた。
「あれは私何も仕込んでないよ」
般若さんの仕掛けでも、玄宗さんの技でもないようである。
[かっくん、あれね、カイツブリの神様と私でお札にキメラ追い込んだ時に私が鳴らした。みんなに伝えてあげて]
「失礼します。あの音は、……えっとぉ、大神様が鳴らした、ということだそうです」
「そういうことか。なんか、精神世界だけじゃぁなく、物理的な事までできるって、本当に大神様ってスゴイんだな」
「なんか、空気の流れを変える、とか、この世に存在するものの、方向を変える、とかならできるそうです」
「じゃぁ、かっくん、鏡から声したやんかぁ。あれも大神様?」
玄宗さんが聞いた。
[あれは、私と違うよ]
「大神様は『違う』って言ってます」
「じゃぁ、あれはいったい……」
「『これでいい、……これでいいんです』この言葉が、磐城 かえでさんの口癖だってこと、般若さん、圭吾さんの日記とか資料に書いてましたか?」
「そこまでピンポイントな事は、書いてなかった」
「僕しか知らないこと……。じゃぁ、かえでさん……、法要もしたから、……磐城 かえでさんは、喜んでくれたのかな?」
『反魂はできない』という、あの世からこちらへの通信や、何らかの影響を及ぼす事は出来ない、という事を言った般若さんは何も言わず、
「そう、絶対にそう」かえでが力強く言った。
「僕からも一ついいですか?」
「どぉーぞぉ~」
角成に、般若さんが言った。
「加津佐さんとかえでちゃんからキメラ祓うの、その当時儀式に使ったものとか色々と用意したりもそうだけど、何かと大変だったじゃないですか? でも、さっきの男性陣と、お腹の赤ちゃんから祓うのは、般若さんが用意とか準備とか、全部してくれたようですけれど、当時の物とかの用意も無しで、あの時に比べたら、……言葉は良くないかも知れませんが、結構簡単に祓えたように見えたんですけど……」
「あぁ、その事ね……」
玄宗さんが答える。
「まずは、男性陣のキメラね。さっき俺が言うた事と重複するけど、それに関しては、あのキメラは、男性に対してはほぼ、影響力無いねん。だからさっき言うたみたいに、魔物的にも、そんじょそこらのザコレベル以下。これは、宇賀神様と大神様で精査したから間違いない。だから祓うのも、これと言って難しくはない」
「ちょっと聞き難いこと聞きます。……お腹の子供さんが、もしも女の子だったら、あんなに簡単にはいかなかった。ということで、……お腹のお子さんは、男の子、っていうことでいいんですね?」
「う~ん、……これは、我々医師ではないので、簡単に言うてええのか、……とりあえず、天美家の方々は聞かなかったことにしてくださいね」
「はい……」
かえでと秋恵お母さんは、神妙な感じで返事をした。
「あくまで、大神様と宇賀神様の話では、お腹の子供さんは、女の子です。既に取り憑いて、右の肩甲骨のところに痣までできていました」
「それって……」
かえでが反応した。
「だけど安心してください。ちゃ~んと綺麗さっぱり跡形もなく、引っぺがしました。もう心配ありません」
「でも……、どうして?」
玄宗さんは、
「様々なパターンがあるから、一概には言えないんですけど、あくまで一般論ですが」と前置きし、
「呪いって、呪われる側に『罪』が少しでもあれば、呪いはその罪に根付く、といわれています。たとえば『AさんがBさんを怒らせて、BさんがAさんを呪う。AさんもBさんに嫌な思いをさせた、という気持ち、いわゆる『罪の意識』があると、呪いはAさんにくっ付いちゃって、その罪を本当に悔い改め、罪が洗い流されるまで、呪いはAさんから消えることはない』みたいな感じ、あくまでイメージです。 ……ですが、お腹の中にいる状態の人は『罪の意識』どころか、まだ『何かをいただく』という事すらしていない、仏教的な観点での『罪なき人』なんです。なので呪いがそこにあっても、面ファスナー剥がすより簡単に引っぺがせるんですよ。そして、あちら側の方々である大神様たちは『もういない』って言ってましたので大丈夫だと思います。ですが、現代医学的に早く安心できるように、お嫁さんに産院での早急な検査をお願いしました」と言った。
「……そういうことかぁ、そうなんですね。……でも、性別に関してはぁ、お母さんは聞こえへんかったと思うけど、実は大神様『かえでの姪』って、思いっ切りネタバレブッ込んでましたよね。……念のために、私たちはお義姉さんに、何も言わないでおきます」
かえでたちのいる隣の部屋からだろうか、男女の明るい笑い声が、タブレットPC越しに皆の耳に届く。
「由紀恵さん、さっきまで『しんどい』って寝てたのに、本当に元気になったわぁ……。お義父さんの下品な下ネタに爆笑してる」
秋恵お母さんが妙な感心をしながら言った。
「お義姉さん、オカルト大嫌いやからプラシーボもないと思うし、……なんか、本当に大丈夫な気ぃしてきた」
「あっ、忘れてた。母ちゃんから伝言あったんだ。河内とかえでさんに、って」
静太が言った。
「えっ? なになに?」
かえでが嬉しそうに言う。
「かえでさんのお守り袋……」
まで静太が言った時、
「あああぁぁっ!」角成がポケットから、かえでのお守り袋が出て来た。
「牙笛返してもらうの覚えてて、これ返すの忘れてた……」
「婿殿~、いつでもいいよぉ~。それが無くっても、今は婿殿とはいつも一緒な感じがするから」
「うるせぇよ、お前ら。……おい、いいか、今から伝えるぞ! そのお守り袋、なんで朝顔じゃなく昼顔か 」
静太が乱暴に言う。
「はい」
角成が助手席で返事をした。
「まず、葉っぱの形が丸いから、だって……」
「あっ、ホントだ……」
角成がお守り袋を見ながら言った。
「あと、朝顔の花言葉は、いくつかあるけど、一番有名なのが『はかない恋』一日の内に、咲いてる時間が短いからなんだと。それと、昼顔の花言葉は、一番有名なのは『絆』なんだって。だから、花言葉から考えても、愛しい娘に持たせる物に付いたその模様は『昼顔』なんだと。そして、これからも仲良くしなさいね。……って、そう伝えてくれって」
「お母さん、そんな意味、というか、願い込めてくれてたん?」
「うん。その通りです。お母様によろしくお伝えください」
秋恵お母さんはそう言って『イーッ』と笑い、角成はお守り袋をギュッと握った。
その後雑談が続き、静太の車は、角成が単車を置いた駅に着いた。
「静太さんありがとうございました。帰り道気を付けてくださいね」
「静太さ~ん、またねぇ~~~」
タブレットから挨拶が飛んでくる。
角成が車内でタブレットとシガーライター電源を片付けていると、
「河内はね、力を制御するための修行、した方がいいよ」と静太が言った。
「海岸で、携帯懐炉から種火取った時も、河内、怪我しただろ? 前にもそういうこと無かった?」
「ありました……」
「今日は、長野が突然鼻血出しただろ? タイミング的に、アレも多分そうだよ」
「えっ、あれも……。玄宗さん……」
「それもこれも、多分だけど、適切な力じゃないから、だと思うんだ。力をちゃんとジャストな出力で出せるように、その修行はした方がいいよ。でないと、……また、周りの人間傷付けるかもよ」
「本当ですね。僕、今日から修行始めます。静太さん、色々本当にありがとうございました。おやじさんとおかみさんによろしくお伝えください」
「あぁ、……それと、…………色々とごめんな。……じゃあな、お前も気を付けて帰れよ」
窓から出した手を振りながら、静太はゆっくり車を出した。
角成が牙笛を耳に突っ込んで、ヘルメットをかぶる。
[かっくん、MP3プレイヤー無いんやったら、鼻歌でええから、なんか歌いながら帰ってよ]
(何かリクエストありますか?)
[そうやなぁ、……破魔子さん、テネシーワルツとかよく歌ってたなぁ……。テネシーワルツ歌って。……英語で]
(知りません。別の曲で)
[えっ! もう私の耳テネシーワルツ聞く耳やのに。くっそ~。この渇望感]
(それはそうと、大神様ぁ、病院のトイレで静太さん来て話が途中だったこと。玄宗さんちに帰ったら、……何かしてほしい事あったんですか?)
[あれね。……あれ、もう叶ったからええんよ]
(良くないですよ、何か教えてくださいよ)
[ ……おきくさんが叶えてくれた]
大神様がボソリと言った。
角成がすぐに気付き、
(またいつでも抱き締めますよ)と言った。
[今度から、一抱き締め百円ね]
(お金取るんですか?)
[神様にはお賽銭がつきものやもん。そんなことはええから、とにかく安全運転で。……歌は、……何でもええよ]
(わかりました。……一曲百十円です)
[宗教活動ちゃうから税金いるん? ……とりあえず、今持ち合わせないから、玄ちゃんにツケといて]
角成が下を向いて笑う。
そして単車にまたがり、キーを探してポケットを探ると、お守り袋に手が触れた。
かえでを後ろに乗せて走ったことを、手袋をはめながら思い出す。
角成は、勢いよくキックを蹴り下ろしエンジンを始動させ、前後左右確認をして、ゆっくりと走り出す。
その日角成は夢を見ました。
波穏やかな浜辺に続く松林に、角成は立っている。
「よう、かくさん」
穏やかな微笑みで磐城のだんなが声をかけてきた。
「磐城さん……」
角成が、懐かしい人に会った時の微笑みを浮かべる。
磐城のだんなが角成の横で海を眺めながら、
「今日な、カモメと、小さいが厳つい感じの魚、俺と茂吉で受け取った。こいつら大事にして悪さ出来ねぇように、俺らが一緒に暮らす。だから、あとのことは何ぁ~んにも、心配しなくっていいぜ。それと、色々手間かけちまって、すまねぇな。俺がもうちょっとシャンとしてりゃぁ、こんな事にならなかったのによぉ。……だがな、俺は、かくさん信じて良かったぜ。本当にありがとうな」と、角成の肩に置いた手の平は、ほんのり温かかった。
「磐城さん、……かえでさんには、会えましたか?」
角成の問いに、磐城のだんなは黙って首を横に振り、
「会いたくねぇのか、会えねぇのか……」と言った。
「そうなんですか……」
角成は何と言っていいかわからない。
「まぁ、本当ならかえでが淹れた、旨いほうじ茶……、って言っても、うちは貧乏同心の家だから、番茶の出がらしを乾かして焙じたもんだがな。それをあいつは、いい塩梅に煎ってくれて……。飲みてぇなぁ、かえでが淹れたほうじ茶」
角成は静かに頷くしかできなかった。
令和七年 五月十八日(日曜日)
前日までの疲れからか、角成はお昼前に起きた。
角成のスマホが鳴る。
天美 篤義さんからだった。
「産科の先生が私の知り合いやから、今日無理言うて休日診療してもらったら……」
「天美さん、どうしたんですか? で、どうだったんですか?」
「あの人、長野さんが言うてた通り、ヤツの影消えてた。エコーで元気に動く子供の肩辺りには、何も余計なものは映ってなかった」
篤義さんは鼻声だった。
「そうですか。本当によかったぁ……」
「あとでエコー画像LINEで送っとくわ。ごめんね、お休みの日に。どうしても早く伝えたかった。ほんとうにありがとう」
そう言って電話は切れ、すぐに篤義さんから着信があった。
角成が玄宗さんに電話をかけたが出なかった。
少ししてかけ直してきた時に、
「今出先。バス停前の方の家で夕方に待ってる」と言った。
玄宗さんの背後では、大きな鈴と木魚の音と共に、読経の声と聞き覚えのある司会進行の女性の声が聞こえた。
急ぐ必要はないので、角成は昼食を摂り、買い物の用意をして出かけた。
角成はいつもの薬局と駄菓子屋の角を曲がり、
「こんにちは~」と、横の小さな扉から玄宗邸に入って行く。
おきくさんが小さく、
「いらっしゃい」と言い、黒と白の猫はソファで眠っていた。
角成は大神様と猫たちの食事の用意と後片付をして、葛葉おばあちゃんのノートを読みながら、玄宗さんと般若さんの帰りを待つ。
しばらくすると、玄宗さんが大きなお弁当の包みを六つ持って、
「ただいま~」と、般若さんと共に帰って来た。
「今日の施主さんから、仕上げ料理の余りいただいた。みんなで食べよっか」
玄宗さんが明るく言ったが、般若さんはダイニングの椅子に腰かけて、頭を抱えてしまった。
「玄宗さん、昨日、爪楊枝僕が投げた時……、あのぉ、何て言ったらいいんだろ……」
「なによ? 何んかあった?」
「玄宗さん突然鼻血出たじゃないですか。あれ、多分僕が思いっきりやったせいで、玄宗さんにパワーっていうか、何かが飛んで行って、それで出た鼻血じゃないかと……」
「あぁ、そうなん? ダイビングしてかえでちゃんびっくりさせた時に鼻血出たやんかぁ、あれがまだ再発した、くらいにしか思ってなかったわ」
「これからは修行して、パワーをもっと絞るっていうか、ちゃんとふさわしい出力と方向に出せるように頑張ります」
「俺実は『キレイな人ようけおるから、興奮してもたかな?』って思てた。言われてみれば、鼻血一瞬で止まったし、大神様が『玄宗ちゃんゴメン』ってなんでか知らんけど言うてたけど……。そういうことやったん? そんなん、黙ってたらわかれへんのに」
「それじゃぁ、玄宗さんのためにも、僕のためにもならないじゃないですか。……だから」
「そうやな、ゴメン。今回俺やったからよかったけど、他の人がケガしてたら、後味悪かったかも、……やな」
「僕にとって玄宗さんはすごく大切な人です。非常に僕自身、嫌な気持ちになりましたので、今後本当に気を付けます」
「うん、ありがとう」
玄宗さんはそう言って、チラッと頭を抱える般若さんを見た。
「それと、玄宗さん教えてください」
「何でも聞いて」
「こういう場合、般若さんに話しかけた方がいいんですか? それとも、そっとしておいた方がいいんですか?」
「この姉ちゃんのことは、俺にもわからん。……から、本人に聞いてみて」
角成が意を決して話しかける
「般若さ~ん、ちょっといいですか?」
「いいけど、私、久しぶりに結構落ち込んでるよ」
「じゃぁ、僕で良かったら、聞きましょうか?」
玄宗さんは、大型のパック容器から、ごはんだけお皿に移して、レンジで温めている。
「昨日の帰り道、玄ちゃんの知合いの葬儀屋さんが『今日お通夜に来てもらった司会の人が高熱出して明日の葬儀に来られへん』とか言うて、急遽代役頼んできたまでは良かったんよ」
「そんな連絡あったんですか……」
「そうやねん。しかも玄ちゃん『わかりました、俺今から仕事あるけど、誰かあたってみます』って返事して『般若の姉ちゃん、デビューしてみる?』やて。どう思う?」
「で、デビューしたんですか?」
「してもうた、で、やってもた。あぁ~、やらかしてしもたぁ~~」
「昨日のPC会議の時のアナウンス聞いてたら、大丈夫な気がしますけど。何をやらかしたんですか?」
「噛んだ……」
「あぁ、般若さん普通によく噛みますね。マサチューセッツ工科大学とかから弔電来てたんですか?」
「マチャチューチェッ、痛っっ。って、これ私にとって、ほぼ、閻魔様に舌抜かれたんと同んなじ仕打ちよ。くっそぉ~アメリカ合衆国めぇ~。ちゃうんよ、私がしくじったのは……」
般若さんが深呼吸する。
「ご焼香拝受の儀、以上でございます。言えるや~ん、なんで『拝受』が『廃寺』になるんよ~。キメラのあほぉ~」
ご飯を温め終わった玄宗さんは、
「司会のアルプスから来た人にお礼言うといて、って、施主さんこの懐石膳くれる時に、笑いながら言うてたから大丈夫やで」と言った。
「良くないわ。恥ずかしい」
「もう大丈夫や。『拝受』では二度と噛めへん。それよか緊張解けたらお腹空いたやろ。ご飯いただこう。姉ちゃん、弁当と一緒にもらったカップ酒、熱燗にしよか?」
玄宗さんが、お弁当一つに、缶ビールとカップ酒が一本ずつ付いている、そのうちの一本を手にして言った。
「私、金輪際アルコール口にしない、は、玄宗ちゃんとかっくんに対する感謝の気持ちやねん。昨日、天美さんちで、私、……西口 サキさん、……ママの気持ち、不安とか諸々の気持ち……。少しやけどわかった気がしてん。だから、私はかっくんと同じ、ウーロン茶で。私、本当に今後一切アルコールは口にせえへんよ」
涙を一筋流しながらそう言って、冷蔵庫からペットボトルを出し、
「これはうれし涙やからね」と言い、角成のグラスに注ぎ、自分も一口飲んだ。
「あれっ? これいつものウーロン茶じゃない。ほうじ茶?」
「ブーム来たんです」
「あっ、俺も、今日はアルコールやめとくわ。入院中に女医さんに『長生きしなくないなら別にかまいませんけど』っていう。冷た~い枕詞いただいた身やからね」
そう言って、グラスに自分で注ぎ、
「乾杯だけやろうぜ」と言って、泡の立っていないグラスを高く上げ、
「キメラの追っ払い、皆さん、お疲れさまでした~」と、カチリとグラスを合わせた。
お持ち帰りパックの懐石料理を前に、角成が、
「般若さんに聞きたいことがあります」と言った。
「なに? 傷口抉る質問じゃなければ答えるけど……」
角成は姿勢を正し、
「般若さんって、どうして見る人によって、……そのぉ、何と言うか、見た目が変わる? って言うんですか? なんかほら……」と言い、玄宗さんも、
「おぉ、そう言えば、見る人によって『キレイな人』か『普通のおばさん』に分かれるよね。その事? おれも聞きたい」と言って海老の天ぷらを、尻尾ごとパリパリ食べた。
「それね。……油断を誘うため」
「油断? 言われてみれば、綺麗な人いたら、その人に注意行きますよね。考え事してても『綺麗だな~この人』とか思って思考停止しますし。でも、普通の人だとそうはいきませんけど……」
「実は、私、普通の人、目立たない、もっと言えば、サエない人、の方が大事やと思ってる」
「目立たない? サエない? 失礼かもしれませんが、そういう人だと注意払わないんじゃないですか?」
「そう、それ! まさにそれっ!」
「この天つゆ旨っっ! かぼちゃとなすびの天ぷら、ごはんに乗せてつゆかけたらめっちゃ旨いっ! 二人とも やってみやってみ。あっ、この漬物なに? しば漬け? おいしいぞぉ~、これもぉ」大きなパックの器を持って、玄宗さんが、がつがつ食べている。
「無視していくよ~。注意を払わない、ということは、その人が何かしていても?」
般若さんはそう言って、角成に微笑みかける。
「関心を持たない……」
「そう、対象外になる、ので、私に誰も注目しない。ノーマークは、好き勝手に動ける」
「そういう事なんですね。でも、僕は般若さんがきれいな人に見えますが玄宗さんはどうなんですか?」
「んっ? 般若の姉ちゃん? めっちゃ美人。この煮物、たき合わせのさやえんどうの、見事な緑色の発色、よりキレイな人」
「あかん、玄ちゃん、今脳みそ食欲中枢しか機能してない」
そう言って般若さんは笑った。
「般若さん、問題はそこなんですよ」
「さやえんどう?」
玄宗さんの発言を二人は無視して続ける。
「最近わかった気がするんですが、ちょっと例外はあるんですが、神様持ちの人とか、般若さんのことキレイ、って言うんですよ。この前病室で、かえでちゃんは『別人』って言ってましたよね。あれって、隼神様が翼を取り戻して、完全体に戻って、かえでちゃんに力が戻ったから、で合ってますか?」
「たぶん、そうやと思う。私の、この見た目の事に関してやねんけど、……嘉介さんが『こうしておけば、あなたが楽に生きられるんじゃないかな』って」
「嘉介さんがですか……。岡山の人たちにも好かれてましたし、本当に優しい人だったんですね」
「そうよ。本当に私のこと大切にしてくれた。……でもね、源蔵さんも破魔子さんも、それから玄ちゃんも若菜ちゃんまで、当然かっくんも、身近な人たちが私に親切にしてくれるから、……私本当に恵まれてる」
般若さんが優しく微笑む。
「で、般若の姉ちゃん、見た目はどうやって美人に化けて……、えっとぉ、見た目変えてんの?」
「玄ちゃん、私の『素』が、普通のおばちゃんやと思ってるんや」
「えっ? 違うんですか?」
角成が反応した。
「気合い入れて、おばちゃんに化けてる、感じ? かな」
「おぉ~、そうなんですかぁ~。……そう言えば、お母さんのサキちゃんさんって、営業用とはいえ、かなりの美人でしたよね。……あっ、忘れてた、で、どうやって化けてます?」
「なんて言うんやろ、神通力は違うなぁ、……霊力?妖力? 魔力?みたいなの使って、おばさん羽織ってる感じ? これはだいぶ修行というか、訓練したよ。その甲斐あって、今では普通にしてたらおばちゃんのまま」
「同じ大豆製品でも、このたき合わせの高野豆腐と湯葉、ぐるっと巻いてみたら、もとは同じやけど見た目が違う。こんな感じかな? ……で、出汁で煮てるから、魔力が出汁と……」
「なんか、もうそれでええわ。湯葉がおばちゃん、高野豆腐が私。魔力でくっ付けてる。そんな感じ、にしとこう」
「でも、何故、我々には湯葉を透過して、高野豆腐が見え続けるんですか?」
「言うても、出汁も湯葉も、どっちも私の魔力? やん。神様持ちって、独特の霊力に基づく眼力あるから、私の魔力? なんざアッサリ透けてしまうから、やと思う。だから、相手の霊力とかをある程度図れる、というメリットもあるんよ」
「俺は、湯葉も高野豆腐も好きやけど、たま~に『湯葉が好きで高野豆腐嫌いです』っていうヤツおるやん。それはどうするん?」
「その時は『おばちゃんマニア検出装置』として機能するから、大丈夫」
「それ、どうやって違いがわかるん?」
「慣れよ、慣れ。目つきでわかる」
角成が感心して頷いている。
「嘉介さんがね『あなたが街に出る時は『おばさんという迷彩服』を羽織って行きなさい』と、あと『極力誰の印象にも残らないよう、地味~にいきましょう』って、言うてた」
般若さんのこの言葉に、
「そういうたら、奪還作戦でヤクザの巣窟、轟マンションに行った時、姉ちゃん、警察に全くのノーマーク、居てるけど誰も気にせん存在やったもんな。このお造りに入ってる、造花の小菊って『綺麗やけど食べられへんなぁ』とか見たら思うけど、プラスチックのバランって、存在は認識してるけど、見ても何も考えへん。……みたいな、そんな感じやったわ」と、玄宗さんが食欲中枢を駆使した。
「おばさんが迷彩服、ですかぁ~。なるほどです。美人なら見とれて注意を向ける、地味なら誰も注意を向けない。嘉介さんってやっぱりすごいですね」
そこで玄宗さんが、食べ終えた大きなパックを置き、
「岡山の俺の実家行った時の、高見ノのあねさん。……そういう意味でも、すごい鋭かったんやなぁ」と言った。
「あの人、かっくんが藤井さん(幽霊)連れてるのも、嗅ぎ取ったよね」
「あぁ、そうでしたねぇ」
「金輪際、高見ノのあねさんには嘘つかんとこ」
「玄ちゃんは、私らの前でも嘘つかれへんよ」
「そうや、いっつもバレる。……なんでわかるん?」
「勘っ! 魔力に基づいた、直感っ!」
「それは嘘やって、俺にもわかる。かっくん、なんか知ってる?」
般若さんがテーブルの下で角成の足を踏む。
「直感ですね~」
角成は笑いながら言った。
「これは、俺知らん方がオモロいやつやな。聞かんとくわ」
「さっ、かっくん、食べよう、仕上げのおさがりやけど、玄ちゃん見てたらおいしいみたいよ」
「ごはん冷めたから、もう一回温めるわ」
そう言って、玄宗さんが立ち上がりながら、テーブルの下の踏まれた足を見て、
「あっ!」と、指差して笑った。
ご飯待ちの角成が、
「そうだ、玄宗さん、昨日帰って来て早々に仕事だったんですか」と言った。
「そうそう。帰りの車に会社から電話かかって来て、改装工事でトラブってる案件あるから、すぐに来てくれ、って言われて、帰りにそこで降ろしてもらった。今朝もまた行ってきたけど……。かっくん、バイト代出すから、この仕事手伝ってよ」
「僕に言うっていう事は、……えっとぉ、そういう案件ですか?」
「そういう案件。それと、こういう事は、慣れも大事やから、一緒に行ってみよ」
「前に行った、駅前の再開発の、……あんな感じですか?」
「あれは神様VS悪霊、の、神様側に加勢する感じやったけど、今度のは神様無しの、純粋に対悪霊。シンプルやよ」
「シンプルですかぁ、……とにかく頑張ります」
「周り清めてアイツ囲い込むのに、あと数日はかかるから、多分次の週末くらいになると思う。予定空けてて。……それまでに……、般若の姉ちゃんにちょっとお願いが……」
「何? また葬儀司会の話し? ちょっとブランク開けさせて」
「今回は違うんよ。かっくんに、おばさんに偽装するやり方、教えてあげて欲しいんよ」
「えっ? 僕、おばさんになるんですか? 目立たないようにして、どこかに潜入とかですか?」
「違う違う、さっきねえちゃんの話聞いて思いついてんけど、昨日今日と行ったのは、改装中のメイド喫茶やねん。そこでメイドさんやって欲しいから、かっくん美少女化ができへんかなぁって、思って……」
「私に任せてっ!」
「僕に見た目を霊力で変える、訓練というか、修行というか、ですか!」
「私がメイドさんする」
「あかんって。悪霊相手にかっくんメイドさんに、囮やってもらおうかと思って……、あっ」
「今『あっ』て言いましたよね。オ・ト・リ、も言いましたよね。また何も言わずに連れて行こうとしてました?」
「はい、その通りです」
「そんな事より、メイド服が着たい。メイドさんの恰好したい。うん、……する! 着る!」
「悪霊相手でも、かっくんなら、いざとなったら大神様が悪霊大殺戮で終りやけど、姉ちゃんに飛びかかったら、危ないやん」
「玄宗さん、そういう事ならそれを先に言って下さいよ!」
「でも私最近いい感じに太ったから、多分十号前半のサイズやったら、このわがままボディ入らへんかも……。あるよね? 大き目のサイズ? 無かったら用意しといて」
「ええね、そういうの。今からダイエットして服装に合わせる、とかじゃなくって、服装に合わさせるっていう考え? というか、行動? それでええと思うわ。アホな男の考えかもやけど」
「ヘアカットは行くよ。髪型までメイド服は合わせてくれへんから」
角成が、
「あっ、忘れてた! 天美さん、篤義さんからLINEで画像来てました」そう言って、二人にスマホに送られてきた画像を見せるが、小さ過ぎて何が何だかよくわからない。
般若さんが、
「私に転送して」と、言われた通り、角成が二枚の画像を送る。
ノートPCで画像を鮮明に復元加工して拡大し、二枚の画像を左右に並べる。
般若さんの左右から、二人がPCを覗き込む。
「消えてる……。古い方にあった影が、今日の画像には、ない。二人とも、本当にありがとう」
そう言って般若さんは、角成と玄宗さんの頬にキスをした。
玄宗さんは全く動じず、画像を穏やかな微笑みで見ている。
角成は、照れながらだが、じっと画像を見つめて、
「かえでちゃんと加津佐さんのキメラと、天美さんたち男性陣のキメラと、赤ちゃんのキメラ。本当にありがとうございました。お二人がいなかったら、……僕だけではどうしようもなかったことだらけで、……ほんとうに、本当にありがとうございました」と言った。
「ほれ、遠慮せんでいいよ、ほれ、お返しに、ココ」
般若さんが自分の頬を人差し指でトントンしている。
「僕には大切な許婚がいますので、遠慮しておきます」
「あっ、くそっ。コイツ自分の女盾にして逃げやがった」
「なんか人聞き悪いですね。……言われてみればその通りですけど。……んん~、なんかハラ立つ、けど、かえでちゃんだったら、何かのはずみで盾にしても、絶対に怒らなさそうだから……、まっ、いっかぁ」
「なんか、今度はこっちが腹立ってきた。玄ちゃん、あとでかっくん用に女性用下着買いに行くから車出して」
「良かったぁ、ビール飲まんとお茶にして」
「良くないですよ。下着は、かえでちゃんが知ったら何て言うか。要りません」
「かっくん、あんたメイド服ナメてる?」
「いただきますっ」と合掌し、角成は無視して食事に入る。
「姉ちゃん、腹減ってると機嫌悪なって、ウザ絡みするやんか。ここは、メシにしよ」
「言われてみれば、そうよね。いただきますっ!」
般若さんが素直に、手を合わせた。
「「美味しい~~~」」
二人が海老天を尻尾から食べて、同時に言った。
「天つゆ天つゆ」
般若さんがご飯にかけて、嬉しそうにかぼちゃとなすびの天ぷを食べている。
第五章 第三節 信じる者は 終
第五章 饒舌な鏡
第四節 空気
に続きます。
(できれば、BGMに『スピッツ』の『チェリー』をご用意いただければ……。できればでいいです……)




