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ソウル ロンダリング2(裏導師) 饒舌な鏡 ~南大阪御伽草子~(仮)  作者: 富田林 浩二
第四章 約束の場所

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第四章 約束の場所 第三節 間合い

 


 ***



 そこは廃寺の外壁。

 角成が誰かに揺さぶられ目を覚ます。

「どうしました、しっかり」

 男が提灯の明かりで角成の顔を照らす。

 真っ暗闇の中では薄暗い提灯の明かりだけでも、目が慣れれば結構視界が効く。

「にいさん大丈夫ですかい、ぼーっとして座り込んじまって。見かけねぇ顔だがこの近くの人かい?」

 角成が、蔵の中で見かけた、丸に八の文字が書かれた提灯越しに、声の主の顔を見る。

(この提灯を持ってるってことは、この人が弓弦斎さん? 夢で見たのは儀式中の茂吉さんと磐城さんで、弓弦斎さんの顔が僕にはかわからない……)

 角成は確認することもできず、何をどう答えて良いか迷う。

「えっとぉ、あのぉ、大丈夫……、なような感じがしなくもありませんが……、えっと、そのぉ……」

「どうした兄さん、転んで頭でも打ったのか? それとも誰かに殴られたのか?」

 提灯の男は、さらに近くに来てしゃがみ、提灯の明かりを角成の頭や顔にかざしながら、

「血は出てねぇな、こぶも見た目にねぇようだし……」

 そう言った。

 角成は弓弦斎らしき男の、この行動に対して純粋に、

(いい人だなぁ)と思った。

 そして角成はある事に気付く。

(この格好、暗闇で目立たないように黒っぽい服を着て、帯に二、三本の墨染めの手ぬぐいを挟んでいるということは、儀式はこれからなのか、それとも、もう終わったのか?)

 だが聞けない。

 秘密裏に行う儀式の事を、一面識もない者、しかも行き倒れていた者が突然問い糾す。

 それはいくらこの人が親切でも、ちゃんとした返答は期待できない。

 角成は、腰の手ぬぐいを見て有る事に気づく。

(この手ぬぐい皺がない。……ということは、まだ使っていない、儀式はまだかも……)

 そして必死に考える。

(儀式を行う前なら、何とか取りやめてもらうようにお願いして…… 無理だろうな……。だったら僕が仮病を使って誰か人を呼んでもらうようにして足止め……、はダメだ、今度は僕が看病されて身動きできなくなる。だったら……、…………あぁだめだ、何も浮かばない)

 あきらめてはいけない、と自分を叱咤するが、妙案どころか焦る気持ちが強くなるばかりである。

 角成が強めのため息と共に頭を振る。

 その仕草から何かを読み取ったのか、

「兄さん本当に大丈夫ですかい? 何か訳ありっぽいが私も少し急いでいるんで、よかったら明日か明後日にでもうちに訪ねてきなさいな」そう言い手短かに自分が暮らす場所を説明する。

「これでわからなければ、末広堂っていう屋号をたよりに、私、栄七を訪ねなさい。あの界隈でそう言えば誰か知ってるはずだから」

(間違いない、この人が弓弦斎さんだ)

 角成は、弓弦斎の顔をじっと見た。

 親切なところもよく似ているが、暗い中よく見るとその顔は、子孫である末広湯のおやじさんにそっくりだった。

 そして弓弦斎は心配顔のまま、その場を去ろうと腰を上げる。

 角成は呼び止めようか、それともこっそりとあとをつけるか、どちらにしようか考えた。

 だが、そうそう良い答えなど、都合良く浮かばない

「あのぉ、茂吉さんは……」

 それは弓弦斎の優しい人柄頼み、というか、そこにつけ込んだ卑怯は百も承知の、良心の呵責を伴う咄嗟の一言であった。

「茂吉さんは、……今日の用事、あのぉ……」

 その言葉に立ち止まり振り向いた弓弦斎の顔は、提灯の明かりを下から反射して、ずいぶん怖いように見えた。

「茂吉さんのお知り合いですか?」

 弓弦斎が訝しげに聞き、そして、

「今日の事、……何か聞いてるんで?」用心深く聞いた。

 角成は返答に困る。

 しかし弓弦斎はすぐに笑顔を取り戻し、

「そうですね、茂吉さんのお知り合いなら信用出来るお人だ。今やっていることは何かとややこしい事だらけだから、兄さんは茂吉さんのお手伝いか何かをしている人、そうだね?」

 そう言って一人笑顔でうなずいた。

 角成は何と言って良いか悩み、そして弓弦斎の笑顔を見て、心の表面に鋭い痛みを感じるが、

「はい、あのぉ、……茂吉さんは遺漏ないそうですが、弓弦斎さんのほうのご様子はいかがかなと思いまして……」と、泣き笑いのような表情で角成は、精一杯のでまかせを言う。

「私のほうなら全く問題ありません。いつ始めてもらっても結構ですよ」

「わかりました、では、そうお伝えいたします」

 友人のいない角成は、普通のやりとりが苦手である。

 普通の会話がおっくうなわけではない。

 ただ慣れていないために、極端に語彙が少なくなり、変に緊張してしまう。

 なので、この会話が角成の精一杯だった。

 だが角成は、先程の会話で重要なことを知った。

 それは、

『まだキメラの秘術での最後の締めくくりである、海岸での儀式は行われていない』ということだった。

(今なら儀式を止められるかも! 呪いを無かったことにできるかも!)

 角成は急速に焦る。

「あのぉ……」

 角成が去りかけた弓弦斎に声をかける。

「はいはい、なんでしょう?」

 弓弦斎がにこやかに角成にこたえる。

「あのぉ…………」

「はいはい?」

 角成が何か言おうとするが、言葉は何も浮かばない。

「どうしました?」

 少し心配したように弓弦斎が角成に一歩近付く。

 角成が思い切って話す。

「どうしても呪いは、儀式は行わないといけないんですか?」

 弓弦斎はにこやかな表情のままで、

「茂吉さんが『やめる』って言ったのなら、即座にやめますけれど、何かありましたか?」

 そう言った。

 角成はその表情から、二人の並ではない信頼関係を嗅ぎ取る。

(だめだ……、もうこの人達に嘘は言えない……)

  「その呪いは恐ろしい力を持っています」

 優しい笑顔のまま、弓弦斎は眉根にわずかな困惑を見せる。

「今からあなた方三人で行う儀式で、これから先、何十年も、何代にもわたって罪もない女性が死ぬんです」

 弓弦斎の笑顔が口元だけになる。

 それでもなお優しい顔をしている、弓弦斎を見つめて角成が先を続ける。

「その女性たちが、……磐城さんに対して何の罪もない女性が死ぬたびに、その人と縁ある人達の心が引き裂かれて、その裂け目から血のような涙が流れるんです」

 弓弦斎が少し悲しそうな表情で頷き、

「ふぅむ、そんなことが……」ぽつりとつぶやいた。

「磐城さんの無念はわかります。でも、その無念を何代にもわたって罪のない人達が償い続けるのは、理不尽だと思いませんか?」

 弓弦斎が目を閉じ深くうなずく。

「大事な人と別れる悲しさ、辛さ、これはいつの時代も変わりません。磐城さんの望むことは、それほど大きな打撃を何代にもわたって、与え続けたいものじゃないはずです」

 弓弦斎は優しい瞳を自分の足下に向け、そして大きく頷き、

「仰る通りだ」そう言った。

「だからお願いです、儀式を、キメラの秘術を中止して下さい」

 角成が弓弦斎に向かって手をついて頭を下げる。

「お願いします」

 そう言った時に、角成は涙声になった。

「もうほとんど時間はありませんので、歩きながらお話致しましょう。さっ、お手と頭をお上げになって」

 弓弦斎に促されるまま立ち上がり、角成はとぼとぼと横を歩く。

「さっき私は栄七と名乗りましたが、こちらはあなたの名前を存じ上げません」

「ぼっ……」

 角成は気がつく。

(僕ってこの時代に普通に使われてた言葉だっけ? あと、名字は武士階級の人達だけのものだったよな、僕のご先祖の身分は……、何だったっけ?)

「えっとぉ……」

 角成が考えながら口ごもっていると、

「言いたくないならいいですよ、おにいさんと呼びゃぁいだけのことだ」

 横を並んで歩く角成に、弓弦斎が優しい微笑みを投げかける。

「えっとぉ、私の名前はかく……、です」

「かくさんですか、それはよいお名前だ。じゃぁかくさん、こういった儀式のことはどれくらい茂吉さんから聴いてますか?」

「あのぉ、すいません。ぼっ、じゃなくて私、本当は茂吉さんの事もよく知らないんです」

「じゃぁ、磐城さんのお知り合いか何かで?」

 弓弦斎が人懐っこそうに言う。

「いえ、どちらかと言うと、天美さんのほうに近い人間で……」

「はぁそうですか。実は私、今回のことあまり詳しくないんですよ」

 弓弦斎は呪う相手である天美の名前を聞いても、全く意に介さずで話し続ける。

「今回の太夫さん、……式を取り仕切る人なんだけど、それは茂吉さんで、私は裏方だから全く口出し出来ないんですけど、よほどの事なら話してみます」

「そうですか、ありがとうございます」

「ただねぇ……」

 弓弦斎は歩みを止めて角成を見て、

「……どう茂吉さんに話すか、……ですね」そう言った。


 弓弦斎は今回初めて裏方の仕事をし、その難しさから今までの茂吉の働きに対して改めて感謝の念を抱き直した。

 そこに突然、

『呪いなんて悪い事だからやめましょう』というド正論を、しかも、未来に起こることも交えて熱く語る青年が現れた。

 弓弦斎と茂吉が拝み屋をしていた時にも、

「ひょっとしてあなた方は宜しくない事をなさっておいでじゃ?」 誰かからそう言われたことは、幾度かあった。

 儀式の神秘性を保つには、外部に一切何一つ情報が漏れていないことが重要、と考えた弓弦斎は、こういったこと、ただ何となく何か感づかれただけでも『良くない(きざし)』と決め、いつも儀式を中止した。

 不完全な儀式を行えば依頼者の不安が倍増するどころか、最悪の場合その人がその人でなくなる場合も有る、という事を、弓弦斎は経験上知っていたからである。

 今回、茂吉の裏方仕事がいかに完璧であったかを、あらためて知ることになった。

 弓弦斎は、今回下準備の段階で、たいそうな苦労を数々味わった。

 なので、お世辞や下駄を履かせずの評価・感想は、

『今までの儀式の、八割以上は茂吉さんの功績だった』と、本心から思っていた。

 そのことを改めて感謝をしたがゆえに、茂吉に何と伝えれば良いか、弓弦斎は悩んだ。

 突然現れた青年の言葉を理由に中止を伝えることは、はたして裏方として正しい行動であろうか。

 弓弦斎は考える。

 今まで自分が太夫を務めた時、茂吉はこういう時に、どう対処していたか。

 弓弦斎は似たようなこと、寸前で忠告があった事例を思い出した。

「お兄さん、かくさんといったっけね。あなたのようないい人に恨みも何もありゃしないが、ちょっとだけ我慢して下さいな」

 弓弦斎はそっと手を合わせ拝む。

 角成がきょとんとしていると、突然ふっと頭から布をかぶせられ、そして素早く両手を背後で縛られた。

「かくさん本当にすまないんだが、半時か四半時(一時間から三十分) ほどじっとしといてもらえませんか、こっちの竹藪の中で」

 弓弦斎はゆっくり角成を後ろに下がらせ竹藪の中に入らせる。

「えっ、でもそれじゃぁ儀式……」

「もう少し早けりゃ、茂吉さんに話もできたんだが、もうあっちで用意は完全に終わってましてね、今止めると別の遺恨を残す事になる。するともっと厄介なことにもなりかねない」

「それは……」

「痛くないように一番柔らかい紐で縛って、息苦しくないよう口には何もかましません。勝手言って申し訳ねぇんだが、ここでちょと静かにしといて下さいな」

 手足を縛られ目隠しされた角成は、

「でも……」それしか言えなかった。

「終わればすぐに戻ります。それまで少しの間ごめんください」

 弓弦斎は見えるはずのない角成に、丁寧に頭を下げ立ち去る。


 手足を縛った紐は背後で結ばれて海老ぞりにされていたが、痛くも苦しくもないようごく軽くしか反らされてはいない。

 角成は考える。

 弓弦斎が言っていた、今中止すると別の遺恨が残る。

 それはわからない話ではない。

 三人の苦労・苦心があってここまできたのだから、それを簡単に『はい中止』とする訳にはいかないことは理解できる。

 それこそ念が残る、残念である。

 だが逆に、そこまでの儀式であるからこそ、

『後の災厄が大きいものになった』ともいえる。

 儀式をとりやめ、それにより、

『別の血筋への災厄』や、

『あたりかまわぬ災厄』が、起こってしまえば、それはまた厄介なことになるだろう。

 角成が、数度の行ったり来たりの思考を繰り返す。

 どうしても答えはでない。

 そこで角成は、とにかく拘束を解こうと、もぞもぞし始める。

 足を縛る紐を手でたどると、結び目に触ることができた。

 紐はあまりきつく締め上げてはいないが、結び目は固い。

 角成は慎重に結び目を解く。

 両足の拘束はこれでなくなった。

 次は手首を縛った紐である。

 決してきつく縛られている訳ではないが、角成は左腕を怪我している。

 紐を緩めようと後ろ手でもぞもぞ動くと強い痛みが走る。

 なので紐は全く緩まず、映画やドラマのヒーローがやるようにすっぽり抜くことはできそうにない。

 やはり結び目に触れなければ、両手の拘束を解くのは難しいようである。

 半ばやけぎみに角成はそのまま立ち上がり、頭を強く振る。

 目隠しに被されていた布は軽くしか結ばれていなかったので、数度頭を振っただけで落ちた。

 両手を後ろで縛られたのを、足抜きしようとしたが肩が外れそうになったので、そのまま弓弦斎がどちらに向かったか、提灯の明かりを探した。

 だが、すでにどこにも、明かりも人影もない。

 角成は己の感覚だけで、夢で見た海岸を探す。



 ###



[くっそぉ~、アイツうろこ何枚あるんよ。ホンマ面倒臭いやつや]

 大神様は傷だらけの身体で悪態をつく。

[もしも、生え替わりが早過ぎるんやったら、これ埒あかんわ]

 攻撃を多数受け、傷だらけの大神様は作戦変更を迫られる。

 飛来物をキャッチするには射出される場所、この場合はキメラ本体だが、そこから離れている方が速度も減衰しているし、複数枚の場合はそれぞれがほんの少しだが放射状に拡がって飛ぶ。

 それに距離があると到着まで、わずかだが時間もあるので軌跡の予測も付けやすく、一回で全て捕獲しやすい。

 そうは言っても限界はあり、一回に四枚五枚と飛んでくる物をそうそう全部は噛み砕くこともできず、大神様の身体のあちこちに、うろこを受け止めた傷ができていた。

 大神様はお腹の下に入った時、飛び道具を使ってこなかったことを思い出し、至近距離での回避を選択する。

 そのためには攻撃の間隙を突いて一気に接近する必要があった。

 だが、そうそう都合良くそんな隙ができるはずなどない。

 ということは、自らそれを作らねばならない。

 次の攻撃の時に一枚の大きめのうろこを口でキャッチせずに、わざと大腿部あたりで受ける。

 大神様はそれを即口で抜き、いつもならそれを噛み砕くのだが今回はそれをそのまま投げ返した。

 うろこは低く飛び、キメラの左脚に深く刺さる。

 まさかの反撃にキメラは下を向き、脚に刺さったうろこを抜こうとする。

 隼神様の羽根は、浅くしか刺さっていなかったので気にならなかったのかもしれないが、今投げ返したうろこは深く刺さっていた。

 大神様は既にその時キメラのすぐ近くまで来ていた。

 キメラが気付いた時、大神様は腹の下に飛び込む。

 それは死角に飛び込んだはずだった。

 脚に刺さったうろこを急いで抜こうとするキメラと、大神様の目が合った。

 身体の大きさに比べるとあまり大きくないキメラの真っ赤な眼が、大神様をじっと見つめる。

[あらっ? ひょっとして寝不足? ]

「キュワァーーーッ」

 キメラが鳴き声を上げる。

[まさか、刺さったとこが弁慶の泣き所とかでめっちゃ痛かったとか? でもね、謝れへんも~ん]

 キメラがくちばしで攻撃してくる。

 大神様は横にも後ろにも移動せず、正面に向かって飛ぶ。

 くちばしを大きく開き、大神様に噛みつこうとする。

 大神様は軽くかわし、くちばしを蹴って頭から背中を駈けて尻尾の向こうに降りて即反転し、もう一度お腹の下に潜り込む。

 キメラはもう一度同じようにくちばしを開いて自分の足の間に向けて攻撃する。

[マンネリやねぇ~っ]

 大神様はキメラの攻撃や防御の学習能力の高さを見越して、足の横で待ち構えていた。

 目が合った時にはもう大神様は飛んでいた。

 大神様はキメラの右眼に鱗が刺さった左肩でショルダータックルをくらわせる。

 鱗はキメラの身体の一部分である。

 それを攻撃の道具にすれば、かえでのダメージはない、か、最小限、と考えた大神様の賭けであった。

「ギュオォーーーッ」

 直接攻撃以外にも大神様の血液が眼に入ったことが大きなダメージのようで、それによってキメラの右側の視界が奪われた。

 大神様たちの世界が、少しだが揺れた。

 かえでにダメージが無いわけではなかった。

 だが大神様も、キメラの硬い睫毛によって肩に新たな傷口ができた。

 その傷の深いものは骨に達しており、右前足での踏ん張りがきかないほどのダメージだった。

 大神様は痛みに堪えながら、次の一撃を繰り出すための死角を探す。

 キメラは足を大きく踏み出したり足首を小股にバタつかせたりして視界をカバーしようとする。

 大神様はゴロゴロと転がりながら、足と視界から逃れようとする。

 キメラは大きく首を振り、大神様を左目だけでとらえようとしている。

 大神様はキメラのすぐ近くで、姿を見せては隠しを繰り返す。

 今遠くに行き隠れてしまうと、やけになったキメラがあたりかまわず攻撃しないようにと考えてのことであった。

 そうしている間に、隼神様が次の一手、大神様と隼神様のコラボレーション兵器による攻撃のすきをうかがっている。

 勝機は見えている。

 だが、一連の攻撃によるかえでのダメージが、今のところわからない。

 それだけが、大神様たちの不安材料だった。



 玄宗さんが突然言う。

「ふくろうの息子さん、ちょっと教えて」

 その呼ばれ方に少しいらだちながらも静太は、

「なんだ?」と答える。

「キメラの力を自分に向けようとして何したん」

「二十一日間護摩の火を絶やさず真言を唱える必要があったそうなんだけど、七日しかできなかった。 …っていうか、七日目に突然火が消えたんだ」

「突然? フッって? でも、炭火をあおいだらまた炎が復活したんとちゃうの」

「それがダメだったんだ」

「なんで?」

「俺もわかんねぇよ。七日の間ほとんど寝てなかったから疲れて幻覚でも見たのかもしれないし、あの時は何が何だかわからなくって、それと、もうどうでもよくなってやめちまった」

「その時の消し炭と護摩に使った木持ってる?」

「あるよ、ここに」

 そう言って静太は携帯電話に付けたお守り袋のような小さな袋から半紙に包まれた物を出した。

 それを受け取った玄宗さんはしっかりと握って目を閉じる。

 玄宗さんの心に、フクロウの神様が語りかけてきた。

{七日目に炎が消えたのは、力の方向が変わったからです}

(力の方向というと?)

{キメラに私たちの力が流れ込み始めました}

(ということは、儀式関係なしに向きが変わった……? どういうこと?]

{祖先が行ったことに新たな活力を……、子孫が……}

(儀式という形式が敷き直した道筋ではなく、血による本来の道筋、か……)

{私にはその流れをせき止める力がなく、流れが見えるのみ……}

(ということは、なんとかしようと思ったけどできなかった、ということですか)

{そうです。だからお願いがあります}

(言ってみてください)

{私を封印してください}

(えっ?)

{私がいなければ、大きな力を送り込む中継点がなくなります。そうすればキメラの力、少しは弱まると思います}

(いやぁ~、今まで神様の封印ってしたことないんで、約束はできませんけど、それで事態が好転するならやってみましょうか?)

{お願いします}

 玄宗さんが腕組みし考える。

「フクロウの息子さん、今の会話聞こえてた?」

「なんも聞こえねぇよ。なんだよ、もう」

 静太がかなりいらつきながら答える。

「今、フクロウの神様が『私を封印してください』ってお願いされたんやけど、OK?」

「何言ってんだ、お前? OKな訳ねぇだろ。今は力を持つ者が一人でも多い方がいいのに、バカか?」

「バカでいい、俺実際あほぅやから。封印するよ」

 玄宗さんが一方的に言った。

「バカ、やめろって言ってんだろ。俺のことナメてんのお前?」

「般若の姉ちゃん、紙と筆ある?」

「ここで俺の神様封印されたら、成功したときに時に俺のところに力が……。ひょっとしてお前らで山分け、俺だけタダ働き? ふざけてると全てブチ壊すぞ、おい」

 般若さんが、梵字の小紋染めの布で作られた巾着を、玄宗さんに向かって投げて、

「時間ないし私動かれへんから、ごめん、任した!」と言った。

 玄宗さんが懐紙と矢立を素早く取り出し、何やら呪文めいたことを口にしながら用意する。

「聞いてんのか、なにやってんだ、おい、なんとか言えよ」

 玄宗さんに向かって行く静太の肩を、オヤジさんが強い力でつかむ。

 静太は振りほどこうとする。

「離せよ、おい、離せって言ってんだろ」

 静太が乱暴に振り向くと、静太の父は泣いていた。

「情けねぇ、もう勘弁してくれや、静太。お前この状況で、本当に自分のことしか頭にないのか?」

「うるせぇな、親父に何がわかる?」

「何もわかりたかねぇよ、てめぇのクソ以下の身勝手なんざ」

 親父さんが怒りや悲しみを、ぐっとこらえて言う。

「ここに集まった人間の中で、このお嬢さん、かえでさんのことを考えてねぇのは、静太、お前だけだ」

「それがどうした?」

「さっきは改心したと思ったのに、なんだ、このざまは……」

「ここに集まった皆がこの女のこと考えて? 証明できんのか、そんなこと? この中に興味本位だけで来た人間もいるだろよ、それがいないって証明できんのか? 人間だれでも口では何とでも言えるだろが。それでも親父はみんなが、俺以外の皆が、純粋にこの女のためだけを考えてここにいる、っていうのか? だったら証明してみせろよ、そのキレイ事をよぉ」

 おやじさんは静太を睨みながら、

「眼だよ。……お前以外の人の眼だよ」と言った。

「眼は心の窓、とか、眼は口ほどにものを言いとか、言うのか? この状況で?」

「とうちゃん、もういいわ」

 おかみさんが言う。

「静太、お前は全員の真剣な眼差しを見ているから、わからないでしょうけど、……私たちは、お前の光のない目で薄笑いを浮かべた顔を、みんなで見てるのよ。……これは静太以外の人にわかるのに、静太にだけわからない、あんたには証明できないことなのよ。……父ちゃんの涙の意味、この説明では不十分?」

「何言ってんだよ、両親で。そんなに俺が憎いのか? 邪魔か? 嫌いか?」

「嫌いな訳ないじゃない。嫌いじゃないから、そういう行動や考え方をされたら困るの。だから、やめて、って言ってるの」

「また論点のすり替えだ。もういい、かあちゃん。このバカ息子は放っておけ!」

 おやじさんが怒り足で、ドスドスとその場を立ち去る。

「じゃぁ、お邪魔なようだし、俺もどっかに消えるわ」

 静太が皆の方を向き、ゆっくり後ずさるように離れ始める。

「あのねぇ~」

 玄宗さんが呪文を止めて話す。

「もう完全にロックオンしたんで、ここから離れてもフクロウの神様は封印できるから、どこにいてても同じやよ。……海外に行っても、たとえ、成層圏超えてもね」

「うるさいなぁ、どこに居ようが俺の自由だろ」

「そう言うんなら、どうぞお好きな場所に」

「へいへい、お疲れさんでした、っとぉ」

 静太がゆっくり皆に背中を向けようとした時、玄宗さんが言う。

「あのね、これはお節介で言うだけなので、無視してもらっても結構」

「なんだよ、前置きはいいから早く言えよ」

「神様の離れた神様持ちの人間って、ものごっつ霊的に不安定やから、俺やったらこの場から離れへん」

「えっ?」

 静太の人を小ばかにしたような表情が消える。

「ここで今、神様たちがキメラに立ち向かってる。ある意味神聖な戦い。ある意味異界の死闘。それだけでも異界の住人には脅威」

「君子危うきに近寄らずか……、だから何だよ」

「だから、ある意味非常~に清浄な場所でもある。当然その清浄な場所の周囲には、そこから押し出されたヤツらがうろうろぞろぞろ~」

「そうか、飢えた獣の群れの中に、無防備に出て行く……」

「そう、無防備な丸々と太った、ブ……」

「お前本当にイヤな奴だな」

 静太が顔をしかめる。

「ブタに失礼だ」

 暗闇から突然、戻ったおやじさんが、静太の背後から後ろ手に結束バンドで縛った。

「おやじ何すんだ!」

 静太が叫んで振り向く。

 おやじさんがスッとしゃがみ、次に静太の足首を結束バンドで縛る。

「これしかない、今、お前を守るにはこれしかない。親として、俺にできるのはこれが精一杯だ」

 おやじさんはそういって静太の肩を押さえ膝をつかせ、手首と足首の結束バンドをもう一本の結束バンドで結ぶ。

 しゃがんだ姿勢の静太が結束バンドを確かめる。

 おやじさんが静太の各ポケットから持ち物をすべて取り出す。

「よし、こんだけごついプラスチックを自分で切ったり外したりは不可能だ。おとなしくするんだ静太、いいな」

「親父てめぇ、どっか行ったんじゃねぇのかよ」

「どっか行こうと思ったら長野さんの声が聞こえちまってな。意地っぱりなお前はこのままどっか行って、そこで……。だからこれしかねぇ、って、ここに来るときに荷物をまとめるのに使った結束バンドの残りでこうさせてもらった」

「なんだよ、ちくしょう」

 静太は毒づいてはいるが、少し安心したような表情になった。

「これでいいんだよ、静太。協力もしなけりゃ邪魔もできねぇ。これでいい、お前はもともと傍観者だ。迷惑な傍観者から普通の傍観者に戻れ。しかも、ここなら安全だそうじゃねぇか。これでいいんだよ、これで」

 おやじさんが連結した結束バンドを軽く握る。

 こうすれば、静太が後ろ手でも摩擦で切ることを防げる、と考えたからだった。

「おやじ、終わったらこれ、すぐに切ってくれよ」

「わかってる。……この儀式が終わって、お嬢ちゃんを救うことができたら、即切ってやる。……親と子の縁、それと、絆もな」

 静太は何も答えなかった。


 玄宗さんが真剣な口調で話し始める。

「柏原さん、息子さんできるだけそのままここにとどめてください。もし万一ですが……」

「何でも言ってくれ」 

「キメラを退治や除去できなかった場合、俺の経験則からですが、高確率にパワーのバイパス道を作った、息子さんに向かって、行き場のないキメラがエネルギーの流れを伝って逃げて来る。その可能性が非常に高いです。……しかも……」

 静太がやけくそぎみに、

「なんだよ、早く言え!」

「十数年かけて強大になったキメラが、経路を遡ってエネルギーの源に来る。ということは、さっき般若の姉さんが言ったように、永久機関を得たキメラは、際限なく強大化して……」

「やっぱしそうなるのかよ……」

「呪いに近付き過ぎた者がいた場合の、情け容赦のないトラップで呪いを永続的に。柏原さんのご先祖は超が付く一流の拝み屋だったのなら、念には念を入れて、秘匿性を考えてこのようなことも、……たぶん考えたろうな、……と思います。……というか、俺ならそうします」、

「じゃぁ……。呪いが解けなかった時には、最後の標的は俺……か。呪いが解けて、完全に退治できれば、こっちに来ない、ということか……」

 般若さんが角成とかえでを後ろから抱きしめて支えながら、

「静太さん、キメラ退治は、あなたの命のためにも……。だからお願い」小さな声だが、心の叫びだった。

 静太は何も言わず顔を背けた。


 玄宗さんは、跪座の姿勢(両膝をつき、足を爪先立てて腰をおろした姿勢)で膝を少し開き安定させる。

 そして、自らが書いた御札七枚を、扇のように広げ、端にマッチで火をつける。

 書かれた文字が、炎で一瞬光り輝いたように見える。

 不思議なことに、文字が書かれたところを過ぎると火が消える。

 燃え残った七枚の紙を、両手で恭しく押し頂き、新しい懐紙に包み、柏原のおやじさんに借りているジャケットの内ポケットに入れる。

 静太の全身から力が抜ける。

「何だこれ? おい、なんなんだよ、力が入らねぇじゃねぇか! てめぇ、長野っ、何しやがった!」

 玄宗さんは答えず立ち上がり、九字を切る。



 ###



 宇賀神様がふくろうの神様をぐるぐる巻きにし、呼吸できる空間だけ残し、全く身動きできないようにしている。

 こうしてふくろうの神様が一時的に封印され、静太から力を切り離した。

「大神様、なんとか時間稼いで……」

 ⁅ありがとう、玄ちゃん。まかしといて⁆

 大神様は、自分がフラフラで策も展望も持ち合わせていないからこそ、大好きな友人の言葉に力強い返事をした。


 大神様と隼神様も、空気の震えのようなものを感じていた。

 キメラの動きが、かなり緩慢になり、真っ赤な瞳の邪悪な光も弱まったように見えた。

 大神様が隼神様に目で合図する。

 隼神様が音もなく大神様の背に乗る。

 隼神様の足には左右一本ずつ隼神様の羽根がにぎられている。

 大神様と隼神様は、キメラと正面で向かい合う。

[さて、今のうちに、一本は目の前のコイツに、もう一本は、加津佐って子のキメラに……。そんなんできる?]

{できます。本来これは、今、加津佐さんを守っている翼にあったものですし、もともとそうするつもりでした}

[やっぱそうやよね。これであっちの状況もつかめる。で、どこに向かって投げるつもり?]

{まだ悩んでますの}

[どこと、どこで悩んでんの?]

{我々の言葉がヤツに聞こえて、失敗したくないので、それは言わないでおきます}

[じゃ、指示してくださいな。何なりと、どこなりと]

{このまま、で、ゆっくり近づいてってくださいな}

[ゆっくりでええの?]

{われわれを探す、攻撃する、を繰り返していたわけですから、エネルギー供給が無くなった今、ヤツもかなり疲れているはず。でもね、たぶん力を温存している。油断は禁物でまいりましょう}

⁅ありがとう、だいぶトロい動きになったから、油断してたわ⁆

[私が声を掛けたら、ダッシュだけお願いします}

⁅すぐダッシュできる心構えしとくわ。あっちこっちケガしてるから、本来のスピードの半分も出ぇへんけど、ごめんね……⁆

{お気になさらず⁆

 大神様と隼神様がキメラの正面にゆっくりと近付く。




「ちょっと待って……」

 おかみさんが玄宗さんに向かって言う。

「かえでさんの脈が弱く、遅くなった……。どうしよう……」

「くそっ! キメラのエネルギーって、かえでちゃんも共有しとった、ってこと?」

「そろそろ救急車呼んだ方が……」

 重い空気が流れる。

「かえでちゃんにだけ、キメラには無し。新たな道筋……、即席には無理か、えっとぉ……」

 玄宗さんが声に出して逡巡する。

 その時、玄宗さんに憑いている子ギツネが姿も見せず、

「ケーーーーーーーンッッ」と高く鳴いた。

 その声を、そこにいた全員が聞いた。

「なんの鳴き声だ、今の」

 おやじさんが聞く。

「俺がさっき会いに行ってた人、……亡くなりました」

「そうか、そらぁ……、残念だったな」

 玄宗さんは涙一筋だけ流し、

「その人には悪いけど、神様いただきますっ!」そう言って、懐紙と矢立を再び取り出し、お札を書き始めた。

 書きながら、玄宗さんが声に出して、

「大神様、カイツブリの神様を、親子で送り込んだら、加津佐さんのところに一羽、母鳥の方を送ったりできますか?」

 大神様からの返事はない。

「大神様、時間稼ぎにしかならなくっても、今、彼女たちの……」

⁅玄ちゃんあぶなかったぁ。もうちょっとで手遅れになるとこやった。できるよ、って隼の神様言うてはる」

「とにかく、おキツネさんたちが一緒に行きます。あとは、お願いします。よろしくお願いします」

 玄宗さんは書く手を止めず、頭を下げた。



 ###



 ほんの少し時間を遡る。

[ゆっくりゆっくり、っとぉ]

 大神様が隼神さまを背中に乗せて、様子を見ながら進む。

{もう少し近づいたら、ヤツの気を引きますので、それを合図にダッシュしてください}

[なんかしたらダッシュね。かしこまりました~]

 大神様がキメラを見つめながらゆっくり進む。

{キィーーーーーーッ、キィッキィッキィッキィッ}

 隼神様が高く鳴く。

[よっしゃぁ、つかまっとってや……]

 大神様がダッシュしようとした時、

「大神様、カイツブリの神様を、親子で送り込んだら、加津佐さんのところに一羽、母鳥の方を送ったりできますか?」玄宗さんの声が聞こえた。

[……って、言うてるけど、その羽根と一緒に、加津佐ちゃんちに送れる?]

 大神様がゆっくりに歩を戻して言う。

{できますよ今投げようと思っていた羽根と一緒なら。こちらに送ってくだされば、挨拶も早々に準備いたします}

 ⁅玄ちゃんあぶなかったぁ。もうちょっとで手遅れになるとこやった。できるよ、って隼の神様言うてはる」

 そしてまたしても、間合いを取ることになる。

 大神様は待つ間、キメラを観察する。

 右の眼は、大神様が刺さった鱗ごとショルダータックルをして視界を奪ったが、今は血も出ていない。

 大神様が投げ返した、左脚に刺さったうろこもそのままだった。

 肩で息をするように、キメラの鎧のような翼が上下に早く動いている。

 キメラもかなりダメージが大きいようだ。

 そして大神様も、あちこちに傷があり、身体が紅白になっていた。

[来るよ、キツネさんのエスコートで]

{いつでもどうぞ}

 そう言って、隼神様は大神様の背中から降りた。

 どこからともなく、深紅の母と子キツネが現れ、その後ろに大きさが少し違うカイツブリが二羽現れた。

{皆さまはじめまして、来て早々で申し訳ないんですが、おつむのところの羽根を少々……}

 そう言って隼神様はカイツブリ神たちに近付く。

 そして、

{おキツネ様たちも、毛を少しくださいな}そう言って、キツネ様母子の頭部の毛をもらう。

[結ぶのに私のひげいるよね?]

{はい、もう二本}

 隼の羽根と大神様の爪、そして、カイツブリの頭頂羽毛とおキツネ様の東部の毛、それらを大神様のひげで結び付けたものを隼神様は作り、何も言わず大神様の背中に、ふわり、と乗った。

[行くよ。カイツブリの神様も私の背中に乗って]

{はい}

 隼神様は返事をし、カイツブリの神様たちが黙って乗る。

{大神様にお願いがあります。さっきの私の高鳴きではヤツは驚かなかったので、大神様、ヤツを挑発するか驚かせるかしてもらえますか?}

[それやったら、やる気満々の方が、真っ赤な闘気漲らせてそこにいてはるから、お願いしよかな……]

 深紅の母ギツネ様は大神様に向かってうなずく。

[玄ちゃんから聞いてると思うけど、攻撃したらかえでちゃん、耐えられへんと思う。だから威嚇のみ、でお願いします]

 真っ赤な母キツネ様は、臆することなくキメラにゆっくり向かって行く。

 キメラが新たな異物の出現に、身構える。

{私が高鳴きをしたら、おキツネ様、お願いいたします}

 母ギツネ様は大神様の横で、キメラを睨んだまま軽くうなずく。

 大神様は黙ってゆっくり進む。

{キィーーーーーーッ}

 隼神様の声を合図に、母ギツネ様が恐ろしく素早い動きでキメラの正面に飛び出し、

「カァーッ」口を大きく開け威嚇した。

 これにキメラが反応し、

「キュワーーーーーlッ」と、負けずに大きく鳴いた。

 隼神様は羽根をキメラの口に向かって、一本投げる。

 カイツブリ母神様がその羽根を追ってキメラの口の中に飛び込み消える。

 その後を背中を守るように、続いて子ギツネ様が飛び込み、

『スッ』と消えた。

{おねがい、わたしの翼に、届いて……。あの子の、加津佐のために}

 時間差ですぐその後ろに、もう一本投げた。

 カイツブリ子神様は大神様の背中から降りて、キメラの正面、直接攻撃ギリギリの間合いで『逃げられるものなら逃げてみろ』という目つきで、じっと見据えている。




 おかみさんが、

「脈拍が少し上がったけど、外気が低くなってきたから、体温が……」と言った。

 玄宗さんは、

「俺の、今の精いっぱい、出しますわ。話しかけられても受け答えできんようになるので、ご容赦くださいね」そう言っておかみさんに、おやじさんから借りているジャケットを渡し、急ぎお札を数枚書き、火を点けた。

 それ以上何も言わなかったが、破魔子さんと逆のことを玄宗さんは始めた。

 自らのエネルギーや生気を、おキツネ様たちをバイパスさせて少しずつ送り込む。

 この術式は容易ではなく、多大な集中力を要する。

 集中していないとエネルギーの乱れは、受ける側の大きな負担になりかねない。

 しかも送り先は、かえでと加津佐の二方向。

 玄宗さんは跪坐のまま両手とも刀印で姿勢を正し、呼吸を整える。

 これで玄宗さんも、静太同様神様の力は借りられない、……それどころか、身動きも取れない状況になってしまった。

 おやじさんが、

「俺だけやることないから、なんか温ったかい飲み物でも買って来るわ」と言って、その場を離れた。

 静太はおやじさんが見えなくなってから、

「同じ体勢だと体が痛い」と言いながら、もぞもぞと、角成やおかみさんの方に顔を向けた。

 おかみさんは、角成たちを支える般若さんに、

「静太が何か企んでる。あの子のあの目は……、たぶん長野さんに、……何かする」

「おかみさん、二人をお願いできますか?」

 般若さんが立ち上がり、静太に向かって行く。

「解けた? 結束バンドの拘束?」

 般若さんが言い放つ。

 静太は何も答えない。

「諦っきらめ悪いねぇ。まさかこの状況……、祝い直し(呪いの解除)失敗したら自分の命の保証無いのに、それでも玄ちゃん殴りたいん? ……悪いけど、指一本触らせへんから、絶対に。うちのかえでちゃんの命かかってんねんよ、今、玄ちゃんがやってることは!」

 静太が手足の結束が解けた状態で、もそりと起き上がり、

「さっき、……蔵が、壊れた時……」そう言いながら、靴下の中に隠し持っていた、刃渡り2センチにも満たない、小さな折り畳みナイフをポケットに入れる。

「壊したんあんたやんか。地上であれだけのもん壊れたら、地下にどれだけのドスンドスンとかの衝撃来たか、あんたにわかる? 私らが死ぬかと思ったのに、あんた、なんでそんな責任逃れ発言できるん! そういうとこやよ、あんたがモテへんのは! もう、それ以上近付かんといて!」

 静太は 無視してゆっくり近付く。

「今日な、……長野の秘書から連絡あって思い出して、久々に、……女の子に連絡したんだよ……」

「知らんわ、こっち来んなっ!」

「ついさっきも、別の人に連絡してみたんだ……」

「そんなこと私には関係ない! もうこれ以上近付くな!」

「そしたら……」

 そう言って、静太はスマホの画面を般若さんに向けた。

「これ以上近付かないから、読んでみろよ……」

 そう言って、静太が手を伸ばして開いたスマホの画面を般若さんに向ける。

「さっきおやじさんが、ポケットから刃物とか催涙スプレーとか出したから、不意打ちはない……、かな?」

「しねぇよ、……だから見てくれよ」

 般若さんが舌打ち一つした時、

「般若の姉ちゃん、俺、今以後会話不可な~」玄宗さんが姿勢そのままで、大き目の指輪を投げた。

 般若さんは、片目の端で軌道確認のみすると、すぐ静太に向かい合い、後ろも見ずに右手手で飛んで来た二連の指輪を受け取る。

「私がこれで殴るんかぁ、もう、面倒くさいなぁ……」

 般若さんが指輪……、みたいな、二連のメリケンサックを中指と薬指にはめ、半ば泣き声で言った。

「いいから、これ、早く読んでくれよ!」

 静太が苛立つ。

「『お久しぶり。長野さんの連絡先わかった?』 何これ?」

「次な……」

 静太が次のメールを表示させる。

「『お久しぶりです、……』以下同文やん、どういうこと?」

「この調子だよ、四人全員が……」

「「えぇ~~~~~っ」」

 今度は、般若さんとおかみさんが同時に言った。

「だからさぁ、俺もう、……どうでも良くなって、俺が死のうがどうなろうが、なんかもういいかなって……」

「それでも、若い女の子二人道連れって……、まさか一人で死ぬのが怖いから……」

「ハッキリ言うわ。それもある。……なんかさぁ、……俺が幕引くから、俺の人生……、そいつらもどうせ死ぬんだから……もう放っといてくんない?」

 おかみさんが、

「ほんとに情けない、……皆さんごめんなさい。息子があそこまで追い込まれてたのに気付かなかった、私の責任はものすごく大きい。だからみんな、本っっ当に、ごめんなさい。……静太、もっとあんたのこと考えてあげなかったこと、本当にごめんなさい」と言った。

「……俺、そいつに出会ってから、……もうほとんど笑ってないんだ。……なんか、もういいわ、……って、そんな感じ」

 そう言って静太はスマホを、ポイと捨てた。

「静太さん、こっち来んといて。私、暴力キライやねん……、どっちも」

「何が『どっちも』なんだよ」

「ふるうのも、ふるわれるのも……」

「知らね……」

 静太がそこまで言って、般若さんに大振りで殴り掛かる。

 般若さんは、かがんで前にダッシュして、素早く避ける。

 静太がそのまま振り返る前に、般若さんはすぐ後ろにいて、静太の首の後ろへ、メリケンサック型スタンガンを長めに押し付けるように殴る。

 静太が脱力して倒れるのを、般若さんが抱きしめて、そしてゆっくりと寝かせる。

「こんな時になんだけど、ちょっと質問いいかしら?」

「おかみさん、ごめんなさい。息子さんにこんなこと……」

 ジャケットを脱いで丸めて、静太の頭の下に入れながら般若さんは言った。

「いいのよ、そいつは身から出た錆だから。そうじゃなくって、長野さんがイケメンに見えなくなったんだけど、この人のイケメン、賞味期限切れたの?」

「あっ、それね。玄ちゃんは、たぶんですけど、たぶん~、キツネの神様からの力が常に漏れ出して、イケメンに見えてる、んちゃうかな?って、私思ってて。……今おキツネ様、親子して玄ちゃんから離れてるから。……かと、私は思てます」

「なんか、さっき言ってたわね……、キツネ派遣する、とかなんとか……」

「玄ちゃんは今、大蛇もキツネ親子もいてないから、息子さんと同じで、霊的には悪霊取り憑き放題の、大変危なっかしい状態です」

「う~~ん、なんかごめんなさい、説明してもらっても全然頭に入ってこないわ。とりあえず、携帯電話みたいに、充電完了したら『チャラララン』とか音鳴って、またイケメン復活! とかになったらいいのにね」

 おかみさんは、受け止めず、投げだした。

「そうなったら、……いいですよね。……でも」

「でも?」

 般若さんが悲しそうな顔で、

「呪い解除できなかったら、たぶん責任感じて、イケメンじゃないまま、キメラ連れて地獄に行くと思います。……玄ちゃん、単細胞でバカでスケベで女好きでドアホぅで女たらしでドスケベで……」そこまで言った時、玄宗さんは、

「し~~~~~っ」と、刀印を結んだ人差し指と中指を、自分の口元に静かに持って行った。

「とにかく、玄ちゃんはスケベですが、いいヤツです!」

 般若さんの訳の分からない発言に、玄宗さんの鼻が『フッ』と鳴った。



 *



 浜から離れた松の木に隠れて儀式を見守る角成に、弓弦斎が声をかける。

「かくさんやっぱり来なすったね。ここでいざこざはいけない事だから、お互い静かにいたしましょう」

 優しい声音だが言葉は非常に強い。

 角成は黙って首をゆっくり縦に振る。

 今にも飛び出して、儀式をやめさせたい衝動に、角成は何度も駆られる。

 だが、ここで儀式を中途半端に終わらせることにより、呪いの指向性が失われ、キメラが誰彼にも向かって呪いを発動すれば、悲しみの連鎖は計り知れない。

 儀式の準備をした三人をはじめ、最初の標的である天美家の子孫も、害を免れることは、決してないだろう。

 その事はこの海岸にたどり着くまでに、何度も考えた事だった。

 角成は、かえでの笑顔を思い出す。

 護摩壇の炎が大きくなる。

 思い余って飛び出そうとした瞬間、弓弦斎が角成の肩にそっと手を置き、

「私は波打ち際に行かなけりゃなりません。ここで、誰も人が来ねぇように、見張っててもらえますか、かくさん」と、穏やかな笑顔で、頬かむりをした弓弦斎が言った。

 角成は唇をかみしめ、頷き、儀式を見つめる。

 護摩壇が炎で崩れ、そして……。


 キメラは解き放たれた。


 波打ち際でバシャバシャと魚が暴れる音がして、またすぐに静かな波音に戻る。

 茂吉と磐城が何か話している。

 ……そして、磐城が倒れた。

 角成が駆け寄りそうになるが、波打ち際から戻った弓弦斎に肩を叩かれ、その場にしゃがみ込む。

 茂吉が菜飯屋に、急ぎ足に磐城を負ぶって行く。

 弓弦斎は、

「後片付けは私がします。かくさんは磐城さんと茂吉さんのところへ」と言った。

「でも、このままじゃ呪いが……」

「大丈夫だ、かくさん。私が解けるようにしとくから」

「じゃ、一つだけ教えてください」

「どうぞ、何なりと」

「ちぎりいし、って何ですか?」

 この言葉に、弓弦斎の片付け作業の手が止まる。

「その言葉は誰から聞いたんで?」

 あまりの声の怒気に押され、角成は答えられずにいる。

「茂吉さんがその事を言うはずがない。とすると、磐城さん……、も、口止めされてるだろうから言うはずはない。……それを、なぜかくさんが?」

 護摩壇の熾火に、下から照らされた弓弦斎の顔は、怒りに燃えているようにしか見えない。

 角成は恐れから、答えられずにいた。

 ふっ、と、弓弦斎の表情が緩み、

「本当に、不思議なお方だ、かくさんは」と、怒気の一切ない、優しい声音に戻って言った。

 あまりの緊張の強さと疲労から、角成は意味もなく涙が出た。

「お願いです、ちぎりいし、って何か教えてください」

「いいですよ、それが無きゃ、この儀式を無かったことにできない」

 そう言って、弓弦斎は角成に笑顔を向けて、おいでおいで、をした。

 角成がその通りに近付く。

 護摩壇の熾火を背にした弓弦斎が、懐に右手を入れて、すっ、と、……角成の胸元に何かを持った手が伸びる。

 角成は、

(しまった! 玄宗さんが以前言ってた『間合いの内』だ。殺される!) そう思った。

 ……だが、一切の攻撃手段も、防御法も知らないため、観念して目をつぶり、膝をついた。

(そうだ、砂が無いって言ってた。砂を、持って帰らなきゃ。……でもここで死んでも、ちゃんと戻れるだろか?)

 角成が目を閉じて、砂を握り袂に入れる。

 そして湯弦斎はゆっくりと、

「かくさん、さっき失礼して腕を縛った時、あんまり強く結ばなかったの、なぜだと思いました?」そう言った。

 意外な質問に拍子抜けした角成は、

「えっ、それは、……弓弦斎さんが優しい人だから、……って」声が裏返り気味で答えた。

「おや、そう思ってくれたんですか。実は違うんですよ」

 そう言った弓弦斎は右手に持つ、懐から出した『印籠』から、油紙に包まれた軟膏を出す。

「腕から血の匂いがしてらしたんで、動かせば痛いなら、あまり強い力はいらねぇ……、そう思ったんですよ」

 そう言って弓弦斎は、傷口を見せてくれと言っている。

 角成はそれに従い、袖をまくる。

「こりゃあひどい傷だ。この薬を塗って、あとの残りは差し上げますんで、痛かったらご自分で塗ってくださいな」

 そう言って油紙が幾重かに折られたものを、角成の手に乗せてくれた。

「でだ、ちぎりいしだね。これを説明するのは茂吉さんにして以来だから、何年ぶりだろうね。……実はね、これは私が勝手に考え出したもんで、血判状ってご存じですか? えぇ、……ご存じない。何か大それた事をする時に、自分の名前を書いて、そこに自分の血を付けた指を押し付ける、そんなもんがありましてねぇ。……それの代わりになるもんが、契り石{ちぎりいし}です」

「やっぱり、それは、何か特別な石、ですか?」

「そうですね、石自体はどこに転がってるもんでもいいんですが、その石を精魂込めて洗い上げて、……いやいや、清める意味より、土くれの塊じゃないことを確かめるために、ゴシゴシ洗うんですよ。……その石に、儀式の依頼主と太夫が血を垂らす、それが、契り石、です」

「では、今回の契り石、はどこに……」

 その質問に弓弦斎は、

「まだ聞いちゃいないんですよ。私も茂吉さんも……」そう言った。



 第四章 第三節 間合い  終


第四章  約束の場所

第四節  選び、進むべき道

              に続きます。

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