表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は救わなかったと言った  作者: あられ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

第3話「距離」

夜は、まだ終わっていなかった。


路地を抜けて、少し開けた場所に出る。

崩れかけた建物の影が、わずかな風に揺れていた。


ジャックは壁にもたれたまま、息を整えていた。


呼吸は落ち着きつつあるが、体の奥に残る重さは消えない。

影を使ったあとの感覚には、どうしても慣れなかった。


「ほんとに大丈夫?」


ヒカリの声。


さっきよりも少し近い位置にいる。


「しつこいな」


「だって、明らかに無理してる」


図星だった。


だが、それを認める気はない。


「問題ない」


短く言う。


ヒカリは少しだけ考えるような顔をしてから、小さく息を吐いた。


「じゃあ、座って」


「……は?」


「立ってる方が無理してる感じする」


意味が分からない。


けれど、体が言うことを聞かなかった。


壁から離れ、近くの石の段差に腰を下ろす。


ヒカリも隣に座った。


距離は、さっきより少し近い。


沈黙が落ちる。


遠くで、何かが崩れるような音がした。

この街では珍しくない音だ。


「ねえ」


ヒカリが口を開く。


「さっきのって、何?」


分かっていた質問だった。


「……影だ」


「うん、それは分かる」


即答。


「どうやって使ってるの?」


視線を感じる。


まっすぐで、逃げ場がない。


「契約みたいなもんだ」


「契約?」


「自分の中にあるものを使う」


それ以上は言わない。


言えば、余計なものまで出てしまいそうだった。


ヒカリは少しだけ黙る。


それから、静かに言った。


「つらそうだった」


胸の奥が、わずかにざわつく。


「別に」


反射的に否定する。


「嘘」


また即答だった。


ヒカリは視線を逸らさない。


「見てたら分かるよ」


言葉が続かない。


こういうとき、どう返せばいいのか分からない。


ヒカリは少しだけ柔らかく笑った。


「でも、助けてくれた」


その言葉に、息が詰まる。


「……違う」


かすれた声が出た。


ヒカリが首をかしげる。


「違う?」


「たまたまだ」


自分でも、弱い言い訳だと思う。


それでも、そう言うしかない。


ヒカリは少しだけ考えてから、小さく首を振った。


「たまたまじゃないよ」


静かな声。


「だって、あのとき」


少し間が空く。


「私を、先に守った」


言葉が刺さる。


あの瞬間のことを思い出す。


考えるより先に、体が動いていた。


理由なんて、なかったはずなのに。


「……癖みたいなもんだ」


無理やり言葉を絞り出す。


ヒカリは、ふっと笑った。


「優しい癖だね」


否定しようとして、やめる。


これ以上言っても、たぶん伝わらない。


また沈黙。


今度は、さっきよりも少しだけ穏やかだった。


ヒカリが空を見上げる。


濁った空。

星も見えない。


「この街ってさ」


ぽつりと呟く。


「ずっとこんな感じなの?」


「ああ」


「昼も?」


「大体な」


ヒカリは少しだけ目を細めた。


「変なの」


「……そうか」


「うん。変」


少しだけ笑う。


その笑顔が、この街に合っていない。


それが、妙に印象に残る。


「ねえ、ジャック」


名前を呼ばれる。


まだ慣れない響き。


「なんだ」


「昔から、こういうことしてるの?」


影を使って戦うこと。


ヒカリの言いたいことは分かる。


「……まあな」


短く答える。


「怖くない?」


質問は、まっすぐだった。


少しだけ考える。


怖くないわけじゃない。


けれど。


「慣れる」


それだけ言う。


ヒカリは納得していない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


代わりに、ぽつりと呟く。


「私は、怖いかも」


意外な言葉だった。


思わず横を見る。


ヒカリは、自分の手を見ていた。


「影じゃなくて」


静かな声。


「なくなることが」


その言葉に、心臓が一瞬だけ強く打つ。


「家族とか」


少しだけ間が空く。


「大切な人とか」


それ以上は続かなかった。


ジャックは何も言えない。


言える立場じゃないと分かっている。


ヒカリは小さく笑った。


「変だよね。さっきまで普通に話してたのに」


「……別に変じゃない」


気づけば、そう答えていた。


ヒカリが少しだけ驚いた顔をする。


「そう?」


「ああ」


それだけ言う。


理由はうまく説明できない。


ただ、否定したくなかった。


ヒカリは少しだけ嬉しそうに笑った。


「そっか」


そのまま、少しだけ体を倒す。


ジャックの肩に、軽く触れるくらいの距離。


触れているか、いないかの境界。


拒絶するほどでもない。


受け入れる理由もない。


それでも、離れなかった。


「……ねえ」


小さな声。


「しばらく、ここにいてもいい?」


「好きにしろ」


ぶっきらぼうに返す。


けれど、追い払う気はなかった。


夜は静かだった。


危険なはずなのに、今は不思議と落ち着いている。


ヒカリの呼吸が、少しずつゆっくりになる。


眠っているわけじゃない。


ただ、力を抜いているだけ。


ジャックは視線を前に向けたまま、動かない。


胸元に手を当てる。


ネックレスの感触。


冷たいはずなのに、どこか熱を持っている気がした。


触れたまま、少しだけ力が入る。


思い出しそうになる。


あの夜のことを。


「……」


やめる。


今は、いい。


隣にいる気配だけが、妙に現実的だった。


この距離は、長くは続かない。


なんとなく、分かっていた。


それでも。


もう少しだけ、このままでいいと思った。


夜が、静かに深まっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ