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夢裁判           :約2500文字 :夢

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/01/11

「――します。法廷の秩序を乱す行為は――検察官、朗読してください」


「はい。本件は――」


 ここは……どこだ?

 ……いや、“どこだ”じゃない。これは――。

 気づけばおれは、法廷の中央に立たされていた。灰色のカーペットが光を受けて、妙に艶やかに輝いている。傍聴席には無数の人影が見えるが、視線を向けると煙のように輪郭が揺らいだ。

 壇上では裁判官が無表情のままこちらを見下ろし、やけに力のこもった声が耳に届く。起訴状とかいうやつだろうか、検察官が紙束を手に、毅然とした態度で読み上げている。その向かい側では、弁護士らしき男が肩をすくめていた。


 どうやら、おれは被告人らしい。だが、何をしたのかはさっぱりわからない。言葉は確かに聞こえているのに、内容は排水口の奥から反響してくるかのように歪んで、頭にうまく入ってこないのだ。

 まあ、それも仕方ない。なぜなら、ここは夢の中なのだから。


「被告人、被告人! 聞いていますか?」 


「あ、はーい。すんませーん」


 裁判官に名指しされ、おれはへらへらと応じた。裁判官は眉間に皺を寄せ、露骨に不快そうな顔をしたが、そんなの知るか。夢の中で真面目ぶるなんて馬鹿らしい。それに頭がふわふわしているし、頬の筋肉が勝手に緩むのだ。おまけに、連中の言っていることも、ところどころおかしいのだ。


「えー、次に被告人は○○年〇月〇日の午前二時頃、夢の中において、被害女性の背後から抱きつくなどの猥褻行為を行い、これによりパウダン罪に該当するとされます」


「被告人、起訴状の内容に誤りはありませんか?」


「あー……はいはい」


 パウダン罪、ね。なんだそりゃ。

 おそらく、おれに法律の知識がないから、脳が適当な単語で補っているのだろう。なんとも雑だ。よく見ると、連中の動きもどこかぎこちなく、額には不自然なほどの汗が浮かんでいる。裁判官の木槌も、毎回振り下ろす位置がずれ、微妙な音を立てていた。こんなものに真剣に向き合えというほうが無理な話だ。


「また、被告人は○○年〇月〇日午前四時頃、同じく夢の中において、男性を殺害したとされます」


「被告人、起訴状の内容に誤りはありませんか?」


「あー、はい……ん?」


 夢の中において……?

 そういえば、さっきもそんなことを言っていたな。


 ――なるほどな。


 検察官の朗読をぼんやりと聞き続けるうちに、おれはようやく合点がいった。

 どうやらここは、夢の中でおれが犯した罪を裁くための法廷らしい。思い返せば、確かにいくつか心当たりがあった。エロい夢や暴力的な夢は意外と覚えているものだ。

 だが、まさかそれを裁かれることになるとは思わなかった。もしかすると、おれは自分で思っているより、ずっと倫理観の強い人間なのかもしれない。

 もっとも、罪悪感など微塵も抱いていないのだが。まあ、それも夢の中なのだから当然だ。


「……ふう、まだあるのですか? 検察官、時間が押していますよ」


「は、はい……これで以上です」


 検察官はそう言って額の汗をぬぐった。その拍子に、机の上に積み上げていた書類が崩れ、雪崩のように床へ散らばった。

 おれの弁護士はというと、背もたれに体重を預け、口を開けたまま豪快にいびきをかいて眠っていた。


「よって、被告人の行為は極めて悪質であり、反省の色も一切なく、身勝手極まりなく、下劣で、救いようがなく、おたんこなすで、グーデンパーである! 以上の理由により、死刑を求刑いたします!」


「認めます。主文、被告人を死刑に処する」


「なんでだよ!」


 おれは思わず吹き出した。

 その瞬間だった。法被をまとった警官たちがどたばたと法廷へなだれ込み、やたら威勢よく金槌を打ち鳴らして絞首台らしきものを組み立て始めた。その台の上では、ねじり鉢巻きを締めた女が意味不明な踊りをし、横では、たしか俳優の男が無表情でコンテンポラリーダンスを披露し始めた。

 凄まじい勢いで運び込まれたスクリーンには、朝顔が咲いては散り、都知事が水をまく様子が映し出されている。

 さらに、テレビクルーに扮したコメディアンたちが押し寄せ、おれの鼻先にマイクとカメラを突きつけてきた。


「今のお気持ちは!」


 くだらない茶番。まるで学芸会だ。

 結局、絞首台は未完成のまま放置され、警官たちは笑顔でおれを鳥の巣のような木枠の中へ押し込んだ。どうやら火炙りにするらしい。


「被告人、最後に述べたいことは?」


 裁判官がすぐ目の前まで来て、冷ややかな声で問いかけた。


「……ひひひ、消えるのはお前らのほうだよ。ここは夢の中なんだからなあ! ひひひひひひ!」


 本当はもっとクールに決めたかったのだが、胸の奥から愉快さが込み上げて、我慢できなかった。おれは笑った。声を上げて大笑いした。ああ、いい気分だ。

 トーチを掲げた女が颯爽と法廷へ入ってきた。女はおれの前に立ち、得意げな顔で火を放った。

 その顔に、どこか見覚えがある気がしたが、思い出せない。だが、どうでもいい。ただただ、おれは愉快だった。




 ◇ ◇ ◇




「おい、おい! まずい、息してないぞ。量を間違えたか……?」

「た、助けを呼んでくる!」


「待て!」

「な、なんだよ?」


「もう死んでいる……。留置所に戻すぞ」

「え? 戻してどうするんだ」


「シーツで首を吊らせる。自殺に見せかけるんだ。深夜だ。誰も気づかないだろう……」

「さ、さすがにそれはまずいだろ。それに、彼に悪い……」


「本当にそう思うか? お前もこいつの自白を聞いていただろ。紛れもなく悪党、クソ野郎だ。どうせ死刑になっていたよ。それに、ほら見てみろよ、この幸せそうな顔。自白剤で夢心地のまま逝けたのだから、むしろよかっただろう」

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