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デートの取材、という名目 7

 ◇ ◇ ◇



「相変わらず、全然ダメか……」


 その日帰ってから、僕はネットに投稿している小説を確認する。

 個人のブログではなく、大手の小説投稿サイトに投稿しているのだけれど、閲覧数はせいぜい二桁。感想、評価はゼロ。当然、お気に入り数もゼロだった。

 これは、春休みから続けているもので、毎日ではないのだけれど、賞への応募が実質キーワードの設定だけという手軽さで、出版社まで持ち込みに行くのはどうしてもその距離から躊躇してしまいがちなので、その点ではかなり有用だと思っている。紙に印刷する手間もかからないし。

 自分では面白いと思えるものを書けているとは思うんだけどな。

 まあ、ライトノベル一冊分を十二から十五万文字と考えると、まだまだ一冊分にも届いていない程度の文字数でしかないから、結論付けるのは早すぎるとも思えるけれど。

 とりあえず、思い浮かんだものをそのまま書き綴っているだけなのだけれど、やっぱり、世間の流れというか、読者の傾向には合わせなければならないのか? 誰もかれも、異世界転生チートハーレムがお望みか。

 しかし、たしかに、僕はあんまりそういうジャンルは書きたいと思えないけれど、最初の読者を掴むという点では間違っていない手法なのかもしれないな。なんにせよ、読んで貰えなければ、書いても意味がないとまでは言わないけれど……いや、やっぱり、他人に読んで貰えなければ書いても仕方ないのかもしれないな。

 なぜ小説なんかを書いているのかと言われれば、それはもちろん、楽しいからではあるけれど、自己満足だけで終わるのならばノートにでも綴っていればいいという話だ。やはり、多くの人に読んで貰って、評価を貰えるというのが、醍醐味というか、目的であることには違いないからな。

 それなら、読まれるようなものを(この場合はジャンルという意味で)書けばいいのではないかとも思われるかもしれないけれど、とはいえ、モチベーションというか、やる気は最重要なわけで、書きたくないものを書くのは中々に苦しいと思うんだよね。そのあたりの二律背反気味なところが難しいところでもあるのだけれど。それに、仮に、人気ジャンルを書いたところで、読まれるとは限らないわけだし。

 

「いやいや。今はとにかく経験値を増やすことだ」


 文章作法には気をつけているし、文章を綴ることを続けることは、必ず上達へと繋がっているはずなんだ。というより、コツコツやるより他に、上達する方法などない。

 ちなみに、このことはまだ日陽先輩に報告していない。

 とはいえ、毎日のように部室でものを綴っては読んで貰っているので、似たような状況ではあると思うけれど。

 

「お兄ちゃん。ご飯だって」


 次の投稿分を作成しているところで、パタパタと階段を駆け上がる音が聞こえてきて、ドアがノックされる。

 

「わかったよ。今行くから」


 紫乃にそう返事をして、部屋から出る。

 

「お兄ちゃん、なんだかおでこに皺ができてるけど、高校生って大変なの?」


 紫乃が自分の額を指さす。


「大丈夫だよ。これは別に高校の勉強とかが大変で寄っているわけじゃないから」


 じゃあ、なんで? とは突っ込まれず、紫乃はとりあえず納得してくれたようだった。

 僕は眉間を揉んで表情を直す。紫乃に気付かれるということは、両親にも指摘される可能性は高いということで、別に隠しているというわけではないのだけれど、心配は掛けたくないし。


「お兄ちゃん、今日はどこにお出かけしてたの? いつもの道場じゃなかったんでしょう? 紫乃もついて行ったらだめだった?」


「部活動だよ。高校の。だから、紫乃がついてくるのは、ちょっと待ってもらったほうが良かったかな」


 デート、とは言いにくいよなあ、妹とはいえ、さすがに。

 いや、正確には、デートの演習というべきなのかもしれないけれど、まあ、この場合はどちらも変わりはない。

 女の子がこの手の話題に敏感なのはどの世代でもそうなので、紫乃から縁子ちゃん、そして連司に伝わって、学校で突っ込まれたり、からかわれたりはしたくはないからなあ。

 リビングへと降りてゆけば、父さんと母さんはすでに椅子に座って待っていた。

 うちの両親は共働きだけれど、休日――日曜日は基本、家にいる。

 父さんの仕事は、平日夜は遅いため、こうして四人揃えるのは週末くらいのものだ。


「お兄ちゃん、部活動って、何部に入ったの?」


 食卓に着いてから正面に座った紫乃に尋ねられる。

 答えないのも変だしな。


「文芸部だよ」


 紫乃は、ふーん、という感じで首をかしげているみたいだったけれど、両親は大層驚いている様子だった。


「空楽くん、文芸部に入ってたの?」


「うん。言ってなかったっけ?」


 報告していなかったことはわかっているけれど、母さんにはとりあえずそう返事をしておく。まあ、部費があるわけでもない、半ば同好会みたいな感じなので、報告の有無はあまり問題にはならなかったと思うけれど。

 報告しない理由も特にないのだけれど。

 

「でも、神楽坂先生のところには通っていたわよね?」


 神楽坂禅というのが、その道場主兼一家当主であり、僕の師匠の名前だった。


「うん。それは毎日続けているでしょう。だけど、高校では、学校でまで続けなくてもいいかなって」


 本当は、小説――ライトノベルを自分でどうしても書きたくなったからだけれど、学校でまで続けなくても良いと思ったのも本音ではあった。

 

「文芸部ってなあに?」


 サッカー部、とか、合唱部、とかならわかりやすかっただろうけれど、小学生の紫乃にとっては、文芸部というのは難しかったのかもしれない。


「文芸部っていうのはね、本を書いたり、読んだりする部活のことかな」


「お兄ちゃんが本を書いてるの? 紫乃も読みたいな」


 純粋にそう思ってくれているのは嬉しいのだけれど。


「まだ、書き終えてないし、僕が書いているのは小説だよ。紫乃が読むような、『エルマー』とか、『アリス』とか、『人魚姫』みたいなのとは、ちょっと毛色が違うというか」


 難しいかと言われると、漢字以外はそんなに難しい内容でもないとは思うけれど。


「もう。私だって小説くらいは読めるもん。学校の図書室にだって、小説は置いてあるんだから」


 小学校の図書室に置いてある小説といえば、『シャーロックホームズ』シリーズとか、『西遊記』みたいな世界文学全集のようなもののことだろうか。

 小学生のときには図書委員だったけれど、なにが置いてあったのかまではきちんと覚えているわけではないからな。

 

「そうだね。じゃあ、書き終えたら紫乃にも読んで貰おうかな」


 家族で小学生とはいえ、意見は意見。

 むしろ、純粋な意見を言ってくれるかもしれない分、大切な読者かもしれない。いや、誰が大切でないとか、そんなことはないのだけれど。


「うん」


 紫乃が嬉しそうに返事をして、兄の小説はそこまで大層に誇れるものではないのだよ、とは言い辛かった。


「お兄ちゃん、小説なんて書いていたのね」


「うん、まあ。でも、母さんたちが想像しているようなものとは違うと思うよ」


 多分、母さんや父さんが思い浮かべているような小説といえば、『三四郎』とか、『羅生門』とか、そういう感じだと思うから。

 近代のライトノベル文化、といっていいのか、とにかく、そういうものには疎い、どころか、まったく、名前すら知らない可能性が高い。

 

「大変だと思うけれど、頑張りなさいね」


「うん。本気でやっているからね」


 賞は欲しくないとか、本になって欲しいと思っているわけじゃない、とは言わない。

 人気が出ればそれに越したことはないし、それは間違いなく、最高に嬉しいことだと思っている。

 けれど、僕が書き始めたのは、あの本に感動したからで、あんなものを書きたいと、強く思ってしまったからだ。

 だから僕は迷いなく、そう答えた。


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