デートの取材、という名目 8
◇ ◇ ◇
「どうしたの、空楽くん。そんな、砂糖と塩を間違えて入れた生クリームを大量に立てちゃって、それでも全部食べなくちゃいけなくなったときみたいな顔をして」
それはどんな顔だろう。
諦めだろうか、それとも後悔だろうか、あるいは、自分の不甲斐なさに対する投げやりな気持ちかもしれない。
この場合、僕の気持ちを表すものとしては、どれでも同じような気もするし、どれも違うような気もする。
「普通、混ぜる前に味をみて確認しませんか、それ。ひと舐めすれば塩と砂糖なんてすぐわかることなのに、なんで合わせちゃってから確認するんですか、日陽先輩」
翌登校日、放課後の部室に顔を出すとすでに日陽先輩は来ていて、本を読んでいたのだけれど、僕が部屋に入るなり、そんなことを口にした。
「ひどーい、空楽くん。私、自分でそんなことをしたなんて、ひと言も言っていないじゃない」
「したことないんですか?」
たしかに、日陽先輩は想像することも得意そうだけれど、それにしても、やけに表現が具体的だったし、文芸部とはいえ、咄嗟に出てくるようなものとも思えなかったのだけれど。
「……もちろんよ。このところはずっと」
僕が真っ直ぐに見つめれば、日陽先輩はその真っ赤な瞳をつっと横に逸らした。
「し、仕方ないでしょう。私だって、ひとり暮らしを始めたての頃は、お料理だってほとんど初めての経験だったんだし、いろいろとてんてこ舞いになっていたのよ。でも、今ではちゃんとお弁当だって作れるようになっているんだから。だし巻き卵だって綺麗に巻けるようになっているんですからね」
ほら、と日陽先輩は空の弁当箱を見せつけてくる。
「いや、空の弁当箱を見せつけられてもわかりませんよ。いえ、全部食べられるくらいだったんだということはわかりますけれど」
日陽先輩の胃袋が特別製でないのなら。
「全然信用していないわね、空楽くん」
日陽先輩は弁当箱を包み、袋に仕舞いつつ、頬を膨らませる。
「そんなことはありませんよ」
「いいわ。それなら、明日のお弁当は私が作ってきてあげる」
僕が訂正するのと、日陽先輩が宣言するのはほとんど同時だった。
「い、いえ、それに及びません」
「遠慮しなくていいのよ。いいえ、むしろ、私の名誉を守るために、作らせてちょうだい」
遠慮とかではなく、恥ずかしいからだ。
母さんに説明するのも、それこそ、日陽先輩が僕の教室のドアを開いて、お弁当を作ってきたわよ、一緒に食べましょう、なんて叫んだりしたら、どうなることか。
「それに、僕は、その、無理して食べる系の主人公にはなりたくありませんから」
「そうなの? 空楽くんはヒロインの女の子が一生懸命自分のために作ってきてくれた食事を、おいしくなさそうだからという理由で食べないような、そんな真似をする主人公になるつもり?」
いや、そりゃあ、可愛い女の子が作ってきてくれたお弁当なら、身体に深刻なダメージを負うことがわかっていようとも、全部食べ切ると思うけれど。
「そうでしょう――って、だから、私のお弁当は名状しがたくなるようなものじゃないわ。明日になったら、絶対、それを証明してあげるから」
誰も、そこまでひどいものだと言っているわけではないのに。
たしかに、無理して食べる系の主人公とは言ったけれど、あれは断るための口実なわけで、日陽先輩が、先輩ぶりたいがためだけに料理の実力を示したいのだなんてことは、全然思っていなかった。
とはいえ、このままでは収まりそうにもない。
「わかりました。楽しみにはしておきますね」
「ええ、任せてちょうだい。きっと空楽くんがおいしさのあまりに目からビームとか出しちゃうくらいのお弁当を作ってみせるわ」
それは、種族が違うというか、もう僕ではないのでは?
信じていたけれど、今のでちょっと不安になってきた。
「それで、空楽くんはなにをそんなに溜息をつくくらいに落ち込んでいるの?」
今度はわかりやすく言ってくれたらしい。
しかし、溜息なんてついてしまっていたのだろうか。自分ではまったく意識していなかったのだけれど。
「なにか悩み事があるなら先輩に話してみて」
どうやら『先輩』と言えたことが嬉しかったらしい日陽先輩は、自信があるように見せるためだろうか、得意げな顔で、薄い(日陽先輩の名誉のために、全く無さそうなとは言わないでおこう)胸を張った。
「創作で行き詰まりがあるとか? それとも、楽しくなれるような話が思い浮かばないとかかしら?」
「そんなことではないのですが……」
しかし、こんなことは話してしまっていいのだろうか。
「いえ、それもあるかもしれません。やっぱり、僕みたいなのがいくら書いたところで、ニーズに合っていない小説では読まれないのでしょうか?」
それでも読まれるのは、すでに人気のある作家さんとか、あるいは、圧倒的な実力があるのか、そのどちらかしかなく、僕みたいな素人に毛が生えた程度の初心者は、自分の書きたいものより、まずはニーズというか、流行に合ったものを書かなければ、評価はもとより、読んで貰うことすらままならないのだろうか。
「空楽くんの書いている小説は私がいつもここでちゃんと読ませて貰っているわ。たしかに表現はまだまだなところも多いと思うけれど、それは毎回話し合っているじゃない。私はどれも、粗削りではあるけれど、面白いと思っているわ。本当よ」
「いや、僕が言っているのは、そうではなくてですね……」
いまさら隠すこともないと思い直し、僕は日陽先輩に、小説投稿サイトでも、いつもここで書いているものとは別に、小説を投稿しているのだということを告白した。
「まだ書き始めたばかりですし、最低でも文庫一冊分くらいの分量が溜まってからでも評価、判断を下すのは遅くないとも思うのですけれど」
それでも、気落ちするのを止めることはできない。
募集しているコンテストや賞のページには、募集時点での評価はあくまで参考でしかないとは書かれているけれど、それでも、やはり、多くの評価がされている作品が受かりやすいというのは自然なことだろう。
自分で描いた作品が、誰からも、見向きもされないというのは、かなり落ち込むことではある。
「だから、いっそのこと、僕もジャンルを変えてしまおうかとも考えているんですよね」
もちろん、顔を見たこともないのだけれど、僕が勝手に敬愛させていただいてる作家さん(あの『不自由な~』の作者さんのことではなく)は、傾向の似ている男女の恋愛作品を多く出されている。
それに憧れて、僕も同じジャンル(大別してのことだけれど)の作品を書こうとしているのだけれど。
「……それは、空楽くんが本当に書きたいものなの?」
「いえ。違う、と思います。ですが、まだ書いたことがないものもたくさんありますし、むしろ書いたことのないもののほうが多いですし、書いてみたらそっちのほうが気に入って、ということもあるかもしれませんし」
そう言いながら、僕は心の中で、きっとそれは違うと思っていた。
今なお、僕の心の内に灯る火は、現実のものでも、異世界ものでも、男女の恋愛小説を書きたいと燃えている。
いや、ファンタジーっぽくても、歴史ものでも、なんであっても、男女というか、恋愛要素が欠片もない作品なんてほとんどないだろうけれど、そういうことではなく。
「ですが、最終的に本になりたい、あっ、いえ、僕が本に成るということではなくて、本として出版されるという意味ですけれど、それであれば、やはり、世間の傾向には迎合してゆかなければならないのかと思いまして」
とはいえ、そんなもの、まったく書ける気がしない。
男女の恋愛というだけなら、いくらでも思い浮かぶのだけれど、そういう、なんというか、異世界ファンタジーものの設定などというのは、不思議なくらい、全然思い浮かばないんだよね。
いや、異世界でも、男女の恋愛を中心にしているものを異世界ファンタジーと呼ぶのなら、それは別だけれど、今言っているのは例の、転生転移チートハーレムもののことで。
まあ、これも僕の嫉妬というか、そういうくだらないプライドなんかのためなのかもしれないけれど。




