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僕は誰からも気づかれない  作者: ユメオニ
1/10

その1

 人から気づかれにくい人間というものがいる。それが僕だ。

 飲食店の中に入ったのに店員に気づかれず、「いらっしゃいませ」も言われなければ、席に案内もされない。すみませんと声をあげても声が小さすぎるのか声の周波数が一般人には聞き取りづらいのか、全然気づいてもらえない。しょうがないので店員の目の前まで近づいたら「きゃっ」という悲鳴と共にようやくその存在を認識される、それが僕だ。

 また、新学期の初めから他のクラスメイトと同じように教室の中で過ごしているのに、学期が終わる頃にも誰からも顔と名前を一致してもらえない、それどころか同じクラスにいるということに気づいてもらえない、クラスの集合写真を見て初めて「うちのクラスにこんな奴いたっけ?」と話題になる。それが僕だ。

 デパートの入口の自動ドアの前に立っているのに、一向に開く気配がない。反対側に小学生の女の子が走って現れた途端、初めて自動ドアがその本来の機能を発揮して勢いよく開く、小学生の女の子に不思議そうな目で見られる、それが僕だ。

 そんな僕だが、人並みに恋というものはしてきたつもりだ。恋こそ我が人生といってもいいくらいだ。

 人から気づかれにくい人間が恋をしたらどうなるのか。答えは簡単。なかなか気づいてもらえない。

 初めての恋は中学三年生の時だった。クラスで一番かわいい仲嶋さんに恋をした。仲嶋さんは髪をポニーテールにしていて、歩くたびにポニーテールが揺れた。そのたびに僕の心も揺れて、ポニーテールが百回ほど揺れた頃、完全に彼女の虜になっていた。告白なんて大それた考えは思い浮かびもしなかった。彼女と同じ空間にいることができて、時々彼女を盗み見ることができる。それだけで満足だった。

 仲嶋さんと会話を交わしたことは一度もなかったけど、友達との会話から彼女がどこの高校を志望しているのかは分かった。彼女の志望校は学区で一番偏差値の高い公立高校だった。彼女はかわいいだけでなく頭もいいのだ。

 そのことを知ってから僕は人が変わったように猛勉強をした。夏休みの間中机にかじりついて、夏休み明けの模試では偏差値が十もアップしていた。仲嶋さんの志望校も射程圏内に入っていた。

 そして、そのままの学力をキープして、春、見事に志望校に合格した。何の取り柄もない息子が学区一偏差値の高い高校に合格したということで、両親は泣いて喜んだ。

 僕もその晩、一人自室に籠もって泣いた。仲嶋さんは公立の受験日当日、熱を出して試験を休んだ。滑り止めに受けていた私立の女子校に行くことが確定していた。もうあのポニーテールの揺れる後ろ姿を近くで見ることができなくないのだと思うと悲しくてならなかった。

 卒業式の後、勇気を出して下校する仲嶋さんを待ち伏せた。もう二度と会えない可能性が高いから、最後にお別れの言葉だけ伝えておこうと思った。

「仲嶋さんと同じ学校に行きたくて頑張って勉強しました。高校に行っても頑張ってください」

 自分でも陳腐な言葉だと思った。本当はもっと長い台詞を考えていたのだが、実際に言えたのはそんな言葉だった。

 真正面から見る仲嶋さんは、頭の中にいる仲嶋さんよりも可愛くない顔をしていた。ちょっと怖いとさえ思った。

「ご、ごめんなさい」

 仲嶋さんは顔を背けてそれだけ言うと、逃げるように去って行ってしまった。

 それが僕の初恋の終わりだった。一年間同じ教室で過ごしたクラスメイトに対する態度ではなかった。仲嶋さんは僕が誰なのか認識してさえいなかったのかもしれない。本当の所は分からない。




 


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