その2
高校生になってからも僕の気づかれなさに変化はなかった。それどころか、ますます磨きがかかってきたようでもあった。
入学式の後ホームルームで自己紹介をする時、一つ前の生徒が自己紹介を終えたので次は自分の番と緊張しながら立ち上がろうとすると、何故か後ろの席の生徒が立ち上がり、調子のいい自己紹介をまくし立ててクラス中の笑いをかっさらった。それが終わると次の生徒の自己紹介に移ってしまった。担任の先生も僕の方を見ることなく笑っていた。
体育の授業で二人一組になって筋トレをする時はいつも一人だけ余ってしまうので他の人が交代で腹筋をする中、一人でずっと腹筋をして腹筋が鍛えられた。男子が一人休んだ時はちょうどいいはずだが、そんな時は申し合わせたように三人一組ができていて、僕はいつも通り一人で筋トレを続けた。
昼休み席に座って一人本を読んでいたら机に男子生徒が座ってきたことがあった。座ったのが本の上だったのでページをめくることができず、男子生徒のお尻を見ながら昼休みを過ごした。
そんな中、クラスで一番かわいい女の子、梅澤さんに恋をした。
中学の時の苦い記憶があったので僕は梅澤さんに自分という人間が同じクラスにいることを認識されているとは夢にも思わないようにした。
ほとんどのクラスメイトに気づかれていないのに、クラスで一番かわいい女の子にだけその存在を気づかれようなど、そんな虫のいい話がある訳がない。
僕は、気づかれていないのをいいことに好きなだけ彼女のことを見つめた。どれほど見つめたところで彼女からも、他のクラスメイトからも気づかれはしないのだから、見つめないだけ損だった。
僕は彼女の些細な変化にも気づいた。彼女が髪を切った時。彼女の首筋に蚊に咬まれた痕があった時。彼女が風邪を引き始めてちょっとだけ調子悪そうにしている時も最初に気づいたのは僕だった。その翌日、彼女は実際に学校を休んだ。
彼女を見つめるのは楽しかったが、見つめているだけでは満足できなくなってきた。
僕はその頃詩集を読むのにはまっていて、将来の詩人になろうと心密かに決めていたので、梅澤さんの可愛らしさを詩にして毎朝彼女の机の中に忍ばせるようになった。人に気づかれないのはお手の物なので、それは難しいことじゃなかった。
彼女が詩の書かれたノートの切れ端に気づいてそれを読んでいる時、僕の胸は高鳴った。彼女は表情を変えずそれを読むと机の中に戻した。
それを一ヶ月ほど続けたある日、朝のホームルームで担任の教師が、「梅澤に毎朝嫌がらせのメッセージを送っているものがいる。目的は分からないが、梅澤は迷惑に思っているので止めるように」とクラス全員に向けて言った。いつも僕のことを全く見ようともしない担任が、何故かその時だけは僕の目をはっきりと見ていて、途端に怖くなった。それまでクラスの誰も僕のことを気にしていなかったはずなのに、何故かそれからしばらくの間皆と頻繁に目が合うようになった。でも、梅澤さんだけは僕のことを絶対に見ようとはしなかった。その状況がしばらく続き、気がつくと前よりもっと気づかれにくくなっていた。
それが僕の高校時代。




