19
―――――だって、あの子は俺にもサインを出していた。
『ちゃ、せい、せいっ』
妖精の絵本をめくると幸三郎が小さな指で挿絵をなぞる。
『そうだね。妖精だね。……これはねぇ、茶色だよ』
茶色の洋服を着ている妖精を指していた。だから、教えた。幸ちゃんも茶色だと分かっているものの上手く発音できないのだろう。
『ちゃ、ちゃ』繰り返しては不満げに口元をむっとゆがめる。可愛い。
『ちゃ、い、ろ』ゆっくりと発音して教えた。
『せい、せ、ちゃ』違う、違う。せいじゃなくて妖精だよ。
膝に乗せた幸三郎の頭を撫でれば、丸い頬が膨らんでいることに気づいて笑みが漏れる。何度練習しても上手く言えなくてもどかしいんだなって、そう思った。
でも、本当にそうだったのだろうか?
今になって考える。「せい」は妖精ではなく、そのまま「せい」で「ちゃ」は茶色じゃなくそのまま「ちゃ」あるいは「ちゃん」だとしたら?
幸三郎は茶色の妖精を指差して「せいちゃん」と言っていたのではないだろうか。
あの妖精は、他の妖精にいたずらをする、すなわち「悪者」として描かれていた。
サインはちゃんとあって、あの子は俺に伝えようとしていたのに。汲み取ることができなかった。幸三郎を理解することができなかったから。それに、意地悪をする妖精=征二郎というイメージがほんの少しも浮かばなかったのだ。だから、あの子の救難信号に気づけなかった。
「……征二郎と、話をしてみた?」
母に問えば首を振る。押しちゃったと泣く幼い我が子に言えたのは「それは夢だったんだよ」という言葉だけ。そうしたら征二郎は安心したように笑ったのだと。
母の、顔を抑えた細い指の隙間からはらはらと涙が零れる。人差し指のほくろが、濡れていた。
「征ちゃんは覚えていないの。覚えていないのよ」とうわ言みたいに繰り返す。
幸三郎の死から一年以上経過した頃、意を決して征二郎に、幸三郎の夢を見たことを覚えているか問うてみたが、不思議そうに顔を傾げるだけだったと。
でも、だったら尚更このままにはしておけない。征二郎には、あのとき本当は何があったのか思い出してもらわないといけないのではないか。そう告げると、
「―――――征ちゃんを失ったら、死ぬわ」とあまりにもはっきりと言う。
幸ちゃんを失って、征ちゃんまで誰かに奪われるようなことがあれば、もう生きている意味はないと続けた。征二郎がもしも、あの事件の犯人だということが世間に知れ渡ったなら。当然、今までのようには生活できないだろう。母は、恐らくそのことを言っているのだ。
今もう誰も覚えていない事件であっても、当時、あれほどワイドショーを賑わせたのだから。実は、あの事件の犯人は、被害者の実兄だったと報道されれば。皆、否応なしにも事件のことを思い返すはずだ。
だとすれば、世間は黙っていない。それは、俺にも想像がついた。
当時と違って、征二郎はもう幼い子供じゃない。中学生ともなれば、責任を問われるし事情も聞かれる。満の父親が犯人と目されていたものの、死亡しているので法的にどういう扱いになっているのか素人の自分にはよく分からない。が、世論はきっと味方にはなってくれないだろう。もはや、征二郎を法的に裁くことができるのかすら怪しいものの、それでも殺人事件の時効がなくなって久しい。逮捕されたり、裁判になることがあるかもしれない。
そうでなくとも。
五歳の子供が三歳の幼児を手にかけるという異常な行動は、普通ではない。精神鑑定に回されたり、専門家の治療が必要だと判断されたら、征二郎がこの家からいなくなるのは、確実だと思われる。
「芳くん、お願い」
もう忘れて。お願い、あの子を取らないで。
とうとう土下座までして懇願する母親に返す言葉はない。
この哀れな人を、自分にはどうやったって救えないことを知っていた。
俺だって、征二郎が言った『おれはさ、幸三郎のことよく覚えてないんだよ』という言葉を疑いたくない。信じている。それだけじゃない。俺の目をまっすぐに見て『もっと自由でいていいんだよ』と言ってくれたのだって覚えている。あれが嘘だったとは思いたくないのだ。つまり、
―――――征二郎をただの弟だと思うように、幸三郎だってただの弟。だから、気にしすぎないで。ただの弟のことを一日中考えている人なんていないよ。
そういう意味だったのだと思う。その言葉が、どれほど心強いものだったかきっと誰にも分からない。
既にこの世にはいないというのに、何もかもが幸三郎を中心に回る家の中で、居場所を探していたのは他の誰もない俺自身である。あの子のこと考えないのは罪だとすら思っていた。幸三郎を思い出さないのは、冷淡な人間のすることだって。
いつだってあの子のことを考えてなきゃ、この家の人間ではいられない。それが課せられた責務だった。
忘れようと思っても忘れられなかったから、それでも良かったけど。
不意に、本当にそうだったのだろうかと自問する。俺は幸三郎のことを忘れられないのだろうか。それとも覚えていなくちゃいけないと思い込んでいたんだろうか。
ベビーベッドの上、ぐるぐると同じところ回転するベッドメリーみたいに。どこにもいけずにいただけなんじゃないだろうか。
「……芳くん?」
返事がないことを訝しんだ母が、涙に濡れた顔を上げる。色素の薄い瞳。虹彩が幸三郎と同じ。
幸三郎は母に似ていたはずだけど。目を閉じたらその顔がありありと浮かぶほどだったのに、今は輪郭さえおぼろげな気がする。
眩暈を覚えて「吐きそう。部屋に戻るから」とだけ伝えて、母の視線を振り切るようにしてリビングを出た。どうせこれ以上は、話にならない。
征二郎が帰宅してからもう一度、話をしようと考えていた。
しかし、その日の夕刻、征二郎の通う中学校から自宅に電話が入った。放課後、家に帰ろうとしていた征二郎が階段から滑り落ちたと。考え事をしていたらしい。保健室で応急処置をした後も足の痛みが引かず、そのまま病院に行ったようで担任から連絡が入ったのだ。
怪我の程度は大したことなかったと説明されたが、慌てた母は恋人に助けを求め病院で落ち合うことになったようだった。
蒼褪めた母を玄関で見送ることになって。幸三郎がいなくなったときのことを、また思い出していた。
日常生活のあちこちに幸三郎の面影がある。この先もこんな風に生きていくのだろうか。
真夜中に、意を決してスマホを手にとった。随分時間が空いてしまったけれど、満に連絡を取るべきだと思い至ったのである。母と征二郎はすぐに家に帰ってきたけれど、母の恋人が一緒だったので当然、何の話もできなかった。
征二郎と話をしなければ埒が明かない。
それが分かっていても、これまでに自分が知りえた情報を、彼女に教えるべきだと思った。
画面を操作する指が震えて、肩に力が入る。言うまでもなく緊張していた。心臓が大きく脈打ち、頭の中も整理されているわけではない。何から話せばいいか考えていると、口の中が渇いていく。まともに話せるか分からない。
何度か深呼吸を繰り返し、意味もなく、辺りを見回す。
狭くはない一人部屋を与えられて、嬉しさよりも戸惑いが勝ったのを思い出す。借家じゃないから壁にも好きなポスターを貼れる。世界地図でも貼ろうかとネットを検索していたら征二郎に笑われた。もっと楽しそうな部屋にしなよ! 明るい声にせっつかれて、千ピースのパズルを購入したのだ。色んな絵柄があったので迷った末に、世界的アニメキャラクターのものを選んだ。特に思入れはなかったけれど、幸三郎の思い出のないキャラクターにした。このイラストを見ても何も、思い出すことはない。
そのことに、ほっとした。
その下に置いている棚には家族写真。もちろん幸三郎の写真もある。あの街に住んでいた頃のものだ。
おもちゃの剣と銃を掲げている。
俺と征二郎と、幸三郎、みち。ヒーローごっこで、悪役に捕らわれるのはヒロインの満。
悪役をかって出たのは俺だけど、本当は、ヒーローに憧れていた。小さな頃から戦隊ものの番組を見ていたのは俺も同じだ。
三つ下の征二郎が生まれたときは、一人でヒーローごっこをしていたようだ。敵も味方も助け出したいヒロインもいない。世界でたった一人だけのヒーローだ。
―――――今、少しいい? 時間があるなら電話で話したい。
とりあえず、メッセージを送る。すぐに既読のマークがついたものの返事はない。もしかしたら忙しいのかもしれないと、お風呂に入ったりする間、時間を置いてみたもののやはり彼女からの返信はなく。ならば、明日学校で会えないか問うてみたが、今度は既読にもならなかった。
取り込んでいるのだろう。……そう、思っていた。
征二郎と話をするのが先だと思っていたけれど、このままじゃ母のこともあって、いつになるか分からない。満の家の玄関先に貼られていた悪意を隠さないいたずら書きを思い出して胸が痛む。
全て、話そう。そして彼女が望むなら、小嶋に記事を書いてもらおう。
それから、
それで、
―――――それで?
どうなるだろうか。母も、征二郎も……俺も、
満の父親に罪を着せておいて、更に、その人の命を奪っておいて。母は素知らぬ顔をしていた。俺たち家族は新しい父親と共に人生を歩む準備を始めていて、人よりもちょっとだけ裕福で。何不自由なく暮らしていく予定だったのだ。被害者家族という一点を覗けば。
征二郎は高校受験を控えてて、俺は大学に進学する。母は再婚して、もしかしたらこの先、弟妹が生まれるかも。一か月前には、そんな人生が見えていたのに。
この先、俺は、……俺たちはまともに生きていけるのだろうか。
俺が満に振り上げた拳の行先は、彼女の頬だった。めぐりめぐって今、自分で自分の頬を打とうとしている。満が大勢の人間に痛めつけられてきたのを知っている。理解するのに時間がかかったけれど、もう分かってしまった。殺人犯の娘として生きるしかなかった彼女の苦しみや痛みが。想像だにできないほどのものを、今度は自分や、母が背負うことになるのだ。
因果応報なのだろうか。
うんともすんとも言わないスマホの画面を伏せて勉強机の上に置く。
明日に備えて眠ってしまおう。寝られないかもしれないけれど、部屋の中を暗くして闇に紛れるのだ。少しでも光から逃れたい。
そうして翌日。久々に登校したら、思いもよらないことを聞かされた。
「―――――退学?」
一限が始まる前にと満のクラスへ行けば、教室の入口で鉢合わせた女子生徒が俺の顔を見て渋面を作った。その顔に見覚えがあったので声をかけると、満は退学したと伝えられたのだ。
そんな話は聞いていない。
ポケットからスマホを出して確認するも、やはり彼女からは音沙汰がなかった。すぐ傍から「連絡先知ってるんだ」という棘のある声が響く。改めてその人物の顔を見れば、みちの友人だということに気づいた。
転校してきた当初、満に話しかけたときも彼女は傍にいたように思う。
「何で満の連絡先知ってるの? 誰に訊いたの?」
明らかに責め立てるような声音だったので「本人から」と短く答える。
俺と満の関係を知る人間からすれば、俺たちが互いの連絡先を知っていることは不自然なことなのだろう。そう思われても仕方ない。
満の連絡先を選択して、メッセージを送る。すると、公式からの自動返信により、彼女がアカウント自体を抹消していることに気づいた。何があったのだろう。
他の連絡手段がないので、確認しようもない。それなら、職員室だ。
まだ、何か言いたげにしている満の友人を置き去りに、踵を返した。
「―――――転校するんだよ」
事務机に向かって生徒のノートをぱらぱらめくって赤ペンで何事かを書き付けている満の担任がそっけなく言う。
「転校? 何で、ですか」声が掠れてうまく話せなかった。
作業がひと段落したのか、座ったまま椅子を回転させてこちらに向き直った教師が、
「どうした? 何で知りたがる。あいつがいないほうがいいだろう? お前」
俺が廊下で起こした騒動のせいで、学校側は当然俺たちの関係を把握している。黙り込んでいると、
「追いかけていって何かしようと思ってるなら無駄だからな」
「……どういう意味ですか?」
「うーん、どこまで言っていいのかな。これくらいならいいのかな……?」独り言ちて首を傾げた担任が、おかしな角度のままの顔で「アメリカに行くんだと」と爆弾を落とす。
「……アメリカ?」
「そ」
「何で、ですか」
じいっとこちらを見据えたその人は探るような眼差しで。自分のしたことを考えれば当たり前なのだが、罪悪感に手が震えるような気がした。背中側で両手を握りしめる。動揺していることを知られたくなかった。
「確か、今日発つって言ってたな」
なぜアメリカなのか、という問いには答えず、時計を見ながら言った教師の言葉に、身体が勝手に反応する。弾かれるようにその場を離れた。
会えるかどうかわからないけれど、万に一つにかけて空港へ行ってみようと考えたのだ。
慌てていたから、職員室の机にぶつかる。すみませんと謝りつつ、部屋を出ようとする俺にただ事ではないと感じたらしい満の担任が言った。
「もう、何もするな!」
「お母さん、―――――亡くなったんだからな!!」
あまりにも唐突にもたらされた事実に、足が止まる。
死、んだ……?
さっきまで自分が居たところまで戻る。もう少しで掴みかかりそうになるほどの勢いを自身で制した。
「お前も、もう馬鹿なことを考えるのはやめろ」
知ったような口を利く大人に「亡くなったってどういうことですか?」と被せるように問う。
「あのな、」そのとき、チャイムが鳴った。
ああ、いかんいかん。と席を立ち、数学の教科書と参考資料を抱えて立ち上がった教師が、俺を押しのけるようにして教室へ向かう。数歩だけ後を追ったものの、授業が始まってしまうのでこれ以上の情報は得られないだろうと判断した。職員室の二つある扉の内、もう一つの扉を目指して進む。
一刻も早く空港へ向かったほうがいい。
走り出す俺の背を、
「復讐なんかやめるんだぞ! 報いはもう受けたはずだ!」と、神職についている人間のような説法じみた声が追いかけて来る。
―――――報い?
誰が? 満が? 満の母親が? あるいはおじさんのことだろうか。
それは一体、誰の、何の罪に対しての報いだというのか。
もつれる足を叱咤して走る。どこかでタクシーを捕まえよう。ここから空港までは時間がかかるし、電車を乗り継いでいる暇はない。空港まで行ったところで会えない可能性の方が高い。それでもやってみる価値はある。行かないという選択肢はなかった。
どころが、靴箱で外履きに履き替えているとき。
「もう、やめなよ!」
空気を裂くような鋭い声に思考が分断された。
身を屈めたままの不自然な体勢で振り返ると、満の友人がいる。
「満を苦しめるのはやめてよ! 満のお父さんが……、酷いことしたって知っているけど……! でも、満は何も悪いことしてないよね? 満が、満が何したっていうのよ!」
そうだ。分かっている。とっくに分かっているのだ。満には、―――――満にも、おじさんにも何の罪もないってこと。
だから、伝えなくちゃ。みちに、言わなきゃならないんだ。
「放っておいてあげて!」
そのまま外に出れたら良かったのに、腕を掴まれてしまった。振り払おうと身を捩るのに案外、力が強い。
「離せ!」
「黙って行かせてあげて。もういいじゃん。もう十分苦しませたでしょ」
消え入るような声だった。さっきまでも勢いが嘘みたいに。顔を大きく歪ませて泣いている。
「お母さん、自殺したんだよ」
―――――自殺?
頭を鈍器で殴られたみたいだった。物理的に攻撃を与えられたわけでもないのに、足が力を失って頽れる。
早朝、アパートの扉に書かれた落書きを消していた小さな後ろ姿が甦った。子供の頃に見上げていた大人たちはもう、自分よりも小さい。
「これ以上、何するの?」
互いに膝をついた格好になったので、より近い位置で視線がぶつかった。
声が出なくて「あ」とか「う」とか意味不明の言葉が漏れる。
何を言えばいいかわからなかった。真っすぐに、ただただ真っすぐに向けられた非難の目を。どうやって回避すればいいのか。
「離し、て」
今度はあっさりと外れた手が、腕を滑り最後の一押しとばかりに手首の辺りをぎゅっと握って離れていく。
一度、地面に両手をついてゆらゆらとおぼつかない己の体を無理やり上にひっぱりあげる。
立ち上がったというのに、それでも今にも倒れそうだった。
「行かないでよ」という言葉を無視して、外に出ると校庭を横切って閉まっている校門の前に立つ。意を決して乗り越えると、着地したときにまた膝を打った。
ぐらぐらと揺れ続ける心と同じく、身体そのものが軸を失い、うまく歩けない。
日差しが白く視界を遮って、前すらはっきり見えない状況で、走っては歩けなくなり、立ち止っては走る。何度か転んでその度に誰かが手を差し伸べてくれるのに、優しさを受け取ることができない。
死んだ? おばさんが? 自死?
何を馬鹿なことを言っているんだと大声で怒鳴りたくなって。いや、わざわざこんな嘘を吐く理由なんてないと自ら否定して。だったらやっぱり真実なのかと満に電話しようとして連絡手段を失ったことを実感する。
とりあえずと、空港に向かって。それで彼女に会ったとして。
俺は何を言えばいい? どこから贖罪を始めればいい? もう何も取り戻せないのに。
満に真実を打ち明けたとしても、俺たちはもっと何かを失うだけだ。
「う、」嗚咽が漏れる。
両手で口を押えても、声を抑えることができなかった。
―――――遅すぎる。何もかも。
とうとう立ち止ったまま一歩も進めなくなったとき、天に向かって吠えるような絶叫が全身から溢れる。
周囲に居た人が奇異な目を向けてくるのにも気づいていたけど、どうしようもなかった。
こんなにも晴れているのに。足元はぬかるみに沈んでいく。
汚泥に呑み込まれる。息もできない。
もっと苦しいのは満だってわかっているのに。
こんな状況においても、考えるのは自分や家族のこと。
今、何か一つ選ばなきゃいけないなら。一つしか選べないのなら。
この手が掴むのは満の手じゃない。
どうして、何で、こんなことに。
あの日。幸三郎が死んだと分かったときと同じことを思う。
何で幸ちゃんが。何で俺の弟が。何で、なんで。
どうか、時間を戻して。そうしたら、あの日、あの瞬間、玄関から出て行こうとするあの子を抱きかかえて「一人で行っちゃだめだよ」と教えるのに。
神様。
どうか、お願いです。
どうか、幸ちゃんを死なせないで。
もう絶対に叶うことのない願いを頭の中で何度も何度も繰り返す。
この命を差し出したっていいのに。自分は死んだっていいと思うのに、何を捧げても幸三郎が生きている未来はやってこないし、あの子が生きている過去も存在しない。
幸三郎が生きていたなら、あのまま満と俺はただの幼馴染でいられたのに。あの街の、あの家に住んで、古くなっていく街並みを見ながら育つことができたはずだ。
だけど、俺はやっぱりヒーローにはなれなかった。
悪役を選んだ。ずっと、悪役だったんだ。ヒーローは幸三郎で、満を救えるのも幸三郎だけ。
なのに、幸三郎はもういない。
だから。
だから、君は闇に沈む。
―――――俺が、満を、闇に葬る。




