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廃洋館で笑う女  作者: 平ミノル


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最終回 新たな生命


有佳子は斧を引き摺りながらマサルの前まで歩いてくると、腰に手をあてて微笑んだ。


「やってくれたわね、マサル」


「なにがやってくれたわね、だ。お前のせいで、とんでもない目に遭ってるわ」


「ハハハハハ!」


「笑い事じゃねえよ、ちくしょう!」


「体は動かないクセによく回るクチだな」


「体も口も動かなくなったら死んでるだろうが」


マサルは荒く息を吐いた。


その時、美希の口がモゴモゴと動いているのがわかった。マサルが美希の唇をめくると、そこに妙な虫がいることを発見する。


「あっ!なんだこいつは!」


マサルは美希の口に手を突っ込んで、その黒い虫を引きずり出す。


その節くれだった黒い虫はいくつもの足をうねらせていたが、マサルはそのまま木の幹へ叩きつけた。黄緑色の体液が、マサルの服に飛んだ。


「なんだ、この気持ち悪い虫は!」


有佳子がゆっくりと近づいてくる。


「あーあ、貴重な腹中虫を殺しちゃった」


「なんだよ、腹中虫って!」


すると有佳子は悪そうな顔で笑った。


「腹中虫っていうのはね、人の腹の中に棲みつき、私の霊力によって宿主の感情を操ることが出来るもの…‥あなたたちをおびき寄せるために、美希を利用させてもらったってわけ」


「美希を使って俺たちと接触したっていうわけか!」


「正確には、熊岡たちを呼び寄せるため……かな」


マサルは荒く息を吐いた。


「だったら美希は助けてやってくれ! 俺たちと違って……こいつは本当にいいやつなんだ」


マサルは有佳子をジッと見つめる。


「フフフ、自分の女を庇うというのね。面白い。それではひとつお前にチャンスをやろう。お前か美希か……どちらか一人だけ命を救ってやろう。どうだ、お前にも生きるチャンスが巡ってきたわけだぞ」


マサルは荒く息を吐きながら、有佳子を睨みつけた。そして、ニヤリと微笑んだ。


「美希を救ってやってくれ。それ以外に俺の答えがあるかよ」


マサルはそういうと、ゆっくりと膝立ちになった。その様子を有佳子は黙って見ていた。


「よろしい。お前の頼み……確かに聞き届けたぞ!」


有佳子はそう言うと、斧を振りかぶった。


「斬ッ!」


有佳子の声が聞こえた瞬間、マサルの喉に一瞬の痛みが走った。だが、それはほんの一瞬にすぎない。本格的な痛みを感じる前に、マサルは意識を失ったからだ。


◆


翌朝、マサルは自分のベッドで目を覚ました。


天井を見つめると、見慣れた染みがある。


起き上って窓を見ると、そこには見慣れたカーテンが吊ってあった。見渡せば、どこも見慣れた自分の部屋だ。


「……夢?」


マサルは首を傾げた。


体が異様に重い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。まるで何キロも走り続けたような疲労感だった。


起き上がろうとして、手をついた。その手を見た。


爪の間に、黒いものが残っていた。


「……なんだ、これは」


思い出そうとしても、頭痛がひどくて何も思い出せない。


マサルは洗面所へ向かった。


蛇口を捻って、両手を洗った。爪の中の黒いものを慎重に取り出すと、それは動物の毛のようだった。


「なんだこの毛は?」


マサルは念入りに手を洗った後、顔をザブザブと洗った。それからタオルで顔をぬぐうと、そのまま鏡で自分の顔を見た。


鏡に映った自分は、パーマをあててはいるものの、ひどい寝癖だった。充血した目に青白い顔。そして——首筋にある赤い筋。


「……っ」


マサルは首を撫でた。プクッと膨れたミミズ腫れのような線が、首をグルリと取り囲んでいる。


洋館での記憶が、断片的に浮かんでは消えた。地下への階段。扉。牛女。有佳子の顔。


だが、その先がない。


車で事故をした後の記憶が何もなかった。


マサルはすぐに携帯電話を手に取った。そして、美希に電話をする。


何度か呼び出し音が鳴って、美希が電話に出た。


マサルは美希の声を聞いて、涙が出た。


美希はただ「マサルに会いたい」とだけ言った。


マサルはすぐに行くと言って電話を切った。


マサルは美希の家へ向かう途中、賢治にも電話を入れたが繋がらなかった。電波の届かない場所にあるか、電源が入ってないため、かかりません……という、冷たいメッセ―ジが繰り返しアナウンスされた。


賢治はその日を境に、完全に行方不明となっていた。


◆


美希が体の異変に気づいたのは、あの夜から二週間ほど後のことだった。


「妊娠しているの」


美希がマサルにそう告げると、マサルはしばらく黙って美希の顔を見つめていた。


あの夜から、マサルは変わっていた。


煙草をやめ、犯罪組織との連絡も断ち、近所のコンビニでアルバイトを始めていた。稼ぎは減ったが、夜中に怯えて目を覚ますことも、少しずつ無くなってきていた。


「……結婚しよう」


マサルがそう言うと、美希は声を上げて泣いた。


「稼ぎが少なくてもいいから……お願い……二度と受け子なんてしないで……」


マサルは美希を強く抱きしめながら、静かに泣いた。


「ああ、もうしない。絶対にしない」


あの廃洋館で何があったのか、二人とも断片的にしか覚えていなかった。だが、何かが二人を変えたことだけは、確かだった。


それから三ヶ月が経った頃、産婦人科の診察台の上で、美希は天井を見つめていた。


「では、エコーを見てみましょうね」


看護師が機械を腹部に当てた。


モニターに、小さな影が映し出される。


「……あら」


看護師の手が止まった。


「どうしました?」


美希が顔を上げた。


「いえ……」


看護師はしばらくモニターを見つめていた。


「きっと、角度の問題ね。気にしないでいいわ」


「角度? 何が見えたんですか?」


「何でもないわよ」


看護師が振り返った。


その顔を見た瞬間、美希は息を呑んだ。長い黒髪に切れ長の瞳。その女は有佳子なのだった。


「おめでとう、美希」


「有佳子! あなた!」


「フフフ、久しぶりね」


美希の顔が恐怖に歪んだ。


「あなたどうしてここへ?」


「あなたの子供がどうなったのか……見届けたくて。ほうら」


有佳子はそっとモニターへ視線を向けた。美希もつられて、モニターを見る。


すると胎児の頭部に、小さな突起が二本見えた。


「これは角なの?!……嘘でしょ!」


美希は衝撃のあまり、その場で床へ倒れ込む。


「ハハハハ! 大丈夫……この兆候はすぐにわからなくなるわ」


美希は力ない瞳で有佳子を見つめながら、唇を震わせた。


「どうして? どうしてこんなことに?」


「姐さんが死の直前、あなたの腹に魂を移したのよ。まあ、あなたは気を失っていて……何が起こったのか、何も覚えていないだろうけど」


美希の頬に涙が流れた。


「大丈夫。あなたたちが悪さをしなければ、子供は何事もなく育つはずだわ。だけどね、今度悪事を犯したら……その時は、悲しい出来事を経験することになるわね」


「有佳子……よくもそんなひどいことを……お前こそ地獄に落ちればいいのに!」


「ハハハハ……何を言ってるの? 私は地獄の番人なのよ?」


美希はその直後、意識が薄れるのを感じていた。


「まあ、あなたに余計な心配をさせない方がいいわね。面倒なことになる前に……あなたの記憶は消しておいてあげる」


有佳子は美希をベッドへ横たわらせた。そして立ち上がって美希を見下ろす。


「ゆ……か……」


美希は腕を伸ばして美希を掴もうとしたが、そのまま意識を失った。


「元気な子を産むのよ、美希」


有佳子はニヤリと笑った。



END


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