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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第4話:ここは異世界、名はアルカディア

路地裏で死にかけた誠二が、目を覚ましたのは見知らぬ天井の下――教会の一室。

穏やかな神父・ダリアに癒やされ、ここが異世界“アルカディア”だと告げられる。涙が光になる魔法「レイ・クライ」、そして自分を救った“赤頭巾の少女”の存在。

帰還手段は不明、身分の保証もなし。ならば生きるために――誠二は冒険者になる決意を固め、まずはギルドへ。胃袋を満たす朝食から、異世界の一歩目が始まる。

 ――目を覚ます。見上げた先にあったのは、見知らぬ天井だった。


 さきほど路地で浴びた、あの剥き出しの陽光はない。窓から入る光はやわらかく、部屋の埃を金の粉みたいに浮かび上がらせ、ちょうどよく床や壁を照らしている。

 背中に感じるのは石の冷たさではなく、ふわりと受け止める弾力――ベッドだ。薄手の掛け布団。指で布地をつまむと、ごく素朴な織りの手触りが返ってくる。


 上体を起こし、周囲を見回す。日本のそれとは趣きの違う内装だった。

 家具はどれも木製で、角は丸く磨り減り、年季が刻まれている。壁には蝋燭台が取り付けられているが、電灯やスイッチの類はどこにも見当たらない。昼の明るさがあるから不便はないが、夜はどうするのだろう――そんな当たり前の疑問が、ここが「別の理」で動く場所だと静かに告げる。


 そのとき、扉がきしんだ。

 ギギッ、と乾いた音。茶の髪をなでつけた男が一人、黒衣の裾を静かに揺らして立っていた。胸元には小ぶりな金の十字架が下がり、窓明かりを細く反射する。背丈は誠二よりわずかに高い――百八十ほどか。彫りの深い顔立ちが西洋人めいた印象を与え、刻まれた皺が四十代の風格を添えている。


「おや、起きられましたかな。体調はいかがでしょう」


「おはよう……ございます」


 声を交わした拍子に、路地の記憶が逆流する。掴まれ、振り回され、壁に叩きつけられ――骨が悲鳴を上げた、あの瞬間。

 慌てて自分の身体に触れる。あの痛みを刻んだはずの傷がどこにもない。夢か、と一瞬よぎるが、すぐ否定した。あの圧倒的な痛覚は、夢の再編集が生み出せる類いのものではない。現実だ――と、彼は悟る。


「あの……俺、たしか変な奴にぼこぼこにされて……血とかもヤバくて……でも、傷が、なくて」


 うまく言葉が繋がらない。男は近くの椅子に腰を下ろし、穏やかな相槌で続きを促す。その視線の温度に、誠二の胸のざわつきがゆっくり沈んだ。


「ええ、ええ。大変でしたね。ですが、もう大丈夫。あなたの傷は、私と――あなたを助けた女の子が癒やしました」


「赤い頭巾を被った、小柄なお嬢さんです。あなたを引きずってここまで運ぶと、『後は任せた』とだけ言って、風のように行ってしまわれましてね」


「赤い……頭巾」


 血の膜越しに滲んだ景色の中で、ひときわ鮮烈に残る色がある。

 緑――宝石めいた、冷たい光を宿す瞳。


「緑色の、瞳……」


「そう。とても綺麗な緑でした。彼女自身も傷を負っていたのに、制止を振り切って……。面目ないことです」


「いえ、その……あなたも助けてくれたんですよね。遅れましたが。ありがとうございます」


 誠二は慌てて頭を下げる。ベッドに腰掛けたまま、できる限り深く。男はわずかに目を丸くし、すぐ柔和な笑みに戻った。


「礼には及びません。私は神に癒しを授かった者として、なすべきをなしただけ。あなたを災厄から救ったのは、あの少女です」


 作り物ではない笑顔だった。誰かの痛みに寄り添うことが日常である人の、静かな顔。胸の奥がほどけ、抗えず涙がこぼれる。


「あ、いや……うぐ……ごべ……んなさい。こんな助けてもらっ……て」


「構いませんよ。それが私の役目です」


 男は目をそっと閉じ、短い言葉を紡ぐ。


「――レイ・クライ」


 頬から零れた涙が、宙にほどけて光の粒になった。きらきらと瞬き、空気に溶ける。

 誠二は思わず目を見開いた。現実だ。自分の涙が、小さな花火のように光へと変わっている。


「あの……これは」


「涙を光に変える魔法です。私が初めて覚えた術でもあります」


「ま……ほう?」


 短い沈黙ののち、男は姿勢を正した。


「やはり、ですね。まずは自己紹介を。私はダリア・ロースト。この国で神父を務めています。あなたのお名前は?」


田中誠二たなかせいじです」


「誠二さん。――出身は、日本国で?」


 当然のことを問われ、誠二は言葉に詰まる。日本語を話しているのだから日本人に決まっている。ならばなぜ確認を。胸の底で、嫌な予感が形を得た。


「もしかして……ここって、異世界ですか?」


 ダリアはゆっくりとうなずく。


「装いなどから見当はついていました。――改めて。日本国からの来訪者、田中誠二。ようこそ、アルカディアへ」


「アルカディア……この国の名前、ですか?」


「いえ。世界の名です。あなたがいた世界が“チキュウ”であるように」


「異世界、アルカディア……。それは分かりました。でも、どうして別世界のあなたが、日本を?」


 素朴な疑問に、ダリアは静かに答える。


「時折、訪れるのです。そちらの世界からこちらへ。多くは王や高名な魔術師に“呼ばれて”。――ここへ来たとき、近くに誰かはいませんでしたか?」


「近くに、誰か……」


 脳裏をかすめるのは、ゴリゴリマッチョな金髪のチンピラの顔だ。周囲の記憶は彼一人だけ――だとすれば。


「変なチンピラ風の男がいました。で、ぼこぼこにされました」


「ふむ、チンピラ風。……そういう装いの高名な――」


「いやいやいや! さすがにそれはないです! 見りゃ分かるタイプでした!」


 思わず素で突っ込む。ダリア――この男は、底抜けに優しいが、少し天然の気配もある。


「では、あなたを呼び出した者は誰か……」


 誠二の視線に、ダリアは困ったように眉を寄せた。


「……私にも分かりません。お力になれず、申し訳ない」


「いえ、とんでもない! 俺は助けられた身ですし!」


「そう言っていただけると救われます。――ただ、一番の問題が残っています」


 初めて、声に重みが落ちた。


「あなたの今後です。本来、来訪者は“呼び出した者”が身元を引き受けます。戸籍や身分の保証がなければ、一般の職に就くのは難しい」


 はっとする。

 ここは異世界で、帰れる保証はない。生きるには働かねばならない。だが、身分がない。


「元の世界に、帰る方法は――ありませんか?」


 ダリアは言葉を選ぶように間を置き、ゆっくり首を振る。


「現状、見つかっていません。あなた方の世界から来た賢人たちが長く探りましたが……いまだ」


 胸の底が、音を立てて沈んだ。未練が強いわけではない。だが、この世界が穏やかとは言い難いことを、さっき身をもって知った。こんな場所で、自分のようなもやしがやっていけるのか。


「じゃあ……戸籍がなくてもできる仕事は? 俺、なんでもやります」


「ないわけではありません。ですが――」


 言いにくそうに言葉が濁る。部屋の空気がわずかに重くなった。ろくな仕事ではないのだろう。

 ダリアは誠二の目をまっすぐ見て、その覚悟を測るように口を開く。


「……“冒険者”という職業は、ご存じですか?」


(――聞き覚えはある。丸一年、引きこもってネットに沈んでいた。ラノベも有名どころは読みあさった。何度となく目にした語だ)


「たしか……まだ見ぬ土地を開拓したり、悪い魔物を倒すために各地を旅する人たち。――それが、冒険者、ですよね」


「ふふ。ずいぶん大きく評価してくださる」


 誠二の神妙な面持ちに、ダリアは苦笑交じりに応じる。頬が熱くなる。


「いや、その……日本の小説だと、そういう感じで」


「笑ってしまってすみません。おおむね正しいですよ。実際は“なんでも屋”です。危険な依頼から、日常の雑務まで、幅広く。――そして危険です。私たち神父は癒しの術で彼らを支えますが……多くの生死を、見てきました」


 言葉が偽りでないことは、表情が語っていた。落ち着いた空気は、数多の最期と数多の救いに立ち会ってきた者のものだ。


 誠二は息を吸い、ダリアの瞳を真正面から捉える。


「俺、冒険者になります」


「それぐらいしかないんですよね。なら、やります」


 ダリアは短く目を伏せ、やがて頷いた。


「止めはしません。止めても、あなたを救えないでしょうから。――冒険者になるなら、冒険者ギルドへ。生活に必要な手続きを手伝ってくれます。どうか、無茶はなさらないで」


 最初に見せたあの笑顔で告げる。その瞳の奥に、薄い心配の色が灯っているのが見えた。根の優しさが、そこにあった。


 温もりが胸に広がったとき、もう一つの疑問が蘇る。赤い頭巾の少女――彼女のことだ。

 助けられたのなら、礼を言わなければならない。


「ダリアさん。さっきの、赤頭巾の子は――どこへ?」


「……すみません。素性を尋ねる間もなく、立ち去られて。ですが、この国で見ない顔でしたし、大きな鞄に、腰には短剣の柄のようなものが。――この世界で、その装いの生業は一つだけ」


「冒険者、ですね」


「ええ。ですから、ギルドへ行けば会えるかもしれません」


「それなら、すぐ――」


 勢いで立ち上がろうとして、ぐらりと視界が傾いた。膝が笑い、そのまま床に尻もちをつく。痛みはないのに、身体に力が入らない。


「こ、これって……魔法の副作用とか!?」


「いえ、空腹でしょう」


 即答。頬が熱くなる。


「昨日から眠っていましたから、胃の中は空っぽです。今はまだ九時前で、ギルドも開いていません。朝食を召し上がっていきませんか」


 羞恥を飲み込み、誠二は口を開く。


「でも、その……ご迷惑は」


「立てないでしょう?」


「うぐ」


 図星だった。


「まだお若い。遠慮はいりません。年寄りの楽しみは、若者が食べるのを見ることです。よろしければ、ご一緒に」


 ダリアは歩み寄り、手を差し伸べる。その笑顔に、嘲りの影はひとかけらもない。混じりけのない善意は、人の防壁を簡単に溶かす。


「……ありがとうございます」


 気づけば、誠二の口から自然にその言葉がこぼれていた。

お読みいただきありがとうございます!

今回は「目覚め→状況説明→決意」の三点セットで、誠二の立ち位置と路線を固めました。ダリアは“支える大人”ポジ、赤頭巾は“動かす謎”ポジでしばらく牽引します。


次回は――

冒険者ギルドでの登録、世界の常識講座、そして赤頭巾の足取りへ。

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