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赤ずきんのヴェンデッタ 〜ギフト未所持の最弱転移者、赤ずきんの少女に拾われて人生リスタート〜  作者: まぴ56


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第1話:赤頭巾の少女

開店前の冒険者ギルドに、赤黒い頭巾の少女が現れる。

彼女は新聞の切り抜き一枚を手に、「勇者」を探している――それが物語の始まりです。

 赤ずきんの少女の前に立つのは、一人の女の影――否、この世ならざる《悪魔》の影だった。


 夜気は血と焦げた土の匂いを含んで重く淀み、砕け散った瓦礫と黒く焼けた樹々が、戦場であることを雄弁に物語っている。月は雲にかすれ、薄い光だけが、地に伏した魔族たちの屍を銀色に照らし出していた。


 その静まり返った荒野のただ中に、その影だけが、異様なまでの存在感を持って立っている。


 側頭部から伸びているのは、悪魔族によく見られる山羊の角などではない。夜空の光を受けて鈍く輝く、金色の羊のラムホーン。螺旋を描きながら後ろへと巻いたそれは、王冠のように気高く、その姿をひと目で「特別」にしていた。


 膝まで届く純白の柔らかな長髪が、焦げた風にふわりとたなびく。汚れひとつ知らない雪のような髪色は、彼女の浅く焼けた褐色の肌をいっそう際立たせていた。

 その肌を包むのは、黒を基調とした重厚な装束――ドレスと鎧の中間のような衣だ。深い闇を思わせる黒布の上に、金線の刺繍が細く走り、胸元から裾へと流れる文様が、まるで呪いの詠唱を視覚化したかのように妖しく輝く。


 顔を上げた彼女の瞳に灯っているのは、溶けた金属をそのまま流し込んだような金色の光だった。その双眸が、少女に迫る魔族たちをひとり残らずなぞるように見据える。視線が一度通り過ぎるたびに、魔族たちの喉がひくりと鳴り、唾を飲み込む音だけが妙に大きく響いた。


 彼女(かれ)はただ、そこに立っているだけだった。

 剣を構えるでもなく、腕を振り上げるでもない。ただ、背筋を伸ばし、風に髪とマントを遊ばせながら、静かにそこに立っているだけ。


 ――それだけで、十分だった。


 異様さと威圧感が空気ごと押しつぶすかのように周囲へと広がり、足元の土が軋む錯覚すら覚える。赤ずきんの少女も、魔族たちも、誰もが脚を震わせ、次の一歩を踏み出すことができなくなっていた。


 そう。これが、魔王である。


 本来、魔王に「名」など必要なかった。

 世界にただひとり、頂点に君臨する存在。指を一本動かすだけで軍勢が跪き、名を呼ぶ前にすべてがひれ伏すべき存在に、わざわざ呼び名を与える必要などないはずだった。


 ――だが、この魔王だけは違う。


 魔王という称号は、本来この一人のためだけに用意された名。

 その、もうひとつの名前は《マガヒツジ》。

 そして今は――


 ――田中誠二。


 「……おい、魔王」


 低く漏れた声が、焦げた空気を震わせた。


 そこに立つ“魔王”は、一人だった。

 金色の羊角、褐色の肌、金の眼光。誰が見ても、人ならざる王の姿。

 だが、その肉体の奥――胸の奥深くにうずくまっているのは、かつてただの凡人だった少年、田中誠二の意識だった。


 魔王の喉から、ぽつり、ぽつりと言葉が零れ始める。


「……聞こえてんだろ。お前の力を、貸せ」


 それは誰か外側の存在に向けた呼びかけではない。

 自分と融合した“何か”――得体の知れない魔王の本質に、誠二はあえて二人称で噛みつくように言葉をぶつけている。


「俺が……お前を……“唯一の魔王”だってことを、こいつらに証明してやる」


 金色の瞳がぎらりと細められる。

 その視線は、外の敵と、自分の内側に棲む魔王、その両方を射抜いていた。

 ゆっくりと、彼女(かれ)は手を天へと掲げる。


 柔らかな振袖のような袖が、風を切ってふわりと舞い上がる。指先が夜空を指し示した、その瞬間――空気の温度が、ひたりと変わった。


 ぞわり、と。


 肌の上を何かが這い上がってくるような悪寒が、戦場を覆い尽くす。

 次の瞬間、辺り一帯の天が、影で塗りつぶされた。


 見上げれば、そこには。


 幾重もの層を成して夜空へと広がり、地平線の果てまでを埋め尽くすほどの、巨大な深紅の魔法陣が浮かんでいた。複雑に組み合わされた紋様が、血のような赤と、魔王の瞳と同じ金の光を脈動させながら、世界そのものに呪いを刻みつけていく。


 赤ずきんの少女は、息を呑むことすら忘れて、その光景に見入っていた。

 魔族たちは、恐怖で悲鳴を上げることさえできない。ただ、膝から崩れ落ち、空を見上げたまま震えるしかなかった。


 ――これは。


 俺、田中誠二の「魔王」としての物語が幕を開ける、ほんの少し前。

 世界がまだ、この魔王の真の名を知らなかった頃の――刹那にも満たない、短い前日譚である。




 ――ギギ、と。


 立て付けの悪い木の扉が、不吉な擦過音を吐いて開いた。

 午前九時。冒険者ギルドはまだ看板を裏返したまま、店内には開店前の気配だけが漂っている。

 薄闇を裂くように朝の光が差し込み、木の床に白い刃を走らせた。従業員たちは一斉に顔を上げる。


 敷居に立っていたのは、一人の少女。背は百五十に満たない。肉付きは薄く、少し大きめの上衣に身を沈めているせいで、遠目には性別すら判じがたい。

 なにより目を引いたのは――血に濡れたような赤黒い頭巾だった。縁の陰から覗く双眸は鋭く、室内の一人ひとりをゆっくりとなぞる。視線が触れるたび、空気が冷え、数人が腰を抜かして木床に尻をついた。ひと目でただ者ではないと知れる客だった。


 奥から白髪の目立つ初老の男が小走りに現れ、少女の前に立つ。体格では彼の方が勝る。だが、彼女の放つ言い知れぬ圧に肩を竦め、額には冷や汗がにじんでいた。背後では、男の従業員たちが女性たちを裏へと誘導している。


「ようこそおいで下さいました、冒険者様。まことに恐れ入りますが、ただいま開店準備の最中でして……もう少々、外でお待ちいただけますでしょうか」


 男は言葉を選ぶように、ひとつずつ丁寧に紡いだ。


「ごめん。少しだけ、聞きたいことがあるの」

 頭巾の奥から響いた声は、拍子抜けするほど可愛らしかった。年相応どころか、もう少し幼い色すら帯びている。だが、その話しぶりは不思議と落ち着き、年齢を越えた冷静さを含んでいた。男の表情から強張りがほどけ、営業用の凛とした顔つきが戻る。


「お尋ね事、でございますか。どのようなご用件でしょう」


「人を探してるの。近くの……えっと、オムレツみたいな名前の小国の――」


「ロムレス国のことでしょうか」


「ええ、そこ。ロムレス」

 少女は頷き、背に負った大きめの鞄を床に下ろす。中をごそごそ探り、新聞の切り抜きを一枚取り出して男に差し出した。

「そこのギルドで聞いたら、ひと月ほど前にこの国に向かったって。あなたたちなら何か知ってるかと思って」


 切り抜きには、二十代前半とおぼしき男の写真。黒髪に黒い瞳。左手には青い宝石をはめ込んだ金の剣。いかにも優男といった面差しで、横には大きく見出しが踊っている――〈アイギス国の勇者、ついに魔王軍幹部を一体撃破〉。


 男は写真を覗き込み、目を見開いた。

「ええ、もちろん存じ上げております。アイギスの勇者様――魔王討伐のためご尽力なさっている、お方ですから」


 その一言に、赤頭巾の下で少女の眉間にわずかな皺が寄った。奥歯で苦味を噛むような表情が一瞬だけ浮かぶ。声色も、かすかに震えた。


「そう。ならよかったわ。それで――彼、今もここにいるのかしら。そこを知りたいの」


「お探しでしたか。残念ながら……勇者様は半月ほど前にこの国を訪れ、ギルドにもお顔を出されましたが、すぐに発たれてしまいまして」


「……わかった。ありがとう。どこへ向かったか、見当は?」


「どこだったか……申し訳ございません、近頃どうにも物忘れが」


 少女の視線がわずかに細くなる。男の目、口元、喉仏の動き、指先の揺れ――嘘の匂いを探るように、静かに観察する。

(嘘は――ついてない)


 結論を得ると、少女はふっと残念そうに目を伏せ、すぐに表情を無地へと戻した。

「そう。なら、仕方ないわ。情報提供に感謝するわ。失礼する」


「お、お嬢さん、少々お待ちを」


 扉へ向きかけた肩が止まり、少女は半身だけを戻す。

「なに」


「実は近くの湿地帯に、魔王軍の……基地のようなものが築かれているらしく。このまま放置すれば規模が拡大し、いずれは戦を仕掛けられるのではないかと――皆、気が気でないのです。先ほどから従業員が怯えていたのも、そのせいで」


「ああ。さっきの、あれね」

 少女は短く相槌を打つ。


「いつ誰が――いえ、いつ魔物どもがあの扉を蹴破るか。そう思うと、時間の問題でして」


 少女は目を閉じ、低く唸るように一拍置いた。やがて薄く目を開く。

「ごめん。それは無理、かな。勘違いしてるようだけど、私はそんなに強くない。使える魔法も、ほとんどが支援ばかり。……というか、私みたいなのに頼らなきゃならないほど、この国の戦力は枯れてるの? そうは見えないけど」


「実は――」


「ちょっと待って。その話、長くなる?」


「ええ……その、まあ」


 二人の間に短い沈黙が落ちる。男の顔からは先ほどの凛々しさが消え、迷子の犬のような困り顔が固まった。少女は露骨に嫌そうな顔をして、そして、深くひとつ溜息を吐く。


「今は準備中なんでしょう。他の職員さんや会員に迷惑はかけたくない。朝ごはんを食べたあと、開店してからもう一度来るわ。そのとき、話を聞いて判断する」


「よろしいのですか!」

 男の目にぱっと光が差し、口角が上がる。表情が一気に明るくなった。


「込み入った事情があるんでしょう。聞いたうえで、決める」


「ありがとうございます!」


 礼の言葉に応えず、少女は踵を返して歩き出す。裏口の陰からこちらを窺う職員たちの視線を背に受けながら、扉へ。

 ぎい、と木戸が鳴き、少女の姿が朝の光の外へ溶ける。瞬間――バタン、と大きな音を立てて、扉は勢いよく閉じた。

舞台と人物を最小限の情報で提示し、次章への導線(湿地帯の基地)だけを置きました。

次回は、この物語の主人公が明らかになります。続きをお楽しみに。

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