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第14話:残火

 


 ◆



 灼熱の溶岩に沈む竜王ドラグノアの姿が掻き消えた時、戦場に残ったのは耳をつんざく轟音と、焼けただれるような熱気、そして――深い沈黙だった。


 セリーナは荒い呼吸を繰り返し、胸元を押さえながら膝をついた。

 リオネルも剣を地に突き立て、支えにしなければ立っていられないほどに消耗していた。

 カイゼルですら、額から血を垂らしながら虚空を睨み、長く息を吐いていた。


 ――終わったのだ。


 絶対の炎で支配した竜王の時代が。

 誰もが恐れ、抗うことさえできなかった圧政の鎖が。


 だが勝利の実感よりも先に、全身を覆うのはただ痛みと疲労だった。

 心臓は軋み、肺は焼ける。勝ったという実感は遠く、ただ「生き延びた」という安堵だけがあった。


 その足取りは重く、三人はふらつきながら村へと戻っていった。


 ◆



 街に入ると、ざわめきが広がった。

 村人たちの顔は恐怖と期待に揺れていた。竜王が討たれたと、本当に信じていいのか――。


 その中で、最初に駆け出したのは小さな影だった。


「セリーナお姉ちゃんっ!! リオネルお兄ちゃんっ!!」


 甲高い声が響き、ルゥナが人混みを掻き分けるようにして飛び出してきた。

 まだ幼い竜の少女――かつて瓦礫の陰で震えていたあの子だ。


 彼女の小さな腕が、煤と血にまみれたセリーナのドレスへしがみつく。

 その瞬間、セリーナの胸に押し込めていた感情が堰を切ったようにあふれた。


「ルゥナ……無事で、良かったですわ……」


 彼女は震える指でルゥナの髪を撫でた。

 ルゥナもまた、涙で顔を濡らしながら首を振る。


「お姉ちゃん達こそ……ひどい傷……死んじゃうかと思ったの……っ」


 その声は幼いが、真実を突いていた。

 セリーナもリオネルも、血と焦げに覆われていた。ほんの少しでも状況が違えば、戻れなかっただろう。


 リオネルはそんな二人を横目に、ぎこちなく笑った。


「……心配かけたな。だが、こうして帰ってきた……それで十分だろう」


 ルゥナは涙で濡れた顔を上げ、そして徐に、二人の隣に立つカイゼルを見た。

 そして、目を丸くして叫んだ。


「――あっ! いつもごはんをくれるお兄ちゃん!」


 村人たちの間にざわめきが走る。

 ルゥナの言葉が意味するところを、皆が理解していた。


 飢えた子どもたちに密かに食料を届け、命を助け、つないでいた「誰か」がいた。

 その正体が、いま竜王を討った勇士のひとり――カイゼルだった。


 ルゥナは無邪気に笑い、彼の手を握った。


「ありがとう……お兄ちゃんがいたから、わたし、生きてるよ。セリーナお姉ちゃん達が来てくれたから、お母さんが居なくても、頑張ろうって……思った」


 その言葉に、カイゼルは一瞬言葉を失った。


「……感謝される義理はねぇよ。俺は竜王ドラグノアの息子だ。お前たちを苦しめた圧政の責任は、息子である俺にもある」


 その告白に、村人たちはどよめいた。

 だが誰も罵倒の声を上げなかった。ルゥナが、怯えるどころかその手を強く握りしめていたからだ。


「違うよ……! お兄ちゃんは助けてくれた! 怖い竜王さまみたいに、わたし達を捨てたりしなかった!」


 幼い声に後押しされ、沈黙していた村人の中から声が漏れる。


「……その通りだ」

「息子だろうと……我らに希望をもたらしてくれた」

「ここに貴方を拒絶する者など、ありはしない」


 その声は次第に広がり、やがて村全体を包み込む。


 カイゼルは天を仰ぎ、唇を噛んだ。

 竜王の息子という、その血の重さを痛いほど感じながらも、彼は深く頷いた。


「……俺がこの街を背負う。俺が責任を持って、お前たちを二度と飢えさせない。……絶対にだ」


 その誓いの声は、戦いで荒れ果てた街に初めて灯った、確かな未来の約束だった。


 ルゥナは満面の笑みを浮かべ、涙の跡をぬぐった。


「うん! お兄ちゃんを信じる!」


 その笑顔に、セリーナもまた強く頷いた。

 彼女の腕の中で、確かに「未来」が息づいているのを感じていた。

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