第27話 初心に返って
「リーリエ、お偉いさん方のゴタゴタにお前が巻き込まれなきゃいけない道理はない。いっその事皆で侯爵領を出て他国に身を寄せるか? お前ならどこでもやっていけるだろう」
「うーん……」
お父さんはそう言うが正直私は迷っていた。
この町に引っ越してから随分と経つ。
私はこの町で仕立ててきた衣服を通して多くの友人ができた。
今まで築いてきた絆を全部投げ捨てて他所に移るなんてとても考えられない。
かといって他に良い案も思いつかない。
いつまでも悩み続けている私にお父さんは優しく微笑みながら言った。
「まあ俺達外野にできるのは好き勝手に意見を言う事だけだ。お前のやりたいようにしなさい」
「私のやりたい事……」
全ての責任を自分に丸投げされたとも受け取れるが結局のところそこに落ち着く。
椅子に深く座って腕を組み頭を捻って考える。
自分の選択ひとつでここの町に住む多くの住民の未来が決定するのだ。
プレッシャーに押し潰されそうになる。
ここは初心に返って頭の中を空っぽにして純粋に私がやりたい事を考え直してみる。
「私がやりたい事は……コスプレかな?」
……。
違う、そういう事じゃない。
もっとまじめに考えないと。
「……いや、ちょっと待って」
私の脳裏に一筋の光が差し込んできた気がした。
そうだ、私が本当にやりたい事はコスプレだ。
「どうせやるなら女神様のコスプレ……かなあ」
女神クロウスの姿は多くの絵画や彫刻で目にしている。
その衣服はこの世界の人々が着ていたジャージのような味気ない物とは一線を画しており、まるで古代ギリシャの女神達が身に着けているような神々しさを感じさせるペプロスと呼ばれる物だ。
身近にこの様なサンプルがあるにも関わらずこの世界でファッション文化が根付かなかったのはひとえに女神に対する畏敬の念と教会による衣服の統制の結果だと思われる。
思い立ったが吉日。
私はスクッと椅子から立ち上がって玄関に向かって歩き出す。
「リーリエ、どこへ行くんだ?」
「買い物に行ってきます!」
「また何か思いついたな」
一度気持ちに火が付いたら誰にも止められない。
そんな私の性格を熟知しているお父さんは「やれやれ、またいつもの癖が出たか」と半ば呆れながら私を見送った。
◇◇◇◇
「リーリエ嬢、お迎えに上がりました。あっ!?」
翌日馬車で私を迎えに来たシャノンさんは私の姿を見て声を上げた。
「どうかしら。この衣装似合ってる?」
「女神様……あっ、これは失礼。つい見惚れてしまいました」
シャノンさんは頬を紅潮させて視線を逸らす。
謝る必要なんてないのに。
我ながら会心の出来であるこの衣装、むしろもっとじっくりと見て欲しいまである。
「そのお姿、リーリエ嬢のお心は定まった様ですね」
「はい。それではアルメリア侯爵の下に案内して下さい」
「ははっ」
シャノンさんは傅きながら私の手を引いて客車の中にエスコートする。
どうやら私が徹夜で仕立てたこの女神クロウスの衣装には見た物を心酔させる効果があるみたいだ。
シャノンさんですらこの反応である。
道行く人々が今の私を見たらどんな大騒ぎになるか分かったものではない。
私は念の為に客車の窓のカーテンを閉めて外から私の姿が見えない様にする。
そして馬車はアルメリア侯爵の屋敷に到着した。
客車のドアを開け私が中から出てくると私を出迎えた使用人達は皆目を見開いて恍惚の表情を浮かべている。
中には跪いて両手を合わせ拝み始める者までいる始末。
しまった、やりすぎてしまっただろうか。
前世ではイベント会場で多くのギャラリーに囲まれ、半ば冗談で「神」と言われた事はあるが本当に神様の様に扱われたのは初めての経験だ。
予想以上の反応の大きさに若干戸惑いながらもアルメリア侯爵の待つ屋敷の奥へと進む。
そこではアルメリア侯爵とドノヴァンさんが私が来るのを待っていた。
「おお、まさに女神クロウスの再来だ」
「これは美しい」
二人も他の者と同様に目を見開いて私の姿に見惚れているようだ。
その両の眼でじっくりと堪能した後でやがて我に返ったアルメリア侯爵がコホンと咳払いをして言った。
「その格好をしているという事は私に協力してくれるという認識で間違いはないかな」
諸手を挙げ満面の笑みで私を歓迎するアルメリア侯爵。
しかし私は首を横に振って答えた。
「いえ、残念ながら貴方に協力するつもりはありません」
「……それはどういう事かな?」
「私の夢はこの国、この世界のファッション文化を発展させる事です。その為に私が女神の代理として貴方を利用させて頂きます」
「むむむ、そう来たか」
「ははは、これは一本取られましたね閣下」