第26話 旗印
今思えば以前峠道でセリオス殿下に婚約破棄された事をドノヴァンさんに話した時にもその反応にどこか違和感があった。
以前王宮で私を見たという話もドノヴァンさんが王子様なら普段王宮にいるだろうし何の不思議もない。
ドノヴァンさんもドノヴァンさんだ。
そうならそうと最初から言ってくれれば良かったのに。
おかげで何も知らない私はずっと身の程を弁えずに友達のような感覚で接してしまっていたじゃないか。
「すまないリーリエ嬢。隠しているつもりはなかったのだが……」
「ははは、まさかセリオス殿下の婚約者だったリーリエ嬢が知らなかったとは傑作だ」
ドノヴァンさんとアルメリア侯爵は対照的な反応を見せるがどうやら私が今までドノヴァンさんに不敬ともいえる態度をとっていた事は不問のようだ。
もっともこれから王国からの独立を宣言しようとしているアルメリア侯爵からみれば些事に過ぎないのだろうけど。
しかしここで一つの疑問が湧く。
「ん? ちょっと待って下さい。アルメリア侯爵が王国から独立するとなると王子であるドノヴァンさんこそどうなるんですか?」
「ドノヴァン殿には我々の大義名分の旗印になって頂こうと考えています」
「ええと……つまり……」
アルメリア侯爵の話をまとめるとこうだ。
無能な第二王子セリオス殿下は人の上に立つ器ではなく、次期国王に即位する事を侯爵は認めていない。
だから聡明な第一王子であるドノヴァンさんを擁立して王国と真っ向から対立しようとしている。
相変わらずお偉いさん方は色々と考えているみたいだけど一介の町娘に過ぎない私にはついていけない話だ。
正直なところ平民である私達に被害が及ばないのなら勝手にやってくれというのが本心であるが、聖女フレミアがセリオス殿下を誑かして私を害そうとしている以上私にはアルメリア侯爵の後ろ盾は不可欠であり、この問題に我関せずという訳にはいかない。
ここはまずドノヴァンさんの意見を聞くのが得策だろう。
私とアルメリア侯爵の視線がドノヴァンさんに集まる。
「民衆の為を思えば閣下の考えも分かります。しかし旗印が必要だというのでしたら私よりも適任者がいますよ」
「適任者? そんな人いましたっけ?」
「リーリエ嬢、貴女です」
「へ? 私ですか?」
まさに寝耳に水の話だ。
しかしアルメリア侯爵はドノヴァンさんの提案がさも名案のようにうんうんと肯定しながら言う。
「なる程、確かにドノヴァン殿の言う通りリーリエ嬢の方が適任かもしれんな」
「待って下さい、どうして私なんですかドノヴァンさん」
「リーリエ嬢、ご存じの通りここコスタミア王国の人々は衣服を司る女神クロウスを信仰しています。以前大司教が貴女を現世に降臨した女神クロウスの化身だと言われた事はこの国の人なら誰もが知っています」
「うーん……」
確かに大司教様は私の事を女神クロウスの様だと言っていた。
でもあれは私を言葉巧みにおだてて舞い上がらせ教会でこき使う為の方便じゃなかったのだろうか。
いや、もし今までの私への嫌がらせがフレミアの独断で大司教様の預かり知らぬ事だったとしたらどうだろう。
教会が私たちの側についてくれれば女神クロウスを信仰する多くの民衆もこちら側についてくれるはずだ。
世論を味方につける事ができれば王室もうかつに動けなくなりアルメリア侯爵の独立もスムーズに事が進むのではないだろうか。
「……つまり私に女神様の代わりを演じろと?」
「演じなくても普段通りで結構ですよ。事実貴女は領内の人々に女神の化身として親しまれているでしょう」
「そうなんですか? 皆さん割と普通に友達感覚で接してきますけど」
「女神クロウスは気さくな神様と言われていますからね。それとも仰々しく崇め奉られた方が良かったですか?」
「冗談じゃありません! そんな事をされたら恥ずかしくて街を歩けなくなってしまいます」
「ははは」
アルメリア侯爵はこちらの気も知らずに声を上げて笑っている。
「このような重大な事今すぐ決断はできません。少し考える時間を下さい」
「君の言う通りだな。一度ゆっくり考えてみて欲しい。もし断ってくれても恨みには思わないから安心してくれ。シャノン、リーリエ嬢を送って差し上げなさい」
「ははっ」
私は馬車に乗ってトリスタンおじさんの家に戻ってきた。
「リーリエ嬢、良い返事をお待ちしていますよ。それではまた明日お迎えに上がります」
「はぁ、あまり期待しないで下さいと侯爵にお伝え下さい」
ううんと唸りながら家に戻ってきた私をお父さん達は心配そうに迎え入れる。
「どうしたんだリーリエ。侯爵の屋敷でいったい何があったんだ?」
「お父さん、実はアルメリア侯爵が王国からの独立を宣言するそうなの。私達どうなっちゃうのかな」
「何だって!? それは大変だ」




