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プロローグ

 スイロク王国への遠征が終わり、ライナナ国に戻ってきた私は、報告を果たすため城を訪れた。

 本来ならば国王から呼び出しがない限り、いかにアーク公爵家といえどもすぐに会うことはできない。だが、今回は一国の命運がかかった重要な案件ということもあって無理に時間を作ってもらった。

 二人しかいない国王の執務室にてライナナ国国王ラファエル・ライナナとアブソリュート・アークが机を挟んで向かい合った。

 

「よく無事で戻った、アブソリュート・アーク。さっそくで悪いが報告を聞かせてくれ。文書でもある程度報告を受けているが、ーー文書に残すことができないモノもあるのだろう?」

「ええ、では報告します。まずは――」

 

 そして私は詳細を語った。

 ブラックフェアリーの壊滅に加え、アンデッドになった『光の剣聖』の討伐。

 そこまでは報告書に書いてあった通りだ。そしてアブソリュートが文書に残せなかった詳細を語りだす。

 ――ブラックフェアリーの活躍の裏に帝国の闇組織、ノワール家がいたことを。

 

 ノワール家は今回の内戦を裏でコントロールしスイロク王国とブラックフェアリーを弱らせ漁夫の利を狙うべく暗躍していた。

 そして、紆余曲折あって彼女らと交戦しそれらを下した。だがそれで終わりではない。

 今回はノワール家を下せたがまた狙ってくる可能性もある。そこでスイロク王国にアーク家の闇組織を置き、実質的な縄張りとすることを決め、上層部にその協力者を作ったことを伝える。もちろん正体は伏せたままで。

 報告を終えるが国王は難しそうな表情を浮かべ私を労った。

 

「まずはよくやってくれたと感謝を述べさせてくれ、アブソリュート・アーク。お前のおかげでスイロク王国は救われた」

「いえ、仕事ですから」

「そして謝らせてくれ。お前に罪を被せてしまったことを……」

 

 これは、光の剣聖を殺したのは表面上、アブソリュート・アークになっている。おそらくそのことを言っているのだろう。

 光の剣聖が亡くなったことで、スイロク王国の民はその原因となった私を敵視した。加えて、スイロク王国の上層部も此度の王国の失態への反感を防ぐため、ヘイトコントロールのために民を止めなかった。その黙認により怒りの矛先は彼に向き、アブソリュート・アークはスイロク王国の民の……いや、スイロク王国の敵となった。

 

 ――それだけではない。

 早くも私に『剣聖殺し』の異名がついたのだ。

 助けられたはずの敵に操られた光の剣聖を殺したという話が広まり『剣聖殺し』の異名が各国に知れ渡った。ただでさえ【絶対悪】のスキルで最悪になる印象がこの異名でさらに悪くなる可能性ができたのだ。

 助けたはずが逆に貶められ目の敵にされる。本来なら怒り狂っても仕方ない所業だ。

 だが私はそれを受け入れた。

 

 そして本人はそれについてなにも後悔はしていない。

 なぜなら、もし私が動かなければ原作同様、アブソリュート・アークではなくレオーネ王女が標的となり、国民から攻撃され、彼女の心が壊れていたからだ。   どちらにしても迫害されるなら他国の人物で尚且つそれに慣れている自身がそれを引き受けた。

 怒りの矛先をぶつけるための悪役という役目をーー

 

 それにいまさら、他国の民に嫌われたとしても今と大して変わらない。そう私は感じていた。

 

(だが、国王がそれに負い目を感じているならばそこを利用し、いくつか《《お願い》》を聞いてもらおう)

 

「お言葉ですが陛下。そのように思って下さるのであれば、言葉ではなく形で示して頂きたい」

「……何を要求するつもりだ?」

 

 アーク家と王家は裏で密接につながっているがそれは国を守るという両者の方針が重なっているからであり、そこに貸し借りはなく依頼があればそれはあくまで自発的に行ったという形になり基本的に依頼に報酬などは存在しない。

 今回の件で罪悪感をもった国王はある程度なら報酬として望みをかなえるつもりでいた。

 だが、その罪悪感を利用して私はとんでもない要求を通そうとする。

 

「一つは、次期剣聖を決める『剣聖杯』の参加者に私を推薦していただきたい」

 

 剣聖杯とは数年に一度各国から選りすぐりの剣士を集め、最強の座を決める催しのことだ。参加者の中から勝ち抜いた者には今代の剣聖と戦う権利が与えられ、それに勝てば最強の剣士の称号『剣聖』の名を与えられる。

 今回は件の事件があったために、光の剣聖が亡くなったことで剣聖のポストが空いた。

 つまり、剣聖杯で優勝すれば自動で剣聖になれる。そのことから、今年はより苛烈な争いになることだろう。

 だがアブソリュートが求めているのは剣聖という名誉ではない。彼が求めているのは、優勝で貰える副賞にある。とある原作イベントに必要なアイテムであるそれを求めているのだ。

 

「それは構わない。もとから枠は空いているからな、それで他には?」

 

 これが本題だ……意を決して口を開く。

 

「ライナナ教会――アイツらを討伐する。その許可を貰いたい」

「――⁈」

 

 予想外の言葉に国王は驚き、目を見開く。

私は国王にライナナ教会がこれまで関わってきた悪事を証拠を交えながら説明していく。

 その間、国王は黙って話を聞いていた。話し終えた後も余りの衝撃に、少し間沈黙が流れる。

 前回の野外演習の件で私は確信していた。

 ライナナ教会――裏の人間を使い、野外演習では魔物の大群を解き放ち。アーク派閥並びに、レオーネ王女を殺害しようとした。

 

 原作では教会について詳細な描写もなく詳しくは知らなかった。しかし、模擬戦から演習までの私に対しての悪意。そして、ライナナ教会と闇組織との間で行われた取引をまとめた裏帳簿を私は手に入れた。

 そこで私は、とある重大な事件にライナナ教会が関わっていることを知り確信を得た。

 コイツらは潰すべきだと――。

 

(聖女や枢機卿を消せば終わる問題ではなかった。ライナナ教会はここで終わらせるべきだ)

 

 沈黙をやぶるように、国王の口から深く息が吐かれた。

 

「……お前が話したライナナ教会とは、ライナナ国で一番力のある宗教であるあの?」

「そうですね」

「……民や貴族達から支持を集めている、聖女エリザをトップとしたあの?」

「間違いないですね」

「実質国教と言っても差し支えのない、長い歴史を誇るあのライナナ教会か?」

「分かっているではないですか。まさにそれです」

 

 国王は少し頭を抱え、大きく息を吸い込み――

 

「馬鹿か貴様はっーー!頭がおかしいのか⁈」

 

 国王は怒声を上げた。

 感情を抑制する術に長け、温和な印象がある国王が怒りを見せたことに僅かに驚きつつもアブソリュートはその姿勢を崩さない。

 気持ちは理解できる。宗教は国の中枢にまで浸透しているし、国民の多くもそれに傾倒している。間違いなく大惨事になることだろう。

 

「ライナナ教会は国民の大半が信奉しているのだぞ! 貴様はライナナ国を敵に回す気かっ!」

 

 (ライナナ国を敵に回すか……)

 

 その言葉を聞いて思わず自嘲する。

 私としては、今はそのつもりはなくただ身にかかる粉を振り払って今に至った。だが奇しくも原作と同じ流れになってきているように彼は感じていた。

 思えば原作においてもアブソリュート・アークは、聖女エリザのいるライナナ教会と敵対していた。恐らくここからだろう、アブソリュートがライナナ国の敵として認識され始めたのは。

 だが原作のアブソリュートでもライナナ教会を潰すことは叶わなかった。それだけライナナ教会の力が大きく国に根付いていたのだろう。

 

 (ライナナ教会は危険だ)

 

 大量殺人を企て、闇組織と癒着し教義を捻じ曲げている。資金も支持者も組織の規模もアーク家より上だ。はたから見たらアーク家の方が間違っているのかもしれない。

 

(だが、それでも――)

 

 奴らは私たちアーク家に手を出した。

 私はアブソリュート・アークだ。

 そしてライナナ教会はアーク家を、アブソリュート・アークを敵にまわした。

 クリス、レディ、ミスト、オリアナ達を殺そうとしたそのツケは必ず払ってもらう。たとえ、どれだけ犠牲を伴ったとしてもだ。

 私は私の守るべき仲間や領地ため、そしてアブソリュート・アークとして原作に立ち向かう決意を固め国王にこう答えた。

 

「《《覚悟の上です》》」

 

 全てを敵にまわすことを覚悟した男の威圧感に、国の頂点に立ち、歴戦の戦士として経験をした国王をもってしても呑まれかかる。

 緊迫した空気が場に流れる。互いに視線は逸らさず、国王はその真意を探っている。しかし、どれだけ犠牲を払っても、必ず成し遂げる覚悟を決めた瞳に国王も本気であると悟った。

 

「……勝算はあるのか?」

 

 少し躊躇いの色も滲ませつつ、確認するかのように静かに国王が訊いた。

 

「あります。敵はコチラが証拠を握っていることに気づいているはずです。間違いなく何かしら行動を起こしてくるでしょう」

 

 ライナナ教会が大きく動く時――聖女エリザの原作イベント。

 まだ、そのイベントの条件は発生していない。しかし、チャンスがあるとしたら聖女のイベントだ――そこで決着をつける。

 

「国王並びに王族や国益を損なうようなことは致しません。国を守るためにどうか決断を……」

 

 再び国王が黙り込む。その眉間には深い皺が刻まれ、答えを慎重に選んでいるように見えた。

 

(まぁ許可が出なくてもやることになるが……)

 

 可能なら国王の後ろ盾があった方がやりやすくなる。国王を味方につけるために裏帳簿を確保したまであるからな。

 しばらく悩んだ末に国王は搾り尽くした声で答える。

 

「分かった……好きにやれ」

 

 だがーーと、言葉が続く。

 

「いざという時、我々はお前を……アーク家を切り捨てる。それを忘れるな」

 

 アブソリュートはそれを肯定するように黙って国王を見つめた。むろん、そう言われることは想定の範囲内だ。

 

「最後、お前のスイロク王国を縄張りにする判断は間違っていたとは思わない。だが、ノワール家がそれを黙って見過ごすとも思えない。――間違いなく抗争になるぞ」

「覚悟の上です。敵が誰であろうと必ず殺す」

 

 ライナナ協会にノワール家、間違いなく大きな戦いになるだろう。

 片やライナナ国において多くの信者と大きな影響力を持ち、片やアーク家以上の組織力を持つノワール家。流石に原作のアブソリュートの最後ほどではないがどちらを相手にするも圧倒的に数で負けている。

 ――だが私は絶対に負けない。

 

 数の暴力を覆すために、それをものともしない圧倒的な個を目指し研鑽をつんできた。数は少なくとも信頼できる仲間もできた。

 そして生まれたときから戦う覚悟が、理不尽を刎ねのけんとする意思が私にあった。

 何より確信もある、私は負けないと。それはこれまで努力した自身への、いや原作においてライナナ国と一人で戦い抜いたラスボスであるアブソリュート・アークが負けるわけがないという絶対的な盲信があった。

 悪党同士が戦って負けるはずがない――私を殺せるのは、勇者だけだ。

 

「分かっているならいい。これはお前の父からの報告だが、ノワール家がヴィランに接触した。ヴィラン次第ではすぐに抗争になるから心の準備はしておけ」

 

 新たな火種の予感を感じながら報告終え、私は執務室を後にした。



 城から出るために廊下を歩く。

 国王に報告を終えたことで、漸く今回のイベントが終わったと感じる。肩の荷がなくなり足取りはとても軽かった。

 暫くはノワール家の対応に注意をさく必要があるが、そこは自分だけでなく現当主であり、百戦錬磨の悪の支配者ヴィラン・アークがついている。彼が存命な分、原作よりも遥かに力があるのが今のアーク家だ。それを加味しても決して悪いようにはならない筈だ。

 

「ノワール家当主カラミティ・ノワールか……。一度会ってみるのもいいかもな」

 

 カラミティ・ノワールは原作にも出てきたキャラクターだが、話のメインとして活躍していたのは娘のヒィルだった。

 彼女については原作以上のことは知らない。それ故、これから戦うであろう彼女を知っておくのは悪いことではないと考えていた。

 原作でヒィルはライナナ王立学園と彼女が通う帝国軍養成学園での交流イベントでの悪役として登場した。

 だが、カラミティは原作ではアーク家に並ぶ危険な組織の長としてヒィルの回想の時に僅かに登場した程度であまり人となりについては分からなかった。

 故に対面することについては前向きに捉えていた。

 

 そう考えながら歩いていると奥から誰かがこちらに歩いてきた。

身分の差を表すように纏った上質な純白のドレス、パーマがかかっているかのようにはねっけの強いオレンジ色の長髪。目元にはドレスと同じ白のアイヴェールを付け、錫杖をつきながら歩いている少女。

 

「……ハニエル」

「おや? その声はアブソリュート・アークではありませんか。随分と久しいですね」

 

 目の前に現れたのはアブソリュートを目の敵にしているミカエルの妹。

 そして現在のライナナ国王位継承権第一位――ハニエル・ライナナだった。

 会いたくなかった人物との思いがけない遭遇に思わず顔を顰めてしまう。

 ハニエル・ライナナーー彼女は頭の良さならミカエルよりも上だ。施設にいる孤児への支援や未開の領地の開拓。また、地方の特産品開発など多くの実績を上げている傑物だ。

 そして私の婚約者候補として名が上がっていた人物である。まぁ、それは私とハニエルの両者が拒絶したため話はなかったことになったが……。そんなことがあったからか、彼女の方から距離をとっていたふしがあり、顔を合わすのは随分と久しぶりではあった。

 

「…………」

「ふふっ、そんなに嫌そうな顔をなさらないでください。取って食うわけではないのですから」

「私がどんな表情をしているか見えていないだろう」

 

 彼女は生まれつき目が見えない。

 その致命的な弱点故に、才女であり政に対しても有能性があるが、王位継承権第一位なった今でさえ王位継承権を既に失ったミカエルを推す声の方がはるかに多い。

 

「ええ、見えませんね。ですがなんとなく雰囲気で分かります。貴方は私をあまりよく思ってないようですから」

 

 嫌味も含めて言ったが、ハニエルはそれをクスクスと笑って答えた。

 そう、私はあまりハニエルをよく思っていない。

 その理由はいくつかあるが、一つは国王がハニエルと自分を婚姻させようと奔走していたこと。他にも、王族という将来の潜在的な敵であるという事もあるが、一番の理由は――

 

「私は貴方に感謝しているのですよ? 貴方があの愚兄から王位継承権を奪って私に渡したことを。おかげで私がライナナ国を支配できます」


 彼女の腹の真っ黒さにある。

 普段は猫をかぶり、か弱い少女を演じているが彼女の本質は支配者。

 生まれつき目が見えない不自由な身ゆえ、生来の高いプライドを抑圧してきた過去と王族という強権を有する故の全能感が生み出した怪物。それがハニエル・ライナナの正体だ。

 

「ふふっ、お礼に私が王位に就いた暁には懐刀としてこき使ってあげますね♪」

「断る。貴様の奴隷など死んでもごめんだ」

「あらあら、それは残念。私のような天使に仕えることが出来るのは誉れと思ったのですが」

「知っているか? 中には世界を滅ぼす天使もいるらしいぞ」

 

 見た目だけなら確かに天使と言っても過言ではないだろう、だがこうも言うことができる。転生前の知識ではヨハネの黙示録にて世界を滅ぼすとされるのも天使なのだ。彼女がアブソリュートにとっての天使にならないことを祈るばかりだ。

 くつくつと笑いながら彼女がある話を切り出す。

 

「ふふ、そういえば知っていますか?」

 

 それは私がライナナ国を離れる際、もっとも懸念していたこと。

 

「私の愚兄であるミカエルが、貴方の不在中にアーク派閥に攻撃を仕掛けたそうですよ」

「なんだと?」

 

 それは私がいない間に派閥の者に危害を加えられることだ。

 アーク派閥には爵位が低い貴族が多いために、私以外の者は爵位が高い他派閥に強く出れない。加えてアーク派閥には法律違反すれすれな商売や性を売りにする娼館や合法だがイメージの悪い奴隷商をしている者がいる。 なにより闇組織と繋がっている、もしくはそれに所属しているものがほとんどであり高潔を好む貴族からはそれを貴族の面汚しと批判する者が多かった。

 そして、嫌われ者である私に嫌がらせをするなら絶好の機会だ。 

 そしてそれを奴は見逃さない。

 

「当然ですよね……貴方がいない隙を、陰湿で性格が破綻しているミカエルが放っておくはずがありません」

 

 私は二週間近くライナナ国を離れていた……何かしでかすのに十分な時間を与えてしまったことになる。

 

「さて、貴方がいない間にアーク派閥はどうなってしまったでしょうね。気になりませんか?」

 

 意地の悪い微笑を浮かべるハニエル。

 恐らく私が絶望しているところでも想像しているのだろう。

 

(本当に性根の腐った奴だ)

 

「あまりアイツらを舐めるな。私がいなくなった程度で崩壊するような奴らではない」

 

 そもそも少し私が休んだくらいでそこまで強硬策にでるだろうか? 戻ったら間違いなくあらゆる手を使って報復するぞ。アーク公爵家はライナナ国の裏を支配していることはミカエルどころか取り巻きの上位貴族も知っている筈だ。

 《《私が不祥事を起こしてもう学園に来ないなら分かるが》》、たかが少し休んだくらいでそんなパンドラの箱をつつくような真似はしないだろう。

 

「? 相手はミカエル……腐っても王族ですよ。果たして下位貴族しかいないアーク派閥で相手にできるものですかね」

 

 できても問題にならないくらいの嫌がらせくらいだろう。

 軽い揺さぶりくらいなら大丈夫なはずだ。

 

「私の派閥だぞ? 負けるものか」

 

 そう言い残し私はその場を後にする。ハニエルは何も言ってはこなかった。

 去り際に心配するような顔をしていたのが目に入る。

 もしかしてかなり不味いのか?

 えっ……大丈夫だよね? お前ら? 私がいない間に潰れてたりしていないよね?





 アブソリュートと別れた後、ハニエルは父の国王の元へ訪れた。

 

「お待たせしました。お父様」

「いや、待っていたよハニエル。では始めようか」

「はい」

「今回はアーク公爵家の役割とその周りの貴族についてだ。まずはーー」

 

 私達が行っているのは引き継ぎに近い作業だ。

 国王は絶対的な権力者であり、国の方針を決めることのできる唯一の存在だ。それ故、仕事は膨大になり父も四苦八苦している。しかし、聞いている限りそれは必要以上に仕事をかかえ込みすぎているためだ。私の代では割り振りをしっかりしていこうと思う。

 本来なら業務をまとめた資料を見ることで事足りるが、私は目が見えないので口頭で説明してもらいながら確認をしていく。一言一句聞き漏らさずたまに質問を交えながら進めていった。

 

 なるほど……信頼のできるアーク公爵家に全ての闇組織を管理してもらい犯罪率を下げる。代わりにアーク公爵家は闇組織で得た戦力と資金を得て国王はそれを黙認する。悪くない方法ではあると思います。

 ですがーー。

 

「あまりにも危険ではないですか? いくら長年国益の為に尽くしてくれているとしても代が変われば考えが変わることもあるはずです。もしかしたら暴走して内側から食い破ろうとする者も現れるかもしれもせん。忠臣とはいえ何の対策もなく一貴族に力を集めるのはリスクが高いように感じますね」

「それは問題ない。なぜならーー」


 私は父の答えを聞き納得する

 ああ、なるほど……《《内通者がいるのですね》》。

 アーク公爵家が怪しい素振りを見せればいつでも首を斬れるようにしている。長年内通者を潜ませて証拠を握っているのですね。だから安心してアーク公爵家を利用できるというわけですか。しかもかなり昔から潜んでいるためにその存在が明るみに出ることはまずない。対策をしているなら問題ないですね。利用できるなら何でも使いますがいざという時がありますから。

 

 あと、流石に他国の闇組織などの為に国防の一部まで任せるのは頂けませんね。

 裏の事情に通じているから適任ではありますが、彼らがいなくなった時のことを想定していません。私が国王になったらそこも考えないとですね。

――《《来るべき日の為に》》。

 その後引継ぎは数時間にもわたり続きようやく終わりを迎える。

ある程度作業が終わりを迎えたところで国王から質問が投げられた。

 

「そういえばアブソリュート・アークとの婚約を考えてくれたかい?」

 

 父が聞いてきたのは私の婚約問題についてだった。

 顔には出さないが内心辟易としてしまう。

 父は以前、なにかと私とアブソリュートをくっつけようと画策していた。まぁ、全て私とアブソリュートによってご破産になったわけだが……。

 

「アブソリュートはスキルさえなければ将来性もある文句のない男だと思うが?」

「将来性がある……ですか。確かにそうですね、同年代ではトップクラスの実力と将来性を持っているでしょう。ライナナ国の将来は明るいですね。まぁ、《《それを発揮できる未来が彼にあれば》》の話ですが……」

 

 何故私がアブソリュートとの婚約を断ったのか、それは私のスキルが関係している。

 私には【予知】のスキルがある。

 【予知】は未来の一部を見ることができる。同じ人間に使用するのに長いインターバルは必要だが予知は今のところ百発百中という高い精度を誇っており、そこで見た未来はどんなに変えようとしても確実に実現してしまう。

 そこでハニエルは見てしまったのだ。

 アブソリュート・アークの未来を――。

 

 アブソリュートとの婚約を仄めかされた際、私は【予知】を使ってアブソリュートのことを知ることにした。

 悪評の強い彼に嫁いで、私は本当に大丈夫なのかどうしても裏取りがしたかったのだ。

 だがそこで私が見たものは想像を絶するものだった。

 見えたのは燃えさかる戦場。

 それもただの小競り合いなどではなく、まるで『大戦』と思うほどの苛烈さと規模だった。

 

 焼けた平原が埋まるほどに転がる、数えきれないほどの死体の山。

 墓標のように突き刺さった剣に血の臭いを運ぶ不愉快な風。

 まるで人類の終焉を迎えたような光景に思わずえずいてしまうほどだった。

 それらをもってしてなお、地平線のその奥まで埋め尽くす兵士や騎士の姿。そしてそれらが膨大な戦力を持って滅さんとする男――アブソリュート・アークの姿だった。


 私は驚愕した。

 戦争が起きることもそうだが、その相手が婚約者候補であるアブソリュート・アークなのだから。

 恐らく彼は、いやアーク公爵家は潰される運命にあるのだろう。

 だが不審なことがある。

 それは何故彼は《《たった一人》》で戦っているのか――。

 アーク公爵家の部下はどうしたのか?

 あのヴィラン・アークがたった一人で戦場に行くことを良しとするだろうか?

 分からない……。

 あまりにも情報が少なすぎる。

 だがそんな困惑の中でも私はアブソリュート・アークに目が離せなくなっていた。

 

 彼は懸命に戦っていた。

 仮に彼がライナナ国に弓を引いてこの大戦が行われたとしても、どれだけ兵力差があっても引かないその姿は気高く美しいものがあった。

 だが膨大な数の兵士達を前にしても引かず立ち向かうその姿に惹かれるものはあるものの、それに続くものがいない寂しい背中は何故か小さく見えた。

 

 ――何故彼は戦うのだろうか?

 ――守る者も仲間もいない貴方を何がそうさせてしまうのだろうか?

 ――貴方がどれだけ派閥を大切にしているかは知らないが、その結果がこれだ。最後には皆アブソリュートを裏切るのだ。

 ――だから私は、兄がアーク派閥を攻撃していることを知っても静観した。どうせアブソリュートを裏切る奴らなのだからと。

 

 アブソリュートはよく戦った。数十万を超える相手に善戦するまでに。

 だがある四人組が現れたことで戦況がガラリと変わる。

 その四人組が現れた途端にアブソリュートが僅かに押され始めたのだ。

 あの大軍を相手に渡り合ったアブソリュートを相手に戦う四人組。戦いは混戦を極めた。

 そんな戦いの最中――戦場が突如純白に包まれる。

 まるで爆発のように眩く発光するそれは瞬く間に戦場を包み込んだのだ。

 視界が晴れてその目に映ったのは、膝をつくアブソリュートと彼に剣を突きつける一人の男。

 

(ああ、勝負がついた……)


 そう思ったと同時にようやく四人組の正体に当たりがついた。

 うち二人はどこかで見たような気もするが一人はライナナ国では有名なあの方。

 そしてもう一人は――。

 ライナナ国が持つ秘密兵器にして未来の英雄。

 『勇者』アルトの姿だった。

 未来はそこで終わりを迎える。

 続きは見えないのは、つまりそういうことなのだろう。

 

 私は知ってしまったのだ。

 アブソリュート・アークの末路を。


 父に予知の内容も踏まえそう伝えようとしたが、流石にいつ起こるかも分からないこんな荒唐無稽な話は予知ありきといえど信じてもらえるはずが無かったので予兆を掴むまでは泳がせておくことにした。

 そしてこの結末が見えてから私は彼を突き放すように距離をとり嫌な奴に徹した。彼には悪いですがどうして悲惨な末路を迎える彼とお近づきになれようか。傷つくのが分かっているのに婚約者になれるはずがない。

 

「私は早々に未亡人になる気はありませんから」

 

 だから大切な人になる前に彼から距離を取った。

 




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書籍第三巻の予約が始まりました!

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是非フォローをよろしくお願い申し上げます。

@Masakorin _

 

 


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akuyaku  書籍第三巻予約開始です。発売日は1月31日です。  よろしくお願いいたします。 akuyaku  夏野うみ先生が描くコミカライズ版第2巻発売中です。 コミカライズ化されたアブソリュートを是非見て下さい!   
― 新着の感想 ―
今さらだけど《《》》の意味が良く分からない これは強調でいいのか? こんな表記してるの初めて見る
腹黒は演技でアブソリュートのことが気になってると(^^)
メタ視点だと元のストーリーを予知してるだけだし どの道ライナナは滅ぶか
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