エピローグ
スイロク王国国境。
世界最高峰の実力者同士の戦いは熾烈を極めていた。
「『黒炎斬』!」
「死者の世界――『鳥葬』」
ヴィランが剣に黒炎を纏いそれをカラミティ・ノワールに放つ。だが、彼女は大量の鳥の死体を固有魔法で操りヴィランの黒炎を相殺され爆風が両者を包み込む。
だが爆風で一瞬視界が潰された刹那さえ、カラミティ・ノワールは手を休めない。
「死者の世界――『土葬』」
ヴィランの足元から大量の帝国軍の死体が地面を突き破り彼に襲い掛かる。地面から飛び出る際に見せる大量の腕はまるでアブソリュートのダークホールのようだった。
全方位から帝国軍の死体が次々とヴィランに襲いかかり死体の山に埋もれてしまう。
だが――
「この程度――舐めるなぁぁぁぁぁ!」
ヴィランは己ごと死体を焼き尽くさんとばかりに黒炎を発生させ死体の山を焼き尽くす。
その様相はまるで集団火葬の中ではかる焼身自殺のようだった。
そんな時一つの影が黒炎から飛び出した。
――ヴィラン・アークだ。
その身を焼きながら――
張り付く死体を引き摺りながら――
豪炎と死体で入り乱れる地獄から舞い戻ってきたのだ。
その姿はまさに"狂人"。
焼かれる己の身など気になどせず、ただ目の前の女を殺す事に囚われた狂人がそこにはいた。
「相変わらず大胆ね」
「死ねぇぇぇぇぇえええ――‼︎」
未だに付き纏う死体を振り払いヴィランはカラミティ・ノワールに向かって特攻する。
カラミティ・ノワールが死体を仕向けるもそんなの眼中にないと言わんばかりにそれらを避け彼女との距離を詰める。
残り数メートルとなった二人の距離。
その瞬間――ヴィランの視界からカラミティ・ノワールは消えた。
いや、正確には移動したのだ。
カラミティ・ノワールから20メートルは離れた場所にヴィランはいた。
ヴィランは己の邪魔をした犯人に目星をつけ忌々しそうにその名を呟く。
「貴様――ネクロか」
「お久しぶりですね――ヴィラン・アーク。十五年前の抗争以来ですか」
戦場に焼け焦げたヒィルを脇に抱えた執事がカラミティ・ノワールの元に現れ、2人の闘いに介入したのだ。
二対一になるかと思われたカラミティ・ノワール、そしてヴィラン・アークの戦闘――だが決着はつかずのまま終了することになった。
終了の決め手となったのは任務を任せていたはずの娘が、ボロボロの姿でお目付け役の執事に脇に抱えられて現れたことで任務失敗を悟ったからだ。
カラミティ・ノワールはこれ以上ここに留まる理由を失ったのだ。
対するヴィラン・アークもカラミティ・ノワールに戦意がなくなったことが分かるとあっさり剣を収めた。
彼女を相手にこれ以上無意味な戦闘は御免だと思ったからだ。
「申し訳ありません御当主様。あの者を捕らえることができませんでした」
深々と頭を下げ謝罪する執事。
だが、彼女は焼け爛れたヒィルを撫でながら特に気にした様子もなく聞いていた。
「あらあら、丸焼けね。失敗は別に構わないけど詳しく聞かせて頂戴な」
「畏まりました」
「ということだから私は帰るわね」
「行くなら行け。そして二度とその面を見せるな」
行くなら行けとヴィランは追うことはしなかった。
そんな時彼女は意味深な言葉を言い残す。
「クフッ、いいえまたすぐに会うことになるわ。貴方にも《《息子》》の方にもね」
「――《《死ね》》」
去り際の言葉をきっかけに斬撃を飛ばすヴィラン。
ヴィランの斬撃がカラミティ・ノワールを捕らえ、彼女の首が切り飛ばされた。切り飛ばされた首が地面に落ちゴロリと転がる。
頭と胴体が切り離され、誰がどう見ても即死の一撃だ。
だが――
「あはははははは、ははははは、ははははははは‼︎」
首が落ちてもなお彼女は笑い続けていた。
その異様な光景に遠目から見ていたヴィランの部下達は恐怖を感じる。改めて目の前にいる女が人外の化け物だと理解した。
カラミティ・ノワール――死を司る悪女。彼女の身体は人間とかけ離れており、首を飛ばされた程度では死なない。
生きながらにして死んでいる。
人間でありアンデット。
自身と他者の死に干渉し、弄ぶ冒涜者。
それがカラミティ・ノワールという悪。
「今日は楽しかったわ。また会いましょうね、《《ヴィー》》」
その言葉を最後に執事に抱えられた彼女の首と身体ごと闇に飲み込まれて消えた。
「お前の相手は二度と御免だ」
軍の討伐を終え、敵将であるカラミティ・ノワールは撤退した。ヴィラン達アーク公爵家の勝利だ。
だが、今回起こったアーク家と帝国軍の闘いは決して公になることはない。仮に帝国側が表立って抗議するならば帝国側がスイロク王国へ進軍していた事実を全国に公表し、ライナナ国そして聖国が手を組み戦争が起こるだろう。だが帝国はそれをしない。今はまだその時ではないからだ。
そしてライナナ国側も戦争を望まず、ヴィランもカラミティ・ノワールを酷く嫌っており関わりたくない。
故に今回の進軍の事実は闇へと消える。
カラミティ・ノワールとの最後の会話が気にかかる。
『またすぐ会うことになる』
どうにも後味の悪い終わり方になってしまった。
♢
スイロク王国王都。
王国軍の活躍により第四都市を制圧し、ブラックフェアリーは壊滅。死傷者は多く出したもののこれで一応は決着が着いた形となる。
だがすべてが解決したわけではない。
リーダーであるイヴィルは依然として行方不明。
指名手配はするが恐らく捕まらないだろう。アブソリュートの話によると生きていたとしても恐らくもうスイロク王国には関わらないと言っていた。理由を聞いても彼は答えなかったが彼が言うのならきっとそうなのだろう。
序列四位ブルースと序列二位のバウトは捕縛し、残りの幹部は序列五位を除き全員死亡が確認された。
バウトはその力を危険視され、全国の処刑不可の凶悪犯を集めた大監獄アルカトラズへ投獄される。
ブルースは内乱を起こした主犯として国民の前で盛大に処刑される。今回の一件は特に国民の怒りは凄まじい。彼、いや彼女にはその怒りを鎮めるための人身御供になって貰う。
スイロク城の執務室にてシシリアン・スイロクは戦後の後始末に襲われていた。机には書類の束が山積みとなり全く終わる気配を感じさせない。
難民支援に第四都市や第三都市の復興。亡くなった兵士達の補償に友好国への援助の依頼。
やらなければならないことは多々ある。
「ねぇ、シシリアン少し休んだら?」
隣で補佐してくれている婚約者のビスクドールがシシリアンに語りかける。
今回反乱が起きてからシシリアンはろくに休めていない。ただでさえ病を負っている身なのに、ぶっ倒れるまで仕事を辞めないのだ。
化粧で部下には隠しているが、目は酷く充血し身体もふらふらしている。見るからに限界が近い。
「大丈夫。君の方こそ僕に付き合わないで休んでいいんだよ?」
「そんなこと言って……もう闘いは終わったんだから今日くらい休んだら? 貴方が休まないと部下も休めないのよ」
そう言うとシシリアンはバツの悪そうに笑った。
自分のせいで周りが休めないならそれは悪いことをしたと思っているのだろう。
「今日の分は私がやっておくから、ね?」
「分かった、ビスクドール……ありがとう。君がいてくれてよかった」
少し恥ずかしげにお礼を言うシシリアン。
「はいはい。ほら早く、行った行った」
そんな彼を照れ隠しのように部屋から追い出すビスクドール。シシリアンが部屋から出たあとふと言葉が漏れる。
「本当に終わったのね……」
コンコン、と扉をノックする音がする。
「どうぞ、あら」
許可を出すと現れたのはこの闘いの功労者だった。
アブソリュート・アーク。ライナナ国から一人で援軍に来たスイロク王国の英雄だ。だが、民衆からは【剣聖殺し】と蔑まれ、その功績を讃えるものはいなかった。
彼を手前にあるソファに座らせ、自分も向かいのソファに座る。
「シシリアンは今いないけど?」
「構わない。帰る前にお前と話しておこうと思ってな」
「あら、何かしら」
彼がスイロク王国に来てからろくに言葉も交わしていないけど、何か自分に言いたいことでもあるのだろうか?
「無駄話をするつもりはない。単刀直入に言おう」
そう前置きした上で彼は言い放った。
「レオーネ王女の父親、スイロク王国の国王を殺害したのはお前だな?」
荒唐無稽ともいえる彼の発言。
だが、彼はそれを確信している思えるほど力強い目で私を見ていた。
ああ、どうやら彼は誰かから聞いたのだろう。
そう確信した私は――
「ええ、そうよ」
彼の言葉を肯定した。
♢
「レオーネ王女の父親、スイロク王国の国王を殺したのはお前だな」
「ええ、そうよ」
ビスクドールは何の否定もしなかった。
「否定しないのだな」
「だって今さら足掻いても無駄でしょう。それにもうすべて分かっているのでしょう? 私もブラックフェアリーの一員だって」
そう彼女はビスクドールは七人いるブラックフェアリーの最後の幹部。
序列五位ビスクドール・ジィー。
王国軍の内側からイヴィル達を支援していた裏切り者だ。王太子の婚約者として疑われない立場から国王を殺害し、国の中枢を混乱させかつ、情報をイヴィル達に提供していたのだ。
「グリードから聞いたのでしょう?」
「そんなところだ」
「本当に彼奴は……信用ならないわ。それでグリードはどうしたの?」
「グリード《《は》》死んだ」
「…………そう」
ビスクドールはその言葉を静かに受け止めた。
「私ね、この国が嫌いなの」
ビスクドールは語り出した。
彼女はこの国の上位者達が国民を裏で他国に売却していたことを知ってしまった。しかも国王ですらそれを黙認しているのだ。その時彼女は絶望したのだ、自分の愛したこの国が途轍もなく腐っていたことに。
だからすべてを壊してもう一度綺麗な国を作ろうとしたのだと。
「だが、イヴィル達がトップになったら国は荒れていたぞ?」
「今回の反乱が終わったら国政は私に任せてもらうことになっていたのよ。アイツらに政治ができるわけないでしょ?」
確かにその通りだ。スラム出身の彼らに国の運営等仮に引き継ぎをしてもできないだろう。
「それで私はこれからどうなるのかしら?」
「別にどうにも。ただお前を見逃してやる代わりにこれから私がやることも見逃して貰いたい」
「本気? 私反乱の首謀者の一味よ? 国王を殺したのよ? そんな私を見逃すの?」
「私は悪だ、正義の味方ではない。だからお前を裁くつもりもない。それにお前が生きて国政に携わってもらったほうがこちらとしても都合がいい」
そこまで言うと言外に込めた意味を察したのか顔が強張るビスクドール。
アブソリュートは彼女の弱みを握っている。つまり彼女の弱みを明かさないかわりに利用しようとしているのだ。
「……私を脅すつもり? 一体私に何をさせるつもりなの」
「スイロク王国を、アーク家の縄張りにする」
「っ⁈」
今回の騒動でスイロク王国の闇組織は一掃された。だが今回の一件はノワール家主導していたことから、このままではノワール家がスイロク王国に根付いてしまう。
もしそうなればノワール家の組織力が強化されるのを見逃すことになる。
故にアーク公爵家が支配するこう考えたのだ。
「……また〈ギレウス〉のような悪事が行われるのを見逃せというの?」
ギレウスはスイロク王国にて女性やレアスキル持ちの子供を人身売買していた。今回の反乱の原因も元を辿ればギレウスが原因と言える。
彼女はアーク家が支配することで同じような被害者がでることを懸念しているのだ。
「あのような小悪党と一緒にするな。アイツらがいては害しかないが、私達がいればスイロク王国にもメリットがある。まず、私達アーク公爵家の傘下がスイロク王国に根付くことでほかの闇組織が近づきにくくなる」
闇組織のなかでもトップクラスの力を持つアーク家がいれば他組織にも睨みが聞く。アーク家だけに目を瞑れば他が寄り付かないなら少しは検討に値する話だ。
「そして治安悪化の改善のための人手を貸し出そう。どうせしばらく治安は悪化するんだ。国外の対応で精一杯だろう?」
完全に見透かされていることにビスクドールは両手を挙げて降伏する。
スイロク王国は十五年前の戦争と今回の反乱によって多くの騎士と兵士が亡くなった。人手が圧倒的に不足しており治安対策にあてる人数もたりないのだ。
この交渉にビスクドールは頷かざるをえなかった。
「……酷い話ね。よく考えたら今回の反乱で一番得をしたの貴方達アーク家じゃない」
「これくらい役得がないとやってられないからな」
今回の件でアブソリュートに報償などは一切でない。それはライナナ国から援軍を送る条件で記されていた。アーク家の力をこれ以上つけさせないためだ。
ビスクドールやシシリアンからしたらこっそり渡してあげたかったのだが、アブソリュートはそれを民のために使ってくれと受け取らなかった。
あれほど心無い中傷をかけられたというのに、彼の懐の深さに感謝しかない。
「分かりました。次期王妃として貴方との取引に応じましょう」
そして二人で話し合い、細かい細部を取り決め、秘密の会合は終了した。
後にこの空白となったスイロク王国を巡り一波乱があることをアブソリュートはまだ知らない。
♢
ブラックフェアリーの討伐を終えアブソリュートはスイロク王国を後にする。
ブラックフェアリーの討伐に大きく貢献してくれたアブソリュートは式典などを開いて国を上げて盛大に感謝を告げられてもよかったのだが、様々な要因が重なりそれは叶わなかった。
アブソリュートは今回の一件でスイロク王国の英雄である光の剣聖を事情があったとはいえ国民の目の前で破ってしまった。根強い人気のあった剣聖を殺害したことでアブソリュートは世論から目の敵のように批難をうけていた。そんなアブソリュートを国を上げて感謝すればまた反乱が起き、第二のブラックフェアリーが誕生してもおかしくないことからスイロク王国側は直接感謝の意を述べるに止まったのだ。
そして旅立ちの日。
雲一つない快晴に見舞われ空がアブソリュートの出立を祝福しているようだった。
だが見送りに来たのはレオーネ王女ただ一人。
本来なら民衆の感情を考えれば誰も来ないのが正解だったのかもしれない。だが国を救う為に来てくれた恩人にそんな対応はしたくないとレオーネ王女が一人泥を被ることを覚悟で来てくれたのだ。
「もう行かれるのですね」
「あぁ、学園を休み続けるわけにいかないからな」
今回のイベントで二週間近く学園を空けてしまった。
(レディ達は元気にやっているだろうか?)
任務とはいえほとんど何も言わず出て行ってしまったから心配しているだろう。
(…………心配してくれているだろうか? してくれていたら嬉しいな)
「そういえば、ここに来る前にバウトの護送に立ち会いました。彼から貴方に言伝があります」
「なんだ?」
「《《また会おう》》、と言っていました」
「ほう?」
また会おうか……確かに彼奴とはまた会いそうな気がするな。今回は敵同士だったが出会い方が違えばもう少し違った敵同士になれたのかもしれない。
少しだけ再会が楽しみだ。
「そうか。ちなみにアイツの刑期はどれくらいだ?」
「無期です」
「…………囚人ジョークというやつか?」
なんとなくまた会いそうな感じがしたがどうやら気のせいだったようだ。
それにしても喧嘩屋バウト、なかなか面白い奴だな。それとも地獄で会おう的なニュアンスだったのかな?
「私としては貴方が監獄にぶち込まれるのを確信しているのだと思います」
「………お前も言うようになったではないか」
初めて会った時はおどおどして目が合わなかったが今はこうして目があって会話している。
彼女は目に見えて成長していた。
「お前はこれからどうするんだ?」
原作では民衆から批難され心が折れたレオーネ王女は国を追われる形で他国へと嫁いでいった。今回はアブソリュートにヘイトを持って行ったので原作のような最後はない筈だ。
「分かりません。じつは兄から他国から縁談がいくつかきていると言われていて、少し悩んでいます。今回のことで私は戦える人間でないことが分かったので」
どちらにせよ縁談はくるのか。
縁談が悪いわけではないがどうも目的が逃避になっている気がするな。
そんな迷いを見せる彼女にアブソリュートは言った。
「なあ、レオーネ王女。学園に戻ってこないか?」
「え?」
驚いたような顔をするレオーネ王女。
まぁ、私がこのようなことを言い出すとは思わないだろう。
「婚約も悪くはないが、もう少し学園生活を楽しんでいいんじゃないか」
「っ⁈」
今のアブソリュートの言葉は、光の剣聖がレオーネへライナナ国に行く際かけた言葉と酷似していた。
レオーネにはアブソリュートの姿が光の剣聖と重なって見え涙が溢れそうになった。
涙を我慢して精一杯の笑みを浮かべる。
「………………そうですね。一度お兄様と相談してみます」
「ああ、そうしろ」
「………………」
「………………」
しばらく沈黙が続き風の音だけが聞こえる。
その風はまるでそれは会話の終わりを告げる音のようだった。
「…………ではな」
「ええ、またいずれ」
短く別れの挨拶をすませ、アブソリュートはウルが運転する馬車に乗ってスイロク王国から去っていった。
レオーネはアブソリュートの乗る馬車を一人見えなくなるまで見送った。
♢
「………………疲れた」
アブソリュートは帰りの馬車の中で怠そうに上を見上げていた。
体力的にというよりも精神的な疲弊が強かった。
味方のいないアウェーな場所で精神を削りながら戦ってきたのだから。
今回のイベントによってアブソリュートはスイロク王国の民には剣聖を殺した敵として認識され、裏で動いていた帝国の闇組織と敵対することになった。正直得るものより損の方が大きい。
それでもアブソリュートはレオーネ王女という一人の人間の心を救った。運命を捻じ曲げ周りを敵に回し彼女を救うことができたのだ。
それに収穫はあった。
レオーネ王女を救えたことで自らを待つ最悪の未来は変えられると改めて確信できたのだ。
私は最悪の未来に打ち勝ち、アブソリュート・アークは間違っていないと証明してみせる。
例えすべてを敵に回しても――。
「これでよかったんだよな? アブソリュート・アーク」
私の中にいるかもしれない原作のアブソリュートに向かって問いかける。
だがその問いに答えるものはいなかった。
♢
スイロク王国イベントからしばらく経ち、アブソリュート達の日常が戻ってきた。
暫く離れていた学園ではアブソリュートはレオーネ王女が演習で怪我をした責任で無期限の謹慎処分が下されていたようだった。
勿論これは表向きの理由であり、アブソリュートが帰還するとそれは取り払われた。
だがこの処分を巡って学園である騒動が起きていた。 どうやらコチラも大変だったらしい。
そこで互いの慰労を兼ねてこれからアブソリュートの帰還パーティーを開催されることになった。
今、屋敷ではパーティーの開催に向けて準備が行われており、ウルは足りない食材を買い足しに街まで来ていた。
「え〜と……人参、玉ねぎ、ジャガイモ、トウモコロシ、あと果物を全部樽でくださいなの」
「樽? 嬢ちゃん一人で持てんのかい?」
「大丈夫です! ちゃんと荷物持ちがいるから――ほら新入り運びなさいなの!」
「ひぃ〜これであと何件ですか?」
「まだご主人様の主食のモンブランとレディ様の好物のタピオカ、その他諸々入り用なの。今回はゼン公爵家のクリスティーナ様もいらっしゃるからまだまだ帰れないの」
「これで十三転移目……ガクッ」
あの日、交渉屋と呼ばれる僕はアブソリュート・アークによって殺されるはずだった。
彼の敵であるイヴィルを逃し、その前にもアブソリュートによって致命傷を負ったブルースを転移で逃し、王宮での闘いでも封鎖していた城門を外から開けてブラックフェアリーを逃したりと妨害をしてきたのだ。
死を覚悟していた――だが、アブソリュートは僕を生かした。
彼はあの場で僕を殺さなかったのだ。
まだ私に利用価値があると踏んだのだろうか?
仲間も帰る場所も失った僕は別に死んでも構わなかったし、それを望んでいた。にも関わらず僕を生かして安月給でこき使おうと言うのだ。
しかもペナルティで、契約魔法で縛られるだけでなく僕の全財産まで差し押さえられた。
本当にアブソリュート・アークは悪魔のような男だ。
買い物を終えて屋敷に戻った僕はその後パーティーの準備を終えて主人であるアブソリュートを呼びにいく。
「失礼します。アークさん」
ドアをノックして部屋に入るとアブソリュートは机で書類を見ていた。あれは僕がブラックフェアリーから持ってきた裏帳簿だ。
交渉屋として扱ってきた顧客やギレウスやペイルベカといった組織の書類も入っている。
「交渉屋か……お前が持ってきたこの裏帳簿は正に私が求めているものだった。これのおかげでライナナ教会の闇を暴くことができる。後はイベントを待ち、潰すだけだ」
本当に無表情で怖い事を言う人だ。
しかもライナナ教会を潰すといったのか?
国と密接な関係を持ち、国内に多くの信者がいるライナナ教会を?
下手すればライナナ国を敵に回すというのに怖くないのか?
怖くないだろうな……既にスイロク王国を敵に回したような男だ。いまさら恐れるものはないのだろう。
この人は本当にとんでもない悪党だ
「それはよかったです。できればお気持ちは形で、勿論お金でいただきたいものですね」
「給金を払っているだろう? これも業務のうちだ交渉屋」
「…………………………」
「なんだ? 不満か? 言葉で分かり合えないなら存分に拳で語り合おう」
はい、諦めます。
拳で語り合えるのは貴方とバウトです。
それより――
「僕はブラックフェアリーがなくなったんで、もう交渉屋は廃業します。なので新しい名前をください」
僕は新しい道を歩んでいくことになる。
もうイヴィルの後ろを歩いていた自分を変えるため、かつての名前も含めて捨てることを決めた。
アブソリュートは少し悩む素振りをしたあとこう言った。
「そうか…………なら、欲深いから、《《グリード》》でいいんじゃないか」
「っ⁈」
一瞬、アブソリュートとかつてのイヴィルの姿が重なって見えた。
アブソリュートがつけた名前はイヴィルがつけてくれたものと同じだ。
だが由来までおなじなんて…………。
「ははっ、僕そんなに欲深いですかね…………っていうか前の名前と同じじゃないですか」
「そうとうなもんだぞ? それに今思えばお前にはこの名前しかないくらいピッタリだ。初めにつけた奴はいいセンスをしている」
アブソリュート・アーク……僕は貴方に忠誠は捧げない。ただ契約魔法で縛られている一方的な関係であり正直嫌いだ。
だが解放されるまで、長い付き合いになるだろう。
それまでアブソリュートが僕に金を払い続ける限り、味方でいてやることにする。
全財産差し押さえられてるしな……。
「これからよろしくお願いしますアブソリュート様」
「ああ、グリード。お前の働きに期待する」
こうして交渉屋改めてグリードが仲間に加わった。
少しでも面白い!と思っていただけたら
『ブックマーク』の御登録と広告下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けたら嬉しいです。
書籍第三巻の予約が始まりました!
発売日は一月三十一日になります。
第三巻の書影がついに公開されました!
可愛い美少女二人が表紙です。
あらすじは一部公開しておりますので気になる方は下記のURLからお願いいたします。
よろしくお願い申し上げます。
https://x.gd/MSSEd
コミカライズ第二巻も発売中です。
是非よろしくお願いします!
https://x.gd/zwnwZ
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