氷壁の向こう側
【前話までのあらすじ】
ビュルスは、リュキュエスがゼルドの民と同じ血を引く者であることをルヴァーに説明する。
2人の入国を許可するルヴァー。その上でルヴァーはこう言った。「ビュルス、お前はいったい何しに来たのだ?」と。ビュルスの瞳は、ルヴァーの姉である白い髪のフレイディスに向けられ、そこには懐かしさと何か言い表せない感情の影が浮かんでいた。
◇◇◇
ライスたちが『氷結の盾』の向こう側に渡ると、そこは白い氷に覆われた広大な世界だった。しかし、不思議なことに気温はそれほど低いとは感じなかった。
「真っ白な世界だね」
「うん、ほんと。もし女神様の住む天界があるならこんな世界なのかもね」
「どうしたの、ライス? 天界なんかに興味あるの?」
「ううん、ただここの世界の人はよほど女神ララを信仰しているんだなって。だって、ほら」
ライスが後ろの氷結の盾を指さすと、巨大な女神ララの氷像が彫られていた。
「何かずっと見られているようで気分が良いものではないな」
アシリアは敵を睨みつけるような目で見上げた。
「そうか、アシリア? 俺は気分悪くはないぞ」
「ふん、ギガウは女神好きだからな。まっ、私には関係ないがな」
そういうとアシリアはプイッとギガウから離れた。
「いや、そういうわけじゃ..」
ギガウは離れるアシリアを呼び止めるわけでもなく、近づくわけでもなく..
「まったくじれったいわね」
そんなギガウにリジは少しやきもきしていた。
「ねぇ、ところでリジ、ビュルスさんやリュキュエスはどこかな?」
「あの方々は既に村で休まれております」
氷の中から浮かぶように現れたのは、ライスやリジと歳が変わらない少女だった。後ろに結った長い白髪、白い肌に銀色の瞳。それはフレイディスを幼くしたような姿であった。
「驚いたわ。真っ白でまるで氷の妖精ね。私でも気が付かなかった」
アシリアの驚きの声に、少女は申し訳なさそうな顔をした。
「すいません。私たちゼルド国の民は、戦闘に特化しているのです。その為、体自体がそこの環境に溶け込むような体質をしています」
「じゃ、あなたも戦士なの?」
「いいえ、戦士になるのは、その素質を持つ者だけです。姉のフレイディスは素晴らしい風雪の戦士ですが、私は凡庸な民です」
「あなたのお姉さんはフレイディスさんなんだ。とっても綺麗な方だよね」
その言葉に女の子はとてもうれしそうに目を細めた。まるで自分自身が褒められたかのような喜びからも、姉をどれだけ慕っているのかがうかがい知れた。
「あっ、申し遅れました。私の名前はリーヴです。ルヴァーとフレイディスの妹です」
「え、ルヴァーも兄妹なの?」
「はい。私たちの家系は、このゼルド国の統治者です。父・ガラダクが病で亡くなり、今は兄のルヴァーがゼルド国を治めています。」
「そうだったんだ。じゃ、もうひとりの少年は? 兄妹じゃないの?」
「ああ、ランドのことですね。彼は違います。でも、ランドは私たちよりも高貴な家の末裔なんですよ」
「高貴ねぇ..」
リジは頭の中でランドの風貌を思い返すと、訝しげにつぶやいた。
「すいません、こんなところで長話を。さっ、ゼルド国がみなさんを歓迎します。さっ、どうぞ付いてきてください」
ライスたちはリーヴの後ろをついていく。見渡す限りの白い世界。まさに辺境の地であった。
「リジ、本当に氷だけしかない国なんだね」
「うん。こんな氷だけしかない国に住まわせるなんて、博愛を語るラザルト国も知れたもんよね」
その会話を聞くとリーヴは驚いたように振り返った。
「みなさん、何も聞いていないのですか? リライ様のいたずらね..うふふ。それもおもしろいかも..」
そう言うとリーヴはまた前を向いて進んだ。しばらく歩くと大きな防壁が現れた。
「これって氷の防壁? 」
「はい、この辺りは魔獣人が多いのです。一体一体が強いうえに、最近はまるで人間のような野望を持ち始めました。やっかいな奴らです」
リーヴが氷の防壁に手をかざすと前面の氷に文字が浮かび上がった。その文字はどこか見覚えがある文字だった。
「これは..古代精霊の文字」
「はい。150年前にここに訪れたある魔法使いがここに境界魔法を作ってくださいました」
「魔法って!? ここは女神ララの結界で魔法は使えないんじゃないの?」
轟音と共に氷壁の門が上がっていく。
「私は魔法には詳しくないのでよくわかりません。ですが、その魔法使い様のおかげで、ほら」
「こ、これは!」
その光景に一同は驚きを隠せなかった。この氷の世界から一歩前に踏み出した先には肥沃な土に元気に育つ麦畑が、風に揺れていた。そしてライスの足元は、丘一面に咲くシロツメクサの花の中だったのだ。
「もしかして転移魔法? リキルス国みたいに、ここはどこか違う場所なんじゃないの?」
リジの問いかけにリーヴは首を振った。
「いいえ、ここは辺境の地にあるゼルド国です」
「でも、でもさ、全然気候違うよ」
「ここは確かに地続きだ。俺の精霊フラカがそう言っている。しかも恐ろしいほど強力な結界だ」
「そんなに強い結界なら、時の歪みは大丈夫なの?」
「その心配はないようだ。ここはリキルス国のように人を寄せ付けない為の結界ではない」
アシリアが壁に触れて文字の意味を感じていた。
「アシリア、わかるの? 古代精霊文字なんて」
「うん、マフェルスのジュリス・ランから古代精霊文字を読み解く方法を教えてもらったの。ここは恵みを与えるためにつくられた場所よ」
「さっ、我が屋敷へ参りましょう。もうすでにビュルスさんとリュキュエスさんは来ていらっしゃいます」
「なんですって!私たちが苦労して刻印の門を通って来たのに」
ここが氷に閉ざされた辺境の地ということを忘れてしまいそうだ。小川が流れ、道端には花が咲く。果物畑に麦畑。遠くから犬の吠える声と羊の鳴き声も聞こえる。
統治者の屋敷は、城というには少し小さかったが、その敷地内には多くの人々が集まってくれていた。ざっと1000人ほどである。
ライスたち果樹園パーティの為に手作りの花のアーチを用意してくれていた。4人がそのアーチをくぐると、人々の拍手が鳴り響く。
『ねぇ、お父さん、見えないよ..』
ライスたちを見ようと親に肩車をしてもらう子供もいた。
まるで、ライスたちに対して塩対応だったルヴァーとは真逆の反応だ。
そして屋敷正面には、ルヴァーとフレイディス、2人を挟むように20人程の男女が整然と並んでいた。全員、飾り気のない白い覆いを纏っている。剣を持つ者、槍を持つ者、鎖の付いた武器、素手の者もいた。しかし、その武器のひとつひとつは使い込まれながらも輝いて見えた。その拳は分厚く岩をも砕くようであった。統治者を守る戦士であることは、ひと目見てわかった。
「お待ちしておりました。果樹園パーティの皆様。よくぞこのゼルド国にいらしてくださいました」
ルヴァーは、数刻前とは別人のように紳士的な態度でライスたちを迎え入れるのだった。




