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第九章 二代目

 結論から言って、怪我人のほとんどはほどなくして完治した。傷が残ってしまった極小数のやつらも、せいぜい全治一週間というところまで回復していた。本当にミレイの生命力というものは凄まじいらしい。そりゃあまあ、あの怪力を考えるにむべなるかなというところか。

 そして眠り姫よろしく一昼夜眠り続けたミレイもまた、驚異的な回復速度で目を覚ました。

「……見知らぬ天井ですわね」

 ベッドの上で呆然と、彼女はそんなことをこぼした。

「お嬢様には粗末に過ぎるだろうがな。これでもそこそこいい部屋を用意したんだぞ」

 椅子に腰掛ける俺を、そのままミレイは横目で見て、それからすぐ天井に視線を戻す。

「あれから、どれくらい経ちましたの?」

「丸一日。養護教諭は三日は目覚めないだろうって言ってたぜ。お前の消耗した生命力を考えると、今命があるのが奇跡的だって」

 それをたった一日って、お前はさ。看病と称してお前の下着姿を拝もうという俺の完璧な計画を返せよ。……まあ、実際にお前を着替えさせていたのはリリマだけどさ。あいつはちょっとお節介すぎるな。俺の仕事なんか何一つないじゃんよ。

「それはまあ、ワタクシですもの。この無駄に有り余るエネルギーを誰かのために使えたのなら重畳、ですわ」

 ふふん、と少しだけ得意げに鼻を鳴らして、彼女は声を落とす。

「それで、みんな助かりましたの?」

「ああ、問題ない。全部お前のおかげだ。お前がいなかったら、どうなっていたことか。学園長が戻ったら大目玉だ」

 気が滅入る。あのじいさん、笑って毒を吐くからなあ。それでもまだ、何事もなかっただけマシだ。これで誰か死んでたりしようものなら俺は自分の迂闊さを死ぬまで悔いるだろう。

 そんなことを考えていると、くすりと笑う声が聞こえた。

「全部お前のおかげだ、なんておっしゃいますの? あなたが? 本当にそう考えますの?」

「そりゃあそうだろう。お前がいなければ、何人かは命を落としていたかもしれん。お前の献身のおかげでみんな助かったんだ」

 しかし、言い募るほど彼女の笑い声は大きくなる。おい、一体何がおかしいんだ。俺は本当のことを言っているだけだぞ。

「例えば、あなたは火事現場で救命士だけが貢献していると考えますの? 崩れゆく足場や天井の中、炎を顧みず要救助者を助け出すのは偉大なことではないとおっしゃいますの? おかしな話ですわね。彼らの働きがあってこそ、救命士は命を救うことができるというのに」

「……何が言いたい」

「ですから、みんなが助かったのはあなたのおかげだと私は言っておりますの。襲撃者を無力化したのもあなた、怪我人を救い出したのもあなた、危険な建物を隔離したのもあなた。言うなれば、ワタクシは最後の仕上げを引き受けたに過ぎませんわ。本当は全部、あなたの功績ですのよ」

「でも、俺は間に合わなかったんだぞ。本当ならもっと早くに駆けつけているはずだった」

「それは誤差というものですわ。ワタクシが引き受ける分がほんの少し大きくなった程度のもの。ここにある結果は、みんなが助かった、というただそれだけですわよ」

 ああ、くそ、わかってるんだ。自分が駄々をこねていることくらいは、俺だって。けれども、どうしても認められないことだってある。

 俺は本当は、お前みたいなことをしたかったんだ。

「……正直に言って、ワタクシはあなたの気持ちが、少しだけわかるんですの」

 ため息混じりに彼女はそうつぶやいて、自嘲気味に微笑んだ。

「あなた、シャッガイ、とか言いましたわね。ここから、始めてみませんこと?」

 始める? 一体何をだ。そう問いかける前に、彼女は体を起こして俺に向き直る。

「あなたは自分の仕事を嫌っているのですわよね。けれども自分を必要とする者が大勢いるからこの場から離れられずにいる。それなら単純な話、後身を育てるべきですわ」

 後身、つまり代わりを立てろと? いや、それは無理だろう。何しろ俺は純粋兵器だぞ。俺がやろうと思わないだけで、グラエナ帝国なんぞ時間をかければ更地にすることができるんだ。そんな人間を国が手放すはずがない。

 けれども彼女は自信満々に言葉を継ぐ。

「優秀なスパイを大勢輩出することですわ。そして場合によっては、強力な魔法使いも輩出することですわ。それであなたがいなくてもこの場が回るようになれば、そうすればあなたは自由になれるでしょう。好きなように、生きられるでしょう」

 それはあまりに楽観的すぎる。そんな風に世界はできていない。強力な兵器が自分の手を離れるということは、それが自分に向くかも知れないということだ。そんなことを国の上層部が容認するとは思えない。

 それでもそう語る彼女の顔は自信に満ちていて、その結論は単純ゆえに気持ちよくて、この結論に乗っかればどんな難問も一言で解決できるような気がした。

「ワタクシがなりましょう。二代目『最強の潜伏魔法使い』に、ワタクシがなりましょう。ですからあなたはワタクシを立派に育て上げなさい。これはいわば、取引ですのよ」

「……いやあ、そりゃあ無理だろ」

 思わずこぼした言葉に、彼女は顔を険しくする。

「無理じゃありませんの! あなたならできますわ! 頑張りなさい! 自分を信じなさい!」

 いや、だってさあ。確かにお前の魔力量は膨大だよ。でも正直言って俺は教えるのが上手いほうではないし、生徒がこれだろ? 自信だけでどうにかなるなら話は早いんだけどさあ、頑張れじゃねえよ、お前も頑張んだよ。

 そもそも取引ったって、お前ばっかり得してんじゃねえか。お前一人育てたところで俺がお役御免になるとは到底思えない。となればこいつが俺の教育の成果を存分に発揮しているころ、俺はまだ別のやつを教えているわけだろ。隠居すんのは何年後だ。今から気が遠くなりそうだぞ。

「……まずは座学からになるぞ。万年赤点のお嬢様が付いてこれるのか?」

「ざ、座学!? あなた、サディストの気がありますのね!?」

「何言ってんだ、まっとうな順番だろ! 知識もなしに実践が伴うか! 周囲に溶け込むのだって立派な技術なんだぞ! ただただ派手に物をぶっ壊すおてんばお嬢様にはまず理論を叩き込んでやらんとな!」

「……というか、教えること前提ですのね?」

 教えるとしても、という話だ。そう答えようとして、やっぱりやめた。まあ、いい。それならそれでいい。どうせいつも女子の下着姿ばっかり覗いてるんだ。ならまあ、こいつの極上の身体を眺めながら暇をつぶすのも悪くはない。

「あー、そうだな。俺を見つけられたら、そのときは少し付き合ってやるよ」

 俺が姿を現しているときってのは、大体やることがないときだしな。ちょうどいいだろう。

「交渉成立、ですわね。……ところで、ずっと気になっていましたが、ここはどこですの?」

 ん、ああ、そういえば言ってなかったか。

「実はなあ、あのあと異空間に放り込んだ校舎のことすっかり忘れててな。思い出して取り出したころには完全に灰になってたんだ」

「何やってるんですの!? 自分で言ってたじゃありませんか、時間までは止まらないって!」

 それはそうなんだけどさ。怪我人の状態確認と戻ってきた学園長への報告、そのあとの手続きとか含めるとさあ。仕方ないだろ?

「それで、結局ここはどこなんですの? 学園ではないのは確かのようですけど」

「いいや、ここは学園校舎だぞ。正確に言うなら、新校舎、だな」

「……あれから一日しか経っていないとワタクシは聞いたつもりでしたが?」

「そうだよ。でもこのまま休校ってわけにもいかんだろう。この学園にいるのはほとんど故郷を捨てて来たようなやつばかりだ。学生寮がなくなれば寝泊りにも難儀する。そういうわけで、ミリディッスにあった廃校を接収してきてな」

 それを聞くなり、彼女の目が点になる。その姿はどこか滑稽で、しかしここまでの美少女ともなるとそんな表情も絵になるものだ、と俺は笑った。

「接収、というのは? ワタクシたちは今ミリディッスにいるんですの?」

「いやいや、この学園は国家機密だぞ。また別の山奥にいるに決まってるだろ。建物ごと持ってきた」

 どうやって持ってきたかは流石に言わなくてもわかったらしい。開いた口がふさがらない、といった調子でわなわな震えていた彼女は、やがて頭痛でもするかのように額を押さえた。

「……本当に、規格外ですのね、あなた。それでその自己評価とは、先が思いやられますわ」

 お前に思いやられるというのは少々癪だ。こっちだってお前を育て上げるというふざけた難題に直面しているのだ。それはむしろこっちのセリフだろう。

 それに、「とはいえ」という思いは確かにあった。こいつもまだ一年生。時間がすぎれば考えも変わることだろう。こいつがその場の思いつきに飽きて放り出すのに、それほど長くはかからないだろう。言ってしまえば金持ちの道楽。ここにいる生徒たちとこいつでは、実際のところまるで境遇が違うのだ。ミレイはいつでも自分の家に戻ることができる。そうしてどこかの貴族にでも嫁いで、幸せな人生を送る。それまでの時間つぶし。それならまあ、付き合ってやらんでもない。実際に、彼女には助けられた。

「まあ、いいですわ。とにかく交渉成立ですわね。これからよろしくお願いいたしますわ、シャッガイ先生」

 う、ぐ。背筋がぞわぞわして敵わない。

「……その呼び方はやめろ。こそばゆい。呼び捨てでいい」

「それでは、シャッガイ様?」

「様もやめろ」

「ええと……シャッガイ殿下」

 なんだこいつ! 普通に呼び捨てにするっていう考えがないのか! どんどん変な方向にいってるぞ!

「もういい! 先生でいいから! 間違っても殿下なんて呼ぶのはやめてくれ!」

 むう、と不満げに口を尖らせる彼女には、本当に悪気がないらしい。ここを王侯貴族の社交場か何かと勘違いしちゃいないかね? お前の目の前にいるのは十回留年した学生おっさんだぞ?

「あー、まあ、よろしくな。ミレイ・フェリス・リーゼルフェルト」

「あら、名前」

 ミレイは意外そうに俺を見つめた。なんだ、自分なんて眼中にないとでも思ったか? 学園一の爆弾娘が目に入らないやつもそうはいなかろうよ。何しろ、

「殺人級のスタイルの持ち主だからな。俺はターゲットの名前は全員覚える。更衣室を覗くにもタイミングが必要だし」

 それを聞くなり、彼女はその豊かな胸がしぼんでしまうんじゃないかと心配になるほど大きなため息を吐き出した。何を期待していたのかは知らないが、なんなら落ちこぼれとして有名な事実でも提示すべきだったのかね?

「あなたは、本当に懲りない人ですわね……。そんなだから」

 そう言いかけたとき、どたどたと廊下を駆ける音が聞こえた。ああ、ようやくあいつが戻ってきたらしい。引き戸を開けるのも力任せに、リリマが現れた。

「ミレイが起きたの? 何かなかった? 変なこととかなかった? 具体的には『心配したんだぞ……』『嬉しい……』的な甘いシチュエーションとかなかった? そのままあろうことかベッドイン、とかなかったよね?」

 あってたまるか。

 いや、彼女は確かに完璧なスタイルを持っているが、口を開けば爆弾娘そのものでそんなしおらしくなりそうもない。ナニを悪気なく引きちぎりそうな腕力してるしなあ。そもそも彼女は未成年で手を出したら普通に犯罪だし、まず俺がそんな甘い言葉をかけている時点でそんなシチュエーションはありえない。俺なら多分、無言で襲うだろ。

「あ、あるわけ無いではありませんの! リリマはどうしてそう、破廉恥なことばかりおっしゃいますの!?」

 こらこら、狼狽するな。図星っぽく見えるだろうが。せっかく俺が無反応で流そうとしてたのに。

「や、やっぱりいい感じになってたんだ! だめだよ、おじさま。ミレイはえらーいお家筋なんだから、そういうところと結婚するんだよ。だからおじさまは私みたいな小市民と結ばれるのが一番なのだ!」

 お前もお前で何だ。ミレイを守りたいのか俺を守りたいのかどっちなんだ。そしてその眼で俺を見るのをやめろ。舌なめずりをするな。お前は一体俺をどうしたいんだ。

「なーに騒いでるの! 今ほかの生徒は授業中です!」

 オリエまで混ざってきた。それに気づくやいなや、リリマはさも真実のようにこんなことを言い出す。

「オリエ先生! おじさまがミレイとえっちなことしてました! ミレイを安全なところに連れて行ってください!」

 おおい、騒ぎを大きくするな。さりげなく俺と二人きりになる算段までつけてやがる。挙句オリエがそれを間に受ける始末。

「なんですって!? シャッガイ、あなたまた生徒に手を出したわね!」

「手を出したことは一度もないぞ! 女性に手を出したことは誓ってない! 最高の美を自分の手で汚すわけあるか!」

 俺はお前にだって一つとして手出ししてないだろうが! それだけは抗議を入れつつ、だんだんと騒ぎを聞きつけて集まってくる野次馬を周囲に張り巡らせた「視界」で確認する。こいつら全員の相手なんぞやってられんぞ。

 と、いうわけで。

「――オン」

「こら、待ちなさい! まだあなたには説明してもらうことが山ほど」

 オリエの制止も聞かずその場から俺は姿を消す。俺は騒がしいのが嫌いなんだ。

 なのになんでかなあ。どうして最近俺の周りは騒がしくて仕方ないんだろう。


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