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恋姫無双ー曹魏刎頸伝ー  作者: yua
プロローグ
3/7

比翼連理

ここまでがプロローグ。

いわゆる、説明回ってやつだ。

インターネットはおろか、電話すらない時代において物流を担う人々は『物』と同時に『情報』を運ぶ役目をも兼ねていた。

刺史(しし)として曹孟徳がとりわけ熱心に取り組んだのは『物』の流れを活性化させ、『人』の流れを体内を巡る血の如く常に流動し常に 新しくあるようにする事だった。


「だから俺は言ってやったね。『お前は男の浪漫を分かっていねぇ!』ってな」

とある酒家において大勢を前に両腕を広げ、拳を卓上に勢いよく叩きつけながら啖呵(たんか)を切るのは黒髪、黒瞳の見目平凡な男。

ただ、切れ上がるような目尻と白いゆったりとした菅頭衣の上からでも判る厚い胸板、激しく踊る舌峰(ぜつほう)に合わせて振るわれるまくり上げた肩衣から覗く隆起した上腕部から肉体労働者、もしくは『武』に携わる者だと想像するに堅くない。

「そ、それで相手は何つったんだい?」

ゴクリ、と生唾を呑み込む酒家の一同に男は答えるように頷きながら

「『あら、女には女の浪漫があるのよ』って言われた」

「さ、流石の曹操様やでぇー……」

ゴクリ、と再び生唾を呑み込む一同。

曹孟徳が無類の女好きなのは既に周知の事実であり、親や両親を敬う『考』などのいわゆる儒教的思想が一般道徳である今代において非生産的な『同性愛』に傾倒する曹操の嗜好は人の上に立つ施政者としては致命的な欠点に思えるが、ここ陳留では少し事情が異なる。

「だから俺は言ってやったね!

『女の一番大事な浪漫が絶壁な奴に浪漫を語る資格なんかねぇ!!』ってな!!」

言ってやった感がコップの縁を越えて注がれる水の如く、滲み出るドヤ顔の男。

「さ、流石に李円様は命知らずやでぇ……」

冷や汗をかきながらゴクリ、と三度(みたび)生唾を呑み込む一同。


「で、李円様は何で昼間から酒浸りなんで?」

「マジギレした華琳に『絶』持って追いかけられて逃げ出して来たのん。誰か一緒に謝りに行ってくれませんか?」

酒で厳しい現実を忘れようとする駄目人間が比較対象として側に居るので、多少の性癖の歪みは目をつむれるレベルと認識されていたりした。



「へぇーい、華琳。新しい噂だよっ!!」

特ダネを掴んだヤンキーゴシップマンの如く扉を蹴破る男、李円。

「仕事を、しなさい!!」

扉を開け放った瞬間、槍投げのように振りかぶられた鋭い拳が吸い付く様に李円の鼻骨に叩き込まれた。

人体急所に遠慮会釈無くぶちこまれた時点で曹操の怒りの度合いも知れようものだが、せいぜいが鼻を陥没させ、吹き飛ばされた壁に背中を強打する程度で済んだだろう一撃。

しかし曹操怒りの一発はそれだけで満足せず、小さい拳が李円の顔面に柔土に石を落とした様にめり込み、吹き飛ぶ李円を追走して飛び上がった曹操の全体重ごと、李円の後頭部を硬い石造りの床に轟音と共に叩きつけた。あえて言うならば ブルドック(Bulldog:牛や鹿の角を掴みねじり倒す)、顔面に拳バージョンは曹操が怒りを(あらわ)にした時に使われる『覇王の一撃』として恐怖の代名詞として後生に語り継がれた。

のだが、当時は

「また、李円様か」

城全体を揺らす振動に筆を止める文官。

「曹操様の怒り指数は上の下くらいだね」

日本と違い、滅多に地震の起こらない大陸において陳留を揺るがす震動は、曹操の怒りのバロメーターとして機能している程度だった。


「天の御遣い?」

仕事の半分以上である竹簡を李円に押し付け、ようやく人心地ついた曹操が妙なものを見るような視線で聞き返す。

管輅(かんろ)だか、勘九郎とかいう占い師が広めてるって噂だよ。俺も占ってもらって今日の『必中・幸せ占い』で運勢・最高だった。この激痛渦巻く後頭部と動かない右手首にかけて奴は嘘つきだと信じて()まねぇ」

常人の限界を遥かに越えたスピードで仕事を終わらせる事を強要され、竹簡へのサインやら何やらで酷使された右手首が俗に言う腱鞘炎になる李円。

「自分から運勢落とすような真似してるからじゃない?

ほらほら、右手が駄目なら左手があるでしょう!」

「ひぎぃ!?

今は許して、右手首は右手首はらめぇ!!」

グリグリと李円の右手首をサディスティックに痛ぶる曹操。

「ほら、ほら、サボっていた分さっさと働きなさいこの豚が!」

段々、(きょう)に乗って来たのか頬に赤みが差し、李円を足で踏みつけペロリと紅を引いたように色付き始めた唇を舐める曹操。

「ぶひぃ、私は卑しい豚です。働きます、働きますから……踏まれるのはご褒美です!!」

「ウフフ、アハハハハハハ!!」

完全にスイッチが入り、瞳を潤ませ、裂けんばかりに口端を吊り上げて高笑いまで始める曹操。

「ウヒヒ、ウヒィアッハー!!」

目をグルグルとさせて、狂ったように仕事を処理していく李円。

この世のものとは信じたくない口笑の合唱が漏れだす執務室の前に新たな竹簡を積み上げ、ソッと去っていく文官達。

(おおむ)ね、いつも通りの陳留の仕事風景であった。


「人が少な過ぎると思うんだ……」

狂騒の一時が過ぎ、冷たい濡れタオルを額と両手首に巻いて虚ろに天井を見上げながら椅子に座る李円。

「……そうね」

執務机に突っ伏して、先程の痴態を扉越しとはいえ部下に聴かれてた事に恥ずかしさで顔を上げられない曹操。

夏候淵も手伝ってくれるとはいえ、膨大な毎日の公務と新たな施策、施行による資料や実施における要綱などの作成は一般文官だけでは賄い切れないレベルにまで達している。出来うる限りの上意下達のシステム作り、細かな責任監督の能力採用はしているが、それは結局の所、毎日の繰り返しを恙無(つつがな)く行うためのものであり、漢王朝衰退の兆しとそれに伴う各地の不穏な胎動による『変化』を求められる現在は『凡人』の中から一頭、頭抜けた『才能』を持つ人材が喉から手が出る程に欲しい。

曹孟徳は言うまでも無く、彼女の竹馬の友であり、曹操が刺史に任命された曹操の元へいち早く参じ、大きな助けとなった李円も才能溢れ、世間では比翼として讃えられる人物である。

だからこそ、自分達に追随するあるいは上回る才能を秘めた人材を喉がひりつく程に欲っしているのだが

「刺史赴任のお祝いに来ただけなのに帰れなくなるとかどういう事なの」

「人手が足りないのよ。人材育成出来るまで馬車馬のように働きなさい」

概ね、真実とは偶然と理不尽な横暴によって形成されていたりする。




「天の御遣いを手に入れよう」

割と真面目に朝議で提案した李円の意見に一同は顔を見合わせ、それに答える様に頷く曹操。

「では、本日は解散!!」

力強く宣言する曹操を合図に蜘蛛の子を散らす様に散開する一同。

「待て、いや待ってください。待……逃げるのか、 曹操ーー!!」

「覇王に後退の二文字は無いわ。ただ、進む方向が貴方と反対なだけよ!」

手を上げて追いすがろうとする李円と、肩越しに振り返りながらジリジリと距離をとる曹操。

陳留一帯をわずか数ヶ月で、倍する人口の住む商業のメッカにした政治チートなこの二人。

武人としても達人の域に届く腕前を誇り、お互いの必殺必倒の領域を知り尽くしている。ジリジリと間合いを測り、傍目(はため)にはコミカルな一進一退を繰り返す光景。しかしてそれは、火花散らす視線の交錯にありながら互いの一挙手一投足を視界に(おさ)め、一瞬にして絶息絶倒の殺陣へと姿を変える修羅道(しゅらどう)修羅場(しゅらば)

片や帝釈天、片や阿修羅の神域戦場に足を踏み入れるは剣が一本。見た目にそぐわぬ骨太武骨、厚刃の輝きは己を振るう主への絶対忠誠心から細身の名剣にも劣らぬ鋭い輝き発して冴え渡る。

「李円、華琳様に逆らうというならこの私が相手になろう。我が主、華琳様の怒りを私が替わりに貴様へ降してやる!!」

左手の人差し指を李円に突き付け、右手で背中に担いだ七星餓狼を抜き放つ。黒刃(こくじん)大剣、名剣名刀謳うには武骨に過ぎる厚刃のしかして主の障害払うには頼もしきはその凄味。切れ味だけの細身細刃は受ければ砕き、払えば吹き散らす豪快無双の曇り無さ。

これが夏候淳、これが春蘭、誉れ高きは魏武の大剣ここにあり。


「丸腰相手に真剣を抜くなとあれほど言ったのに、まるで学習していない……」

「姉者、城中で剣を抜くのは流石に……」

「春蘭、あなた先走り過ぎなのよ……」

李円にどん引かれ、夏候淵にたしなめられ、曹操に呆れられた夏候淳ちゃん。

「そ、そうか……」

ショボーン、といった感じに頭のアホ毛も垂れ下がり、剣を背中の鞘にしまいこみ、隠れて涙をぬぐうのだ。

魏武の大剣、ここにあり(笑)




Take2

「まあ、私も考えてはいたのよ」

玉座に座り直し、物憂げに頬杖をつく曹操。

「何だよ、ツンデレかよ。華琳も素直じゃないな」

我が意を得たとばかりに満面の笑みを浮かべ、胸を張る李円だが、

「貴方が提案した瞬間、止めた方がいいと判断したのよ」

事も無げに否定され、一転して渋い顔になる。

「ツンの裏さえツンとは、な」

「単純に嫌われているだけではないのか?」

純粋極まりない童女の様な顔で、不思議そうに李円を見つめる夏候淳の無垢な一撃。

李円は膝をついた。

「姉者、流石にそれは……」

話しの流れをぶったぎる、空気の読めない夏候淳を諌めようとして夏候淵が声をかけるが

「李円はいつも華琳様の逆鱗に触れるような事を言うからな。少し頭を使った方がいいぞ。私が言う事ではないがな、ハッハッハ!」

快活に笑い飛ばす夏候淳と地面にうずくまり、体を震わせ出した李円に曹操と夏候淵は何とも言えない味のある顔をするのだった。



「で、結局行く訳ですね。やはり華琳はツンデレか」

切れ長目の顔を100%活かした爽やかイケメンスマイルの李円に

「李円、私は貴方の事は嫌いでは無いけど好きでも無いわ。どっちかと言うと黙っていれば便利と思うの」

「その『そうならないかしらワクワク』という顔を違う言葉で聞きたかった……華琳はほんま弩級の攻め攻め女王様やでぇ」

身長差(李円は年齢相応、曹操はかなり低身長)を活かした上目遣いと、いい事思い付いた感たっぷりに手を合わせてビューティースマイルを浮かべる曹操に李円は眉根を寄せて渋い顔をするのだった。

「李円も華琳様の言う通りにすれば可愛がって貰えるのに、何故か反対ばかりするな」

心底、不思議そうな顔で首を捻る夏候淳に、目を見開き意外な事を聞いたという表情をする夏候淵。

「姉者は李円が曹操様の(ねや)に呼ばれる事を望んでいるのか?」

「そんな事になったら、(くび)を飛ばすに決まっている。私を差し置いて華琳様に可愛がられるなど見過ごす訳がない!!」

ガチン、と剣呑な音を立てて鍔を鳴らす夏候淳に生温い笑みを浮かべる夏候淵だった。


「よしっ、八方塞がり」

「いいから、出発の段取りつけて来なさい」

ガッツポーズする李円の尻を蹴飛ばす曹操であった。

同性愛:非生産的な反面、女性同士は百合に例えられる清楚さ。男性同士だと薔薇に例えられるむせかえる様ないかがわしさがある。ちなみに積極的な方をタチ、受け身な方をネコという。恋姫無双(無印)だと曹操の最終目標が全美少女征服だったのは懐かしい思い出である。


ブルドッグ:ブルドッギング・ヘッドロックで検索すれば具体的な画像が見れる。ワイルドな技だが、牛やら何やらの角を掴んで抑え込むカウボーイ達はどんだけワイルドか、という話。


朝議:朝イチでやる朝礼みたいなもの。電話などが無いので、これに欠席すると事実上その日を無駄に過ごす羽目になりかねない。李円と曹操の漫才を見て和む為の集まりでは多分無い。


修羅場:帝釈天と阿修羅が殺し愛をする為の場。数多の神様仏様の中でも、専用の死合場を持つのはこの二柱くらいである。


(ねや):寝室をエロい目的で使う時に多用される単語。曹操はエロ目的意外で寝室を使うのだろうか……



曹操猛徳→曹操孟徳

に訂正しました。

パトラッシュさん、ご指摘感謝です。

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