外史開幕
原作のオープニングに当たる開幕でございます。
「この辺りがついさっき何かが落ちてきたという場所ね」
単身で商人に擬装して先行した李円、後追いの形で幾らかの兵士と共に強行偵察に続く夏候淳の後詰めとして本隊を率いる曹操と護衛の夏候淵。本来ならば本隊に守られ、どっしりと構える立場の曹操ではあるが、好奇心の塊の様な性分からか本隊の兵士が追いつけない速度で馬を進めていく。
「華琳様お下がりください、不埒ものが居ないとも限りませんので」
追従するのは夏候淵。油断無く周りに気を配りながらも、曹操に事務的な諫言をする。
「あら、私がそのような輩に脅かされる程度という事かしら」
「お戯れを……お召し物に汚れでもつきましたらこの夏候淵が不覚」
夏候淵の諫言に不快さより、楽し気に返す曹操とうやうやしく頭を下げる夏候淵。
「私に返り血が跳ねるほどに、その不埒ものを近付ける事はあるのかしら」
「万が一にもございますまい。我が弓は視界に入らば即ち必殺必中。華琳様のお目汚しを煩わせる事はありません」
「ならばその妙技、最も近くで見る事こそ我が至上。万金を積んでも見られぬその絶技が私のために振るわれる贅沢こそが我が至悦。私の数少ない今世の楽しみすら貴女は奪うというのかしら?」
「御意……我が主のために覚え、我が主のために習い、我が主のために磨いた練技、とくと最上の席にて存分に御覧あれ」
打てば響くその問答に曹操は満足そうに頷き、馬の手綱緩める。
「ふふふ……いいわ、秋蘭。その意気に免じて貴女の後ろに付くようにするわね。曹孟徳が本隊の先陣、励みなさい」
「御意!!」
力強く返礼し、夏候淵は曹操の前に馬を進める。本隊の兵士達もようやく追い付き始め、馬上にて弓につがえられた矢の様な緊張感をまとう夏候淵を先頭に一糸乱れぬ陣形を敷いていく。
弓兵を率いる事多く、兵を巧みに指揮する才能すら持ち得るが故に姉の夏候淳とは違い戦場で先陣を切る事は少なく、心身を懸けて練り上げた『武』を積極的に振るう事が余り無い秋蘭は戦場において彼女個人の『武功』を立てる事は余り無い。
劉備における関羽、張飛。
遠紹における文醜、顔良。
二枚看板とされるべき力を持ちながら、曹操の元における『武』の評判はどうしても夏候淳に偏りがちになる。
夏候淵自身が姉たる夏候淳の日陰の身になる事を善しとする性質のため表面化する事は少ないが、実際の待遇や評価はともかく双子の姉たる夏候淳と較べられる事が多い夏候淵には本人も知らぬ間に鬱屈した感情が籠ってしまう。
もちろん、古馴染みであり『深い』関係である彼女らは閨での戯れにお互いのそんな立場を笑い話として揶揄する関係であるが、周りは多分の含みを持って夏候淵に接する。
例えば、曹操を出る杭と見る他方の間諜、野心多く勢いのある曹操に食いつこうとする権欲家の諸々。そんな『裏』の感情に晒されやすい夏候淵を曹操は本来ある役職や立場以上に引き立て、本来ある役職や立場にあるまじき『おふざけ』を投げ掛け、戯れる。あるいは夏候淵の才能を愛し、夏候淵の一歩後ろに下がってしまう性質を重宝しながらも、正当な恩恵を与えられない『主』としての自分を歯痒く思っての気にかけ方なのだろう。
「ところで、春蘭に間違って射掛けてみた場合の反応ってどう思うかしら?」
「こちらを見つけ、嬉しそうに手を振った瞬間足元に刺さる矢に、困惑と裏切られた悲しみに涙目になる姉者……ありですね」
サディスティックで邪悪な笑みを浮かべる曹操と、最愛の姉への多少歪んだ想像に口端から涎を垂らしそうな緩んだ顔をする夏候淵。
権威衰え、犯罪横行し、欲望入り乱れる末世において志を同じくする同志の存在は貴重であるという話。
その存在を目にした夏候淳は、猪突猛進と評される普段の性格とは裏腹に少し考え、後詰めの本隊を待つ事にした。
その奇妙な、見た事の無い存在に怯えたとか野性の勘が警鐘を鳴らしたとかの類いではなく、ただひたすらに理解に苦しんだだけである。
足を止め、率いた兵に周りを警戒させ、突撃する事しか知らない夏候淳が『待つ』と、程なくして後詰めの曹操と夏候淵の部隊が合流を果たした。
「春蘭、先行の段、ご苦労。何かあったのかしら?」
騒ぎを起こす事なく慎重を喫した夏候淳に曹操は眉をひそめながら、労う。常に進む事しか知らぬ夏候淳が珍しく人並みな選択をした事に喜ぶよりも、その『凡庸』に無い蛮勇こそが曹操の愛する夏候淳への期待ならば、喜びよりも失望や期待外れといったマイナスの感情が上回ってしまうのが曹孟徳の人並みならぬ由縁であるだろう。
「はっ、怪しき人物を発見はいたしましたがなんというかその……」
分からない事は分からない、と切り捨てる普段の夏候淳にしては歯切れの悪い物言いに眉をひそめる曹操と夏候淵。
その時、夏候淳の後ろの視界の端にチカリと陽光を反射するものが見えた。
『天の御遣いは白く輝く衣をまとい降り立つ』
かんろの占いとも預言ともつかぬ言葉を思いださせる何もない荒野での光。
「あら、居るみたいじゃない」
春蘭の横を通り、光がよく見える近くまで歩く曹操。
「あ、華琳様……」
横を過ぎる華琳に合わせ振り向きながら止めようかどうか悩むように手をさ迷わせる夏候淳。
夏候淵も常ならぬ姉の振る舞いに興味深げに首を伸ばし、覗き込む。
日の光は水面に反射し、キラキラと白く輝く。髪から滴る水滴は鍛えられた首から鎖骨にたまり、そこから溢れた数条の水滴の流れが盛り上がる胸板と腹筋を走り、長く伸びた脚へと伝い星の屑を散らしたように瞬く。
太陽の元、惜しげもなく裸体をさらして輝くその人は悟りを開いた聖人のように囁いた。
「神よ、私は美しい」
・・・・・・
以上、水を溜めた桶につかりながら水浴びをする李円の独白である。
ガシャン
「オーケー、落ち着け華琳。物騒な武器はしまおうか」
首元に大鎌『絶』の冷たい刃を突きつけられ、両手を挙げながらまだ肌寒い風で物理的に、マジギレの気配と軽く出血する首筋に精神的にも体を震わせる李円。
「いいのよ、李円。貴方には休みが必要なのよね」
能面の様に完全に表情を失った曹操の目は虚ろで何も映していない。
李円は考える。
私的な事柄で曹操は人を殺す事はよくある。
公的な事柄で曹操は人を殺す事はよくある。
今現在はどうあろうか。
私的にはちょっと悪ふざけが過ぎた。良くて全力で半殺し、悪くて全殺し。
公的には性質の悪い任務放棄、良くて規律を守る為に死刑、悪くて見せしめに引き裂きの刑。
確率は四分の一で助かる死の遊戯。李円は全てを賭けて挑む覚悟を顔に張り付ける。
「すんません、秋蘭さん助けてください」
人としての矜持とかそこら辺をかなぐり捨てた李円に返ってきたのは、キリキリと何かを引き絞る音と冷静な中に激情を秘めた声。
「華琳様が手を汚す必要はありません、私が……」
確率が五分の一になっていた。
少し離れて見守っていた夏候淳が、武器を構える曹操と夏候淵に合わせ
「華琳様と秋蘭がやるなら私も」
まるで休み時間に一緒にトイレへ連れ立つ女子高生のような気軽さで、腰の大剣、七星餓狼を、ジャキン、と音を立てて抜き払う。
「確率は六分の一、か。ようやくいつも通りな展開って所だな」
全裸の状態で全身に冷や汗をかき、涙目になる李円の姿は、こういう大人にはなりたくないと思わせる悲しみを背負っていた。立場的にも人間的にも。
「李円様、詰んだ」
「李円様、終了のお知らせ」
「はいはい、危ないから近付かないでねー」
阿鼻叫喚の戦場になった『天の御遣いが降り立つ場所』を遠巻きにして、周りに被害を及ぼさない様に人払いをする兵士達であった。
「ふぅ、ひどい目にあった」
袖口が大きく開き、全体的にゆったりと余裕を持った白い商人服をピシッ、と着込む李円に
「何で私達の集中攻撃を受けて平気なのかしら……」
曹操がジト目を向ける。
「ハハハッ、その集中攻撃に何年さらされていると思っているんだい、華ちゃん。もう、攻撃パターンは解析済みさ」
「華ちゃん言うな、死刑にするわよ」
無駄に爽やかに笑う李円とコメカミをひくつかせる曹操。
「何故、なぜ私の剣が当たらんのだ……教えてくれ、秋蘭」
七星餓狼を大地に突き立て、肩で息を切り、あたかも敗残の兵の様に打ちひしがれる夏候淳。
「姉者、忘れたか。李円は武人としも一流で、軍師としても一流の才を併せ持ちながら、その才を全て華琳様と戯れる為に消費する男。ああいうのを『才能の無駄遣い』と言うそうだ」
手を近付けるだけで凍る様な冷えきった客観的思考。武人でありながら、武のみならずあらゆる事柄に曹操から全幅の信頼を受ける夏候淵とは冷静沈着、冷徹無私。感情に左右されないその様は正に完璧家臣。
「むう、何という駄目人間なんだ李円。所で、秋蘭は何故に隠し矢をつがえているんだ?」
何気なく放たれた夏候淳の言葉に
「俺、狙われているっ!?」
曹操と話していた李円がビクリ、と身をすくませた。
「(チッ!)遠くに鳥が見えてな。別に一発も当たらなかったのが悔しくて、殺気を隠して射てば当たらないかな、とかは思考の外だったな」
「ハハハッ、秋蘭は目がいいなー。私は鳥なんか全然見えなかったぞ」
和気藹々と会話する仲の良い姉妹に
「フフフ、あの二人の仲の良さは見てて気持ちが良くなるわね」
普段の懍とした表情からは想像もつかない柔らかな笑みを浮かべる曹操。
「言葉通りにしても無意識で殺す気満々って事じゃないか……窓辺にはもう座れねぇ」
割と普段からしている絶望の表情を浮かべる李円であった。
「で、天の御遣いは居たのかしら?」
辺りを兵士に警戒させながら、向かい合う四人。
曹操に聞かれた李円は首を振り
「いや、予言は外れ。居たのは旅芸人三人娘と遊学の三人娘、世直し三人娘だけだったぜ。あ、後なんか光っている男が一人いた」
「見つけてるじゃない!!
李円、あんたアホなの!?
それともアホなの!?」
「何故、繰り返すのかと。あ、痛い痛い。許して、琳ちゃ……」
李円の襟首を持ち上げて往復ビンタを何回も往復させる曹操。
小柄な曹操に持ち上げられ、バチンバチンと首がもげそうな勢いで頬を叩かれ、瀕死になる李円。
「華琳様は武器より肉体言語使う方が李円には強いな、秋蘭」
「あの二人の力関係は私も判らないよ、姉者」
無駄とは思いつつ、警戒中の兵士達に李円の言う三人娘三組と光る男を捜索する様に指示を出す秋蘭であった。
遡る事、数刻前。
李円は流星が降ったと噂されている地点に単独で赴いていた。
兵を率いるとどうしても足が遅くなるため、単騎で駆けられ、しかも警戒されにくい旅商人を装うのに李円はこれ以上無いほど
適していた。
生来の切れ長の目以外は凡庸な容貌と人懐こい優しげな表情は、見る者にいいとこの若旦那という印象を与える。
馬上から太陽を背にする李円の視界には旅芸人とおぼしき三人の娘が映っていた。
それと対する様に黄色い布を頭に巻いた三人の男が何事か言葉を交わし、本らしき物を手渡す。
風に乗って
「……頑張ってください」
とか
「これからも応援よろしく」
とか聞こえてきたので、旅芸人三人娘をひいきにする応援者の集まりみたいなものかと李円は一人頷く。
まだ、わずか三人の応援しか得られないが聴く人が居るならば歌い続け、奏で続けるのが芸人の生き方なのだろう。
折角の楽しげな雰囲気に水を差すのは『粋』ではない。李円は空気の読める男だった。
「フッ、邪魔者は静かに消えるとしよう」
馬首をめぐらし、遠回りに迂回する李円の姿は何処か劇画調に日光の陰が差していたと言う。
「やべっ、考えてみれば華琳が探してた人相書きの『チビ、デブ、ノッポ』だったじゃん。あの三人」
曹操達に見た事を報告していた李円の残機がここで一回減った。
途中で迂回した為か、流星が落ちたとおぼしき場所には先客があった。
頭に黄色い布を巻いた三人組に絡まれている光る服を着た少年が一人。
「あっ、蹴っ飛ばされた。ふむ、ヒーローは高い所から現れるを地でいくか」
近場にあった高台によじ登り出した李円。
その間にも時間は流れ
「天候風向き角度、一気に確認良し。さて、やってやりますか」
高台の端に足をかけ、見下ろす李円の視線の先には三人組を蹴散らす槍遣いの姿があった。
明るい青の髪と白地にあしらった金色の翼も鮮やかに腰に大きい紫の帯を締めた、胸元やら太ももの露出が眼福な美女が大立回りをしているのである。
「……ふっ、中々の腕前だが奴らは訓練もしていない黄布の賊ども。所詮は雑魚相手のお遊戯よな」
慢心たっぷりなセリフの割りに悔しそうに歯ぎしりする李円であった。そのお遊戯は自分がやりたかったらしい。
他にも金髪を足元まで伸ばした幼女や、眼鏡をかけたガーターベルトな人が居たが何やら剣呑な雰囲気になった後に人の気配を察したらしく去っていった。
去り際に槍遣いの美女がチラリと李円の方に視線を走らせたが、李円は歯ぎしりしながら地面に突っ伏し泣き伏せていたので気付かなかった。
遊学の徒らしき三人娘と入れ替わりに桃色と黒と赤の三人娘が光る男を見つけて何やら長々と話した後、その場を後にしたが泣き疲れて眠ってしまった李円はやはり気付かなかった。
「で、何にも無いと華琳が寂しがるだろうから『光って』て『天の御遣い』が喋りそうな語りを演出してました。神様とか何とか言ってればそれっぽいよね!!」
ここまでで既に李円が着る御し立ての変装用行商服が腰ミノレベルに切り裂かれていたが、表情はいつもの穏やかなものだった。切り長の目に宿る瞳は死んだ魚レベルの光の無さであったが。
「で、何で寝てた割には状況把握はしっかりしているのかしら?」
曹操は鎌を研いでいる。
「やだなー、『常在戦場』は我が家の家風って知ってる癖にー。寝てる位で周りの気配を察せなくなる訳ないじゃないですか、華琳のおとぼけさん」
乾いた笑いを上げる李円。
「華琳様、弓矢は死ににくい分痛みが激しい毒入りにしておきました」
何やらドクロ印の描かれた壺に矢じりを浸す夏候淵。
「完璧よ、秋蘭。思う存分、私の為に磨いた腕前を特等席で見せなさい」
「御意!!」
「ま、待って。続きが、続きがあるんです」
人の居なくなった荒野にて李円は高台に腕を組んで風に吹かれていた。
黒髪が時折、強い突風にあおられ切れ長の目を露にする。
そこにある表情はいつもの人懐こい柔らかなものではなく、眉尻を引き締め、口元を固く結んだ精悍な決意の顔。
「黄布を巻いた賊が世を烈風の如く乱す。治世には一介の士として埋もれる者達が風に起こされ羽ばたき始めた、か」
厳しい視線の先は漢帝国に君臨すべき帝のおわす洛陽がある。自分の生まれ育ったそこが今は遥かに遠く感じられた。
洛陽は漢の中心。
豪奢をしつくした年経た老人の様にゆっくりと退廃的に時間が流れる洛陽。しかし、一歩外に出れば飢えによる嘆きと苦しみ、治安の乱れによる賊の略奪が生み出す痛みと憎しみ、天も神も役人も誰も助けてくれない怨みつらみが混沌の坩堝となり世を乱し、激流となって押し寄せて来る。
手足となって支えるべき忠臣は少なく、漢帝国は自ら立つ手足すら年老いた老人の様に頼り無い。
「乱世来たりなば、立つべき者ありや」
もう、時代は動き出していた。
荒野の高台に立ち、風に吹かれながら李円はそう呟いていた。
口元に自分自身ですら気付かぬ、男という生き物が困難という名の壁を目の前にした時に浮かべる獰猛な笑みを貼り付けて。
世は乱れ、英雄も入り乱れ始めていた。
「そんな格好いい感じで一つ」
再現ドラマ風味に脚本、演出、主演、監督をこなした李円は高台にて縛られて吊り下げられている。
「李円、面白かったわ。つい、見入る位にね」
李円を吊り下げている縄に鎌の歯を当てながら、曹操は洛陽の方を憂鬱そうに見やる。
「楽しんで貰えて光栄の至り。減点式の評価より加点式の評価を希望したい」
「だ・め」
李円と現世を繋ぐ蜘蛛の糸が曹操の大鎌にプツリと切り落とされる。
どっかの桃園に居た四人がビクリ、と首を竦める様な叫びが聴こえたとか何とか。
そんな感じで始まります。
「神よ、私は美しい」:マーブルトリパー
ここで李円の残機が一回減った:『一機』ではなく、『一回』である。どれ位に減ったかはご想像にお任せ致します。
ドクロ印の描かれた壺:曹操さん家の流行はドクロマーク。別に危険物とかでは無いよ、本当だよ。
前二話は説明回という驚愕の事実。
前書き通り、原作をプレイされた方はこの話から読めばいい感じ。
じゃあ、何で前二話があったのよ。というツッコミはいきなりこのテンションだと置いてきぼりポカーンにならない保険というか、書きたかっただけなのは君と僕との秘密だよっ!!
ここまで来れば後は勢い任せでござります。ではでは新たな外史を宜しくお願い致します。




