雨を降らせるか、生贄になるか
かつては緑に溢れていたのだろう森の中。
干上がった深い泉の底にはたくさんの骨が見える。
艶やかな長い黒髪の若き王は腰の剣を抜き、龍美の喉元に冷たい刃先を突きつける。
龍美を見下ろし言った。
「雨を降らせるか、生贄になるか。
どちらか選べ」
いやいやいやっ。
どっちも無理です~っ。
その日、帰ろうとした途端に雨が降りはじめたので、安野龍美は一旦、校舎に戻った。
昇降口の軒下から空を見上げていると、同じように濡れて戻ってきた女生徒がいた。
麻田リラ。
茶髪でウェーブのついた肩までの髪。
ピンクダイヤのような丸いピアス。
小柄で小さな顔に大きな瞳。
……ちなみに、うちの高校は、茶髪もパーマもカラコンもつけまつげも禁止だ。
彼女に言わせれば、
「髪が傷んで、茶髪になって、勝手にくるくる巻いてきたんです。
耳には気がついたら、光る石が張り付いていました。宇宙人の仕業じゃないですか?
瞳が大きすぎる?
いつもなにかに驚いてるからじゃないですかね?
瞳の色が違うのは、外で農作業をしていたせいで目をやられたんです」
ということなのだが――。
一緒に雨宿りをするもの同士、ここは、愛想のひとつも振って、と龍美は微笑みかけてみたが、ふん、と視線をそらされる。
……噂通り、面倒臭い人だ。
昔一緒に班活動をしたとき、細かいことにうるさい班長を一蹴してくれたこともあったし、いいところもあるのではないかと思うが。
こういう派手な人と我々、図書室で静かに本を読んだり、美術部で絵を描いたりしたい人種とはどうも合わない。
濡れても帰るか、と龍美が足を踏み出しかけたとき、リラが、
「ちょっと」
と声をかけてきた。
「まだ降ってるじゃない。
もうちょっと待ちなさいよ。
すぐ止むわよ。
私、そういうのわかるのよ」
「えっ? そうなんですか?
じゃあ待ちます」
……素直ね、とリラは言う。
「あの、ついでに中に入りませんか?
ここ飛沫が飛んでくるから」
ちょっと微笑みを浮かべて、ガラス扉に手をかけたとき、バーンッと手から衝撃が伝わった。
目の前が真っ白になる。
なに? 雷!?
思わず尻餅をつき、目を開けたときには――。
なにここ。
太い柱がいっぱいで、壁がない。
神殿みたいな……。
龍美は尻餅をついたまま、自分を覗き込む古代エジプト人みたいな、腰布一枚のおじさんたちを見上げていた。
「聖女様……?」
「この方が聖女様か」
「王族と同じ、艶やかな長い黒髪。なにより、美しい」
「聖女じゃなくても、この娘を崇め奉りたい」
なんか一人、おかしな人が混ざってますよ、と龍美が思ったとき、
「ちょっとーっ」
と後ろで声がした。
麻田リラが立っていた。
「安野が聖女ってなによっ。
聖女と言えば、私でしょうっ?」
私が聖女もおかしいですが、あなたが聖女もおかしいです、と思いながら、背後で仁王立ちになっているリラを振り返る。




