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断罪-1.不吉な予感

ここからが真の本番...。

 

 ――ぷつん。


 それは、この世のどんな爆鳴よりも恐ろしい響きだった。

 僕が自信を持って構築した、神の眼すら欺くはずの「虚無の結界」。

 それが、まるで繊細な絹糸が指先で弾かれたような、あまりに呆気ない音を立てて消失した。


「……え?」


 円卓を囲む12人の「決して逆らってはいけないリスト」の住人たちが、一瞬だけ硬直する。

 戦闘力、探知能力、判断力。そのすべてにおいて世界の頂点に立つ怪物たちが、何が起きたのか理解できず、ただ入り口の石扉を凝視した。


 轟音も、魔力の波動もなかった。

 ただ、物理的な質量を持った「怒り」が、扉の隙間からアジト内に漏れ出してくる。

 それは、魔王の発する殺意よりも冷たく、重く、そして絶対的なものだった。


 ゆっくりと、石の扉が開く。

 砂埃の中から、コツン、コツンと靴音を響かせて現れたのは――。


 入ってきたのは僕たちにとっても想定外の人物だった。


 依頼者にしてはどこかおかしい。依頼者以外でここに堂々と入ることができるのは、メンバー以外に今までいなかった。

 パぺとセーダが違和感に気付いたのか、生存本能に突き動かされるまま、侵入者へ向けて研ぎ澄まされた殺気を放つ。


「貴様、何者だ!」


「待て!動くな、パペ、セーダ!!!」


 僕の喉が裂けんばかりの絶叫が、アジト内に響き渡る。だが、もう遅かった。僕が彼らを静止したその瞬間の言葉選びこそが、僕たちが単なる「便利屋」ではないという決定的な証拠になってしまったのだ。


 透き通るような水色の髪を揺らし、いつもは穏やかなその瞳を「絶望的なまでの冷徹さ」に染め上げた女性。

 手には、僕が今朝「いってらっしゃい」と手渡したはずの、孤児院の掃除用ほうきが握られていた。


「…………アイリス…………姉さん…………?」


 僕の口から、情けないほど震えた声が漏れる。

 買い物袋からネギが一本、床に転げ落ちた。


「……ルウくん。便利屋のお仕事は、山奥の暗殺者ギルドと会議をすることだったの?それとこの白いコートはいったい何?」


 彼女の眼は僕の白いコートの姿を捉えていた。

 さらに彼女の声は低く、そして静かだった。だが、その背後に渦巻く「何か」が、アジト内の酸素をすべて奪い去っていく。

 ボーンが、ニヴェが、あの傲慢な怪物たちが、椅子から立ち上がることさえできず、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタと震え始めた。


「あ、いや、これは、その……アイリス姉さん、どうしてここに……」


「どうして?……おかしいと思ったのよ。ルウくんが買ってきたお肉、いつも切り口が『外科手術』みたいに綺麗すぎるんですもの。少し気になって……ついてきちゃった」


 ついてきた。

 この僕の、神速の移動と、幾重もの隠蔽結界を抜けて。

 ただの「保育士」であるはずの彼女が。


 アイリスはゆっくりと、僕に向かって歩を進める。

 彼女が歩くたび、足元の石床がメキメキと音を立ててひび割れていった。これは魔法じゃない。彼女の魂の格が、世界の理そのものを威圧しているのだ。


「ルウくん。それと11人の皆さん……少し、お話があるわね?」


 彼女の瞳が、水色から鮮血のような赤へと変色し、般若のような形相に変化する。

(嘘だろ......あんな姉さん僕は知らない......姉さんなのか?)

 最強の暗殺集団『白爪』が、一人の女性を前にして、全滅の予感に戦慄している。


「ルウくん……。買い物に行ったきり帰ってこないから、心配して……ずっと探したのよ」


 アイリス姉さんの声は、今にも消えそうなほど静かだった。けれど、その響きには僕の心臓を直接握りつぶすような、冷徹な質量がある。


 彼女の視線が、アジトの内部をゆっくりと這う。

 床に無造作に置かれた、一振りで空間を断つ双極『白狼剣』。

 壁にびっしりと貼られた、各国の腐敗貴族や魔王軍幹部の暗殺計画図と、血塗られたターゲットの肖像写真。

 そして何より、隠しきれない「死の臭い」を全身から放ち、固まっている12人の怪物たち。


 言い逃れなど、できるはずがない。そんなことは、僕のIQ計測不能な脳が瞬時に導き出した「結論」だ。

 けれど、僕の生存本能は、あまりの恐怖にバグを起こしていた。


「あ、あははは……! お、おかしいなぁ、姉さん。どうしてこんなところに? 奇遇だね!」


 僕は引きつった笑みを顔面に貼り付け、全身から滝のような冷や汗を流しながら、必死に言葉を紡いだ。


「ち、違うんだ姉さん! これは……これは、その! 『大規模な便利屋ギルド』の国際会議なんだよ! ほら、この人たちはその……引越し業者のベテランさんたちで……! 今度、国を跨ぐ大きなお引越しの依頼があって、その、打ち合わせをね!?それとこの紋章は、異国の国旗なんだ......」


 僕の背後で、ボーンが「それは無理があるだろ」という顔で天を仰ぎ、サレが「リーダー、もうやめてくれ」と絶望に目を伏せるのがわかった。

 最強の暗殺集団『白爪』が、一人の保育士を前にして、これほどまでに無力で、惨めで、滑稽な集団に成り下がった瞬間だった。

 その滑稽な集団に成り下がった瞬間、僕たちに予知できぬ災害がアイリス姉さんから放たれることになる。


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