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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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幕間A:飼い主の女子会

 

 孤児院の裏手にある、ピセアの提供した最高級ハーブが香るテラス席。

 そこでは、四人の女性たちが、優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。かつて僕たちは南の大陸の支配者。いや、救世主にして死神だった。しかし、このセダと名乗る女性が現れたことによって、彼女たちこそが南の大陸を裏から操る支配者になっている、と僕らペット側は完全に諦観視してしまった。


 かつて、伝説の暗殺者集団『白爪(ホワイトクロー)』のリーダーにして現役マンチカンの僕・ルウは、アイリス姉さんの膝の上で丸まりながら、絶望的な気分でその会話を盗み聞きしていた。隣には、昨日から仲間入りしたばかりのロシアンブルーのカバロがいる。蒼穹の騎士とかつて呼ばれた彼だが、借りてきた猫……というか、文字通り借りてきた猫のような顔で座っている。彼も僕と同様に絶望的な気分なのが分かる。


「ねえ、聞いてよみんな」


 アイリス姉さんが、僕の喉元をふにふにと撫でながら口を開いた。その声は、相変わらずおっとりとしていて、砂糖菓子のように甘い。


「うちのルウくん、最近また背伸びをして『正義のためなら死神になってやる』なんて豪語していたの。自分の命を安売りして、血生臭い場所へ行こうとするなんて、本当に困った子よねぇ」


(困った子だと?僕が葬ってきた外道はじゃあ何だったんだ?)


 僕は思わず身体を硬くした。それは僕が便利屋として、街を裏から守ろうと決意した時の熱い誓いだったはずだ。なのに、アイリスの口を通すと、まるで「泥遊びを止めない五歳児」の話のように聞こえてしまう。


「ふふ、アイリス。それは『中二病』という不治の病の一種よ」


 眼鏡を指先でクイと上げたのは、大陸法秩序維持機構の特別執行官、ルンだ。彼女は手元のスコーンを優雅に切り分けながら、容赦ない言葉を続ける。


「ここまで殺し屋としての本能を隠せず、独りよがりの『粛清』を繰り返していたら、便利屋が倒産して当然だわ。経済的にも、法的にも、彼のやっていることはただの『無許可の廃棄物処理』。むしろ今まで営業できていたのが奇跡ね」


 ルンの冷徹な分析に、僕は心臓が止まるかと思った。法務の最高実務者に「無価値」と断じられるのは、首を撥ねられるよりきつい。


 すると、今まで黙って紅茶を淹れていたセダが、くすくすと笑いながら会話に入ってきた。彼女は僕ではなく、隣で固まっているカバロをじっと見つめる。


「確かに外道も悪いけれど……それを成敗するために街の建物を壊していい理由にはならないわよね。ねえ、カバロ? 依頼者も殺し屋も、結局は自分の感情を『正義』という言葉でラッピングしているだけ。特に、あなたのような武門貴族の出身者が、二十年も家を空けてやっていることが『近所迷惑な爆破作業』だなんて……実家のお父様が知ったら、また泣いてしまわれるわ」


 カバロの耳が、屈辱でペタンと伏せられた。彼の「重い正義」は、セダの前では「片付けられない子供の散らかした玩具」と同義なのだ。


「あらあら……皆さん、少し厳しすぎますわ」


 最後に口を開いたのは、薬草農家のピセアだった。彼女はスコップを傍らに置き、聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。僕らペット側は、彼女のこの「圧倒的な無関心」が一番恐ろしいことを知っている。


「殺し屋さんも、依頼者さんも、一生懸命なんですもの。ただ、少しだけ……『生きるのが下手』なだけなのよね。あんなに殺意や復讐心で身体をガチガチにして。そんなエネルギーがあるなら、森の土を耕したり、肥料を運んだりしたほうが、ずっとお花も喜ぶのに」


 ピセアの言葉は、戦うことそのものを「非効率で意味のない雑音」として切り捨てている。彼女にとって、カバロの重力魔法も僕の暗殺術も、植物を育てるための「堆肥」ほどの価値もないのだ。


「要するに」と、ルンが冷たく締めくくる。「彼らには、自分たちで自分を律する能力が欠けているのよ。だから私たちがこうして、適切な『管理』の下で生活を保障してあげている。感謝してほしいくらいだわ」


「そうね。ルウくんも、猫の姿になってからの方が、ずっと規則正しい生活をしているもの」


 アイリス姉さんが僕の耳の裏を掻く。その心地よさに、僕の本能が勝手に「ゴロゴロ」と鳴り始めた。抗いたい。死神としての誇りを見せつけたい。でも、彼女たちの放つ「日常」という名の底なし沼に、僕は一歩ずつ沈んでいく。


 僕はそっと、隣のカバロに思念波を送った。


(……カバロ。聞こえるか。どう思っている)


 カバロは、エメラルドグリーンの瞳に深い虚無を湛え、震える声で応えた。


(……ルウ殿。あの人たちは、次元が違いすぎる。我々が命を懸けてきた『裏社会のルール』や『最強の武技』が、彼女たちの『ティータイムの話題』にさえ満たない。……私は昨日まで、自分を星の運行を乱すほどの強者だと思っていたが……今は、ただの『毛深い居候』であることを認めざるを得ない)


(自業自得だよ。僕たちは、正義だの悪だの言っている間に、一番大切な『日常の怖さ』を忘れていたんだ)


「あら、カバロちゃん。ルウくんと何を内緒話しているのかしら?」


 セダが、悪魔のような……いや、慈母のような微笑みでカバロを抱き上げた。


「ほら、挨拶なさい。ルウくんはあなたの『猫としての先輩』なのよ。カバロ、あなたは今日から、アイリスさんの孤児院の警備と、僕の肩揉み係を担当してもらうわ。……重力魔法を使って、適度な圧力でね?」


「ニャ、ニャア……(承知、いたしました……)」


 カバロの返事は、もはや騎士の咆哮ではなく、完全に「しつけられたペット」の鳴き声だった。僕にはこの会話の内容はわかる。孤児院の警備と言っているが、結局はただの『昼寝』だと。


 女子会は続く。明日のおかずの話、新しい法律の改正案、森に植える新種の薬草……。

 その穏やかな会話の裏で、南の大陸最強の暗殺者二人は、今日もふかふかの肉球を見つめながら、静かに、そして完璧に「更生」させられていくのだった。


 僕はアイリスの膝の上で、諦め混じりのため息をついた。

 ……カバロ。君もすぐに慣れるさ。ここの「またたび」は、どの国の美酒よりも効くんだから。


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