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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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修行-地獄の管理人

 

『駿馬の聖域』の轟音の騎士・ソニクは、焦燥感に駆られていた。カバロが「正義の粛清」を開始する一方で、彼は自身の「音(震動)」の属性が、特定の条件下で無力化される弱点を知っていた。その弱点を克服するため、彼はある男に接触を試みた。


 それは、かつて『焔牙騎士(フレイムファング)』として大陸を震え上がらせ、現在は大陸法秩序維持機構の特別執行官・ルンの監視下で「更生」という名の強制労働に従事している男、シロであった。


 ルンの屋敷の裏手。かつては数万の軍勢を竜巻で破裂させた「轟く狂風」が、今は情けない手ぬぐいを頭に巻き、一心不乱に薪を割っている。


「頼む、シロ殿。あんたの真空の技術を学びたいんだ」


 ソニクが影から現れ、低く頭を下げる。その礼は自らのリーダーであるカバロから学んだもの。貴族の彼と幼馴染のソニクはそれが身に沁みついていた。


「音は空気の震動。真空……つまり『音を伝える媒体がない空間』を作られれば、私の槍は無力化される。だが、もし私が真空の壁を突き抜ける術、あるいは真空そのものを利用する技術を学べれば、私の槍は真の無音となり、神の領域に達する」


 シロは斧を振り下ろし、丸太を真っ二つに叩き割ると、不敵に笑った。


「あんたらみたいな自由な身を見ると、俺たちの現役時代が懐かしくて涙が出るぜ。……いいぜ、新入り。あいつは今、公務で中央官庁へ行っている。秘密で短時間のスパーリングならな。俺もこの溜まりに溜まったストレスを、真空の中に叩き込んでやりたかったところだ」


-----


 二人の怪物は、人里離れた不毛の荒野へと移動した。そこはかつて激戦地だった場所だが、今や二人の「444人リスト」の猛者が対峙するだけで、大気そのものが軋み始めた。


 ソニクが長槍『震響しんきょう』を構える。先端から放たれる超高周波の震動が、周囲の小石を粉々に粉砕していく。対するシロは、武器さえ持たず、ただ両手を広げて立ち尽くした。


「なるほど、震動か。音の速さで迫る破壊……だが、俺の属性はそれを超える『理』だ」


「行くぞ、シロ殿! 轟けッ!」


 ソニクが槍を突き出す。目に見えない音の弾丸が、空間を断ち切りながらシロの心臓を狙う。しかし、シロが腕を軽く振るうと、数十の竜巻が同時に発生した。


「行くぜ、新入り! 風の牙に切り刻まれんなよ!」


 竜巻が複雑な気流の乱れを作り出し、ソニクの放った震動波を分散、相殺していく。風の咆哮と音の衝撃が激突し、荒野の空の色が変わる。


 激闘の中、ソニクはシロの圧倒的な経験値に圧倒され始めていた。


「ソニク、その槍……確かに攻撃範囲は広いし、威力も申し分ねぇ。だがよ、空気を震わせている以上、俺の『風』の支配下にあるんだよ」


 シロが不敵に指を鳴らす。その瞬間、ソニクの視界が歪んだ。


「……!? 呼吸が……できない!」


 シロが真空を駆使した応用技、『真空の魔弾』を展開したのだ。ソニクの周囲数メートルの酸素が一瞬で消失し、急激な気圧差が生じる。外側からの圧力が消えたことで、ソニクの肺は内側から圧潰されそうな激痛に見舞われた。槍という長柄武器を扱う上での基礎である彼の脚も今ので膝をついてしまいそうだ。


「これが俺の十八番、真空の魔弾だ。音が伝わらないだけじゃない。生物としての機能を、空間ごと否定する」


「……ッ、これが真空……! だが、音は真空中を伝わらぬとも、震動は大地を伝う!」


 ソニクは屈せず、膝を突きながらも槍を地面に深く突き立てた。地脈を直接揺らす、広域共振衝撃。大地が波打ち、シロの足元の重心を奪う。真空の檻を維持できなくなった一瞬を突き、ソニクは再び立ち上がる。音速と真空が交錯し、荒野の地形は、巨大なスプーンで抉り取られたかのように無残に削り取られていった。


 修行開始から3時間。両者ボロボロになりながらも、最後の一撃を放とうと魔力を練り上げた、その時だった。


 カツン。カツン。カツン。


 荒野にはおよそ似つかわしくない、硬く、冷徹で、規則正しい靴音が響き渡った。

 二人の怪物の心臓が、同時に跳ねる。本能が「逃げろ」と叫んでいる。しかし、その場に満ちた「剛の狂気」によって、指一本動かすことができなくなった。


 土煙の向こうから現れたのは、知的な眼鏡の奥に凍てつく瞳を宿した女性――ルンであった。


「……あら、二人とも。随分と楽しそうね? 私の不在を狙って、こんな野蛮なレクリエーションに興じていたの?」


 彼女の手には、びっしりと文字が書き込まれた書類の束と、鈍く光る六法全書。


「シロ。今日の薪割りのノルマはまだ半分も終わっていないわよね? 職務放棄および監視区域の無断脱走……これは重いペナルティになるわ。……それに、そちらのソニクさん」


 ルンがソニクを射抜くように見つめる。

「許可なく公有地でこれほどの騒音公害を撒き散らし、地形を不当に変更する行為。重過失による器物損壊罪、および環境保護法違反が適用されますね。弁護の余地はありません」


「る、ルン……! これは、その……修行で……強くなるために……!」

 シロが言い訳を口にするが、ルンの眼鏡がキランと光る。


「弁解はうちで聞きます。シロ、あなたには追加で『一週間の無言断食・トイレ掃除の刑』を課します。当然、風車職人の復職は夢のまた夢ですね」


 ルンは次に、震えているソニクへと向き直った。


「ソニクさん。あなたは……そうね。カバロさんの仲間だそうじゃない。あなたには、社会貢献という名の更生を命じます。ティルくんと一緒に、アイリスさんの孤児院で『大型犬用のお散歩カート』を引くお馬さんになってもらいましょうか」


「お、お馬さん……!? この俺が、伝説の騎士とまで謳われたこの俺が、観光カートを引く馬代わりだと……!?」


「ええ。人の姿のままで結構ですよ。馬以上のパワーを期待していますから。さあ、この特注ハーネスを装着してください。あなたのその『伝説の脚力』、見せてもらいますよ?」


「……槍を振るうために鍛え上げた俺の大腿四頭筋への、これは冒涜……いや、拷問じゃないか!」


 ソニクは初めて絶望の声を上げた。自身の分厚い手のひらを見つめ、屈辱にわななき戦慄く。かつて戦場で猛威を振るった剛腕は、今や太った観光客を乗せるボロいカートの動力源として、無慈悲な期待を寄せられている。

 その時、ルンの指先から放たれた『法秩序の鎖』が、二人の魔力回路を無慈悲に侵食し、完全に封印した。


「さあ、行きなさい。法に従えない獣には、相応の『役割』があるのですから」


 荒野に残されたのは、削り取られた大地と、未来を奪われた二人の怪人の絶望的な沈黙だけだった。


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