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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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介入-2.断絶された「駿馬の聖域」

 

「馬鹿な、ただの一般人風情に……この私が……!」


 インルが重圧を込めて一歩を踏み出す。彼の『不動』の慣性は、本来なら山をも動かし、立ち塞がる全てを粉砕するはずだった。だが、次の瞬間、セダがスッと目を細めただけで、戦場の空気は一変した。


 インルとプレザの全身に、心臓を直接氷漬けにされたような戦慄が走った。

 二人の本能――数多の死線を潜り抜け、数万の命を刈り取ってきた「最強の暗殺者」としての生存本能が、かつてない音量で警鐘を鳴らし、強制的に肉体を萎縮させる。


「が……っ、あ……」


 プレザの巨大な戦槌は、セダの頭上わずか数センチのところで静止していた。止めたのではない。指一本動かせないのだ。セダから放たれる「気配」――それは魔力ですらなく、ただ純粋な「上位者としての格」がもたらす重圧。


 カバロはその光景を、信じられない思いで見つめていた。


(馬鹿な……理論上、インルとプレザの攻撃なら、彼女のような一般人は0.1秒で塵にできたはずだ。だが、なぜ彼女の視線一つで、444人リストの二人が石像のように固まっている……!? 20年前の、あの時と同じだ。彼女の前では、私の重力魔法さえも『行儀が悪い』と否定されているかのように……!)


「何を言っているんですか、セダさん!」


 カバロは自分の中に湧き上がる幼児のような恐怖を振り払うように、必死に声を荒らげた。


「あなたもあの外道に殺されたいというのか! この商人は国を売り、子供を戦場に送っていた下衆だ。依頼者は彼に全てを奪われ、命からがら私のもとに来た。私たちは正当な『粛清』を行っているんだ! 私たちのしていることは、この世界の汚れを払う『正義』だ!」


 カバロたちの調査は完璧だった。標的の余罪、逃走ルート、証拠隠滅の計画に至るまで、これまでの2000件を超える依頼と同様に、非の打ち所がないはずだった。彼は誇り高き「駿馬の聖域」のリーダーとして、自分の行動には一寸の曇りもないと信じていた。


「……それがどうしたのですか?」


 セダの声は冷淡だった。ゴミを見るような目ですらない。ただ、散らかった部屋の住人を諭すような、圧倒的な日常の視点。


「どんな立派な正論があろうと、夜中の2時に近隣住民の睡眠を妨げて良い理由にはなりません。おまけに、見てくださいこの惨状。爆音を立て、こんなに埃を舞い上げて。明日の洗濯物が台無しですよ。あなたが壊した瓦礫のせいで、ルンさんが楽しみにしていた街並みの景観も損なわれました。……カバロ、あなたの『正義』は、近所の迷惑も考えられないほど幼稚なものだったのですか?」


 インルとプレザは戦慄した。

(この女……リーダーの、正義の死神の魂の叫びが全く通用していない。話の次元が違う……!)


「……リーダー、この女は後回しだ。話が通じる相手じゃねぇ。インル、依頼者を安全な場所に移動させる手配をしろ! メンバー全員に連絡して予備の拠点を確保させるんだ、撤退するぞ!」


 プレザが脂汗を流しながらも、任務の完遂を最優先しようと促す。カバロもまた、セダの「教育」が本格化する前にここを去るべきだと判断した。


 インルが懐から通信石を取り出し、必死に魔力を流し込む。しかし、何度呼びかけても応答がない。


「……おかしい。フォス、ソニク、テンプ……誰も繋がらないだと!? 街の広場で待機しているあいつらが、一斉に不覚を取るなどあり得ん!」


「何だって!? あの三人が同時に不覚を取るはずが……。フォスの光速移動も、テンプの超高熱も、国家転覆級の戦闘力を持っているんだぞ!」


 インルは混乱の中、鼻を突く「焦熱」や「衝撃」の匂いを探した。しかし、風に乗って運ばれてきたのは、妙に穏やかな、心を落ち着かせる「カモミール・ハーブティー」の微かな香りと、不気味なほど平和な空気だった。


「……まさか。今頃あっちの三人も、同じように誰かにお説教を食らっている最中なんじゃないのか?」


 その「まさか」は的中していた。

 街の広場で「光よりも速い粛清」を準備していたフォスたちは今、夜の散歩中にあの保育士に「夜遊び」を優しく咎められ、その精神的重圧で動けなくなったところを確保されていたという。

 彼らは今、逃げることもできずに笑顔の彼女から振る舞われるハーブティーを、震える手で啜りながら「健全な生活習慣」についてのお説教を拝聴するという、別の地獄(天国)に叩き落とされていたのである。この事実を目の前にいる女性から知らされていた。


「坊ちゃん。仲間を心配する前に、自分の身を心配しなさい。それとさっき使った『撤退』なんて言葉……私が教えた辞書に、そんな便利な逃げ道は載せていませんでしたよね?」


 セダが買い物袋の中から、一本の「竹の定規」をゆっくりと取り出した。


「20年も経って、少しは成長したかと思えば……結局、力任せに物を壊すことしか覚えていない。家庭教師として、非常に残念です」


 カバロは見た。自分を「筆頭家庭教師」として恐怖のどん底に叩き落としていた頃と全く変わらない、セダの瞳の奥にある「本気の教育的指導」の炎を。

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