行進-森の音楽隊
「さあ、みんなおいで。お姉ちゃんについてきてね。迷子になったら大変ですよ?」
アイリス姉さんの、春の陽だまりのように暖かく、そして抗う術を一切封じ込める慈愛に満ちた声が響く。
僕の首には、光り輝くラインストーンが散りばめられたピンクのリード。そして背中には、小さなバイオリンのおもちゃが固定されている。
僕の後ろには、さらに無残な姿の仲間たちが続いていた。
「ワン!(そんな殺生な……!)」と情けない声を上げるチワワのティル。
そして、新しく「家族」に加わった、二羽のロップイヤー。
かつて大陸を震え上がらせた『翠影双翼』の成れ果てだ。茶色のロップイヤー(フォルト)は背中にアコーディオン、白銀のロップイヤー(アスト)は頭に小さなシルクハットを乗せられ、首から小さなラッパをぶら下げている。四匹全員が、色違いの「森の音楽隊セットアップ」に身を包み、アイリス姉さんが引く一本の多頭引きリードによって、幼稚園児の散歩のごとく一列に繋がれていた。
(……なあフォルト。聞こえるか。これは、僕たちに対する高度な精神刑か何かか? 完全に幼稚園児扱いじゃないか)
僕は歩調を合わせながら、背後の茶色い毛玉にテレパシーを飛ばした。フォルトは、自分の長い耳をパタパタとさせ、虚無の極致に達した瞳で人参型のチャームを見つめながら応えた。
(……ルウ、余計なことを言うな。今の俺には、このアコーディオンの重みが、かつてのハルバードの百倍重く感じる。……ああ、クソッ。血生臭い殺し屋時代が、今のこの『お遊戯会』に比べれば、天国のように楽しすぎたぜ……)
「ほらほら、みんな足取りが重いわよ? 元気に行進しましょう!」
アイリス姉さんが鈴を鳴らす。その清らかな音色に合わせて、僕たちは屈辱に身を震わせながら、街のメインストリートを「行進」させられる羽目になった。
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僕たちが街の広場に差し掛かった時だ。路地裏の影から、信じられないものを見るような、驚愕の視線を感じた。
視線を向けると、そこにはエプロン姿で「子供たちの靴下」が大量に入ったカゴを持った男が立っていた。
かつて『白爪』で僕と共に戦い、視認不能な鋼糸で戦場を支配した『最悪の拘束』——セーダだ。
彼は大勢の人混みの中、そこに紛れて立ちすくんでいた。
「……嘘だろ……」
セーダは手に持っていた靴下をポロリと落とした。
彼の瞳は、ピンクのフリルドレスを着てバイオリンを背負った僕と、それに続くモフモフの集団に釘付けになっている。かつて冷徹に標的をマリオネットのように操った男が、今や平和すぎる光景の暴力に、膝から崩れ落ちそうになっていた。
(……セーダ。見るな。頼むから、そんな哀れみの目で見ないでくれ)
僕のテレパシーに、セーダは震える手で十字を切った。
「ルウさん……あんた、そんな姿に……。あのリストのトップにいた『死神』が、イチゴ柄の布に包まれて行進してるなんて……世界が終わる予兆か?」
だが、セーダが僕への憐憫を言葉にするよりも早く、彼は「何か」の気配を感じ取って、全身の毛を逆立たせた。
彼の視線の先には、笑顔でリードを引くアイリス姉さんの姿。
「ひぃっ……!」
セーダは、かつて自分がアイリス姉さんに「断罪」され、孤児院の靴下縫い職人へと堕とされた時の恐怖を思い出したのだろう。
アイリス姉さんがふとセーダの方を向き、「あら、セーダくん。お洗濯は終わった?」と微笑みかけた。
彼はなぜ人混みの中で気づいたと考える暇もない。伝説のアサシンは脱兎のごとく、あるいは恐怖に駆られたネズミのように路地裏へと消えていった。
「……何かの気配を感じたのかしら? セーダくんも、相変わらず働き者ね」
アイリス姉さんは何事もなかったかのように行進を再開する。僕たちは、その後ろ姿を絶望の目で見守るしかなかった。
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行進は、港の近くの広場へと続く。
そこでは、一段と騒がしい「泣き声」が響き渡っていた。
「親方様ぁぁ~~ッ!! 親方様じゃありませんかぁぁ!!」
泥まみれの格好で、巨大なショベルを抱え、港湾の浚渫作業を素手で行っていた大男が、こちらを見て号泣していた。
かつて『焔牙騎士』でティルの片腕として暴れ、数万トンの水を自在に操った『轟く津波』——オルだ。
しかし、現在の彼は人殺しがバレた社会の恥さらし。
「キャン!キャン!(オル! お前、そんな泥だらけの姿で……!)」
ティルがチワワの甲高い鳴き声で叫ぶ。
オルの背後には、冷徹な眼鏡をキラリと光らせ、監督用の椅子に座って法律書を読んでいるルンさんの姿があった。
「親方様……っ! 私も、私ももう限界です! 毎日毎日、この素手で港を掘り続け……。殺し屋をやってたほうが、どんなに、どんなに楽しすぎたことか! 誰かを殺すより、泥を掘るほうが百倍キツイなんて、聞いてねぇですよぉ!」
豪快な海の男だったはずのオルは、もはや見る影もなく、ルンさんによる「地獄のペナルティ」という名の重労働に心を折られ、屈辱的に泣きじゃくっている。
「……オル。休憩時間はまだですよ。あと三メートル掘り下げないと、三日分の夕食は抜きです」
ルンさんが低く、通る声で告げると、オルは「ヒィッ、はいぃ!」と悲鳴を上げ、再び狂ったように泥を掘り始めた。その姿には、かつての『轟く津波』の威厳など微塵もなかった。
(……なあアスト。あのオルが、あそこまで……。僕たちの未来も、ああなるのか?)
(……いや、ルウ。俺たちはまだ『愛玩動物』として扱われているだけマシかもしれねえよ。……でも、ラッパを吹かされるくらいなら、泥を掘るほうがマシかもしれない……)
白銀のアストが、シルクハットを揺らしながら遠い目をして呟いた。
行進が進むにつれ、周囲の住民たちの囁きが耳に届き始める。
それは、かつての自分たちの誇りを、粉々にするような内容だった。
「ねえ、聞いた? 街一番の職人だったフォルトさんとアストさん。あんなに強面で、不愛想だったのに……」
「ああ、あの二人、実は極度の『可愛いもの好き』で、あまりに好きすぎて、自分たちが『うさぎ』になる修行に出たって噂よ」
「本当かしら? でも、ピセアさんの家で飼われているあの二羽……なんだか、あの二人に顔がそっくりじゃない?」
「やだ、本当ね! あの茶色いロップイヤー、フォルトさんっていのうの?あの真面目な顔して人参食べてるみたいで、笑っちゃう!」
街中が、二人の失踪を「滑稽な隠居」として噂していた。
国家転覆を企てた伝説の暗殺コンビは、もはや「うさぎになりたかった変な人たち」として、社会の笑いものにされていたのだ。
もちろん、二人の表の仕事は当然廃業に追い込まれ、職を失った。
国家の暗部で恐れられた名前は、今や子供たちが「うさぎさん、アコーディオン弾いて!」と指を差して笑うためのネタに成り下がっていた。
(……おい、フォルト。笑われてるぞ。お前、うさぎになる修行に出たことになってるぞ)
(……馬鹿野郎。そんなことを言うんじゃねぇ。……死にたい。今すぐこのラッパを爆破して、自分ごと消し飛びたい……!)
茶色のロップイヤーは、あまりの屈辱にプルプルと全身を震わせ、ついには投げやりな態度でアコーディオンを「プーッ」と一鳴らしした。
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夕暮れ時。
行進を終え、アイリス姉さんの孤児院の庭に戻ってきた僕たちは、力なく地面に突っ伏した。
「みんな、今日は頑張ったわね。ご褒美の特製ゼリーよ」
アイリス姉さんが差し出す、色とりどりのゼリー。かつての僕たちなら、こんな甘ったるいものは毒だと一蹴しただろう。
だが、今の僕たちは……。
(……もぐもぐ。……クソッ、美味い)
(……ああ、身体に染みるぜ……)
屈辱にまみれ、誇りを失い、それでも生きるために甘いゼリーを貪る四匹の怪物。
背後では、ピセアさんが穏やかに微笑みながら、ルンさんと明日の「しつけスケジュール」について話し合っている。
「明日は、全員に小さな軍帽を被せて、太鼓の練習をさせましょうか」
「いいですね。規律を覚えさせるには、リズム教育が最適ですわ」
……逃げ場はない。
この街は、聖母と、鉄の女と、森の調守護者によって支配された、世界で最も平和で、最も過酷な「更生施設」なのだから。
僕は、バイオリンのおもちゃが背中に当たって少し痛いのを感じながら、静かに目を閉じた。
伝説の死神の物語は、ここで一旦幕を閉じる。
明日からは、また新しい「森の音楽隊」の、賑やかで屈辱的な練習が始まるのだ。
((((……殺し屋やってたほうが、百倍楽しすぎた……!!))))
四匹の魂の叫びは、夜の風に乗って、穏やかな街の空へと消えていった。
第3章はこれで終了となります。次は444人リストの紹介です。




