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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第2部-焔牙騎士滅亡
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滅亡-1.鉄の女と、崩れ去る猛虎の矜持

 

 僕がアイリス姉さんの膝の上で、高級な猫缶(もちろん無添加だ)を差し出されていたその頃。街の外れにある『焔牙騎士フレイム・ファング』の地下アジトでは、世界を震撼させる「終焉」が静かに始まっていた。


 これは僕がチワワになったティルから、涙ながらに(正確にはキャンキャンという悲鳴混じりに)聞かされた光景の回想である。


-----


 ティルから聞いた話では、時は流れ、僕がアイリス姉さんによって猫に変えられた直後のことだった。

『焔牙騎士』のアジトでは、ティルが大椅子にふんぞり返り、樽のようなジョッキで酒を煽っていた。

 ティルは基本的に荒くれ者を率いるチーム。静謐を体現する僕たちとはまた雰囲気が違う。


「……ガッハハハ! おい、聞いたか!? あの『白き死神』が、女に説教されて猫になったってよ! あのお人好しも、ついに焼きが回ったか!」


 ティルの豪快な笑い声が石造りのアジトに響き渡る。


「親父、笑い事じゃありませんぜ。あのルウが負けたってことは、その保育士とかいう女、相当な手練れなんじゃないですか?」


 メンバーのレイが不安げに尋ねる。


「馬鹿言え。ルウの奴、女に弱かったからな。正論とやらに当てられて、戦意を喪失したんだろ。情けねえというか、残念なもんだぜ。俺のライバルが『マンチカン』だぁ? 笑えねえジョークだ」


 ティルは酒を飲み干すと、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。その背後には、城門をも砕く『大虎徹』が鈍く光っている。


「親父……まさか、あの街に行くんですか?」


「決まってるだろ。俺の戦友を猫にしやがったその保育士って女に、一言文句を言ってやらねえと気が済まねえ。礼儀を教えてやるのさ!」


 ティルは自信満々に叫んだ。

 自分たちのような「怪物」が、ただの人間の女性に屈服するなど、万に一つもあり得ないと信じて疑っていなかった。


 彼自身が、この日にブルブルと震えながらまた別の女に腹を見せる「超小型チワワ」へと転生させられる運命を。


 この時のティルは、まだ何も知らなかった。


 その時、地下アジトには、脂の乗った肉の焼ける匂いと、安酒の刺激臭、そして戦士たちの粗野な笑い声が充満していた。


「ガッハハ!それよりも親父! 今はあの獲物を優先してくれ!」


 レイが巨大な戦槌を傍らに置き、気勢を上げていたその時だ。


 ――カツ、カツ、カツ。


 重厚な石の扉が、何の予兆もなく開いた。

 防衛用の感知結界も、扉を守っていた筋骨隆々の番人も、何ら機能しなかったかのように。


「…...てめぇ、何もんだ!無断で入るんじゃねぇ!」


 レイがいち早く反応し、椅子を蹴って立ち上がった。だが、現れた影を視界に捉えた瞬間、彼の動きは凍りついた。


 影は、細身の女性だった。

 知的な眼鏡をかけ、隙のない法服を纏ったその姿は、およそ「暗殺者の巣窟」に足を踏み入れていい存在ではない。しかし、彼女が放つ空気は、かつて僕たちが戦場で対峙したどんな魔王や勇者よりも冷たく、重く、そして「正しい」ものだった。


 彼女は一歩、また一歩と部屋の中央へ歩を進める。

 444人リストの猛者たちが、たった一人の女性が放つ「静寂」に圧し潰され、抜刀することすら忘れて立ち尽くしていた。


「おい、女。ここがどこだか分かってんのか?」


 ティルが椅子に深く腰掛けたまま、大刀『大虎徹』の柄に手をかけた。

 彼の全身から、紅蓮の闘気が立ち上る。普通の人間の精神なら、この威圧だけで廃人になるはずだ。


 だが、女は眉一つ動かさない。

(この女……ただの人間か、それともどこかの組織のスパイか? だが、この俺を前にして心拍数が1ミリも上がっていない。殺しの依頼者か? ならば絶望的な覚悟を背負っているはずだが……そんな悲壮感すらねえ。……いや、違う。こいつは俺を『対等な敵』とすら認識していねえ。まるで、机の上の埃を掃除しに来たような……!)


 ティルの野生の勘が、脳内で最大級の警報サイレンを鳴らしていた。本能が「逃げろ」と叫んでいる。三日三晩僕と切り結んだあの猛虎が、女の「視線」だけで冷や汗を流していた。


「焔牙騎士リーダー、ティル。およびその構成員たち」


 女は懐から、何ら装飾のない冷徹な書類を取り出した。指先で眼鏡をクイと上げ、その奥にある凍てつく瞳で、獲物を……いや、「被告人」を見据える。


「私は大陸法秩序維持機構・特別執行官、ルンです。あなたたちのこれまでの破壊行為、および超法規的殺人罪に基づき、現時刻をもって『強制更生プログラム』の執行を通告します」


 その声は、驚くほど澄んでいた。しかし、それは死刑執行人が告げる判決文のように、一切の情を排した「確定した未来」の響きを持っていた。


「ハッ! 更生だと? 笑わせるな」


 ようやく金縛りから解けたレイたちが、虚勢を張るように嘲笑した。


「俺たちの仕事に証拠なんて一つも残っちゃいねえ。巻き添えを食った一般人だっていねえ。裏の協力者……権力者どもだって俺たちの情報は死んでも漏らさねえはずだ。あいつらとは利害が一致してんだよ。あんたに何ができる!」


 ルンは、憐れみすら浮かべない無機質な表情で彼らを見つめた。


「……証拠? そんなもの、あなたたちの傲慢な『魔力の残滓』を辿れば、法医学的に確定させるのは容易です。大陸全土の魔力波長データベースと照合は完了しています。逃げ道はありません」


「協力者? ああ、あの保身に汲々とする貴族たちですね。彼らには私の名刺を一枚渡し、『法秩序への非協力、および隠匿罪による特別重税案』を提示しました。その後、15分と経たずに、あなたたちの隠れ家から預金口座の番号まで、全てを白状しましたよ。彼らにとって、あなたたちは守るべき友ではなく、切り捨てるべき『不良資産』に過ぎない。……これが、あなたたちが信じた『信頼関係』の正体です」


「なっ……!?」


 ティルが言葉を失う。彼が築き上げてきた義賊としての繋がり、闇のネットワークが、たった一人の女性が持ち込んだ「法」という名のメスによって、一瞬で解体されていく。

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