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断罪-4.積み上げた「正義」の崩壊

アイリス姉さんが、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

床を踏みしめるその靴音が、僕の鼓動を一つずつ止めていくような錯覚に陥る。

ハヤブサの急降下を凌駕する速度で戦場を駆け抜け、誰にもその姿を捉えさせないはずの僕の足は、今や石のように重く、醜い震えに支配されて地面に縫い付けられていた。


「……姉さん、聞いてくれ」


僕は、掠れた声を絞り出した。

「僕は……僕は、虐げられた人たちのために……この手で悪魔になるって決めたんだ。法じゃ裁けない奴らが、今この瞬間も誰かを踏みにじっている。だから僕は……『死神』として、そいつらを刈り取るしかなかった。僕は、君も……君のような人たちが笑っていられる世界を、守りたかったんだ……!」


必死だった。

15年間の血塗られた遍歴。積み上げてきた死体の山。そのすべてが、彼女を守るためという「唯一の光」に基づいたものだと信じたかった。裏の顔である「俺」の威厳を、その正当性を、ここで認められなければ、僕は自分の存在すべてを失ってしまう。


けれど、アイリス姉さんの赤い瞳は、僕の魂の防壁を容易く貫通し、その核心を冷たく射抜いた。


「それが、あなたの傲慢よ。ルウくん」


彼女の声は、もはや怒鳴り声ですらない。ただひたすらに重く、深淵の底から響くような冷徹な論理。


「奪われた命は、あなたの正義で返ってくるの? あなたが殺した悪党にも、帰りを待っている家族がいたかもしれない……その可能性を、一瞬でも考えたことはある? ……いいえ、ないわね。あなたはただ、自分が傷つきたくないから、先に世界を傷つけただけ。あなたの正義なんて、ただの『弱虫の逃避』よ」


「……あ……っ」


弱虫の、逃避。

その一言が、鋭い刃となって僕の胸を裂いた。

僕が15年かけて、血を吐くような修行と数多の殺戮の果てに積み上げてきた「死神としての矜持」。国家さえも恐れさせた最強の自負。それが、アイリス姉さんの放ったたった一言の「真理」の前に、砂の城のように音を立てて崩れ去った。


僕は、救世主でも死神でもなかった。

ただ、子供の頃に受けた傷から逃げるために、圧倒的な暴力という殻に閉じこもっただけの、臆病な少年のままだったのだ。

彼女の赤い瞳に映る僕は、最強の暗殺者などではなく、あまりに無力で、滑稽な、嘘つきの子供だった。


アイリス姉さんの背後から溢れ出す、444人リストの住人たちですら経験したことのない絶対的な負のオーラ。そして、一切の言い逃れを許さない断罪の言葉。

その凄まじいプレッシャーの波に、ついに『白爪(ホワイトクロー)』のメンバーたちの精神は限界を超えた。


「うわああああああ! 申し訳ございません! 申し訳ございません!!」


沈着冷静だったはずのボーンが、狂ったように頭を石の床に叩きつけ始めた。額から血を流しながら、子供のように泣き叫ぶ。

「私は、私はただの、ただの手先の器用な殺人鬼です! 医者のフリをした、ただの化け物だ! 許してください、アイリス様ぁ!!」


「あああ……あああああ……! アイリス様の瞳が赤い……! 世界が、理が塗り替えられていく……! もう終わりだ、全部終わりなんだ!!」


世界最高の幻術師であるヌーベは、自分が見せる幻覚すら見失い、虚空を掴みながら発狂していた。

セーダやペルラは、あまりの精神的負荷に耐えきれず、白目を剥いて過呼吸を起こし、その場に倒れ伏している。


一国を滅ぼし、魔王の軍勢を一夜で黙らせてきた世界最強の暗殺集団。

その全員が、一人の保育士が放つ「正論」という名の裁きと、魂の格の差という圧倒的な現実の前に、見るも無惨な狂乱状態へと叩き落とされた。


僕もまた、崩れ落ちるように膝をついた。

プライドも、武器も、仲間との絆さえも、アイリス姉さんの怒りの前では何の盾にもならなかった。


アジトの空気が、さらに一段階、重くなる。

彼女は、絶望の淵で震える僕を見下ろし、最後の手を差し伸べるように――あるいは引導を渡すように、静かに宣告した。


「ルウくん。……あなたが救った人の数より、あなたが奪った未来の数の方が多いなら。その鋭い爪も、速すぎる足も、すべて返上してきなさい」


その瞬間、アイリス姉さんの背後に、言語化不能の「何か」が顕現した。

世界の理を書き換える、絶対意志の発動。

僕の意識は、純白の光の中に飲み込まれていった。

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