夢のような日
そして約束の日はあっという間に来た。
桜ヶ岡先輩への連絡は葉音先輩がしてくれ、そして木曜日も金曜日も葉音先輩と桜ヶ岡先輩は特訓をするからと部活には参加しなかった。
だから桜ヶ岡先輩に会うのは四日ぶり。
俺は待ち合わせ場所になっている『自然動植物園』のエントランスの前に緊張した面持ちで立っていた。
時刻は午前九時三十八分。約束の時間より二十分ほど早い。
エントランスの近くにある大きな窓に写った自分の今の容姿を見る。
昨日無理して時間を作ってくれた達也にコーディネートしてもらった新しい服。おしゃれでカジュアル。さすが達也だ。センスがいい。俺一人では決して選べなかった。
寝ぐせもきちんと直して来たし…うん、大丈夫。
携帯でアニメの公式ホームページを見ながら時間を潰す。
その間に頭の中でデートの予習をすることも忘れない。
梅雨も徐々に近づいて来た五月下旬。天気予報では今日は降水確率は〇%。快晴。
絶好のデート日和……じゃなかった、特訓日和。
「ふっふ~ん♪」
自然と心がウキウキして鼻歌を歌う。
初めての異性との外出。しかも相手はあの桜ヶ岡一花先輩。
携帯の時計を見ながら約束の時間が来るのを待つ。針はちっとも進まない。約束の時間まであと十分ほど。
まだかな、まだかな…
自分でも分かるくらい浮かれきっている。
そのとき目の前のバス停にバスが止まりそこから降りてくる人物と目が合った。
その瞬間頭が真っ白になる。せっかく達也と考えた綿密なデートプランも一瞬で吹き飛んでしまうほどの破壊力。
そして、その人物――――桜ヶ岡先輩は手を振って駆け寄ってくる。
ひざ丈の真っ白なワンピース、桜色のカーディガン、大きめの鞄と肩にかけている。
「ごめんなさい。待ちました?」
「いえ…待ってないですけど…」
本当は楽しみすぎて一時間も早く来ていた。
だが…それよりも今は気になることが……
「先輩、それ…」
「それ?」
いや…だから……
「なんでお芝居してるんですか?」
そう今日の桜ヶ岡先輩は何かのキャラになりきっている。
『素』の桜ヶ岡先輩ではない。
やはりまだ『素』の状態で俺と会話することは出来ない…そういうことなのだろうか。
「本当は素の状態でここに来られれば良かったんですけど、三日間『特訓』してもダメで…。だから、元の私の性格に近いキャラクターになることにしたんです。」
改めて先輩の服装を見る。
この服装、話し方、先輩のまとう雰囲気……
あ…
そこで俺の知っている『ある作品』のヒロインと先輩が重なる。
「それって…椎月芳野先生の『失恋ラブレター』に出てくるヒロイン、『一ヶ谷咲良』…ですか?」
「由真君もあの作品知ってるんですか!私あの作品の大ファンなんです。元々は兄に勧められて読んだだけだったんですけどそれからすごくハマってしまって。」
「へぇ、先輩にはお兄さんがいるんですか。」
「はい、二つ年が離れていて兄は今九州のほうの大学に通っているので別居しているんですけど。」
「それはそうと、今日はそのキャラで行くんですか?結局お芝居になっちゃうから『素の先輩』の人見知りを直すための特訓にはならないんじゃ……」
元々、先輩は自分以外のキャラになりきっているときは人見知りもしないから大丈夫なんだし…
そう言うと先輩は『ハッ』として手を口に当てた。
まさか今そのことに気が付いたんじゃ…
「ま、まあ大丈夫ですよ。まだ由真くんと出会って一週間。まだまだ私は由真君のことを全然知りません。だから今日を機に由真君のことをいろいろ教えてくださいね。」
そう言い先輩は『咲良』の笑顔を浮かべる。
さすが先輩、その仕草、笑顔、話し方は全て『一ヶ谷咲良』その物。完成度も高い。
「それじゃ、行きましょうか。早くしないと一日で全部回りきれませんよ?」
そして先輩は俺の手を取りゲートに向かって歩き出す。
「…っ!」
先輩の手は柔らかく温かい。
俺…手汗かいてないよな、ないよな!
女の子と手を繋ぐなんて人生初だ。しかも相手にリードされるとは…
せっかく予習をしていたというのにやはり練習と実践とはわけが違うということか…
でも、せっかくのチャンス。こんなに先輩から話しかけてくれるんだ。たとえお芝居だとしてもうれしくないわけがない!
今日一日で先輩のことをもっと知る。そして俺のことを後輩としてではなく一人の異性として見てもらえるように好感度を上げる。
それが俺の今日一日でやらなければいけない『ミッション』だ。
大丈夫、そのための計画は立てた。
この時間、決して無駄にしてたまるもんか!




