12
初目は10日間、
自分の身体の中に潜伏し続けたウィルスに高熱を引き出され、布団から一歩も出る事ができず、うなされ続けた経験がある。
朦朧とした初目は「私の中で勝手に銀行強盗をしいるのはどこのどいつだぁ……」と呟いていたらしい。 強盗事件は、逃走車の手配が上手くいけば逃げおおせる事も可能だが、発生から10日を過ぎて膠着状態に入った強盗犯ほど厄介なものはない、風邪と同じでね。
という意味なのではないかと思っているが今となっては真相も藪の中である。
初目は意識を取り戻した時に、今の自分の状態はその時によく似ていると思った。
酩酊状態にも似た意識の振れが徐々に心臓の鼓動に同調し、帳尻が合わさっていくように焦点が回復した。
『ミス・キエロー…… お怪我はございませんか? 意識にブレはありませんか?』
初目に話しかける声の持ち主は健在そのもののようだ。
「1日1回欲しいくらいよ。もう一発きやがれ……」
『ご冗談を。ミス・キエローの言葉にコンピューターの私も冷や汗をかいてしまいました』
初目が「かく汗なんてないでしょう、マントのくせに……」と言えば、それで済んでしまうのだが彼女はふとある事に気づき言葉を飲み込んだ。
初目にはわからないことがあった。
――なぜ私は目立った外傷もなく、それ以前に全く見知らぬこんな格好をしているのだろう?
初目のロンリ的シコウテンカイは普段に輪をかけて使い物にならないので、布きれに事の顛末を申し開こうとした。
こまごまとした疑問が、頭の中で詰まっているのだが、この状況を作り出しているのが珍妙かつどこか慇懃無礼な布きれ紳士こと雑巾の切れ端であることは一切の疑いもないのだ。
「ねぇ…… なんで私は灰と赤を基調としたボディースーツを体に纏って、ヘルメットまで着用しているの????」
『色合いが気に入りませんか?』
「うーん、そうねぇ…… ってンな事じゃないわよ!!!」
『承知しました』いや承知しましたって。
そこで初目はある仮定にたどり着く。
もしやこいつが私を……?
「助けてくれたの……? 」
『その通りです、理解が及んでくれて良かったです…… ミス・キエロー。70m以上転がり落ちる中であなた気を失い、この地点に落下しました。そこで私はあなたの生命財産を保護するために私をあなたに纏わせました』
「なんで……」
『仕方がありません。助ける理由はありませんが、助けない理由もないのですから』
「……ありがとう」とりあえずお礼は言っておく。
『あなたのその物事を素直に受け入れる姿勢は大きな利点ですよ。あなたはとにかく状況の飲み込みが早いようだ』
「……ありがとう」褒められた? 馬鹿にされたようにも思える……。
そこで初目はある疑問を率直に尋ねた。
「あなたって何者なの? ただの布端って訳じゃないでしょう? 」
『申し訳ありません、ミス・キエロー。私に対するパーソナルな質問には厳重なプロテクトがかかっており、お答えすること叶いません。私の識別名が“ジッキン=ゲン”とだけお教え致しましょう』
(ジッキン=ゲン? なんだか変な名前…… って機械なら普通の名前なのかな? )
初目はさらに続ける。
「ここはどこ? 」周りを見回した。自分の格好くらいは視認できるが、辺りの安全を確認するには少し暗い。
『少々お待ちを…… 』とジッキン=ゲンが言うと――。
「うわッッ! 」いきなり視界がクリアになり、初目は驚いた。
『スキャニングした周辺の情報をヘルメットに反映して、あなたに見せています』
初目は立ち上がり、「何よ…… これ……」と思わず驚きの言葉がため息のように吐いて出た。
いつものように少しの危機感をもって、『ルアーク』を復旧させるためにモブモブとがんばって探索を続けていたにも関わらず、砂に埋もれていたマントを拾い、それが喋り、穴に落ちて、今や『こんな場所』にいる。
初目は途方もなく広い空間に一人佇んでいた。
ちょっとしたドーム程の広さを誇り、はるか頭上には自分が落ちてきたであろう穴がポカンと口を開いている。
辺り一面にはなぜか機械兵の残骸や、油圧シャーリング、ベンディングローラー、アングルカッター、バンドソー……。
果てはどこから持ってきたのか、防衛省の護衛艦における、ガスタービンエンジンやジェット機エンジンのテスト用と見られる消音装置などが細かい部品をまき散らして転がっている。
ただ、毒ガス工場から少し離れた所にある、約50m四方の生産拠点と思しき製造工場を一度探索した時に、何やら強引に機械設備を引っこ抜いたような箇所が散見されたのを思い出し、初目は合点がいった。
あれはジッキン=ゲンの仕業だったのだ。
だが、なら何故このような機械の山を作らなければならなかったのか?
何かを修理していたのか?
そのための隠れ家のような所なのか、ここは?
「何を隠しているの? 」尋常な場所ではないと、改めて初目は思った。
『と言いますと? 』
「しらばっくれないで。あなた私に林寺さんの下降を中止して、引き上げさせようとしたわよね? あれって何か隠し事をしている人の仕草よ!」
『私は人間ではありませんよ』これは間違いなく馬鹿にされた。
「あくまでシラを切るのね。機械のくせに」
『シラを切るも何も…… 切るシラも持ち合わせてはいませんよ。機械ですから』
「あんた案外ヒネたヤツね…… 」彼女は鼻を広げ、いくぶん興奮した様子を見せながら、口の端をぴくぴくと吊り上げた。
『いいえ、それほどでも』
残骸たちは分解されては積み上げられて、もはや鉄のオブジェのように並び、何か特別な意味を与えられているようにも見える。
ジッキン=ゲンは何をどこに隠したのだろう。
イヤらしい代物かと思いもしたのだが、そうバカバカしい事案でもないだろうと自分の短慮を反省した。しかし、念のために「あんたって性欲とかあるの? 」と聞いてみたら『思春期の男子ではありませんのでその思慮に欠ける想像は却下していただいて結構ですよ』という答えが返ってきた。
世界を見渡しても今ほど不毛な会話もそうはないだろう。
初目が年に数回だけ出てくるレトルトのカレーを食べ終えた後にいつもする事がある。
そこらに落ちている小石などを拾って投げ、落下地点まで行き、そこをスコップで掘る、というものだ。
いつも一緒に食後は歯を磨いているナターシャさんと共に始めた、この子供のような習慣はなぜか今生活拠点での一種の恒例行事にまでなっている。
そして昨日がその日であった。
だからという訳ではないが、初目はそこらに落ちている手ごろの部品を拾い上げ、力いっぱい投げた。
その後に、寂しい金属音が洞窟内に響いた。
すると、それがスタートの合図になってしまったのか――。
初目が落ちてきた穴から巨大な物体が洞窟内に姿を現した。
明らかな敵意と殺意を持ったその巨躯を初目は見上げた。




